この世には、『弱者』と『強者』が存在する。
『弱者』はあらゆるものを奪われ、『強者』はあらゆるものを手に入れる。
それが道理。それが条理。
ならば、そんな世界で自由に生きるには力が必要だ。残忍で、残酷で、悪辣な力が。
例えそれが、この世の正義に背くものだとしても――私は『悪』の一文字を背負い生きていく。
それが私――月影夜花の背う人生だ。
■
暗い、暗い路地の奥。
そこは惨劇の現場へと変わっていた。
壁を濡らすは赤黒い鮮血。
地面に転がるのは首の無い死体。
静寂のみが伝わる空間にて、私は一人壁に背を預ける。
(ヒーローはこない。残酷だが、それが現実だ)
ヒーロー。おおよそ一般的に言えば、ヒーロー活動認可資格免許を持つ者たち。
所謂花形の職業であり、公的な場所での個性使用を認められ、自身の個性を生かして社会貢献することを求められる『正義の怪物』。
この殺戮を見ればそんな『正義の怪物』たちは私を糾弾し、罪に咎めようと襲う事だろう。
(それも一興ではあるが……まぁ、来ないなら来ないで、とっとと処理をするか)
黒いワンピースについた血を払い、地面に伸びる影が広がる。
広がった影は死体を取り込み、影の中へと沈めていく。
個性【影使】。自在に影を生み出し、影を操る個性。生物以外のあらゆるものを無限に取り込む事ができ、処理を手早く終わらせる事が出来る。
影の中に死体を収めた私は欠伸を噛み殺し、目を擦る。
瞬間、何処からとも無く糸が伸びてきた。
「手緩いな、ヒーロー」
一瞥。そして剪断。
伸びた糸を指先が絡め、引き千切る。
「殺し合いの場に『不殺』を持ち込むのは無粋だと私は思う。相手が殺す気でいるなら、殺す気で挑まなければ、それは戦闘の侮辱でしかない。そういう意味では、ヒーローは戦う者として失格だ」
「そうか。しかし、私はこの道を歩む以上殺される覚悟は既に済ませてある」
路地裏と通りを繫ぐ境界。
そこに立っているのは、長身の体躯をジーンズで身を包んだ男だった。
テレビや雑誌で幾度となく見たことのある特徴的な姿に、私は口角を歪めた。
「『ファイバーヒーロー』ベストジーニスト……だったか。ビルボードチャート4位のトップヒーローが来るとは、私も随分と有名になったものだ」
「ヴィラン名『シャドウ』。ヒーローヴィラン関係なく戦いを挑み、死傷者を生む武闘派ヴィラン。謎のヴィランだと聞いていたがが……随分と異質な見た目をしているのだな」
「異質か。まぁ、この姿は確かにそうだろうな」
私は自分の腕を見下ろし――身に纏う黒い鱗を見つめる。
四肢。そして蜥蜴の尾。
リザードマン――そう呼ばれるであろう異形の姿を持つ私をベストジーニストは何をするまでもなく体を強張らせる。
「生まれつきの個性疾患でね。突然変異した個性と両親から受け継いだ個性、二つを生まれつき保有しているだけだ」
「そうか。しかし……!!」
ベストジーニストが右手を伸ばす。
その瞬間、ベストジーニストの右腕が宙を飛んだ。
「なっ……!?」
ベストジーニストの目が驚愕と困惑に見開かれる。
同時に、私は地面を蹴った。
刹那の加速。瞬時にベストジーニストへ肉薄しその胸に影で作った刀を突き刺した。
「がっ……!?な、ぜ……」
「【ファイバーマスター】が効かなかった、か?」
口から血を吐き出すベストジーニストから刀を引き抜く。
力なく地面へ倒れるベストジーニストを見下ろしながら、私は一つに纏め三つ編みにした黒髪を掻いた。
「【ファイバーマスター】。繊維を操る強力無比の個性。人が服を着ている以上抗えない拘束に長けた、ヒーローらしい力だ」
けど、と私は付け足し、自分の着ているワンピースに手をつける。
それと同時に、ワンピースは揺らぎを生み出し始める。
「繊維を操る個性で影を操る事は出来ないだろ?有名過ぎるって、罪だよな」
影の中からスマホを取り出し、見せつけるように持つ。
「ビルボードチャート4位。全国に存在するヒーローの中で、上位も上位の人気を持つ、紛うことなきプロヒーロー。逆に言えば、その活動は逐次SNSにアップロードされる。お前がこの近辺に居ることは筒抜けだったわけだ」
ヒーローとは、その『個性的』な生き方を提示する者。
人気になればファンが付き、その活動は大衆の目に触れられる。
その目が私の近くにいることを気づかせた。
「個性は有名だし、対策も簡単。直接戦闘に長けたエッジショットが入れば良かったが、近隣にいない。後は適当に私の痕跡を残させ、仕掛けるよう仕向けるだけで良い。ああ、それと……」
瞬間、ベストジーニストの身に纏う糸が解れる。
同時に、ベストジーニストの体を影の剣が刺し貫いた。
「ガッ!?」
「流石プロヒーロー。最後まで敵意を隠さず、私の確保に望む姿勢は尊敬に値する。が、私は距離次第だが服の内側に出来た影も操れる」
ベストジーニストの体を刺し貫く幾本もの影の剣。
剣は影に還り、血溜まりを生むベストジーニストを見下ろす。
心臓を穿ち、肺を刺し、小腸を切り裂き、胃を破裂させ、腎臓を潰す。
臓器という臓器を影は壊し、ベストジーニストは呼吸を止めた。
「さて、と」
手にした刀を振りかぶり、振り下ろす。
振り下ろした刀はベストジーニストの首を切り裂き、胴体と分つ。
これでベストジーニストというヒーローは完全に死んだ。
「始めようか、私の私による惨劇を」
影は広がる。
悪意を持って、光を呑み込み食らいつくす。
——これは、ヒーローの物語にあらず。
——これは、私が自由に生きる物語。
■
名前∶月影夜花(つきかげよばな)
年齢∶15歳
性別∶女性
個性∶【影使】【蜥蜴人】
ヴィラン名∶『シャドウ(数少ない生存者の証言で影を操る個性だと判明しているから。なお、その生存者も意図的に生かしているだけ)』
概要∶『自由』に生きることを望む少女。強いヒーローやヴィランを襲い、金品を奪って生計を立てている。