水面に浮かぶ黄色いアヒルをつつきながら、耳まで湯船に浸かりブクブクと泡を立て……そしてまた思考の海へと沈んでいく。長くて綺麗な髪がゆらゆらと揺れている、それはまるで私の心情のようだった。
あの後、ティンカーベルと名乗った彼女は私を拘束する訳でも無く家へ送ろうと……した後にハッとして口を噤んだ。そう、魔法少女を家まで送るという事は……相手の身分を掴むことに他ならない。だから入り口まで私を見送った後、名残惜しそうに彼女達の拠点へと帰っていく。
私を神輿に使いたいだけなら、あそこで帰さないようにしただろう。私だけが一方的に彼女達の拠点を知っているのが現状だ。やろうと思えば協会の総力を挙げてカチコミを仕掛けることだってできる。つまり……本当に私に憧れているだけなのだ、彼女は。
私は……どうすればいいんだろうか。
『合理性』と言う一言で片づけられてしまったものの、それはとても大切なものだ。今の協会長の判断は、今回の件はイレギュラーとして置いておくとしても……正しい。事実、彼女の指示を無視して救助に向かった彼女達は、その大多数が帰らなかったり後遺症を負ったりしている。
上の指示を守ったことで助かった娘たちの事を考えれば、合理性と言う奴は確かに誰かの命を守る事に繋がっている。事実、グライシアだって体調さえ万全ならああして『第二の魔王』に負ける事は無かっただろうし。
魔法少女は、神様なんかじゃない。
そんな事は分かっている。この私だって、到着する前に手遅れになっていれば……どうしようもない。死者は蘇らないし、攫われた娘の心の傷を癒すことが出来ないことだってある。だからと言って、プライベートや睡眠時間を惜しんでまでパトロールを続けるほど、私は聖人ではない。
「はぁ……」
思わずため息が零れる。全くもって私らしくないなと……思う。こんな風に頭を悩ませることなんて今まではあまりなかった、これだから人間を相手取るのは苦手だ。外敵が相手なら、悩む必要も手加減も必要無いのに。
「……悩み事?」
「皆、私の事が好きなのに……どうしてこんなにすれ違ってしまうんだろうって」
実際、あの場に居た未所属だった魔法少女たちは救われたのだろう。協会の手では掬いきれなかった彼女達を受け入れたのは紛れもない善行だ。主義主張が違うだけ、そのどちらもが正解で……どちらもが間違っているのだろう。場合によるとしか言えない。
そんな事を悩み過ぎて、自分が今何処で誰と話しているのかに漸く気づく。
「どっ、どうしてルクスが居るの? ここお風呂だよ……?」
「お母様が、「しずくが落ち込んでそうだから」様子を見てきて欲しい……って」
そんなに顔に出ていたのだろうか、表情を取り繕うのは得意なはずなのに。
「そんなに分かりやすかった?」
「お母様だからだと思うわよ。それにしても、随分考え込んでたのね?」
湯船にルクスが入ってきたことで、溢れた水は浴槽から零れていく。誰にでも、何処にでも……キャパシティと言うものがある。そこそこ広いお風呂だとは思うけど、中学生と成人女性が入るのには流石に手狭だった。豊満なお胸が背中に当たっているが、あまり心が揺れないのは萎え気味だからだろうか。
「綺麗な髪が傷んじゃうわよ?」
「……ん、ありがと」
私の髪をさらりと撫でた後、結って頭の上にお団子を作る彼女。さっきよりも若干心持が楽になったのは、近くに誰かがいるからか‥‥‥それとも相手がルクスだからかは分からない。ただ、彼女が居る事で別の‥‥‥目を背けていた事に目を向けざるを得なくなる。
「このまま襲われたら……抵抗できないね」
「自暴自棄になるのは良くないわ?」
このまま誰かのものになれば、何も考えなくてもいいのだろうかなんて。そんな浅はかな考えはお見通しだったようで。そうだよな、こんな形で飼われるのは私の主義には合わないし。それに何よりルクスに失礼だった。
「もし、ルクスを……淫魔の人たちをさ」
私は、何を言おうとしているのだろうか。こんな事は言うべきではない。夢は夢のままであるべきで、憧れは憧れのままであるべきだ。
「救ったのは偶然で、それも自己満足に過ぎなかったとしたら……幻滅する?」
「どうして?」
……言ってしまった、随分と私は参っていたらしい。何時か言わなきゃいけない事だったとしても絶対に今では無かった。きちんとした場で、しっかりと誤解を晴らす責任が私にはあったはずなのに。
「そんなことどうでもいいんじゃないかしら」
「なっ、何で……?」
「例えそうだったとしても、私達が救われたのは事実だもの。誰も手を差し伸べてくれなかった私達に唯一手を差し伸べてくれた。それだけで……救われた側からしたら十分過ぎるのよ?」
「やらない善より、やる偽善よね?」なんて続けた彼女の言葉に、何処となく今まで背負ってきた負い目のような感情が軽くなっていくのを感じた。私はこの日、ようやくルクス・ルクスリアという存在を、色眼鏡なしで見ることが出来たのかもしれない。
「それに知ってるかしら? 恋って盲目なのよ?」
「……そっか」
すらりとした指が私の頭を撫でる、まるで宝物を愛でるかのように愛おしそうに。少しだけ
「人を愛する事って難しいね」
「そ、難しいのよ。あなたが悲しんでると、私の胸も張り裂けそうな気持ちになるの」
分からない事ばかりだ、世界は。何が正しくて何が間違ってるのかもわからない。それでも、一つだけ正しい事があるだろう。
「それと、お母さまから伝言があるの」
私の肩を抱きしめるように手を回す彼女に少しドキリとする、先ほどよりも余裕が出てきたという事だろう。背中のこの感触を楽しむだけの余裕が、今の私にはあった。
「『あんたがしたいようにしなさい』って、それで伝わるかしら?」
流石はお母様だ。そう、唯一正しい事があるとすれば……私が何をするかは私が決める。何が正しいかなんて関係ない、私がどうしたいかで決めていい。私の世界は、私を中心に回っているのだから。
「うん、ありがとね。分かったよ……私がどうすればいいのか」
「私にも少しだけ分かるわ。その顔の方がきっとサテライトちゃんらしいわよ?」
立ち上がろうとして、少しだけクラっとする。お風呂に長く浸かりすぎたからだろう。
「……少し、のぼせちゃったみたい。肩を借りてもいい?」
「あら、誘ってるのなら大歓迎よ?」
「ちっ、違っ……!?」
クスクスと笑う彼女には申し訳ないが、私の性的嗜好には合致しないのだ。やはり、どうしようもないくらい追いつめられたい。対等ではなく、飼われていたいのだ。彼女の気持ちを分かっていて、ズルい人間だとは思うけど。
「良く眠れるように今日は寝かしつけてあげるわ? サキュバスなだけあって、眠りには一家言あるのよ?」
「うっ、うん……お願いしようかな」
あれよあれよと運ばれて、気づいたらベッドに寝かされていた。何時もはマスコットになるルクスは、今日はパジャマのまま布団へと潜り込んできて私を抱きしめる。お母様とは違う、大人の女性というような抱擁感だった。
豊満なお胸が顔に当たる、同じシャンプーを使っている筈なのに甘い匂いが布団の中に満ちていく。こんな状況で本当に眠れるのかどうか、むしろ興奮してしまうのではないかと……思っていた矢先に、程よい体温と彼女の心臓の鼓動が心地良くて少しずつ眠くなっていく。まるで魔法を使われているかのように、少しずつ瞼が重くなっていく。
成程、これは……確かに……安心……
昨日の悩みは嘘のように快眠だった、しっかり寝たお陰で昨日よりもずっと頭が回る。私はこれから、どうするべきだろうか。結論から言えば……私は、彼女達の王にはなれない。
そして彼女達の目的を考えると……魔法少女協会の権威を失墜させたいだけなら手段は簡単だ。協会のトップスリーを倒して自分達の実力を誇示すれば良い。協会はルールを守らない魔法少女への抑止力の役割も果たしているのだから。力のない抑止力に意味は無い。
そして狙うなら私……は無いだろう、心情的にも戦略的にも厳しいだろうから。そうなると
あれだけ理想で動く彼女が、一兎を諦めるような性格には見えなかったから。そして私が行くのなら……前者の方だ、今危ういのは間違いなくグライシアだし……
全く、なんで私がこんなに考えなきゃ行けないんだ。こう言うのは
次の日の夕方……事態は私の想定よりも早く動いた。街中から少し離れた二か所を中心とした電波障害。魔力の波長からして、広域に影響を及ぼせる電磁系統の魔法少女だろう。まるで釣り餌のように垂らされたそれに、彼女達は喰いつくしか無い。それが罠だと分かっていても、平和を守るのが私たちの仕事だから。
「行ってくるね、ルクス」
「いってらっしゃい、サテライトちゃん♡」
恐らくは担当地域的にグライシアはこちらに向かっているだろうとアタリをつけて、電波障害の発生源へと向かう。
それとグライシアの方に行くのは、なにもブレイディアを見捨てた……訳ではない。そもそも──────ブレイディアは周りに人がいない方が強いのだから。
複数ヒロインについて(アンケートの内容で今後の行方を必ずしも左右しうるものでは無いとだけお伝えしておきます)
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男が出なければそれで良い…!
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理由・動機付けがしっかりしていれば
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一人じゃないとどうしても受け入れられない