17.マッチポンプなんだが?
少し蒸し暑いくらいの、いたって普通の学校で迎える昼下がり。
「あの……クロエちゃん?」
「あら、なんですの? 急に居なくなったと思えば、連絡すら寄越さずに……さっと現れたと思えば、マスコミを私に押し付けて帰ったしずくさん?」
いや……環境は普通ではあるものの、目の前の彼女の機嫌は、どう見ても普通には見えないのだが。必要だったとはいえ、流石にフォローが無さ過ぎた。
「ピアス、よく似合ってますわね?」
「ひゃ、ひゃい……」
魔法少女とは言え、1日2日でピアス穴が安定しきる訳では無い。そんな事はお構いなしと言わんばかりに、彼女の前に無防備に耳を曝け出す。もしこのまま引っ張られでもしたら、そこそこ痛いのは間違いないだろう。だからこそ、良い……違う。流石に今回は謝意を見せるべきだ。
「まあ、別にそこまで怒っている訳では無いんですのよ。マスコミの件に関しては」
「そっ、その……」
何と寛大なんだろう、録画を見たがアナウンサーも顔が引き攣っていて……何とか一生懸命にインタビューの体を取りなそうとしていたグライシアだが、流石に盛り上がらず……会場はお通夜のような空気だったというのに。
「そのピアスも……まあ良いですわ。思う所は多分にありますけども」
「……はい」
彼女に淫紋の事は伝えてある。だから、「そういうこと」が行われたのも察してはいるのだろう。まあ実際、放置していれば気をおかしくしかねない代物だし。
「一言も連絡をしなかったのはどういう事ですの? わたくし、ずっと待っていましたのに……」
「あっ」
「何か企んでいたのは知っていましたわ。でも、そんなにわたくしが信用できませんの……?」
瞳に涙を浮かべるクロエちゃんを見て、どうしようもないくらいの罪悪感が胸を襲う。私が彼女を、クロエちゃんを傷つけてしまったんだ。私はあまり、人が曇っているのを見るのが好きでは無い。こんなご時世なのだ、どうせなら私の周りの人達は笑顔であって欲しいとは思う。
「こっ、今度からちゃんと連絡するから……ね?」
「……約束ですわよ?」
ジトっとした目で、私を見つめる彼女はやはり私と同じ……歳相応の中学生の表情だった。そんな相手を、ご主人様と呼んで尻尾を振っているのは我ながら終わってるかもしれない。でも、淫紋のせいで仕方なくだから……
「それはそれとして、近いうちに話がありますわ」
「はっ、はい……」
そう言って首元のチョーカーをグイッと引っ張られる。気道が閉まって少し苦しい、でもかなり悪くない。じゃなくて、恐らくは昨日の件についてだとは思うが……内容は怖くて聞くことはできなかった。
そんな日の放課後.今日は協会からの呼び出し……と言う訳では無いものの、魔法少女協会の本部に来ている。いつ見ても大きな建物だ、少なくともクロエちゃんが普段住んでいるお屋敷よりも広い。それだけここが、権力を持っているという事の裏返しでもある訳だけど。
ところで、魔法少女に既存の法は適用されない。
その理由は大まかに分けて二つある。
一つ目は、
二つ目は、現代兵器の通じない魔法少女を取り締まることが出来ないと言う点から来るものだ。警察と言った国家権力は、たった1人の幼い少女に敗北を喫しうる。
だからこそ、そんな魔法少女を取り締まる役割を持っているのが、魔法少女協会……通称『魔協』である。
そんな中で、こと対人において最も『無法』とも言える魔法を持つ彼女こそが、これから会う魔協の長である魔法少女……スクイレだ。その情報収集能力は時と場合にもよるが、あの
都市部の中心にある魔協の本部。受付の横を通り、やはり普段使いするにはあまりにも長い廊下を抜けた先にある重厚そうな扉をノックすると、帰った来たのは小さな小さな返事だった。
「……ん」
「はいはい、邪魔するね~」
生活感のない部屋と、書類の山が積み上げられたテーブル。そんな部屋の椅子に座っていた、この部屋の主は……アイマスクを付けたまま微動だにしない。何時見ても変身したままの、私よりも背丈の小さい灰色の髪の少女。静止しているかのような彼女を見ると、人形のようだと言われているのも納得できる。
「こうして二人きりで話すのは、久しぶりだっけ?」
「この前は、忙しくて」
「……そんなに見ても、何も出ない」
「いや、可愛いなぁって」
「……嘘つき」
何故私がこんな風に素を晒しているのか、それは彼女が私の本性を知っている極一部の人間であるからだ。お母さんと……スクイレだけ。これは別に、他の人を信頼していないというよりは、彼女の魔法が関係している。
魔法名は不明なものの、視認した相手の考えていることが分かるという読心能力。非常に強力なその能力が持つ欠点は一つだけ。それは
だが、彼女自身には魔法を抜きにしてももう一つ……特殊な才能があった。それが瞬間記憶能力。フォトグラフィックメモリーとも言われるそれは、一度見たモノを全て記憶し忘れないというものだ。
どちらか片方なら、まだ優秀程度で済んだのかもしれない。
でも、その両方を併せ持ってしまったら?
見たくも無い誰かの心の声を読み取り、それを全て記憶してしまうとすれば?
その痛みは一体どれほどのものになるのだろうか───
「───なんて、随分と今更」
「それもそうだね」
そんな彼女は私からすれば数少ない、気兼ねなく接する事の出来る人間だった。バレている以上は、外面を取り繕う必要も無いし。落差の為に取り繕っているだけで、内面を見られたところで私の可愛さは揺るいだりしないのだから。
「そんな貴方だから、戻ってくると、思ってなかった」
「それはまあ、事情があって……」
「うん、今把握した」
だから私の計画も全て彼女には筒抜けだ。何故、協会が私と言う魔法少女を見捨てて待機命令を出したのか。その全ては、私が権力者とズブズブだからというのが結論だった。特に示し合わせた訳では無いが、スクイレが私の意思を尊重してくれたのだろう。
いや、一つだけ言い訳をさせてもらうとすれば、こんな事になるとは思ってなくて……本当に……
「変わった、ね」
「そう……かな?」
自分ではよく分からないけど、スクイレが言うのならそうなのだろう。
「一先ず……おかえり、サテライト」
「うん、ただいま……かな?」
誘拐の首謀者とされた本人、そして組織のトップがこうして同じ陣営に居る。協会長の判断が産んだ軋轢を、私が解決することで雨降って地固まる……な訳ないだろ、酷いマッチポンプが過ぎる。
「変わったね……本当に」
その呟きに込められた意味は、私には分からなかった。
感情なんてものは普通、言葉にしないと分からないものなのだから。