執務室の奥にあるスクイレの私室には、殆ど私物が無い。白い部屋にベッドと最低限の家具があるだけの部屋。彼女自身の魔法のせいで、精神的にも国的にも外に出て欲しくないから……この協会の本部に住んでいるというのにも関わらずだ。
「……お茶は、飲む?」
「じゃあ、貰おうかな」
テレビや冷蔵庫と言った最低限度のものこそあるものの、女の子らしい可愛いバッグも無いし、洋服も質素なものが最低限度。私がプレゼントしたお洋服はあるけど。
それこそ、私物らしい私物は先程まで付けていたアイマスクとヘッドセット……それと本くらいのもので。しかも、その本はこの協会本部で借りれる図書館のものだから、本当に無い。
流れっ放しのテレビからは、アニメやドラマ……ではなく、N〇Kのニュースが流れている。彼女は俗世に興味が無いというか……何かに執着している所を見た事が無いというか。
「スクイレも可愛いからお洒落すればいいのに」
「私ほど、じゃないけど……でしょ?」
「そりゃあ私、宇宙で1番可愛いし」
「……そう言う所。嫌いじゃ、ないよ」
内心を読み取れる相手に、外面を取り繕っても仕方ないし。
それに私の可愛さはクラス1の美少女系だし、クロエちゃんは綺麗系のお嬢様。ベルちゃんは妹系の(生意気)ロリだし、スクイレは人形さんみたいな浮世離れした可愛さだ。
ステーキとハンバーグを比べても仕方が無いように、人と可愛さを比べても仕方ないと思うけど。
「そういう風に、割りきれる人ばかりじゃ、ない」
「ゴスロリとか似合うと思うんだけどなぁ」
「…………そっちじゃ、ない」
少し不満そうな顔も可愛い、と言うか珍しいな。いつも無表情だから、遂に表情筋が死んだと思ってたのに。
「……否定は、しない」
「いや、さすがにそこまでは思ってないよ? 私以外に友達居なさそうだなとは思ってるけど」
「否定は……しない」
「そこは否定して欲しかったけど」
むしろ、私的には一切取り繕う必要が無い相手というのは楽だと思う。私の全てを見た上で、それを全て受け入れている……かは分からないけど、それでも友達なのだから。
本当に見ているのかも怪しい、流れっ放しのテレビでは……最近話題の装備事業だか、民間軍事会社
〈我々は、魔法少女に頼り切りな……この歪な社会構造を変えるべきだと考えています〉
例えばこの前倒し損ねた牛さんの角。そう言ったもので作った武器や防具は怪物に対しても有効で、主に直接的な戦闘力に乏しい魔法少女に配備されたり、警察や自衛隊に配備されたりしているとの事だけど……魔王の死んだ今、それを民間用に払い下げようと言う構想だ。
私の周りでは使っている人は見た事がない。知り合いは殆ど上澄みの魔法少女だし、もちろん私も必要としていない。そんな装備で魔法少女以外の人間でも戦えるように……と言うのが、彼らのやりたい事らしいけどさ。
〈もう脅かされるだけの生活は終わりです〉
五月蝿いくらいのフラッシュが炊かれている。まぁ、一切の抵抗の手段を持たない彼らからすれば、自衛手段の1つでも欲しいところなのだろう。気持ちはまぁ、分からんでもないけどさ……
〈手を取って共に立ち向かいましょう! 〉
まるで貼り付けたような、胡散臭い笑みの男がカメラに向かってガッツポーズを取る。まぁ、思想は大層な事だ。ただ、上手くいくとは思えない。魔力も魔法もないのに、外敵と渡り合えるとは到底思えないし。
「用事が、出来た」
「そう? なら夜ご飯も近いし、そろそろお暇しようかな」
もうすっかり辺りは暗くなり始めていた、確かに切り上げるのにはちょうど良い時間だったと言えるだろう。
「その内、また来てもらうことになる、かも?」
「それは、協会長として? それとも、スクイレとして?」
「協会長、として」
「つまり、お仕事かぁ……」
魔王を倒しても、魔法少女の戦いは終わらない。お役御免にならずに済んだのは良いけど、私以外の魔法少女には早いところ安息を手にして欲しいものだ。私は早くご主人様に人生を終わらせて欲しい。
「気をつけて、ね。サテライト」
「うん、スクイレも元気でね〜」
私を送り出そうと立ち上がった彼女は、まるで折れてしまいそうな細さの腕をヒラヒラと振っていた。そうして、私とスクイレの久しぶりの再会は───
「……そんな簡単に、折れない」
そんな事があった日の翌日である土曜日。大切な話があると伝えられていた私は、クロエちゃんのお家……らしき場所へとお呼ばれしていた。どうして確証がないのかと言うと……
「どうしてこんな山の中に……? 普段こんな所から通学してるの?」
「いえ、ここは橘で持ってるお屋敷の1つですけど……お父様に「お願い」して、譲り受けましたの」
随分とこのお屋敷が山の中にあったからだ。1時間以上は車に揺られていたと思うのだが。お泊まりにしても、随分と遠い所まで来た。
それにしても、家1つ貰った……? 私はまだ貰ったお給金はお母さんに預けてるのに、なんて言う教育方針なんだ橘財閥。まぁ、そもそも既にクロエちゃん自身が既に幾つか経営してるプロジェクトもあるらしいし。クロエちゃんのご両親は、彼女をもう既に1人前として見ているのかもしれない。
「随分立派なお屋敷だね、誕生日プレゼントとかには派手すぎない?」
「屋敷……というより、ここら一帯はウチのものですわよ?」
「はっ、へぇ……?」
スケールがデカすぎる。家庭自体は一般庶民派のサテライトちゃん困惑しちゃう☆いや、マジでお金持ちの本当のエリートお嬢様なんだなと、こういう所で実感するよね。
当然のように運転手付きの車を降りると、私の荷物を受け取る為にメイドさんが待機している。あれよあれよと応接間らしき場所へと案内されると、紅茶が出てくる。好きなのは伝えてたけど、何時も使ってるのと絶対香りが違う。
「わたくし考えたのですけど、やはり日光は大事だと思うのですわ。地下というのも、何かと制限がつきますし」
「……ごめん、何の話?」
「少し、歩きながら話しましょうか」
よく手入れされた緑豊かな庭園は、広すぎてちょっとした公園よりもデカイ。中央には、白を基調とした噴水とティーセットが置いてあって……想像していたお金持ちの家のような光景が広がっている。
そんな庭園を隣同士で歩く私とクロエちゃん。一体ここまで引き伸ばすような話とは、一体何なのだろうか。
「わたくし、色々考えたのですけど……やはりパートナーとは対等にありたいと思っていましたわ」
「うん、まぁ普通は……」
一般的な性癖で言えば、その反応は正しいらしい。そもそもとして、魔法少女同士の恋愛は聞かない話ではないとはいえ……男性と女性が結婚して家庭を持つのが世界の一般だ。
「ですけど、最近色々と勉強しましたの。プレイとしてはSMに分類されるような関係でも、信頼関係が大事で……そこには確かな信頼があると」
つまり、どういう事だ? 話が繋がりそうで繋がらない。それに、私のこの破滅願望とも言えるようなものは、プレイなんて生半可なものじゃ……
「だから、もし貴方を飼う事になったらの為に……一先ずはお家を用意しましたの。この庭園なんて、わんちゃんのお散歩コースにピッタリでしょう?」
「──────え?」
言っている言葉を理解するのに、数瞬かかった。戦闘ならば致命的なまでの隙。そして、その内容を理解するのにまたもフリーズする。
踏みしめている大地が、赤い薔薇の生えた庭園が……まるで違う世界の物に見えてくる。
「流石に、何も着ずに4足で歩くと擦れてしまいますから……肉球の着いた手袋とかも用意しましたのよ?」
その言葉の意味を理解した。いや、してしまった。背筋がゾッとすると共に、下腹部がキュッとする。とんでもないところに、私は知らず知らずの内に足を踏み入れていたのだ。
「今はまだ暑いですけど……冬になったら服がないと寒いですわよね? その時は、どうしましょうか……そう言うのも、しずくは好きなのかしら?」
「あっ、いや……えっと……!?」
彼女は、橘クロエは……本当に私を飼うつもりなのだ。何時の日か語ってくれた、私の『
「どうしたの、しずく?」
「はっ、はひっ……♡」
耳元に響く彼女の声が、まるで違うものに聞こえてしまう。今は淫紋の効果もない。そして目の前にいるのは、
「あら、もしかして想像しただけで立てなくなってしまったんですの?」
ダメだ、クロエちゃんは本当は一般的な恋愛がしたいって言ってたのに。私のせいで、大切な友達の将来を歪めるなんて……絶対ダメだからこそ、酷く身体が疼く。
「困りましたわね、今日は始まったばかりですのに……」
「ごっ、ごめ……!」
「一応言っておきますけど、貴方がどうしても我慢できなくなったら……の時の話ですわよ? 普通に住むにしても、ここはとっても良い所ですもの」
そうだ、ダメだ。危うく尻尾を振るところだった。思わず空を見上げると、まだ日は高くて……今日はお泊まり会。つまりは、たっぷりと30時間以上の時間を……私はここで過ごすのだ。明日帰るまでに、果たして私は無事でいられるのだろうか?
これは 前編
次が 後編