「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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二週目はきっと違う景色が見えてくる


2.女淫魔に負けたいんだが?

「…………此処は一体?」

 

 鳩尾(みぞおち)の痛みで意識が覚醒する、私は何でこんな所に───そうだ、女淫魔と戦ってそれで。身体を動かそうと腕を動かそうとしたものの……両腕両足が鎖のようなものに繋がれていて身動きが取れない。ここは一体どこなのだろうか、そう思って辺りを見回す。そこにはコンクリートむき出しの床と壁が広がっていた。窓のない間取りからして地下室だろうかと当たりを付けてみる。

 

 首を動かして自分の身体に目を向けると、下腹部にはハートの淫紋らしきものが淡く光を放っているが……それ以外に特に身体に変化はないし、別に身体がむずむずしたりもしていない。それが示すのはつまり……起きてる時の私の反応も楽しみたいタイプなんだろう。

 

 それって私の事───めっちゃ好きじゃん。そんな益体(やくたい)も無い事を考えていると、後ろから地面をカツカツと叩くハイヒールの音がこちらに近づいて来る。

 

「お目覚めのようね、サテライトちゃん?」

「……貴方はッ!」

「あら、怖い目で睨まないで頂戴? お姉さんそんな目で見られたら悲しくて泣いちゃいそう♡」

 

 そういって悲しそうに目元を拭う……フリをしているように見える目の前の女淫魔。どうしよう、夢にまで見た状況に興奮のあまり心臓の高鳴りを隠せない。それでも、外面を取り繕わないと。

 

 最初から堕ちてるのは───解釈不一致だから。

 

「離しなさい! こんな事をしてどうなるか貴方も分かっているんでしょう!?」

「あらあら、こんな状況で私の心配なんて随分と優しいのね♡」

 

 クスクスと笑われるだけで、全身に甘い痺れが奔る。甘い声も余裕のある態度も完璧かよ……理想に思い描いていた『それ』よりもずっと素晴らしい。やはり言葉責めと言う観点において、会話が通じるのは非常に強いアドバンテージを誇る。ありがとう神様、私達に共通の言葉を作ってくれて。

 

「ちょっと失礼するわね?」

「……っ♡」

 

 太ももから下腹部にかけて、すらりとした指が私の身体をなぞるように触れる。流石はサキュバスと言うべきか、それだけでゾクリと言う感覚が背中を奔った。始まるんだな? 今ここで……!

 

「うん、定着したわね。とってもお似合いよ、サテライトちゃん?」

「例え何をされたとしても───私は決して屈しない!」

 

 

 だけど、その後に告げられた一言は、あまりにも恐ろしい事実で。

 

 

「あら、貴方の身体にこれ以上何かするつもりは無いわよ?」

「───へっ?」

 

 なんでそんなひどい事言うの?あっ、放置プレイ的な奴?いや、周りに他の人どころかカメラすら無いんだけど。

 

「私は貴方の心が欲しいんだもの、綺羅星のような貴方の心が。壊してしまうなんて勿体ないわ」

「……はえ?」

「だから、きっと私を───好きにさせて見せる」

 

 ───違うじゃん。

 なんでサキュバスが純愛思考なの???

 

 快楽でぐちゃぐちゃにして貴方のモノ♡にしてくれればいいじゃん。もう情けな~く敗北宣言のおねだりをする所までイメトレはばっちりだったんだが?好きな人がこんな無防備な状態で目の前にいるのに、手を出さないなんて考えられるのかよ……性の化身のような存在のサキュバスが???

 

 

「それに家畜への落とし方は知ってるけど、好きな人の落とし方なんて教わったことないもの……」

 

 そう言って頬を染める彼女に対して、申し訳なさの方が勝ってきてしまった。ごめんなさい、私の本心は貴方が思ってるほど綺麗じゃないんです。本当は取り繕ってるだけでピンク色なんです……

 

 それにしても、私はこんなエッチなお姉さんを知らないというのに……彼女は何処で私の事を知ったというのだろうか。その疑問は、彼女の口からすぐに語られることになった。

 

「貴方の事はずっと見ていたわ、サテライト……一目惚れだったの」

「……えっ?」

「先代の魔王に虐げられていた私達サキュバスに対して……魔族も人も関係ないと、手を差し伸べてくれた私達の光」

「いや、それは私の……」

 

 外面のためだったとはとてもじゃないけど言い出せなかった。一族を救ってくれた恩人が外面や偽善で自分たちを救ってくれたなんて知ったら、彼女達がどれだけショックを受けるかは想像に難くない。

 

 そして、そのエピソードも申し訳ないんだけど全く記憶にない。そういう事が日常的になりすぎた弊害だ、似たような話だけで10件くらい思い浮かんだし。

 

「その時からずっと……ずっと思っていたの」

「……はい」

「貴方に私を見て欲しい、その目に私を映して欲しいって」

「あっ、えっと」

「その、ずっと……お慕いしておりました」

 

 大胆な愛の告白を決めた彼女に対して、私は一歩後退ろうと───して鎖が揺れるだけに終わる。身体が縛られているのだ、逃げ場なんてどこにもない。こんな形で追いつめられるとは思ってもいなかった。あまりにも気まず過ぎる……身体というか性癖の為にわざと負けたなんて、今更言えるわけないじゃんか……

 

「じゃあ何で急に襲ってきたの?」

「好きな人は力で手に入れるのが私達のルールだもの」

「そっかぁ……それなら仕方ない? か」

 

 まさかの外界との文化の違い(カルチャーショック)と言う奴だった。それにしてもあまりにも私の想像のサキュバスとかけ離れている。このまま押されたら三時間くらいでコロッと落ちるのに、私。

 

 まあ、それなら仕方ないとはいえ……このままお預けをくらったままになりそうだなぁ……

 

「それと、魔法を使うのはお勧めしないわ? サキュバスの特製のお呪いですもの」

「あっ、はい。分かりました……」

 

 ニコニコと嬉しそうな顔で私の鎖の鍵を外し始めた彼女に、今更怒る気も敵対する気持ちも起きる筈も無く……当時の私は、裏で起きていた『それ』を知らずに、随分と呆けた顔で困り果てていたと思う。

 

 


 

 

「何処に居るんですの、サテライトッ……!」

 

 魔法少女サテライトと連絡が取れない。

 

 魔法少女協会からそんな無線での連絡があったのは、そろそろ見回りを切り上げようとした時の事だった。上層部からの指示は『待機』、それでもわたくしは居ても立っても居られず夜の街へと駆け出した。

 

 ───こうなったのはわたくしのせいだ、兆候には気づいていた筈なのに。

 最近元気が無さそうだったのも、昨日のミーティングが上の空だったのも調子が悪かったに決まっている。恐らくは『魔王』との戦いの疲れが抜けきっていなかったか、後遺症を負ってしまったのだろう。そうでなければ、貴方が負けるなんて考えられない!

 

「居るなら返事を……返事をしてくださいサテライトッ!」

 

 脳裏に浮かんだ嫌な想像を振り払う、きっと無事に決まっている。

 貴方は、最強の魔法少女なのだから。

 

 氷の鏡を空中に生成しながら、市街を駆け回る。わたくしの魔法はこの氷鏡による情報収集こそが真骨頂、わたくしが捜索をするのが一番効率が良い。

 

 長時間の多重起動による負荷で、鼻から血が流れだしたが───そんなのは関係ない。

 今も彼女が戦っているのなら、きっと。

 もっと苦しい想いをしているのだから。

 

「お願いだから返事を……!」

 

 戦いの音は何処からもしない。戦闘の痕跡がそこかしこに残っている事から、戦い自体はもう終わっているのだろう。

 

 きっと、力を使い果たして倒れているだけ。

 だから、ワタクシが迎えに行ってあげないと。

 こんなに心配させたんですもの、「何時まで寝てるんですの」なんて小言位かけても許され───

 

「───あっ」

 

 激戦だったのだろう、陥没したコンクリートの地面のその中。ひらりと揺れていたのは、確かに見覚えのあるピンク色のリボンだった。

 彼女が……『しずく』が髪を結ぶときにいつも使っていた筈の、ピンク色のリボンだけがその場に残っていて。

 

「しず……く?」

 

 認めたくない、認められない。そんな感情とは裏腹に、頭は酷く冷静に事態を理解していた。

 おそらく彼女は連れ去られた、それは死んでいないとは言う事だが……『外敵』に連れ去られた魔法少女がどうなるかなんて、誰だって知っている。

 

「───嫌」

 

 連れ去られた魔法少女は母体となり、死ぬよりもずっと酷い目に遭った後───餌になる。その場で殺される方がずっと、人道的で……()()()助けられた魔法少女の9割が、()()その命を絶つという。

 

「しずくっっっ!」

 

 夜の闇に慟哭が響く、それでもこの声はきっと彼女には届いていないのだろう。

 その日から、魔法少女サテライトは───

 

 

星乃しずくは私達の前から姿を消した。

 

 




次回『諦めなんかに負けませんわ?』
乞うご期待

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