神凪グループは大きな企業だ。工場や警備に食品……果てはキャバクラと言った幅広い分野に進出している……らしい。いや、あんまり企業がどうとか普段気にしないよね。そして橘財閥はもっとデカいと、クロエちゃんはそれはもうでっかい胸を張って教えてくれた。そんな所に対抗意識を向ける必要は無いと思うけど?
現在のグループの代表取締役社長は、神凪宗一郎。若い彼が社長に就任してからは、神凪グループは目まぐるしい成長を続けている……らしい。中学生がそんな事を知っている訳無いだろ。テレビで見ても胡散臭い笑みだなぁ……くらいしか思わなかったし。
そんな訳でいざ神凪グループへカチコミ~という訳にもいかないのが、難しい所。そもそもまだアタリを付けてる段階だし。
何と言っても確証も証拠もないのだ。当たり前だが相手は法律に則って経営している企業グループ。魔法少女に法律が適応されないと言っても、そんなことを協会が率先してやる訳にもいかない。国民を敵に回すことになった先にあるのは、差別だ。別に一般人全員滅ぼす事は出来るけど、社会の崩壊を求めている訳では無いので。
それ故にとりあえずは地道に情報収集をするしか無い訳だが、その時は意外と直ぐに訪れた。行方不明になっていた魔法少女は皆、生活面で困窮している野良の魔法少女が多い。つまり、新星の方の魔法少女へとアクセスがあったのだ。曰く、日当の高い仕事があるんだがどうかと。
「あっ、怪しすぎるね……未経験者歓迎、日当5万でボーナスありはもう役満でしょ」
「ベルも……ブラックなバイトかお風呂に沈められるくらいしか思いつかないんだけど♡」
まあ、ホームレスみたいな生き方してる魔法少女は引っ掛かりそうだなぁ……家族の理解が得られなきゃ化け物扱いなんて事もある訳だし。そりゃあ急に自分の子供が10歳になって空を飛んだり火を噴いたりしたら怖い気持ちも分かるけどさ。
「そこで、どうしてお風呂が出てくるんですの?」
「ヴェッ!? ベ……ベル分かんな~い♪」
このマセガキ……ネット断ちさせた方が良いんじゃないか? いや、そういえば彼女は今や掲示板の『ぽまえら』達の姫なんだった……もう遅いか。クロエちゃんはそのままでいてね♡
それにしても口頭でのスカウトか……断わったら後ろから着いてきたらしいが、どうするつもりだったのだろうか。魔法少女に人間が勝てるとも思えないし、相手のスカウトのバックにも魔法少女の可能性があると見ていいか?
「とりあえず……人気の無い通りを中心にうろついてみよっか」
必然的に、ここで取るべき一手とは……そう。おとり捜査である。
歩く事暫く、辿り着いたのは身寄りのない魔法少女達が体を寄せる東京のとある路地。
魔法少女横丁……通称”マホ横”とも言われるここは、私達の施策もあってその数を減らしたものの……数人の少女の姿が見える。家族や友人に化け物扱いをされて、人を信じられなくなったり……
私達がやろうとしているのは釣りだ。如何にもな少女を演出して相手から声を掛けてもらう……おとり捜査。日本ではグレーゾーンだが、魔法少女の私達に恐れる法なんてない。いざとなれば氷面鏡で乗り切ろう。
そして肝心のおとり役は誰が行くかと言うと……
「おっ、おぉ……思ったより様になってるね」
「えぇ、それ褒めてるぅ~?」
少しだけアクセサリを乗っけて送り出したベルちゃんは、この場所と凄い親和性だった。
緑の髪の地雷系ファッションのメスガキ。耳に開いたピアスに、黒い厚底の靴。私を意識したのか、ピンクが目立つアクセサリ。それはもう、想像したマホ横の魔法少女の姿……正にそのままだった。
真面目な話、私やグライシアじゃ目立ちすぎる。ブレイディアは勿論目立ちすぎすぎる。何で常に火球を浮かせてんだよ、怖えよ。
「それじゃあ、こわーいおにーさんかおねーさんを見つけてくるね♡」
「えっ、えぇ……いってらっしゃいですわ?」
完全に役に成りきっている、流石は初対面で私の為に組織をプレゼントしてくるイカれた女だ。ガキのままで居たいという理由で始めた
その在り余るマホ横力に魅入られてか、あっという間に受け入れられたらしい彼女。スマホのアプリ越しにそちら側の会話だけこちらに聞こえるようになっている訳だが、内容が結構えげつない。同年代とは思えない程、壮絶な人生を送ってきている。
それから二時間ほどが経過した、お昼時。そろそろ一旦切り上げようかと迷っていた所で、場所にそぐわない黒いスーツ姿の男性の姿がマホ横に入っていくのが見える。
「仕事に興味は無いか、魔法少女にしか頼めないんだ」
そんな事を宣う男性。
1アウトォ……未成年の少女への労働をしないかなんて声かけ事案じゃねぇか……
「え~? ベルってばそんな安い女じゃないって言うか~♡」
「簡単な業務で10万までなら出す、ボーナスもある」
2アウト……高くて簡単な仕事なんてそんな美味い話があるわけが無い……
「何処でなにをすればいーの、おにーさん♡」
「具体的な場所は言えないが、ここからそう遠くは無い」
3アウト……! 大っぴらに言えないような事をさせるなよ……思ったよりもアウトだった、だがこのまま捕まえても所詮は、蜥蜴の尻尾切りに終わるだろう。
「それじゃあ、話だけは聞いてあげよっかなぁ、おにーさんかっこいいし♡」
「……あぁ、それじゃあ詳しい話はこちらでさせてもらおう」
そう言ってその場を離れて黒いバンへと入ろうとするベルとスーツの男。完全に事案だった、勿論彼女をそのままにしておく訳にもいかないので車の後を追う。私達のような魔法少女にとって60㎞で走る車と並走する位は訳ない。ただ、流石に目立つのでグライシアの氷面鏡で姿を消して追いかける。本当に便利だ、氷面鏡……一家に一台欲しくなる性能だよね。
そのままバンは神凪重工の敷地へと入っていく、本当に入って行っちゃった……馬鹿なのか、知られてももみ消せる自信があるのか。どちらかは分からないが、私達も後を追うしかない。どうやら客間についたらしいベルちゃんが席に座るように指示されている。今の所は、特に変な事を頼まれたりはしていない訳だが……
「オレンジジュースでも飲んでいて待っていてくれ、今上の者を呼んでくる」
「はぁい、いってらっしゃ~い♪」
それにしても相手側はずっと硬い表情をしていたな。まるで軍人のような……なんて所まで考えた所で、私達も姿を消したまま部屋へと入る。
「……ベルはいらないから、ジュースあげよっかグライシアおねーさん?」
「本気にしたらどうするつもりですの?」
「やだなぁ、流石に冗談だよ?」
若干語気が強くなるグライシア。まあ彼女が怒るのは無理もないだろう、どうせこの中には……
「混ぜ物、してあるよねぇ。それも魔法少女の身体の自由を奪える何か」
ここまで、魔法少女に無理やりいう事を聞かせられる
部屋の隅を見ると、監視カメラが回っているのが分かる。遠いので音声までは入らないとは思うが、用心に越したことは無い。さてここからどうするかだが……もし、これを飲んだらどうなってしまうんだろうか。極めて学術的に興味がある。
「まあ、ベルが一芝居うつから……それから考えよっか」
「……危険ですわよ?」
「でも、困ってる魔法少女がいるかもしれないんでしょ? こんな所で……止まってられないよ?」
私が飲もうか? なんて言葉を寸前で引っ込めておいてよかった、本当に。コップを持ったベルちゃんは、オレンジジュースを口に近づけると……
「……停滞」
口に含み、呑み込んだ……ように見えた。実際は口の中で停滞させて、後で吐き出す算段なのだろう。流石に気の利くクロエちゃんが鏡で受け皿を作ってあげていた。仕事と個人的な感情を切り離して動ける辺り、流石は序列二位の魔法少女と言う事なのだろう。
数十秒ほどして、コテンと座っていたソファへと倒れこんで目を瞑るベルちゃん。それから数分ほどして、先ほどの男が部屋へと入ってきて……眠っている(ように見える)ベルちゃんを担いで、何処かへ連れて行こうとする。
付いて行こうとした所で、私達の足音が全くしない事に気付く。恐らくはベルちゃんが『停滞』させているのだろう。目を瞑っているのに随分と器用な事だ。
扉を5つほど抜けて、カードキーをかざした扉の先にあったのはコンクリートが打ちっぱなしの地下への階段。どう見ても工場と言うよりかは怪しい研究施設にしか見えない底を、男は慣れた様子で下っていく。
地下に入ると、怪しげな……恐らくは頭に取り付けるであろう機械や薬品などが並んでいる施設へと運ばれていく彼女。完全に言い逃れのできない証拠が目の前にあった。こんな簡単に入れるのか……と思って、考え直した。普通は簡単に姿を消したりは出来ない。
それにしても悪徳企業と言えば魔法少女、魔法少女と言えば悪徳企業と言うように。実際、物理的に傷つける事の出来ない魔法少女を思い通りにしようとするのであれば、洗脳は非常に有効的な手段だと言える。
もし、捕まってしまったらどうなるのだろうか。薬品と洗脳漬けで自我を滅茶苦茶にされるのだろうか。何の効果があるのかは知らないが、こういう時の洗脳は快楽責めとセットである事が多い。本当に何故かは知らないが、実際他の組織を潰した時もそうだったのだ。
必死に耐える私と、ありとあらゆる薬と機械で滅茶苦茶にされる私。尊厳を踏み躙られ、必死に耐える私を嘲笑うように……想像しただけでクラっと来そうになるが、そこに愛は無いだろうと思い直す。
ここまで来れば十分だろう。椅子に座らせられる前にぱっちりと目を開いたベルちゃんが、男に向かってニヤリと笑みを作ると……驚愕した男が声を上げる。否、恐らく上げている。
「お じ さ ん、触る手つきがイ ヤ ラ シ す ぎ ♡」
「……!? ……ッ!!」
ドンドンと蒼褪めていく顔と、ピクピクと痙攣しだす手足。まるでカエルさんみたいだななんて、そんな事を思った。それにしても中々えげつない事をする……魔法に抵抗の無い普通の人間相手に、顔の周りの空気を『停滞』させたのだろう。
「それじゃ、この先に何があるのか見にいこっか♪」
「中々にえげつない技を使いますわね……」
息も吸えなければ音も出せない。少しだけ黒服の彼が可哀そうだが、こんな実験に加担している時点で彼もこうなる覚悟は出来ていただろう。まだ息はありそうなので、縛ってトイレの個室へと放置する。
証拠用に写真を取ってから奥に向かうにつれて……警備員の数が多くなっていく。だがしかし、彼らは見慣れない装備を身に着けていた。しかも得物は人によってまちまちで、槍や斧といった原始的なもの。こういった警備にしては珍しく統一感が無い。だけど何となく嫌な予感がするんだよな……
研究施設らしく白い床と壁に、ガラス張りの道を歩く事暫く。奥に近づくにつれて、嫌なにおいが鼻に突く。それは薬品や、工場のオイルのような臭いではなく……
「血の臭い……?」
「……急ぎますわよ」
血液特有の鉄錆の匂い。何度か嗅ぎなれたそれは、恐らく間違えているという事はないだろう。小声で急ぐように急かされて向かった先にあったのは……
「……ッ!」
「こんな事が……」
壁に立てかけられていたのは見慣れた牛の角だった。恐らくは大剣のように振り回せるように持ち手が取りつけられたそれは、武器として研がれているものの……見間違えようのない、オーソドックスな牛型の『外敵』の角。
見慣れた風景だった、血に濡れた角も……その先に斃れる魔法少女の姿も。この世界においてはよくある話、だがこの場所においてはその意味はまるで違う。
確かに、魔法少女や外敵は現代兵器では傷をつけることが出来ない。だからこそ、人間の生存圏は大きく後退する事になったし……軍ではなく魔法少女と言う存在に外敵の討伐を任せているのが現状だ。
だが、逆に言えば『外敵』や『魔法少女』
虚ろな目で立っている少女たちの身体に残るのは、夥しい量の痛々しい傷跡。辛うじて息があるのは、彼女たちにとって本当に救いになるのかは分からない。
怒りと恐怖からか、思わず言葉を失う2人。
そんな中で、感情とは別に……この後の事を冷静に考えている自分がいた。