意識を失って幸せそうに寝ているあまねちゃんを一瞥して、椅子に座ってから考える。この状況……どうしようか。お部屋で何をするかも決めていなければ、この後何処に行くかも決めてない訳で。まあ、意識を失ったのが自室だったのが不幸中の幸いと言う奴だろう。
とりあえずどうしても、一つだけやりたいことがあったので棚へと向かう。可愛らしい私のフィギュアは、非公式グッズだけどかなりの完成度だった。そして持ち上げてみると……
「……白かぁ」
まあ、オーソドックスだよね。やっぱり清純派と言ったら白のイメージがあるし、実際当たっている。戦闘中は浮いたりしてるし、やっぱり誰かに見られてたりするんだろうか。いや別に、見られても減るもんじゃないけどさ。
いや、見れるものなら見ておきたいのはしょうがないだろう。あまねちゃんもきっと一回くらいはやったことがあるはずだ。趣味は悪いけど、人の部屋を物色するのも面白いな。
雑誌は勿論、私レベルの人気になるとコラボPCなんかも出てたりする。私とPCに一切関係なんて無かったのに。缶バッジ等は勿論の事、スマホケースなんかもある。まあ、世界が滅びかけていた時に颯爽と現れた、可愛くて強い魔法少女達のトップ。これでまあ、人気が出ない訳が無いか。
「こういうので良いんだよな、こういうので」
流石に全部のグッズに私の顔がプリントされている訳では無い。むしろ、そんな部屋に居たらどれだけ好きでもノイローゼにならないだろうか? 私の衣装っぽい柄や、私のステッキ(普段は使わない、もっぱら宣材写真用)のプリントされたマグカップとかそう言うグッズが多い。
頬っぺたをツンツンとつつくが、まだ目を覚まさないあまねちゃん。流石に部屋を漁るのにも飽きてきてしまった。いや、一か所だけ見ていない場所があった。好奇心に駆られて押し入れの扉を開けると……
「……ひっ!?」
……目が合った。
私の写真と、目が合った。
その部屋の何処を見渡しても、私の写真と目が合った。
それも当然だ、壁も床も天井も……あらゆる所に私の顔写真が貼りつけられているのだから。狂気的なまでの偏愛の集大成がこの部屋に敷き詰められていた。可愛い私の御尊顔でも、ここまで並べられると不気味さが強い。
そして自然と、この押し入れの中の……唯一、私の顔が無い部屋の中央に目が行く。そこには何かを祀りたてるかのように、木の棚の上に置かれた額縁に入れられた私の顔写真。そして……純白の布。
見間違いだろうか、いやそんな筈は無い。
そこにあったのは間違いなくあの日無くしたパンツだったのだから。
あまりの事に呆気に取られていた私は、周囲への警戒を疎かにしていて。
背後から忍び寄る陰に気付かず──────
──────襲われるなんてことは無かったんだけどさ。そりゃあ、まあ私の大ファンであるあまねちゃんが、私に手をあげる筈も無し。ただ、もしかしたら気絶された方が楽な地獄がここに繰り広げられていた。
「しっ、死にます……殺してください……!」
「いっ、いや……びっくりしただけだからさ、頭を上げて?」
土下座をしたまま動かなくなってしまった彼女。
天国にいるかのような夢見気分から一転。あんなものを作っていたのを
「あああああぁぁぁ、生きててゴメンなさい……」
別に私としては、あんまり気にしてないんだけど……本人はそうもいかないらしい。むしろ私の事がそんなに好きなんて……ちょっと可愛くない? そうでもない? そうか……
「無くなったなとは思ってたんだよね、脱がされた記憶はあったんだけどさ……」
「つっ、つい魔が差して……出来心だったんです……!」
計画的犯行だとは誰も思ってないから安心してほしい。というか推しのパンツを窃盗する計画って何だよ、どういうプランが組めるんだよ。
「これ、洗ってはあるんだよね?」
「……なんで洗う必要が?」
「言い値を払います、払いますから何卒この子だけはご容赦を……!」
「そっ、そんなに欲しいの?」
「はっ、はいっ……何でもするので……!」
「ふっ、ふーん? そっかぁ、そうなんだぁ……?」
そんなに必死に懇願されると、取り上げるのも少し可哀想になってくる。
とは言え普段から下着はセットで揃える派の私としては、一着無くなると酷くモヤモヤするもので。2セット持っているとはいえ、パンツが一枚にブラが二つというのはかなりアンバランスだった。
「まぁ? そんなに欲しいならあげるのも吝かでは無いと言うか?」
「本当ですか!? やっ、やったぁぁぁぁ! 公認だぁぁぁ!」
「あまね、うるさいわよ?」
「あっ、お母さん。ごめんなさい……」
あまりの五月蝿さに、お母様が何事かと様子を見に来るくらいには喜んでいる彼女を見ると、ちょっと恥ずかしいけど凄く嬉しい。多分、私って付き合い始めたら尽くすタイプなのかもしれない。
「そんなに欲しいなら……上も要る?」
「えっ……!?」
アンバランスなのが嫌なら、捨ててしまえば良い。どうせ捨てるくらいなら、欲しい人にあげてしまえば良い。だからこれは合理的な、極めて合理的な思考だから。
「ブラだけ2つあるのも変だし、今着てるの……あの日のと同じだから」
「良いんですか!? ほっ、欲しいです……是非っ!」
「じゃあ脱ぐから、さ。後ろ向いててくれる?」
「はっ、はいっ……!」
先程とは打って変わって、静まり返った室内に布擦れの音だけが響く。本当に何やってるんだろうなぁ、私。
ただ着替えているだけなのに、心臓が跳ねて煩い。するりとまだ体温の残る『それ』を脱ぐと、テーブルの上へと置く。
「もう、こっち見ても良いよ?」
勝手に持っていかれるのと、自分で渡すのは全く違うと……今更ながらに気づいた。もしも、あまねちゃんに邪な気持ちが芽生えたらそういうことに使われちゃったりするのかな。
もしもSNSや掲示板にあげられちゃったら、皆そう言う目で見るんだろうな。そしたら、そしたら……想像するだけで、変な気分になる。
まだ暖かさの残る『それ』に手を伸ばしては引っ込めている彼女の様子は、随分とおかしくて……まるで下着泥棒の不審者にしか見えなかった。その歳でどうしてそこまで不審な動きができるのか。
「何してるの?」
「おっ、推しへの距離感を測り損ねていて……」
……そんな心配はいらなさそうだなぁ。いつも通りの限界オタクっぷりに、なんと言うか毒気を抜かれたと言うか……何故か分かんないけど安心する。
「でも……やっぱり付けてないと落ち着かないね?」
「わっ、私ので良ければ使ってくださいっ!」
「流石にサイズが合わないかなぁ……」
スクイレならもしかしたら合うかもしれないけど、私の背丈も体格もそこまで小さい訳ではない。むしろ入ったら問題じゃないか?
「こんなにしてもらって、私何を返せば……」
「プレゼントついでだから別に良いよ? ファンサービスだと思ってくれれば」
自分の下着をプレゼントと言うのもイカれてるとは思うけど、考えてみれば飾ってくれるくらいだからまあ良いだろう。
「あっ、そうだ……それならお散歩に行きませんか!?」
「良いけど……なんでお散歩がお返しに?」
「それじゃあ良いから行きましょう、今から!」
散歩が私へのお返しになる理由……見せたいものがある? 違うな。一体、いや、もしかして……
「今からって……えっ、この状態で?」
「そうですよ?」
合点がいった、寄りにもよってこの状態でお出かけに行こうというのか。
「あまねが手を引いてあげるから、行こう? しずくおねーさん♡」
太陽が眩しい、住宅街のコンクリートを歩く二人の少女。
今日は肩の出る真っ白なワンピースを着ていて、それ故に透けないかが酷く心配だった。今ここに居るのは認識阻害の効く魔法少女サテライトではなく、普通の中学生……いや、ただ美少女なだけの中学生なのだから。
「ほら、下向いてると危ないよ、しずくおねーさん♡上向いて?」
「はっ、はいっ……」
炎天下だからか、冷や汗なのかは分からないが……ジワリと汗が滲む。それが一番いけないのに……止めようと思って止められるものでは無い。
何時の間にか完全にメスガキスイッチONになっているあまねちゃん。これが彼女なりの恩返しだという事なのだろう。だとしたら、私の事を分かりすぎている。この状況を不味いと理解しつつも、身体は喜んでしまっているのだから。
「どっ、何処に行くのかな?」
「え~どこだと嬉しい?」
道を通りすがる人の視線が気になって仕方がない。土曜日のお昼前という事もあってか人の量が多いけど、もしバレていたら……指摘されてしまうのだろうか。それとも、後で噂される? それとも、路地に連れていかれたり……?
「手で隠しちゃだーめ♡あまねと手を繋ご?」
「やっ、ううっ……」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……! 格好もそうだけど、年下の子供に手玉に取られているという現状もまた、恥ずかしさに拍車をかけている。こんな可愛い私が、こんな小さな子の言いなりになって……痴女のような格好で街を歩かされるなんて……
「はい、とーちゃく♡」
「こっ、公園……!?」
着れていかれた先はよりによって人の多い、大きめの公園だった。家族連れで賑わっていて、人が多い分バレるリスクも当然高まる。
そして私は美少女なので、当然のように目立つ。私の可愛さがこんな形で足を引っ張るとは思っても居なかった。
「滑り台も良いけど、ブランコも良いよね」
「私もう、そういう歳じゃ……」
「だーめ、一緒に遊ぼ?」
子供たちに混じって、遊具を回る度にジワリと汗が気になってくる。額から流れた汗は首筋を伝って、真っ白なワンピースを濡らしていく。そんな時だった。
「あっ、あまねちゃんだ〜!」
「み”っ”!? なのちゃんも公園に……!?」
何か別の問題が発生している、そりゃ家の近くで知り合いに会いやすいのは当たり前だ。どうしよう、死ぬほど気まずい。でもきっと、私よりあまねちゃんの方が気まずい。彼女は今、メスガキとして振舞っているのだから。
「あっ、あわわ……」
「あまねちゃんのお友達ですか?」
「あっ、そうだよ〜」
お友達の目線が私に向く。こんな状態でじっと見つめられると、頭がおかしくなりそうだった。何かを探るような目つきで、私の事を凝視する小さな女の子。
「あれ……?」
───お願い。
「おねーさん……」
どうか。
「もしかして……」
バレないで───
「すっごい美人さんだね!」
「───そっ、そうっ!? そう言われると嬉しいなぁ!?」
───良かった、バレなかったらしい。心臓が高鳴って、裂けそうな程に痛い。
「私そろそろ行かなきゃ。あまねちゃん、学校で会おうね!」
「うっ、うん……あまねも楽しみ♡」
「……うん? じゃっ、じゃあまたね?」
去って行くお友達の後ろ姿を目で追って、見えなくなったのと同時にその場にぺたりと力なく座り込む。凝視された時は、完全に終わったかと思った。
「おっ、終わるかと……っ♡」
足に力が入らなくて、上手く立ち上がれない。ワンピースは汗でしっかりと濡れていて、地肌が透け始めていて───
「はい、タオルだよ♡」
「はっ、はひっ……ありがと……」
間一髪と言う所で、持ってきていたらしいタオルをかけられる。背中をポンポンと叩かれると、安心感からか緊張の糸が切れて足に力が入らなくなる。彼女の口元が蠱惑的な曲線を描いて、私の耳元で蠢く。
「午後からは、おかーさん達……いないんだぁ♡」
「それって……いや流石に……」
「よく我慢できました♡ごほーびに可愛がってあげるね♡」
力が入らなくて、一人じゃ立ち上がることも出来ないまま……肩を貸してもらって歩き出す。勿論、誰も居なくなったあまねちゃんの家に向かって。
この後何があったかは皆様のご想像にお任せしようと思う。
一つだけ言えるとしたら、その後の事を描くにはこの空欄は……狭すぎた。