窓の外に広がる景色と、プカプカと湯船に浮かぶ二つの双丘を眺めている。大きいと水に浮くとは聞いていたが、こうして浮いているのを見るのはお母様のを見て以来だった。この前ルクスと一緒にお風呂に入ったけど、その時ルクスは後ろに居た訳だし。
「……流石にそんなにじろじろと見るのは、マナー違反ですわよ?」
「いや、浮いてるなぁ……と」
「浮いてるなぁじゃありませんのよ。そんなにガッツリ見入られると、わたくしが間違っている気がしてきましたわ……」
乳白色に濁った温泉の水質と湯気のせいで、氷山の一角しか見えないものの……それがむしろ、却って素晴らしい。
大きく息を吸って、吐く。腕を下すとちゃぷんと水音が鳴り、日々の疲れが落ちていくような感覚がする。国民的アニメのヒロインと同じく、女の子というものは大なり小なりお風呂が好きな子が多いものだが。例に漏れず私もかなりのお風呂好きで、とりわけ温泉に入るのは大好きだった。
「絶景かな……」
「そろそろ手が出ますわよ?」
「私のは、好きなだけ見ても良いわ?」
ルクスがそう言うとこれ以上は洒落にならない気がして、窓の外へと視線を移す。ポツポツと灯の付く人の住む街並みは、高さのせいでとても小さく見える。美少女と一緒に眺める絶景のお陰で、何時までも浸かっていられそうな夢見心地だった。
「でもちょっと近くない?」
「嫌じゃない、でしょ?」
「まあそれは……悪い気はしないけど」
「ふへっ、へへへっ……」
そこまで詰める必要があるのかと言うような近さだ、小脇に侍らせているみたいな距離感。嫌では無いものの、湯船の中というのもあって少し暑苦しい。あとあまねちゃんはそろそろ帰ってきて欲しい。
とはいえそろそろあがらないと、茹だってしまいそうだった。ゆっくりと立ち上がると、名残惜しい温泉を後にする……朝も入ろっかな。
風呂からあがって、全員でお風呂の余韻を楽しんでいる一時。そんな中でとある目論見を果たすために、勢いよく立ち上がった。
「プレゼントを……考えます!」
「いぇーい、ぱふぱふ」
「いや、急になんですの?」
随分と棒読みだったが、ちなつちゃんだけはノってくれた。とはいえこれだけでは、なんの事か分からないだろう。
「魔法少女……グライシア」
「急にかしこまってどうしたんですのよ」
「実力、ビジュアルともに申し分ない君が、二位の地位に甘んじているのは……何故か」
「サテライトが上にいるからですわよね、喧嘩売ってるんですの? 全ッ然、買いますわよ」
まあそれはある、この私が……って。違う違う、喧嘩を売りたかったわけでも自慢をしたかった訳でも無い。今回の主題はあくまで別、別にあるのだ。
「ファンサービス。ファンの皆様へと還元とも言える”それ”。果たしてクロエちゃんは、万全にできていると言えるかな?」
「うぐっ、そう言われるとおざなりにしがちですが……最低限はしていますわよ」
「裏を返せば最低限しか出来ていないよね。序列は実力ももちろん大事だけど、一般人からの人気……名声も大事だよ?」
「そう言われると一理無くもないですわね……」
「それじゃお手本を見ててね?」
息を吸って、理想の変身を思い浮かべる。
「マジカル☆チェンジ───☆」
何時ものように、ステッキを振ると*1謎の光が私を包んで……それと同時に着ていた服が解けて魔力が私の身体を覆っていく。
「魔法少女マジカル☆サテライト───」
胸部に淡い光が集まり一際大きなリボンが生成されていく。ピンク色の衣装のスカートと白いニーソの間から見える絶対領域を、これでもかと見せつけるようにスキップを踏み……
「───スターライド☆」
顔の前でピースしてウインク……完璧だ。夢と希望に満ち溢れた変身バンク、見れた人はさぞ嬉しい気持ちになること間違いなしだろう。認識阻害と同じように、魔法少女に基本的な能力として備わっているこれは意外と応用が利く。使ってる人は少ないけど。
「……今日も決まったぁ、うん。そういう訳で、今回プレゼントするのは……登場ポーズ。一番シンプルながら、どんな時でも使える「変身バンク」だよ」
「こんなのを私にやらせるなんて……正気ですの?」
こんなのとはなんだ、こんなのとは。魔法少女と言えば変身バンクだろう。勿論緊急性が高い時には使わないが、どうせ私達クラスの実力になると変身しなくても倒せるような雑魚ばかりだ。だからこそ、こうしてお洒落に変身する余裕すらある。
「という訳で、考えてきたからやってみよ?」
「拒否権は無いのですわね、プレゼントの押し付けも良い所ですわよ……?」
そうは言いつつ、拒否はされなかったあたりに彼女も人気が欲しいようである。
別室に行って、考えてきた振り付けと台詞を説明する。一通り説明し終わって練習し終わったが、皆の前に進めずにいる彼女の背をそっと押してあげる。
「……まっ」
「声が小さいよ、恥ずかしくなんて無いからほらっ……!」
「あぁもう、なるようになれですわ! マジカル☆チェンジ……!」
半ばヤケクソ気味に、ステッキを取り出した彼女の姿が淡い青色の光に包まれる。シルエットとなった……でっか。シルエットだからこそわかる大きさが、たわわに一部を主張している。
「魔法少女グライシア───」
等身よりも大きな、光で出来た鏡が現れる。その中を通ると淡い光は身体にくっつくようにしてコスチュームになっていき……そしてつま先にブーツを生成するのと同じくしてシルエットだった姿は完全に魔法少女グライシアへと変身する。
「───ここに推参……ですわ!」
そして胸の前で指ハートを作ってウインク……素晴らしい……一度目だというのに凄い完成度だった。流石はなんでもそつなくこなすグライシアなだけある。周りの評判も中々好評そうで……
「おぉ~」
「完成度、高い」
「可愛くて素敵ねぇ」
やはり少し恥ずかしいのか、頬を赤く染めるグライシアは……ふと我に返ったかのようにこちらを向き直し、ステッキを向ける。その顔は明らかに……別の理由で赤くなっているように見える。
「……考えてみれば、現場には変身してから急行するから使いませんわよね?」
「あっ、あはは……その。余裕があったら使ってみてね?」
ステッキが、飛んで来た。
変身のお披露目会を終えて、他愛ない雑談をしていたがそろそろ良い時間である。だけど旅行の夜と言えばここからが長い……と思っていたのに、なんだかんだ皆寝る気満々である。なんで……
「え~っ、もう寝ちゃう? もうちょっとお話ししない?」
「明日も予定があるんですわよ、それに何を話すんですのよ?」
「やっぱり……コイバナとか?」
「……する必要、ある?」
ちなつちゃんの一言にハッとする。確かに考えてみれば、ここに居るのはみんな私の事が好きで仕方がない可愛い子ちゃん達だった。コイバナをしようにも、お昼と同じような展開になりかねない。
「……私はぁ、しずくおねーさんともっとお話しぃ……」
「そうだよね、小学生だもんね。もう眠いよね……」
眠そうなあまねちゃんの手を引いてベッドへと向かう。名残惜しそうにしていた彼女だったが、眠気には勝てなかったのかベッドに入って数秒でスヤスヤと寝息を立て始めた。
「……すやすや」
「そんなに寝つきが良い方じゃないでしょ、全く……」
狸寝入りをしているであろうちなつちゃんを抱えて、ベッドへと運ぶ。最近、自分のしたい事を前面に押し出せるようになってきているのは良い事ではあるのだが……幼児化が進んでないか? いや、甘えてくれているだけなのだろう。あんまりご家族と上手く行っているという話も聞いた事が無いし。
「ん……頑張って、ね? お休み……」
「……何を?」
寝惚けていたのか分からないが、よく分からない一言を残した彼女を置いて私の寝室へと向かう。その前に、お母さまにお休みのラインを送ろうと自分のバッグへと向かった。
2人を洋室のベッドへと運んでから……和室に向かう。既に奥の布団にルクス、手前にはクロエちゃんがスタンバイしていた。当然のように私が真ん中である、別に良いけど。
「それじゃ、電気消すね?」
「はぁい、私は大丈夫よ?」
「私も構いませんわよ」
ボタンを押すと、世界が暗闇に包まれる。暗がりの中でポケットに入れていたものが、熱を帯びたように熱い……気がする。決して発熱している訳では無いのだろう。それでも、どうしてこんなに……考えても分からない。ただ、タイミングが悪かっただけなのだろう。だから明日……
「あの、しずく? もう寝てしまいまして?」
「……いや、まだ起きてるけど。どしたの?」
扉側を向いていたクロエちゃんが、こちらへと振り向く。真っ暗な部屋の中の筈なのに、綺麗な青い瞳だけが暗闇の中で輝いているかのようにしっかり見えたのは、何故なのだろうか。
「勘違いだったら申し訳ないのですけど……貴方何か、隠してませんこと?」
「うぇっ!? なっ、なんで……」
「なんでもなにも、なんとなくですわよ」
突然の事で、思わずドキッとする。そんな素振りは絶対に見せなかったはずなのに、鎌かけと言うには確信をもって聞かれたその問い。此処で誤魔化せば、これ以上は聞いて来ないのだろう。でも逃げ続けるのもまた、違う気がする。
「その……さ、これなんだけど」
パジャマのポケットから取り出したのは、特筆するべき事のない毛糸の靴下。一点だけ他と違うのは、それが手編みであるという事だけ。特別優れている訳でも無いそれは、本来プレゼントとして渡そうと思っていたクロエちゃんへの贈り物だった。
「身体冷えやすいって、聞いて。渡そうと思ったんだけど、その……」
「らしくないですわね? 「美少女の手編みだよ?」なんて言って自信満々に渡してくると思っていたのですけれど」
自分でもらしくないなと思う。でも何故か、プレゼントを渡そうとして……日和った。日和ってしまったのだ。クロエちゃんなら靴下なんて選り取り見取りだろうし。それに何故か、このプレゼントを渡すのが恥ずかしいと……思ってしまったのだ。
「……受け取って、くれる?」
「しずく、貴方……」
手編みだからだろうか、それとも私の心境の変化があったのかは分からないが……酷く顔が熱い。静寂が耳に残って、心臓が張り裂けそうだった。自分の息遣いか、やけに遠いものに感じる。暗闇で私の顔が赤いの、気づかれていないと良いんだけど。
「勿論、大切にしますわ。ありがとうね、しずく?」
「うっ、うん……お休みっ!」
受け取った毛糸の靴下を枕元へと置いて、嬉しそうに笑ってくれたクロエちゃんを見て肩の荷が下りたような気分になった。喜んでくれるだろうなとは、思っていた。それでも、何で今更こんな気持ちに……いや、大なり小なりプレゼントをするときにこの気持ちはあったのだろう。
私の心境の変化に伴ってそれが、表面化してきただけで。そんな私ですら気付いていない深層心理を見抜いて、彼女は「頑張って」なんて声を掛けてくれたのだろう。
「でも、二つは貰いすぎですわね……そうですわ」
「気にしなくても……むぐっ!?」
豊かな双丘が顔に押し当てられる。突然の事に驚いていると、そのままポンポンと背中をさすられる。まるで、赤子をあやすかのようにゆっくりと。
「添い寝で寝かしつけてあげますわ、こういうの好きでしょう? とりあえず今日はこれで……」
「ぎゃ、逆に寝れな……」
甘い匂いが肺いっぱいに広がって、頭がくらくらする。心音がとくんとくんと響いているのが聞こえて、彼女も生きているんだなんていう……益体も無い当たり前の感想が浮かぶくらいには動揺していた。
「お風呂で触りたさそうに見てましたけど……感想はどうですの?」
「やっ、柔らかいです……」
間違いなく同じボディソープを使っているのに、どうしてこんなに甘いにおいがするのだろうか。もしかしたら私も、他の人からすればこんな匂いなのかもしれないけど。そんなことを考えていた時の事だった。
「むぐっ!? つっ、潰れる……!?」
「あらあら、お姉さんは仲間外れかしら?」
「……構いませんけど、しずくを潰したりはしないように気を付けるんですのよ?」
モゾモゾと布団の中に入ってくる音とともに、後頭部にも柔らかな弾力を感じる。まるでサンドイッチのように挟まれた
「ちょっ、なんか戻って来れなくなりそ……!?」
「ほらほら、しずくちゃんの好きなスイカさんよ〜?」
「あんまり匂いを……ってこの状況じゃ仕方がありませんわね」
まるで揶揄うように、後ろからクスクスと笑い声が聞こえる度に……背筋がゾクゾクと震える。クーラーの効いているはずの室内なのに、蒸し暑さを感じるくらいには色んな部分が密着している。
スラリとした手足が、まるで抱き枕にでもするかのように私を絡めとっていく。ムチムチとした太ももの触感が、がっしりと私の腰周りを掴んで離さない。
「ひゃん!?」
柔らかな指先が、私の手を握るように掴んで……その存在を確かめるかのように揉み続けている。脇の下から通った腕は、私の胸元で交差されていて、外す気なんて毛頭無さそうで。
「は〜っ、はぁ……」
気を落ち着けようと深呼吸を試みても、新鮮な空気などこの布団の中の何処にもない。足掻こうと頭を必死に動かしても、その行動は彼女たちの胸元を揺らすのみに終わる。
「お休み……ですわ」
「お休み、しずくちゃん♡」
女体の海に溺れるかのように、幸福感とともに私は意識を手放した。