「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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36.シラユリ様と狐の巫女……なんだが?

 室内に緊張が走る。

 村長さんが襲い掛かってくるかと身構えたものの、流石に魔法少女がいるからかその気が無かったのか……がっくりとその場に項垂れる。

 

「……こうなった以上、全てをお話しましょう。この村にはシラユリ様という守り神がいたのですじゃ……」

 

 シラユリ村。

 彼の話では昔、この村にはシラユリ様と言う狐の姿をした守り神様が居たらしい。日々外敵に襲われる村の人たちを助け、彼ら村人の良き隣人であったとか。そんな守り神様との関係性が変わり始めたのは、ここ数年の事だったという。

 

「シラユリ様は唐突に……生贄をご所望されだしたのですじゃ。初めはワシもそんなことは出来ぬと断ったのですが。翌日に……翌日に……妻が居なくなってッ……‥!」

 

 その事を語る村長さんの肩は怒りと悲しみで震えていた。当時の凄惨な現場を思い出しているのだろう。彼のしたことは許されるべきではないとはいえ、それはあまりにも……あまりにもな仕打ちだった。

 

「次は息子と娘だと聞いて、ワシは……ワシはなんて事を……!」

「爺ちゃん……」

 

 その場へと膝をつく彼へと歩み寄る、貞宗と呼ばれていた男。村長さんは、きっと一人で疑心や恐怖と戦っていたのだろう。過ぎた事をどうにかすることは出来ない、今を生きる私達が変えられるのは……今と未来だけだ。

 

スクイレ(協会長)

「分かってる、サテライト」

 

 ステッキを振って、ピンク色の衣装を着た魔法少女へと変身する。わざわざこの場で変身したその意味は、これから起こる事へ向かう私の意思表示だ。

 

「シラユリ様の、元へ。案内して、くれる?」

「えぇ、ワシに出来るのは……それくらいですじゃ。じゃからせめて……」

 

 記憶を読める彼女にとって、その案内は必要ないモノだろう。それでも、彼に要請を求めたのは……きっと彼女なりの気遣だ。

 

「この因習を、断ち切ってくだされ……!」

「……私達に、任せて」

 

 

 互いに頷いて、ゆっくりと裏山に歩き出す私達。

 決戦の時は……すぐそこまで迫っていた。

 

 


 

「……流石に不気味ですわね」

「お化けじゃなくて外敵なんでしょ? それなららくしょーだよね?」

「そうだと……いいのですが……」

 

 すっかりしおらしくなってしまった村長さんと、貞宗さんを連れて薄暗い森の中を歩く。日中だというのに、空は曇りがかっていて葉が茂っているせいで薄暗いのだろう。

 

 そんな森の奥まった場所の、さらに奥。

 苔むして所々崩れた壊れかけの祠の前に佇む『ナニカ』はこちらの事を認識しているようで、ギョロリと頭部らしきパーツをこちらへと向ける。

 

【イケニエ……ササゲヨォ!】

「聞くに堪えませんわね」

 

 あたりは禍々しい魔力に満ちている。天を衝くような巨躯、まるで軟体動物にも、泥のようにも見える黒色の異形。それは確かに意思をもってそこに存在していた。

 

 それは、こちらに生贄を捧げる気が無いと分かったのだろう。存在しないはずの眼孔から、こちらを害そうという明確な意思を感じた。

 

【グォォォォォオオオ!】

 

 まるで地響きのような方向が辺りに響き渡り、木々を揺らす。

 そんな巨体は腕を振り上げてこちらに向かおうとして───

 

「───潰せ、氷面鏡」

 

 ───上空から現れた巨大な氷の鏡によって、一撃で叩き潰された。ズシンと重たい音が響いて、文字通り地面が揺れる。勝負は……一撃で終わった。核を潰さなければいけないタイプでも全身がぺちゃんこになっている以上は、再生は難しいだろう。

 

「なっ……は?」

「そこそこ……ですわね。フランマなら対処可能なレベルですわ」

「そんなあっさりと……?」

 

 困惑する村長を横目に、押しつぶされた巨体の元へと近づく。まあこうなる事は想定していた、なんと言っても私達はこの国の国防の要。トップオブトップなのだ。私一人で魔王の討伐が出来るというのに、このフルメンバーでどうやって苦戦すればいいというのだろうか。

 

「このレベルが隠れ住んでるなんて……隠密に特化してたんだね?」

「ゲートの開いた時に見逃すと、捜索は、難しい」

 

 とはいえ中堅以上の魔法少女じゃないと厳しい案件だっただろう。そしてこの外敵の素材はせめて、村の復興などに役立てて欲しいと思ったんだけど……不定形の泥の使い道が思いつかない。なんか呪われてそうだし。

 

「あたりを見て回ってますけども……祠の中に何かいますわね」

「本当? 遭難した人の生き残りかな……!?」

 

 一途の願いをかけて、崩れかけた祠へと近づいていく。元は立派な建物だったのだろうが……月日と古い戦闘の余波らしきもののせいで、今は見る影も形も無くなっている。そんな祠には、何かを近づけまいとする力を感じたものの……

 

「ふんっ!」

 

 右腕を近づけると、パリンと言う音とともに見えない何かが崩れ去った。中から何かが跳ねるような音がした、恐らく中にいる生物はまだ……生きている。

 

「今助け……?」

 

 中にいたモノを見て一瞬硬直する、祠の中にいたのは人間などではなく……尻尾が二つある狐だったのだから。怪我こそないが、栄養が不足しているのだろう。今にも死んでしまいそうだった。

 

「助け……いや、でもエキノコックスとか怖いし……」

「あらあら、この子……」

 

 端的に言えば迷っていた、この狐をどうするか。珍しいけど、助けてその後の面倒とか見切れないし……何よりエキノコックスが怖いし……

 

「えぇい! 感染症など持っておらぬわ、さっさと助けぬか!」

 

 響き渡る声、それがこの狐の出している声だと気づくのに一瞬遅れた。その様子を見ていた村長さんがこちらへとよろよろと覚束ない足取りで歩いて来る。

 

「シラユリ……様?」

「そうじゃ、不甲斐ない姿ですまんの……」

 

 感動的な再会だったらしい、それでも私達はこの展開に付いて行けずにいた。

 

 


 

 

「結論から言うと、彼女は魔族ねぇ。それも私達サキュバスと近いタイプよ」

 

 そんなルクスからの解説を聞いている間も、狐耳の付いた少女は私達の持っていたお菓子をポリポリと食べ続けている。威厳の欠片も無い、そんな二尾の狐……が変身した太眉の狐耳の少女。「元は随分と”ぐらまらす”じゃったんだぞ!」というが、それも本当の事か怪しい。

 

「貴方が……シラユリ様なんですか?」

「そうじゃ、静かにこの村で暮らしておったんじゃが……数年前にあの怪物が居座り始めてのぉ」

 

 どうやらあの怪物に追われる形であの祠に閉じこもっていたらしい。通りでさっきの怪物と、女装の因習がかみ合わないなと思っていた所だ。もしかしたら元のシラユリ様が変質したのかとも思ったが……

 

「魔族と言うには随分とこちらに慣れ親しんでいるというか……」

「こういう口調にすると、()の子からの反応が良いんじゃ。のじゃろり? とか言って喜んでおってのう」

 

 随分と俗っぽい理由だったが、サキュバスのような性質を持っているのならそれも納得かもしれない。チョコパイを喉に詰まらせながらも、オレンジジュースで流し込んだ彼女はポテトチップスを片手にひたすら栄養を取り続ける。いつの間にか三本目の尻尾が生えている。

 

「それで……どうしてあんな女装の因習を流行らせたんですわ?」

「小さい女の子も勿論愛いがのう……可愛い()の子が、恥ずかしそうに女の子の服を着てるのを見るのがまた良いんじゃよ……そそるんじゃよなぁ……」

「こいつやっぱり外敵として滅ぼしておいた方が良いんじゃない?」

 

 随分と終わっている理由というか性癖だった。恐らくは食事……なのだろうけど、こいつは今まで一体何人の少年少女の性癖を狂わせていったのだろうか。

 

「んぐっ……よし、これである程度は問題なく動けるかの……あらためて感謝するのじゃ魔法少……魔法少女サテライトォ!? お願い、お願いですじゃどうか滅ぼさないで……!」

「有名人だね、私」

「そりゃあそうねぇ、魔王を倒したサテライトは善悪問わず魔界では有名人よぉ?」

 

 肩を抱えながら震えている彼女を見ると、こっちが悪者な気がしてきてしまう。まだ魔法の一つも使ってないというのに。

 

「なんもしないから、そもそもあの怪物を倒したのはグライシアだし……」

「あれより強いのが二人も……終わりじゃ、終わりなんじゃ……」

 

 更に泣き出してしまった狐っ子に、今更トドメを刺すのも胸糞が悪い。とは言え放置しておくのも少し怖いよね。責任関係をさっぱりするのなら、ここで滅ぼしちゃった方が楽なんだけど。

 

「ちっ、力とか与えれますのじゃ! 才能がある人間のみじゃけど!」

「いや、要らないです……」

 

 これ以上力を与えられて何と戦えば良いというのか。むしろ私は負けたくて仕方がないくらいだというのに。そんな想いとは裏腹に、現実は残酷だった。

 

「さっ……サテライト様だけ適性がありますのじゃ……」

 

 本当に要らない、マジで要らない。全力で拒否したい。でも怯え続けるシラユリ様は錯乱していて話が通じ無さそうだし、受け取らないと話が進まなそうだった。渋々、本当に渋々了承の意を示すと……

 

「まあ、そういうことなら貰おうかな?」

「やっぱり欲しいのじゃ!? ふふん、任せておくのじゃ!」

 

 ようやく話が通じるようになった狐娘がどや顔で腕を組む。

 とってもうざい、帰って良いかな……

 

「今、帰ると。話が……拗れる」

「分かってる、分かってるんだけどさ……」

「ワシの魔力を注ぎ、特殊な力に目覚めさせるのじゃ。神通力とか使えたり、力が強くなるのじゃよ? 凄いじゃろう!」

 

 今更過ぎる能力だった、絶対使わない。

 

「ふん……おぉ、流石の才能じゃ。海のように魔力が注がれていきよる……」

「あぁ、そうなんですね」

 

 取り繕うのも面倒くさくなって自然体で答えたが、確かに知らない力が流れ込んでくる感覚はある。だけど、何時まで流し込むつもりなんだろうか。

 

「うぉっ、なんて才能じゃ……いやちょっと待つのじゃ、流石に才能がデカすぎッ……!」

 

 尻尾の数が見る見るうちに減っていく、その数が元より少ない一本になっても満タンにならなさそうだったので、思わず彼女を突き飛ばした。

 

「はっ……はひっ……死ぬところだったのじゃ……!?」

 

 先ほどよりも幼くなったシラユリ様は、恐る恐ると言った様子で私の顔色を伺っていた。

 

「お主、それだけ魔力に愛されていて何と戦う気なんじゃ?」

「何と戦うつもりなんだろうね……」

「とっても素敵な魔力ねぇ、酔っちゃいそう♡」

「これでどうか、どうか情状酌量の余地を……!」

 

 要経過観察という事で、この件は協会預かりということになった。私とルクスが出会う前に、既に穏健派の魔族と人間の交流は始まっていたらしい。

 


 

 森からの帰路について、複雑そうな顔をしている村の2人。色々な気持ちが渦巻いているのだろうが……私が声を掛けてもあまり好転はしないだろう。

 

「貴方の、罪は……後々然るべきところで裁かれる。それまで、死なないで、償って、ね」

「全てお見通しでしたか……流石は魔法少女協会の……」

「それが死者の為に出来る、唯一の、贖罪」

 

 スクイレも村長さんと会話を追えたらしい、これで一先ずは一件落着だろう。そんな訳で踵を返して車へと戻ろうと思ったのだが……身体の様子がおかしい。熱い、焼けるように頭とお尻が熱かった。まさか毒でも盛られたかと思って、シラユリ様の方を向いた瞬間。

 

「サテライト貴方……」

「まあまあ、随分可愛らしいわね?」

「……はぇっ?」

 

 氷で出来た鏡がゆっくりとこちらに近づいて来る。何時も通りに最高に可愛い私の、頭部についていた……生えていたのはふさふさのキツネ耳。そして尻尾からはモフモフの尻尾が二本生えていた。

 

「これ、どういうことなの?」

「なにそれワシ知らん怖……のじゃ。魔力と親和性が高すぎたのやもしれん……」

 

 魔力操作に慣れれば消えるとの事で、諦めて人目を避けるように私は車へと乗り込み、村を後にした。

 

 その後ろ姿を狙う四人の獣がいる事に……気付かずに。

 

 


 

 

 結局、シラユリ村での事件はこうして幕を閉じた。最高とまでは言わなくても、あの場においては最善の結果になった事だろう。私達は過去を変えることも出来なければ、死者を蘇らせることも出来ないのだから。

 

 そんな少ししんみりした車内……という訳では無かった。

 

 そう、その誰もが私に……私の耳と尻尾に夢中だったからだ。流石に尻尾が生えたまま変身を解く勇気は、私にはなかった。

 

「あらあら、サテライトちゃんはキツネさんになっちゃったのね?」

「本当にキツネの耳ですわね。匂いは……そこまで獣臭はしませんわね?」

「ちょっと、揉むのやめて……あと匂いも嗅がないで!?」

 

 キツネ耳を好き勝手される、人の耳もあるのにもう一つ耳が増えて複雑な気分だった。それでもそこまで困惑していないのは、適性の高さなるものから来る恩恵だろうか?

 

「ちょっと、あまねちゃんとちなつちゃんはどうして尻尾を掴んで……」

「本当に、ごめん。もふもふは……酔い止めに、なる」

「わぁ、フカフカで可愛いです! サテライト様の……尻尾……ふへっ」

 

 酔っちゃったのは仕方ないとはいえ、これは辛い。左右からは尻尾を掴まれ、後ろからは耳を弄られる。いきなり馴染みのない器官が身体に出来て困惑しているところに、この仕打ち……とてもじゃないが耐えられない。というより、力の入れ方も動かし方も不慣れなのだ。

 

「すーっ、はぁ……」

 

 顔を埋められて匂いを嗅がれている尻尾が、むず痒いというより、これは……

 

「ちょ、ちょっと……これ以上は……♡」

「良いんじゃありませんの、減る物でも無いんですし」

「減りはしないけど……尊厳が……♡」

 

 尻尾も耳も随分と敏感だった、いや……敏感過ぎた。獣だから仕方ないとは思うんだけど、指の感触や埋めた顔の呼吸までしっかりと感じ取れてしまう。

 

「ん”っ”、ちょっと強く握りすぎッ……」

「ありがと、本当に、無理。諦め……て?」

 

 両腕でしっかりと抱きしめられてホールドされる、こんなに敏感だなんて聞いてないんだけど……!

 

「ふーっ、あらあらピクンって跳ねたわ? 感覚は通ってるのね?」

「ペットみたいで可愛らしいですわね、ふふっ」

 

 そんなに息を吹きかけないで、もう限界だから。

 

「あぁ、好きですサテライト様♡ちゅっちゅ♡」

「ちょっ、待っ───”あ”っ♡」

 

 強く尻尾を抱きしめられながら感じた唇の感触とともに、ビクンと身体が跳ねて硬直する。快感から逃げようと身体を動かそうとするが、シートベルトがそれを許さない。唯一の幸運は、この場で私の状態に気付いているのが、ちなつちゃんだけだという事だろう。

 

「ごっ、ごめんなさい……次のサービスエリアで止まってください……」

「ごめんね、サテライト。もふもふ」

「う”っ”!? またっ……!?」

 

 

 とりあえず今度から、車に乗るときはぬいぐるみを常備してもらおうと心に固く誓った。

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