誰しも人には、消してしまいたい過去と言うものがあると言う。
私だってそうだ。何度───やり直したいと思った事か。
あの日、もっと早く起きていれば。
そもそも、もっと気に掛けていれば……違う未来があったんじゃないかって。
そんな事を考えても、時間は未来にしか……進まない。
それを忘れてしまえるならきっと……幸せな事だろう。
そんな過去を、本人にとっては忘れたい過去を……果たして本当に掘り返す必要があるのだろうか。
私の語るも無残な過去の話。あれは……そう。
今朝の───食卓での出来事だった。
夏休みだからと言って、昼まで寝ている……なんてことは無く朝に起きる。とはいえ、昨日一昨日と大分運動はしたので朝のランニングはスキップ。トーストの焼ける良い匂いに釣られて起きて、朝食を摂る為に顔を洗ってから……リビングへと辿り着く。
「おはよしずく。あんたの分のトーストも焼いとくから……ルクスちゃんも呼んでおいてくれる?」
「おはよ~お母様。今日もいい天気……?」
───違和感。
何時も通りの食卓の筈だった。お皿の上に乗せられたこんがりと焼かれたベーコン。片面焼きで中身は半熟でトロトロの目玉焼き。ミニトマトとレタスのサラダにこんがりと焼かれたトーストとバター。そして……牛乳。
何ら特筆すべき点の無い、何時も通りの朝食。
「……それ?」
でも私はその牛乳……牛乳? の入った瓶に酷く見覚えがあった。
「あぁ、しずくのだったの? ごめんね、お母さん飲みたくなっちゃって」
「いっ、いやぁ……!? 私のと言えば私のだけど、私のじゃないというか……」
───嘘だ。
「あばっ……」
「どうしたのしずく、鳩が豆鉄砲喰らったような顔しちゃって。それにしても……美味しいわねこの牛乳。どこのメーカーなのかしら……」
───勘違いに決まっている。
「ななな、何でも無いよ? 後で飲もうと思ってたから……」
「そう? なんか悪いわね……後で買っておくわよ」
お願いだから、勘違いであってくれ。
少し瞼の下に残っていた眠気は、いつの間にか掻き消えていた。
万が一にでも察せられないように、ゆったりとリビングを出て……二階の自分の部屋へと駆けあがった。ばたりとドアを開けて、中にいるであろうショッキングピンクの髪色の彼女へと声を……掛けた。
「ルっ、ルクス……この前の牛乳瓶って……何処にやった?」
「それは……生モノだから勿論冷蔵庫に仕舞ったわよ?」
「あっ、あぁぁぁぁ……!?」
予感はやがて確信に、そして深い、深い絶望へと変わった。
恥ずかしさとか、怒りだとかそういうものの前に漠然と湧き出た……申し訳なさ。
「しっ、死にたいっ……私、とんでもない親不孝者だぁ……!?」
実の母になんてものを……殺して、殺して……
ごめんねお母様、せめて私の命を持って償わせてほしいです……
「あっ、気持ち悪くなってきちゃった……吐きそう……」
「どうしちゃったのしずくちゃん? もしかして、私何か悪い事を……」
「違うんだよルクス!? 私が、私が悪いの……!」
違う、文化や環境のせいじゃなくて……私が悪いんだよ。
ルクスにとってあれはあくまで食糧でしかない。
だからお母さまが私の……飲んじゃったのは。私のせいだ。
「もう……嫌なんだ自分が……」
「しずくちゃん? 大丈夫、一般人が飲んでも害は……むしろ……」
「私を殺して……もう……消えたい……」
忘れたい、忘れてしまいたい。
「忘れ……ればいいのか?」
一人、そんな魔法のような事象を引き起こせる人物に心当たりがあった。
「ジェーン・ドゥー……彼女こそが、私を救ってくれ……」
「……という訳なの、スクイレ。私は、どうすれば良かったのかな……」
「あんな、壮大な前振りから……これ?」
「私にとっては深刻な問題なんだけど……!?」
だって、だって実の母親にあんな仕打ちを……だよ? 言わないのが正解だったとしても、心苦しいよ……墓までもっていかないと……
待ち合わせを協会前にしたので、顔見せも兼ねてスクイレに愚痴っていた。ちょっと恥ずかしいけど、どうせ黙っててもバレるし気兼ねなく何でも相談できると割り切っている。
「ごめん……‥ね。お父さんとも、お母さんとも、仲が、悪かったから……分からない」
「あっ、ごめっ……」
「ううん、頼ってくれたのは……嬉しい。変に気を遣われるのは、逆にストレス」
余りのショックに気が利いていなかった、それでもまあ本人が良いって言ってるならそれでヨシとしよう。
「試す分には、別に良いと思う。彼女は、別に魔法を使うのは……不快には思ってない」
「そっか、じゃあお願いしてみようかな……」
そんな訳で出会って開口一番、内容は伏せつつ頭を下げてお願いしてみたのだが……
「という訳で……どう?」
「いやぁ、無理っすね! 流石サテライトっす、魔力の質が高すぎっす……」
残念ながら、上手く行きそうにはなかった。
ジーンズに英文字パーカーとキャップという、スケーターが着ていそうなボーイッシュな格好に身を包んだジェーンちゃん。スニーカーだし髪も短いし……そう言う格好が好きなのだろう。
そんな彼女は、お手上げと言わんばかりに首を横に振っていた。
「そんなのあるんだ、今まで効かなかった相手ってスクイレくらいしか聞かなかったけど」
「基本的に魔法を使うのは、弱ってる相手っすからね」
「あぁ、使いきったり吸われきったりしてる訳か……」
「そういうことっすね」
苗床にされたり、処理道具にされたり……負けた後の魔法少女は結構悲惨だ。それこそ何処かのえっちなゲームの世界か? って思う位に。一思いに食べられた方が幸せだとよく聞く、私はむしろ前者を求めてたんだけど。
魔力を消費しようにも、今まで使いきった事が無いのでどれくらい時間がかかるかもわからない。
「それこそ僕に全てを委ねられるくらい仲良くなれば別っすけど……」
「消したいのは今だし、それを目当てに仲良くするって言うのは失礼だから諦めるね……」
これは別に、私と彼女が会うのはこれで二回目だ。会って二日目で全幅の信頼が置ける訳が無い……よね。ちょろいというか、そこまで行くとちょっと怖い。
「折角だから、どっか遊びに行かない? 奢るけど」
「あっ、えっと……」
微妙そうな反応だった。
嫌われている……という線は薄いだろう。確かに彼女からは私に対する敬意を感じるのだから。そもそも知らないうちに地雷を踏んだ訳でも無ければ……こんなに顔が良くて、性格も素敵な私を、嫉妬以外で遠ざけようという理由が見当たらない。
「何か用事があったなら、別に今度でも良いけど……どうかな?」
「あっ……そうっすね! 今日は用事も無いので幾らでも遊べるっす!」
確かに、彼女の性格からすれば二つ返事で「良いっすよ!」なんて返しそうなものなのに……無意識で人を遠ざけているとは本当らしい。今のやり取りからも若干違和感……そう、違和感を感じた。こういう時の私の勘は……よく当たる。悪い勘もよく当たる……今朝のとか。
「どっか、行きたいところある?」
「特には思いつかないっすね……今日何をするかも特に決めて無かったっす」
とは言え、探りだけを目的に遊ぶなんて失礼な事は当然しない。あくまで自然に、分かった事だけを記憶しておけばいい。私自身、ジェーンちゃんとは仲良くしたいと思っていたので。
「それじゃあ映画館とかどうかな?」
「あぁ……良いっすね! でも申し訳ないのでお金は出すっす!」
「そう? じゃあ……先輩にご飯くらいは奢らせてくれる?」
「へへっ、ごちそうになるっす!」
そうして市内にある映画館へと歩き始めた私達。こうして映画館デートが……始まった。
うっ、夏なのに何処かからか寒気を感じた。いや、浮気じゃないよ?
夏休みだからか人で混みあっている映画館、大きなポスターが何枚も張られていてその内一つに目が止まる。SNSでエゴサしていた時に、評判が良さそうだった恋愛ものの映画。
おっ、
でもさぁ、流石にデートでそれは……冷めるか? いや、でも私の映画だし……本人と視聴できる機会なんて、夢のような時間をお届けできるのでは? 迷い所だなぁ……
「見たいの決まったらさ、せーので言い合おうか?」
「いやぁ、普段映画には来なくて……迷っちゃうっすねぇ……」
「別に焦らなくて良いよ、選ぶ時間もまた面白いからね」
「そういうもん……っすかね?」
映画のパンフレットとポスターを交互に見て、ようやく見る映画を決めた私達。互いに横に並んで、せーので見たい映画を指さすことにした。
「「せーの」っ!」
私が結局選んだのは流行りの恋愛映画。彼女が指し示したのは……
「仮面ライダーか、そういえば映画の広告やってたかも」
「いやぁ、見ようとは思ってたんすけど……でも、知らないっすよね……僕のは、今度でも良いっす!」
今やってるやつ、確かに見て無いんだよなぁ……とはいえ、中々評判もよさそうだし。
「それじゃ、2本とも見ちゃおっか?」
「えっ、本当に良いっすか?」
「別に、1日に2本も映画を見ちゃいけませんなんてルールは無いでしょ?」
「それは……‥そうっすけど。知らないやつ見るなんて考えてみれば退屈じゃないかなって……」
そんなことか、別に自分が見たい映画言ってくれればいいだけなのに。とはいえ、気を遣わせたままというのは映画が面白くなくなってしまうだろう。丁度上映時間までは一時間ほど、購買もそこにあるし……お店の前に飾ってあったパンフレットを二つ、手に取ってから振り向く。
「それじゃあさ、時間もあるし私にも分かるように……ジェーンちゃんが教えてくれる?」
「僕が……? もっ……勿論っす! 長くなるから、覚悟するっすよ?」
そう言ってパンフレットを会計に通し、近くにある席へと座り込む。パンフレットを持って、表紙に映った髑髏モチーフ? のライダーを指さすと、机に乗り上げて語り始める。
「今回の映画の主人公はっすね、実はなんと今テレビでやってる放送の主人公のお父さんで……!」
好きなものについて語るときの彼女は、何時もよりも三倍マシでイキイキしているように見えた。