「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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45.燃えたはずの過去の断片なんだが?

 翌日、ジェーンちゃんが私を遊びに誘ってくれた。

 

 単純に嬉しかったし、都合としても丁度良かった。

 ただ、文面から見るにかなり勇気を振り絞って誘ってくれたのだろう。恐らく前回『次は誘って』と言わなければ誘われなかった……気もする。

 

「それにしても、本当に僕の家で良かったんすか? 別に、前みたいに映画館でも……」

「いやぁ、週二回も映画館は流石にちょっとね……」

 

 何処でも良いとの事だったので一縷の望みをかけて、彼女のお家で遊ぶ約束を取り付けた私。

 

 だが、意外にもそこまで嫌がられなかったのは……やはり、秘密のメモなんてものは何処にもないからだろうか?

 

 普通、そんなものの存在があるなら家には上げたがらない筈だよね。

 まあ、そんな事を考えても仕方がないか。

 

「今お茶持って来るんで、少し待ってて欲しいっす!」

「あぁ、ありがとね~」

 

 何時もと変わらないように見えるジェーンちゃん。そんな彼女の記憶に訴えかけて、記憶を取り戻させる……なんて言うのは無駄だろう。

 

 外敵に『乱暴』された魔法少女達が記憶を取り戻した……なんて言う事例は今まで1度も起きていないし、これからも起きないだろう。だからこそ彼女達が、恐怖で枕を濡らす事が無いのだから。

 

 彼女が消した記憶は、何があっても消えたままなのだろう。

 それはきっと本人にも取り返すことは出来ない。

 

 

 

 彼女がコップを用意している間、失礼ではあると重々承知で部屋の中を見渡す。色んなフィギュアやグッズが置いてあるものの、ノートらしき物は見当たらない。

 

 あまり広くない部屋だし、隠すとしても場所は限られると思うんだけど……そう思って箪笥を開ける。箪笥の奥に隠すように置かれていたのは、お菓子なんかを入れるための銀色のスチール缶。

 

 わざわざこんな奥にお菓子を仕舞い込んでおく意味も無い、中身は私の想像する通りのモノなのだろう。ただ『それ』がそこにあるのを見て……ここにきて、決心が揺らいでいる。

 

「それ、何なんすか? さっき手土産のお菓子は貰ったっすけど」

「……ッ、そう言う事か。いや、うん……」

 

 彼女はあくまで白を切っている……訳では無いだろう。恐らくは本当にこの箱について知らないのだろう。スクイレが思考を覗いても見つからず、家に上げるのに抵抗が無かったのも全て理解できた。

 

 つまり……彼女は消したのだ。この箱が存在するという記憶と記憶を消したという事実そのものを。

 

 存在しないはずのモノを隠す必要も無いし、思考を覗かれても存在しないモノは読み取れない。

 

 この箱の中身は、果たして本当に他人が見ても良いものなのだろうか。

 冷静に考えて思った、良い訳が……無い。

 

 それでも私は、彼女が前を向くためにこのパンドラの箱を開く。きっとこの箱の中に、彼女が人を避け続ける理由があると確信して。

 

「そこに置いてあったんだ、中身見ても……良い?」

「あーっ、良いっす。良いっすけど……‥いや、なんでもないっす……けど……」

 

 ゴクリとなった喉の音は、私のモノだったかジェーンちゃんのモノだったのかは分からない。

 

 私は、端の部分が掠れて年季の入ったスチール製の箱を───開いた。

 

 

 中にあったのは古ぼけたノートと一枚のメモ。

 日付は今から二年前、氏名の欄に書かれていた名前は……

 

「不知火ユウタロウ……って僕の日記じゃないっすね? そんな誰のか分からない日記より、面白いテレビでも……」

「続き見てもいい? それでもしも……私の記憶を消したいと思ったら、それも受け入れられるから」

 

 全てとまではいかなくても、この件に関しては彼女の判断に全ての決定を委ねられるくらいには……彼女への信頼があった。今ならきっと、この件に関する私の記憶を消す位造作も無いだろう。

 

「急にどうして……それにしてもそんなに信頼してくれたんすか? へへっ、嬉しいっすね」

「まあ、ちょろいとはよく言われる……かも?」

 

 そんな彼女の声が何処か遠くに聞こえるのは、緊張のせいだろうか。

 

「それじゃあ……捲るね」

 

 古ぼけたノートの表紙を捲る、一枚目に大きく書かれていた表題からその日記は始まっていた。

 

【私のこれまで】

 

 ドクンドクンと跳ねる心臓を押さえつけて、私はノートのページを捲った。

 

 


 

……僕の名前は、不知火ユウタロウです!

 

 本当はこんなものを残すべきでは無いと思います……でも誰からも忘れられるのってとっても寂しくて、こんなものを残してしまいました。

 

 

 これは、私が小学校に通っていた頃のお話です。

 

 物心ついた頃から、お母さんは私……じゃなかった。僕の事を『僕』って言うようによく『お話』していました。どうしてかは分からないけど、それから僕は自分の事を……僕って言うようになりました。

 

 お父さんは、色んな物をプレゼントしてくれました。野球のバットとか、サッカーボールとか。だけど、何故か皆は一緒にやってくれなくて……代わりにソフトボールをお勧めされたって言ったら、お母さんは顔色を変えて何処かに走っていきました。

 

 それ以来、先生が僕を見る目が変わりました。

 何処か、怖がっているような……そんな目でした。

 

 その夜にお父さんが教えてくれました、僕にはお兄ちゃんがいた……みたいです。

 産まれてこれなくて、その事でお母さんはおかしくなっちゃった? って言っていました。

 絶対お母さんには内緒だよって、そう言ってお父さんはお母さんとの『お話』に戻りました。

 

 

 小学五年生になったある日の事でした。

 

 ある男子が僕を男女って言いました、そんな訳……無いのに。

 

 僕は男の子じゃなくて、女の子です。ちょっぴり服装が男の子っぽくても、先生も私の事を女の子だって言っていました、お手洗いも女の子の部屋に入っています。

 

 だけど、そんな恰好をしている女なんて見た事無いって。

 

 そこまで言われて気づきました、もしかしたら……お母さんは勘違いしているんじゃないかなって。

 

 確かに今考えて見たらお母さんは私のことを、男の子だと思ってるみたいでした。だからその事を教えてあげようと思ってお家に帰ってお母さんに教えてあげたんです。

 

 私、女の子なんだよって。

 そしたら……目がチカチカってして。

 

 ぺたって座り込んで、頬がじんわり痛くなって……

 その時やっとわかりました、私叩かれたんだって。

 

 優しかったお母さんが見たことの無い顔で怒っていたの、なんでなのかあの時は分かんなかったけど……今になって分かったんです。

 

 きっと私って、生まれてこれなかったお兄ちゃんの代わりとしか見られてなかったんだなって。

 

 

 それからは学校に行かせて貰えないことが増えました。

 

『私』と言い間違える度に殴られました。

 

 女の子みたいな服は全部ハサミで切られて、お母さんの買ってきたズボンとパーカーを着るようになりました。

 

 髪が伸びてきたら、短く切り揃えられました。

 胸が大きくなってきたら、さらしで潰しました。

 

 お父さんもお母さんも、僕を通じて『ナニカ』を見ているようで薄気味が悪くて。

 僕が男の子じゃなかったから、お父さんもお母さんも怒ってるんだと思います。

 

 それでも、僕は幸せでした。

 男の子のフリをして、想像のお兄ちゃんみたいに振舞っていれば……お母さんもお父さんも、笑っていてくれたから。

 

 学校にも通って良いよって言われて、お友達は戸惑っているようだったけど……幸せでした。

 

 でも、そんな束の間の平穏が……崩れ去ってしまいました。

 私が……魔法の力に目覚めてしまったから。

 

 少女にしか発言し得ない魔法少女の力。

 その日の夜、奥歯を噛みしめていたお母さんの顔が、今でも忘れられません。

 

 魔法少女の力に目覚めてしまったことで、お父さんもお母さんも沢山私を叱りました。

 

 だけど殴られてもこれっぽっちも痛くなくて、お母さんの手が真っ赤に染まって。

 それからは化け物を見るような目で私を見るようになりました。

 

 お母さんは大きな声で、私とお父さんを怒鳴るようになりました。

 お父さんは、他の女の人? の場所に行ってあまり帰ってこなくなりました。

 

 幸せだった家庭は、女の子の()が壊してしまいました。

 

 

()が誰に対しても優しくて、かっこよくて強くて好かれる男の子だったらみんな幸せだったのに。

 どうして()は、女の子として産まれて来ちゃったんだろうなって。ずっと、ずーっと考えてました。

 

 その時やっと気づけたんです、()が産まれてきたからいけなかったんだって。

 僕は何のためにこの魔法を神様から授かったのか……やっとその時分かったんです。

 

 

 

 まず、お母さんとお父さんの記憶を消しました。

 魔法の力は凄くて、一度使ったら……まるで火のついたマッチのように燃え広がって、()に関しての記憶を消してくれました。

 

 記憶の無くなったお母さんは、壁を必死に叩くのをやめました。

 お父さんは、おうちに帰ってくるようになりました。

 

 やっぱり、()が居なければ幸せだったんですね。

 こんな事に今更気づけるなんて、僕はお馬鹿さんでした。

 

 

 その次は学校の先生の記憶を消しました。

 僕の顔を辛そうに見ていた先生は、記憶を消したら笑顔になって……

 ほかの先生たちと楽しそうにお話を始めたんです!

 

 仲の良かった友達の記憶を消しました。

 私のために放課後運んでくれていたプリントは、もう運ばなくてもいいんですよ?

 

 

()の事を知ってる人の記憶を消して、消して、消し続けて……

 

 最後には皆、きっと幸せそうだったと思います。

 僕のしたことってやっぱり間違いじゃなかったんだよ。

 良かった、こんな私でもきっと最期に正しいことが出来たんだってことは誇っても良いですかね?

 

 

 ……そして、今から自分の記憶を消します。

 ちょっとだけ怖いけど、だけどとっても楽しみです。

 理想の自分になれるようにメモも残しましたし、私の事を憶えている人も居ない筈です。

 

 未来の僕へ、私の全ての記憶が消えてしまったとしても……

 

 誰からも嫌われないような、カッコイイ男の子にならなきゃいけないって事は……忘れないでくださいね?

 

 そしてどうか、綺麗な()()()()を貰って……

 今から消える私の分まで、幸せになってください。

 

 


 

 読んでいる最中も読み終えた後も、あまりの衝撃に声が出なかった。

 酷く静かで不気味な静寂に包まれた部屋に、二人分の呼吸だけが響いていた。

 

「なっ、なっ……」

 

 人格と記憶とは、固く紐づいている。

 そんな中で、人格形成に大きく関係する幼少期の記憶を丸ごと消してしまったら?

 立ち振る舞いも、考え方も全くの別の他人のようになるのだろう。

 

「なっ、何なんすか……これ? いや、いや……そんな、そんなはず……」

「これは……」

 

 限定的な記憶消去による自己暗示……これが彼女の日常の裏に隠された事実。

 過去の自分と環境が理想に描いた、産まれなかった兄の代替品としての男の子の姿。

 

 それが、ジェーン・ドゥの今を形作っているものなのだとしたら。

 そんなのはあまりにも……

 

「いや、読んでる最中で薄々気づいて……たっす。これ、僕の過去の事……なんすよね?」

「うん、そのはず……だよ」

 

 あの部屋で見つけたノートと、このノートの名前が一致しているので間違いないだろう。

 想像していたよりも、ずっと苦しい彼女の苦悩がそこには記されていた。

 

「たっはは、恥ずかしいものを見られちゃったっすね。はは、そっか……そうなんすね……」

「……っ!」

 

 こんな時にでも無理に笑おうとする彼女に、私は……何も言ってあげられなかった。

 残されたメモに書かれていたのは。

 

 

 1.男の子として振る舞うこと。

 2.誰からも嫌われないように気をつけること。

 3.このノートとメモと箱の『存在』を忘れるように記憶を消すこと。

 

 メモの内容を見て、彼女が人を避け続けていた理由が分かった。

 誰からも嫌われないようにするために、人と距離を取り続けたのだろう。

 

 誰からも好かれるような方法なんて、存在しないのだから。

 それなら全ての人間から、無関心でいられる他ない。

 

「僕は……どうすればいいんっすかね? あはは、正直ちょっと受け入れられてないっす」

 

 中身の無い笑みは、見ているだけで痛々しくて。

 

「空っぽ……だったんっすね。ずっと、僕って人間の中身は」

「そんなこと……」

 

 無いって、言ってあげることは出来るけど。

 根拠のないそれは、あまりにも無責任で。

 

「僕は……どうすればいいんっすかね、ははっ」

「ジェーン……ちゃん……」

「ごめんなさい。ちょっと、一人にして欲しいっす」

「待っ……!」

 

 此処で彼女を一人にするべきじゃないと分かっていたけど。

 何て声を掛けてあげればいいのか分からない。

 

 私は恵まれた家庭で生まれて、両親が敵だった人の気持ちなんて何一つ分かってあげられないから。

 

 

 玄関から出ていってしまった彼女の後姿を、見送る事しか出来なかった私は───

第一章で続きが見たいお話のアンケート(第一弾)

  • 0.或る魔法少女の結末
  • 2.5.淫魔たちの牧場見学なんだが?
  • 7.5.ご主人様と躾の時間……なんだが?
  • その他(コメントまでどうぞ)
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