「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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46.夏の終わりと火葬記憶なんだが?

 ───気づけば、家を出た彼女を追いかけていた。

 

 何もかける言葉が無い? 

 それでも、あんな顔で出て行った彼女を一人にして良い訳が無い。

 

 

 幸いにも、彼女は無事に見つかった。

 寮の近くの橋の上で、流れの強い川を虚ろな目をしたまま見下ろしていたから。

 

 私は速度のギアをもう一段上げて、彼女の元へと走って───飛んだ。

 

「早まっちゃ……ダメっ!」

「───なっ、ちょっ!?」

 

 橋の柵に手をかけていた彼女に、後ろから思い切り抱き……つけた。何とか間に合ったのだ、恐る恐る彼女の顔色を伺ってみれば……困惑の色が見て取れた。

 

「急に走ってきて……なっ、何をしてるんすか?」

「もう、飛び込まない?」

「いや、飛び込むつもりなんて全く無くて……景色、見てただけなんっすけど」

「……早とちりだった?」

 

 考えてみれば、彼女はこの箱を見て指示通りに何度か記憶を消している筈である。記憶を消す可能性はあったものの、身投げの心配する必要は……そこまで無かったのではないのだろうか。

 

「あっ、ごめん……」

「……それで、何しに来たんっすか? ついて来ないで欲しいって、言ったつもりだったんすけど」

 

 突き離すように言い放たれた……彼女にしては珍しい、強い否定の言葉に思わずたじろぐ。

 

「あっ、心配してきてくれたんっすよね? ありがとうっす、お陰で……」

 

 その後にハッとして、こちらの顔色を窺ってくる彼女。その表情の奥に見えたのは……恐れだった。誰からも嫌われたくないという、彼女の芯に植え付けられた3つの『約束』。不機嫌そうにしていたら、嫌われるかもしれないという恐怖。

 

「別に無理に取り繕わなくても良いよ、嫌ったりなんてしないから」

「でも……」

 

 後付けの性格だったとしても、私が気にする訳が無い。

 そもそもの話、私が学校とメディアの前では猫被ってるわけだし。

 

「幻滅……したっすよね。僕も、自分がこんなに中身が無い人間だったなんて思っても居なかったっす」

「スクイレの魔法すら気にしてないのに、サテライトが今更そんなこと気にする訳無いでしょ?」

 

 とは言え彼女に私と同じくらいのマインドで生きていけばいいのにと言うのは、少し酷だろう。誰しも自分の事が好きじゃない事は理解しているし、否定され続けてきた人生を過ごしてきたなら猶更だ。

 

「私さ、ジェーンちゃんの気持ちが……」

「僕の気持ちなんて……!」

「これっ……ぽっちも、分かんないけどさ!」

「分かる訳……えっ?」

 

 それは当然の結論だった。

 育ってきた環境も、生まれ持った容姿も性格も違う私達。

 そんな私に彼女の境遇が、気持ちが理解できるはずがない。だから……

 

「私、二人で映画行ったときすっごく楽しかったから……今のジェーンちゃんが良い!」

「はっ……えっ? 身勝手というか……こういう時って、慰めたりするもんじゃないんっすか?」

 

 一般論とかどうでもいい。結局私がここまで彼女に入れ込んで、彼女の実家に凸るまでしているのは……スクイレから頼まれたというのもあるけど、私がジェーンちゃんの事を気に入っているからだ。

 

 一緒に居て楽しかったから、それだけ。そんな彼女が作り物の性格だったとか……そういうのは当人にとってはとても大切だろうけど。

 

 それはそれとして、私の想いを伝えるのも自由なはずだ。

 

 過去の事を見て来た訳では無い私にとっては、ジェーンドゥと言う魔法少女は……私の事を慕ってくれて、一緒に居て楽しい友達でしかない。それに……

 

「私は、空っぽなんかじゃないと思うよ。映画見に行った時の事、覚えてる?」

「覚えてるっすけど……そんな事が何だって言うんすか?」

 

 私は少なくとも、彼女が空っぽには見えなかった。無理して笑顔を作っている時もあったような気はするけど、少なくとも映画に行ったときには心の底から笑っていたように見えた。

 

「すっごく楽しそうにニチアサについて教えてくれたよね、私もあの後一気見しちゃったよ」

「でもそれは、男の子が好きだったからで……結局、そんな僕は虚像で……」

 

 確かに彼女がそういうものに興味を持った『きっかけ』は、男の子っぽくならなきゃいけないって言う暗示から来る物だったのかもしれない。

 

「思い込みとか、友達に誘われたとか……それこそ、好きになるように仕向けられていたとか。そういうきっかけは、確かに大事かもしれないけどさ……」

 

 それでも、きっかけがどんな物だったとしても。

 

「今、『それ』が好きって気持ちが嘘じゃないなら……きっとそれで良いと思う」

 

 口から出た言葉は、自分が思っているよりもずっとしっくり来た。

 

 思えば、私もきっと……今までずっと、あの子に負い目のようなものを感じていた。

 だけど例えきっかけが偽善だったとしても……

 あの日彼女の心が救われた事が事実なら、それでいいのかもしれない。

 

「例えきっかけが与えられた物だとしても……もしも心の底から、好きなんだったらそれでも良いんじゃないかなって思うんだ」

 

 過去は確かに大事だけど、それに囚われすぎて苦しんでほしくない。

 

「そんな事いまさら言われても、もう分かんないすよ。これから僕は、女の子みたいな趣味でも始めればいいんっすか? それとも……今までみたいに男の子のように振舞っていけばいいんすか? 何が正解なのかわかんなくて……もう何も、分かんないんっすよ……!」

 

 その悲痛な叫びは、目を覆いたくなるような彼女のこれまでの人生の悩みそのものだった。

 

 男の子であれと育てられた女の子。

 魔法少女になってしまった事で……居場所を失ってしまった彼女の。

 

「あの日見た映画……まだどっちも、面白かったと思ってくれてる?」

「それは、その……面白かったすけど。そんな事今どうでも……!」

「じゃあさ、どっちも選ばなくていいと思う」

 

 内心の自由は、誰しもに保証されている。ましてその趣味が、私みたいに誰かに害を為すわけでなければ……好きにすればいい。

 

「男の子みたいな趣味があっても、可愛い服を着たっていいし。女の子みたいな趣味があっても、格好いい恰好したって良いと思うんだ」

 

 私だって気分でそう言う格好をするし、あんな『親だったもの』の呪いなんて文字通り忘れてしまっていい……はずだ。

 

「勿論どっちも好きだって構わないんだ。ヒーローが好きだけど、恋愛ものも好き。それで良いんだよ」

「そんな……そんな贅沢な事、許される訳無いっすよ……」

 

 許す……というのはつまり、彼女自身がそれに心の何処かでは憧れていたという事の裏付け。

 

「誰が許さないの? お母さん、お父さん? それとも……過去の自分?」

「そっ、それは……分かんないっすけど!」

「なら、私が許すよ。世界で最も外敵を殺して人を救った、魔法少女()が許すよ」

 

 彼女がそんな未来を望むなら、私は背中を押してあげるだけで良い。

 私が望んだから、許されるべきだなんて……ほんの少しだけ傲慢だけど。

 

「過去の貴方も、今の貴方も……否定しなくたっていい。ジェーンちゃんが欲しいもの好きな事……なりたい姿は、もう自分で好きに決めて良いんだよ」

「そうなん……すかね、本当に、僕は……」

 

 ぺたりとその場に座り込む彼女、心配して顔を覗き込んだが……その顔はまるで憑き物が落ちたようだった。

 

 暫く放心したようにじっと、私と空を見つめていた彼女の綺麗な瞳に一筋の涙が光った。今日だけで彼女の抱える闇を払い切れたとは思わないけど……少しでも彼女が前を向くきっかけになれた……と思う。

 

「少しだけ、胸を借りても……良いっすか?」

「うん、好きなだけどうぞ?」

 

 ギュッと彼女を抱きしめると、胸の中で静かな啜り泣きと嗚咽が聞こえた。数分、あるいは数十分経った頃だろうか。泣き腫らした目で、しっかりと私の事を見つめた彼女に、先程のような虚ろさはなかった。

 

 そんな彼女に手を貸して、立ち上がらせようとすると……痺れてしまったのか上手く立てずにぺたりともう一度座り込むジェーンちゃん。

 

 そのまま甘えるように私の手を握っていたが、ふと我に返って唇をとがらせる。

 

「……スクイレちゃんの言ってた事。なんとなく、分かった気がするっすよ」

「内容が気になること言うね?」

 

 もう少し話していたい気持ちもあるが、ここは人通りが少ないとはいえ橋の上。そろそろ通行人の視線が気になり始めてきた。

 

「とりあえず、お家戻ろっか?」

「そっ、そうするっす……」

 

 未だにズヒズビと鼻をすする彼女を……結局おぶって、寮にある部屋へと戻った。背中に感じる暖かさは、夏の暑さの中でも全く不快なんかじゃなかった。

 

 

 

 

 部屋へ帰って彼女が落ち着くまでずっと傍にいた。先程までは感情を吐き出し続けていた彼女は、今は元気に笑顔を見せてくれている。

 

 目元が少し赤いのは、見なかった事にしてあげるのが優しさだろう。

 

「今の恰好も似合ってるけど……実は、可愛らしい恰好してみたかったりするんでしょ?」

「なっ……でも、僕には似合わないっすよ……」

「そんな事無いと思うけどな、可愛い顔してるし」

「かわっ……!? それくらいで口説かれるほど、軽い子じゃないっすからね!?」

 

 そんな感じで恥ずかしそうに……わたわたと手を振るジェーンちゃんの姿を見ていると、1つ妙案を思いつく。

 

「そうだ、良い事思いついた。服……脱いでよ?」

「なっ、急にどうしたんすか!?」

「良いから良いから、早く脱いで?」

 

 何処か緊張した様子で洗面台へ向かう彼女に続いて、私も服を脱ぐ。

 せめて服に残った人肌の温度くらいは、冷ましておきたくて。

 

 

 

 

 白いワンピースに身を包んだジェーンちゃんが現れる。

 まごまごとした様子で頬を赤くして俯いている彼女は、何処から見ても美少女だった。

 

 何もエッチな展開があった訳じゃない。時間も時間だし、今から服を買いに行くのは時間が無かったから私の着ていた服を着せただけだ。

 

 今日を逃したら、なんだかんだ理由をつけて可愛い服を着てくれないような気がして……強硬策に打って出る事にした。こういうのは、流れと勢いが大事なのだ。

 

「ほっ、本当に変じゃ無いっすか?」

「似合ってる、良いじゃん……私の目に狂いはなかった訳だ?」

 

 ラフな衣装から一転して、真っ白なワンピースに袖を通した彼女は……百人に聞いて百人が美少女と答えるだろう。健康的に日焼けした肌に、白いワンピースが映える。

 

 まるで夏の訪れを告げる少女のようだった。

 訪れと言うか、最近はちょっと寒くなってきたんだけど。

 

「服なんて日の気分で変えちゃえばいいんだよ、私もこういう服何着か持ってるし」

「随分簡単に言うじゃ無いっすか……というかそもそも、何をするか先に言うべきっすよ! てっきり……」

「てっきり?」

「なっ、何でも無いっすよ!」

 

 益々真っ赤なリンゴのようになってしまった彼女は、姿見の前で私が居るのも忘れているかのように クルリと一回転してみせる。そんな彼女に声を掛けようとして……止めた。

 

 その姿がとっても、楽しそうだったから。着るものの無い私は、とりあえず魔法少女へと変身する。便利、こういう時はとっても便利だよね魔法少女。

 

 

 

 

 そんな彼女の写真を撮ったり、日記の取り扱いに迷っている内に……気づいたら時刻は夕方になっていた。お昼ご飯を食べ損ねたせいか、きゅうと可愛らしいお腹の音が室内に響く。

 

 そろそろ帰らないと、お母様も心配するだろうと思って荷物をまとめ始める。

 

「もっ、もう帰っちゃうんすか?」

 

 だけど……帰り支度を始めた私を、引き止めるように袖を引く少女が一人。

 

「来客用の布団とかないでしょ? 流石に泊まっていくのは迷惑になるし……‥」

「ぼ、僕は床でもソファでも寝れるっすから!」

「家主を床に寝かして、布団で寝る程図太くは無いんだけど……」

 

 切羽詰まった状況ならともかく、こんな夕方にわざわざ泊まらなくても家まで帰るのにそんなかかんないし……なんて、考えて彼女が何が言いたいかをようやく理解した。

 

「……泊って行って欲しい感じ?」

「いやぁ、なんかその……部屋に一人って言うのも、中々……いや、何でも無いっす! 今日は本当に……」

 

 配慮が足りなかったのかもしれない。

 

 今まで親にすら避けられていた彼女が、人の温もりに飢えていない訳が無い。とはいえ、私がずっと泊まる訳にもいかないし……あぁ……

 

「ちょっと良い? 突拍子も無い提案ではあると分かってるんだけどさ……」

「どうしたんすか? 服を脱げなんて言い出す時点で、随分突拍子も無かったっすけど」

「いやまぁ、それはそうなんだけどさ……」

 

 確かに、テンションがおかしかったかもしれない。

 でも、いきなり私が傷心の中にいた君をいきなりベッドに誘う訳無くない? 

 

 まあ、そんな事よりも……提案だ。

 

「ジェーンちゃんさえ良ければ、うちの子にならない?」

「……‥はえっ?」

 

 

 

 


 

 

 

 

 あの日から、数日が経った。

 あの日、いきなり家に誘ったのには私なりの理由がある。

 

 自己肯定感が低かったり寂しくて仕方がないのは……両親から愛された事が無いからだと思った。あまりにも荒療治だとは思ったけど……彼女には無償の愛を授けてくれる、家族が居ればいいのにという思い付き。

 

 例え血のつながりが無くたって……お母様は『あれ』と比較するのも烏滸がましい聖人だ。何と言っても、いきなり現れたルクスを居候させているくらいなのだから。

 

 ……最近、私よりルクスの方が実の子供のように扱われている気もするけど。

 

 そんな話の結末としては……

 

「ほっ、本当に来ちゃったっす……」

「さぁさぁ、あがっていってよ!」

 

 お母様の二つ返事と共に、彼女を迎え入れる方向に話が決まった。

 

 

 あれよあれよと手続きが終わり……遂にうちに、ジェーンちゃんがやってくることになった。

 このスピード感には協会長あたりも、一枚嚙んで居そうである。

 

「そういえば、家に連れ込むなんて……スクイレちゃんみたいに僕の事も狙ってたりするんすか? その、この前の話聞いてたら……出来れば付き合うなら男の人が良いなって……」

「違うよ!? そもそもこれ以上ひっかけるなって、忠告されてて……」

「……これ()()? 以上って、どういう……まさかそう言う事っすか?」

 

 玄関前でするような話でも無いので、慌てて彼女を家へと引っ張り込む。ご近所さんにある事無い事噂されると、折角の外面が台無しである。

 

「うっ、うん……多分ご想像の通りなんだよね……」

「はぁ……ちょっと判断を早まったっすかね?」

 

 眉間に皺を寄せて冷たい目を向けて来るジェーンちゃん。だが実際には彼女の想像通りどころか、4人の女の子に手を出し……というより出された事があるんだけど。

 

「まあその……」

 

 何か言い辛そうにしている彼女は、意を決したかのようにこちらを向き直す。

 

「よろしくっす……義姉(おねえ)ちゃん」

「ふふん、なんでもお姉ちゃんに頼ってね?」

 

 そうして私に、妹が増えた。

 そんな夏の一幕は……終わった。

 

 一人っ子だったはずの家庭には姉? と妹が生えて……

 2人だったあの頃に比べて、随分と賑やかになったものだ。

 

 それにしてもまた負けれない理由が増えた、増えちゃったなぁ……

 

「どっ、どうしたんすか? そんな複雑そうな表情で見つめられると困るっすよ」

「いや……な~んでもないっ!」

 

 まあそれも悪くは無いのかもと、妹の嬉しそうな顔を見て……そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は移り変わって、秋。

 平和な日々は、あまり長続きしないと言わんばかりに。

 

「しずく? その……今週末空いてますわよね?」

「空いてるけど……どうしたの?」

 

 私が密かに恐れていた事が……現実となる。

 

 

「お父様が……是非、会いたいと」




次回から新章予定!

第一章で続きが見たいお話のアンケート(第一弾)

  • 0.或る魔法少女の結末
  • 2.5.淫魔たちの牧場見学なんだが?
  • 7.5.ご主人様と躾の時間……なんだが?
  • その他(コメントまでどうぞ)
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