「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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先に申し上げておくとこの先、人によっては好みが分かれる性癖のシチュエーションがあります。
……今更ですかね?


5章『ラブとライクとアイラブミー』
47.人の表と裏の顔……なんだが?


 車内から出て澄んだ空気を肺一杯に取り込むと、その冷たさに夏の終わりを感じる。

 季節は既に夏を過ぎて……秋。夜は少し冷え込む、この季節。

 

 私は今……富士山の見える明らかにお金のかかっていそうな別荘の敷地へと足を踏み入れていた。

 

 迎えの車は、当然のように黒塗りの高級車だった。

 

 そんな中から、珍しくスカートではなくカーキ色のタックパンツを履いたクロエちゃんが降りて来る。ジェーンちゃんに触発されて、という訳でも無さそうなんだけど。

 

「似合ってるけど、珍しいね?」

「そっ、そう言って貰えると嬉しいですわね?」

 

 正直、呼び出されてから今日に至るまで気が気でなかった。

 

 クロエちゃんのお父様は……かなり過保護だ。兄弟も居ないと言うし、一人娘なんてそれはもう可愛がりたいだろうが……それに有り余る財産も拍車をかけている。

 

 なにせ、お屋敷を一つ譲ってしまう*1くらいなのだ。溺愛していると言っても過言ではない。そんな一人娘と……『仲良く』している相手をわざわざ呼び出すなんて。

 

 一体どんな話が……待ち受けているのだろうか。

 

 

 話は気になる、気になるけど……それよりも今は少し、気になる事があった。

 

 彼女の金色の髪に、青い瞳。紺色のギャザーの付いたブラウスにカーキ色のタックパンツ、そしてロータイプのパンプスまでと。頭からつま先が、視線に入る……入ってしまっている。

 

「なんか、こう……遠くない?」

「きっ、気のせいですわよ!?」

 

 最近、特に理由が無くてもベタベタと構っていたクロエちゃんとの距離が……遠いのだ。

 

 あれから、人目が無いと見るや私の太ももの上に手を乗せて見たり、首筋を撫でたりしていた……あの彼女がだ。

 

 車内なんて恰好の場所で、スキンシップの一つや二つ無い訳が無いと、そう思っていたのに……いや、別に無いなら無いで良いんだけどね? こう、調子が狂うと言うか……なんというか。

 

 

 ……ちょっと、モヤモヤするというか。

 

 

「……体調でも悪いんですの?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 普段なら何も言わず、腕くらい組みに来そうなものなのになんて。

 

 そんな事をどうして考えていたのか分からなくて、思考を打ち切って別の話題を口に出す。

 

「そういえば、クロエちゃんのおうちでお話……って言うのじゃダメだったの?」

「お父様は、休日はこうして過ごすんですのよ。本当は冬に一緒に来たかったのですけど……」

「ほへぇ、そうなんだ。それにしても、どうして寒くなるであろう冬に?」

「近くのお池が綺麗に凍ると、湖面に富士山が綺麗に映るのですわ。その景色がとっても綺麗で……」

 

 そう語る彼女の青い眼は、キラキラと輝いているように見えた。彼女の魔法名が、『氷面鏡』なのもそこに由来しているのだろう。だとすると、それは余程綺麗な光景が広がっているのだと思う。そんな景色を……

 

「言葉では、表せませんわね。写真もありますけど、あの魅力はやはり見てみないと……」

 

 見てみたい───と、素直にそう思った。

 大切な友達が、記憶にこびり付くくらいに感動した……その景色を。

 

「それじゃあ、冬にも来ちゃえばいいじゃん」

「それも……そうですわね」

「うん、それじゃ約束ね?」

 

 そんな冬の約束を。

 

「えぇ、約束……ですわ」

 

 純粋に楽しみにしている……私が居た。

 

 

 


 

 

 クロエちゃんが何故か遠い、そんな疑問を解決するべく私は一つの策を講じる事にした。

 

 私が避けられているのか、それとも調子が悪いから誰かに近づいてほしくないのか。その為に講じた策……それは、特訓によって身に着けた力。

 

 そろそろクロエちゃんも荷物を持って、この部屋にやって───来たっ!

 

「こん、こん!」

「あら、可愛らしいキツネさんですわね」

 

()()でもってクロエちゃんの足元へと擦り寄る。狐色の体毛と、スラッとした()()。フサフサの尻尾は……何処からどう見ても人間には見えない、というよりもキツネそのものだった。

 

 シラユリ様がやっていたように*2、この三カ月で私は完全に狐へと擬態する事が可能になったのである。これなら、何処からどう見ても私だとは……思うまい。

 

「…………それで、何をしていますの、しずく?」

<なっ、なんでバレてるの……>

「いや、冷静に考えて……室内にキツネが紛れ込むなんてある訳ありませんですもの」

 

 確かに、寝室に私の代わりにキツネが居たら嫌でも気づく。

 ……TPOをもう少し考えるべきだったのかもしれない。

 

 

 そんなクロエちゃんの膝の上にちょこんと座り込んでも、彼女は動揺する事は無かった。別に私が避けられている訳では無いという事だが……そうなると、その理由がいまいちわからない。

 

 そんなクロエちゃんは、何処からか持ってきたブラシでブラッシングをはじめた。未知の感覚だったが……お風呂上がりに、ドライヤーで髪を乾かしてもらう感覚に近いかもしれない。

 

 つまり……結構気持ち良い。ハマってしまいそうなくらいだが、これにハマると何かが不味いと直感が告げている。人間のままで居たいなら、あまり長時間変身するべきでは無いのだろう。

 

 破滅願望があると言っても、別にキツネになりたかった訳では無いのだから。

 

「こん……こん♪」

「本当に、意味が分かりませんわね……何時の間に人間を止めたんですの?」

<変身……というか変化? してるだけだから、元は全然人間だよ>

「普通の人間は、キツネに変身したりしませんのよ……!」

 

 流石に発声器官が無いので、言葉を喋ることは出来ない。だがこの姿なら合法的に露出が楽しめ……ないな。残念ながら私は、ケモナーでは無いので。だけど、普段許されなさそうなことも許されそうである。

 

<あっ、そこ尻尾……気持ち良い……>

「ふぅん? 一本くらい貰っても、良い気がしてきましたわ……」

<ダメに決まってるでしょ!?>

 

 ブラッシングが終わり、グイッと身体を伸ばす。膝の上で撫でられている様は、本当にペットになったみたいだった。

 

 それにしても身体が小さいからか、上を向くと視界が殆どお胸で埋まる。流石に目の前でこんなにもたわわに揺れられると……なんとなく触りたくなって前脚をポテンと乗せる。

 

「なっ、何をしてますの!?」

 

 と殆ど同時に、空中へと放り出された。

 

「つっ、つい……」

「良いから、早く服を着るのですわ!? わたくしは出ていますから!」

 

 突然の衝撃に思わずと言った様子で人型に戻ったはいいものの、服の類はベッドの上に折りたたんだままだった。そんな真っ裸の私を見て、顔を赤くして部屋を出ていくクロエちゃん。別に、見たければ見ても良いのに。

 

「なんだかなぁ……」

 

 何かが引っかかるのだ。

 喉元まで、答えが出かかっているような……

 

 だけどその疑問を解決する事は……結局、出来なかった。

 

 


 

 

 服を着替えて、クロエちゃんの事を待っていると……先に部屋に訪れたのはメイドさんだった。後回しにしていたが、屋敷の主でもある彼が……待っているのだろう。そう考えると、少し緊張する。

 

「こちらの部屋で、旦那様がお待ちです」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 

 案内された部屋の前に立ち、メイドさんが書斎らしき部屋の扉を開ける。中に広がっていたのは、落ち着いた雰囲気の書斎。部屋の奥にある窓から、綺麗な富士山が一望できた。

 

「やぁ、遠いところをすまないね」

 

 そんな高級感のある書斎の奥にある椅子に座っていたのは、ダンディなおじ様だった。落ち着きはらった様子で、余裕のあるその様は、如何にも大人な男の人と言う感じ。余り周りにいないタイプなだけに、少し緊張が増す。

 

「はじめましてだね、しずくくん。私がクロエの父だよ」

「どっ、どうも。クロエちゃんの同級生の星乃しずくです」

「好きに座ってほしい。しずく君は、コーヒーと紅茶……どっちが好みかな?」

「紅茶で、お願いします」

 

 自己紹介も程々に、家主が自ら紅茶を注ぎに席を立つ。

 そうして、私と彼の面談は……始まった。

 

 

 

 持ってきてくれた紅茶を飲みながら、彼の様子を伺う。

 

 よく見れば目元に何処となくクロエちゃんの面影を感じる……ような気がする。確かに彼こそが、クロエちゃんの父親なのだろう。そして、是非会いたいと私を呼んだ……張本人でもある。

 

「まずは、御礼を言わせてもらおうかな。娘と何時も仲良くしてくれてありがとう」

「いっ、いえいえ!? こちらこそクロエちゃんにはよくしてもらっていて……」

「ふふっ、娘と言ったら食事の時も君の話しかしないんだよ。やれ、学校でこんな事があっただとか。一緒に食べにいったパフェが美味しかっただとか……娘の生活の中心には、君がいると言っても過言じゃないかもしれないね。少し妬いてしまいそうだよ」

「それはその……嬉しいですね」

 

 思わず愛想笑いを返すしかない、友達の父親とこうして顔を合わせて話す機会なんて殆ど無いから……どういった反応をすればいいのかも、正直よく分かっていない。

 

「そして、魔法少女サテライトとしても大変助かっていると伝えさせて頂きたい。神凪重工の一件は、君のお陰で……随分と楽が出来た」

「いえいえ……と言っておきたい所ですが、一応は今は彼女の友人として来ているので、それはまた別の機会に」

「それは失礼した、魔法少女の中で日常の詮索はしないというのはマナーだったね」

 

 そんな彼は、優しそうな父親の顔から一転してビジネスマンの顔になる。

 

 彼がその情報を握っているのは、予想はしていたが……今日は星乃しずくとして訪れているのだからそう言う話をするつもりはない。そう告げると、意外にもあっさりと引き下がった。

 

 つまり、今回話をしたいというのはサテライトに関わる話では無いのだろう。

 

「君のような聡い子なら、薄々察しているかもしれないが……今回君を呼んだのには理由があるんだ」

「……はい」

 

 彼は立ち上がって、次に言うべき言葉を……選んでいるように見えた。どう伝えるかを悩んでいるような、そんな内容なのだろうか。

 

「君とクロエの距離感は……いや、君の話をしている娘の顔は友達へ向ける『それ』ではないというのは、直ぐに分かったよ」

「そっ、それは……」

 

 うちの娘に手を出しただろう、と。現に言われると何も言えずに固まるしかできない。きっかけはどうあれ、誘ったのは私だ。何も弁明することが出来ない事実だった。

 

「いや、良いんだ。別に負い目を感じなくても。今の時代だ、魔法少女同士が……特にバディを組んで死線を潜り抜けた魔法少女同士が『そう言う仲』になるのは……そう珍しい話でも聞くしね。そういう意味で、とやかく言うつもりは無いんだ」

 

 そんな彼は写真立ての縁を指でなぞる。その写真には、冬に撮ったのであろう綺麗に凍った湖面と3人家族の姿が仲睦まじく映っていた。

 

 そんな写真を彼は、慎重に傾けて……伏せた。

 

「娘は……クロエは私達の一人娘でね。妻とは、仲が悪い訳では無いんだけど……如何せん、機会に恵まれなくてね」

 

 そしてその顔には先程まで世間話をしていた父親の面影はなく、彼は冷たい顔で淡々と事実を告げ続ける。

 

「うちの会社、橘財閥は一族経営でね。当然、柔軟な策を考えてはいるが……親の色眼鏡抜きにしても、クロエは突出したものを持っている。人の上に立つ才能も、経営に関わる嗅覚も……ね。下手をしなくても、私以上に優れた経営者になると確信しているよ」

 

 確かに、自分でブランドの経営に手を貸せるほどの才能。人の上に立つことに対して、非凡ならざる才能を持っていると言うのは私も感じていたことだった。

 

「一人の父親としては、娘に幸せになってほしい。その気持ちはあるが……私は親である前に、従業員と一家を守らなければいけないんだ」

 

 そこまで言われて、ようやく私は理解した。

 

「10年後になるか、20年後になるか……それは分からないが。橘財閥には『後継者』が要るんだよ。此処まで言えば、頭の良いしずく君なら分かるだろう」

 

 彼が私をここに呼び出し、話をしたいと言った理由が。

 

「橘財閥を、橘家をクロエの代で終わらせるわけにはいかないんだよ。後継者が、必要なんだ」

 

 それは、女の子同士である以上避けては通れない……当然の課題。

 

「しずく君。申し訳ないが、クロエの事は……」

 

 告げられたその言葉を、予想してはいたものの……

 

「……娘の事は、諦めてくれないか」

 

 まるで時が止まってしまったような、そんな感覚がした。

*1
18-19話参照

*2
いや、ワシは生まれた時の姿がキツネだっただけで……人間からキツネになったわけじゃないのじゃ……

第一章で続きが見たいお話のアンケート(第一弾)

  • 0.或る魔法少女の結末
  • 2.5.淫魔たちの牧場見学なんだが?
  • 7.5.ご主人様と躾の時間……なんだが?
  • その他(コメントまでどうぞ)
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