「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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51.女淫魔になんて負けないんだが?

 何時までも先延ばしにし続けていた。

 それは、憧れを壊したくなかったから。

 

 隠し通すつもりだった。

 それは、失望されたくなかったから。

 

「うぅ……」

 

 草木も寝静まりかえるような、丑三つ時に。照明を控えめにしたリビングで、ファッション誌らしき雑誌を読んでいたルクスに……話しかけようとして、止めて。その繰り返し。

 

 そんなに悩んでいる時間も勿体ないし、先延ばしにするのは以ての外だ。

 そう思って勢いよく立ち上がって……彼女の方へと視線を移す。

 

「ねぇ、ルクス今ちょっと時間……良い?」

「良いけど、どうしたのかしらしずくちゃん? 急にかしこまったりして」

 

 それでも、彼女に私のありのままを伝えようと思ったのは……不誠実だと思ったから。

 これを彼女に伝えるのは……私のエゴなのかもしれない。

 

「ルクスに……伝えなきゃいけない事があるの」

「……あらあら? 分かったわ、先にお部屋で待っててくれる?」

 

 

 それでも、私が胸を張って彼女と向き合うためにはきっと必要な事だと、そう思う。

 

 

 

 

 私の部屋のサイドテーブルの上に並んだ、2人分のティーカップ。何時もの自分の部屋の筈なのに、ちっとも気が休まらないのはどうしてか……理由は分かり切っていた。

 

 怖いのだ、話をするのが。

 もっと言えば……嫌われたり幻滅されるのが。

 

 

 思えばルクスと出会ってから、半年近くの時間が流れた。

 出会いこそ強烈だったものの……今では本当の家族のように、思っている。

 

 そして彼女が、私の事を恋愛的に好きだという事も……理解している。素直に嬉しい事ではあるものの……彼女の中の私は、理想の魔法少女……サテライトなのだ。

 

 悪しきを挫き、弱きを助ける。

 虐げられていたらしい淫魔達に手を差し伸べた、正義のヒーロー。

 

 一緒にお風呂に入った時、彼女は結果が全てだと言ってくれたが……それがここまで救えない理由だったなんて想像もつかないだろう。

 

 

 まさか、一連の慈善事業は敗北前のギャップを作る為のキャラ作りだったなんて。

 

 

「救われた人は嬉しくて、救った私も気持ち良いからWin-Winじゃんとか思ってた過去の自分をぉ……殴りたいよ本当にぃ……」

 

 バタバタとベッドの上で脚を振ってみても、過去は変わらない。

 精々埃が舞い散るくらいだ、何の生産性も無いのに……どうしてか身体は止まらない。

 

 未だ決心は付き切らないが、呼んだ以上彼女は───来た。

 時間に配慮してか、控えめなノックが二度続いて……ドアがゆっくりと開く。

 

「はぁい? どうしたのかしら、しずくちゃん?」

「ルクスに……伝えたいことが、あるの」

「…………あら、まぁ。隣、座るわね?」

 

 真剣な話題だと察してくれたらしい彼女が、私の横へと腰掛ける。何時も通りに見える彼女だが、黒い尻尾は不安そうにユラユラと空中で揺れていた。

 

「ねぇ、ルクスは……私の事……好き、なんだよね?」

 

 それは、彼女の普段の言動から分かり切っている事だったけど。

 それでも、改めて彼女の口から聞いておきたかった事だった。

 

「えぇ、勿論好きよ? どっちの意味でも……ね?」

 

 所在なさげに膝の上で組まれていた彼女の腕が、ゆっくりと私の頭を撫でる。まるで宝物を触るかのように、ゆっくりと……優しく。

 

「あのね、私……」

 

 何て続ければいいのか、話したい内容は考えていたのに……すっかり飛んでしまっていた。そんな私を急かすでもなく、彼女は次の言葉をジッと……待っていた。

 

「私、ルクスが思ってるほど……清楚じゃないんだよ」

「……それはまぁ、そうだとは思ってたわよ?」

 

 違う、伝えたいことをオブラートに包み過ぎた。

 詰まる所私が伝えたかったのは……

 

「ルクスにあの時負けたのも……貴方の為を思ってなんかじゃ全然無くて」

「あら? ならどういう理由があったのかしら」

 

 そりゃそうだ、と自分でも思う。

 

 そんな事を言えば、どんな理由があったかを聞かれるに決まっていた。

 だけど、その流石にちょっとあまりにも……本人を前に言うのは恥ずかしすぎるんだけど?

 

「まっ、負けたくて……」

「負けたい? 疑問が……深まったわ?」

 

 出来るだけオブラートに包んでみても、当然伝わる筈も無かった。

 

「ま……」

「ま?」

 

 全てをぶちまけるしかない、私があの日思っていた……全てを。

 

「私の事が好きでたまらないエッチで可愛いサキュバスに負けたら! 巣穴に連れ去られ四肢を拘束された上で!! とんでもなくエッチな目に遭うんじゃないかなって期待してたの!!!」

 

 言った、言っちゃった。言っちゃったぁ……!

 勢いに任せて、言わなくても良いような事まで言ってしまった。

 

「その上で色んな子とベッドインして……百合ハーレム作ってるどうしようもない奴なの、私は!」

「まあそれは別に構わないのだけど……」

 

 彼女が次の言葉をゆっくりと探している間は、怖くて顔が見れなかった。

 

「その……しずくちゃんってМ……ドМだったりするのかしら?」

「そっ、それはそう……というか、もっとあれというか」

 

 怖い、大切だからこそ……幻滅されたくない。

 

「それでもよければ……その……」

「あら♡嬉しいわ? でもそうなのねぇ……」

 

 スルリと、真っ黒な尻尾が私の周りで揺れている。

 どんな感情の呟きなのか、全く想像がつかない。

 

 普段は心地良い筈の無言の空間が、居た堪れなくなって口を開く。

 

「げっ、幻滅したよね! ごめんね、こんなので? 顔と身体は良いからそこだけでも愛してね?」

「ふぅん、そうだったのねぇ……」

 

 そんな私の顔を、彼女の桃色の瞳が……じっと見つめる。

 

「あの時、鎖でつながれた後……牧場の子達みたいに、飼われたかったのね?」

「うん」

 

 嘘は吐けないなと思った、これ以上は。

 

「許してって何度言っても許してくれなくて……必死におねだりしたかったのね?」

「……うん」

 

 彼女が望むサテライトとは、違うかもしれないけど。

 そんな私でも───

 

「つまり……もう、我慢しなくても良いって事よね?」

「うん?」

 

 良ければ……? 待って、話の流れが変わっ───

 

「なら、話が早いわ? もうっ、早く言ってくれればいいのに……ね?」

「んぐっ!?」

 

 まるで全身で喜びを表現するかのように、ぎゅっと豊かな双丘で私の頭を抱きしめるルクスに思わず面喰らう。まるで全然気にしていないみたいな様子で。

 

 なんで? もっと悲痛な面持ちでこの話もって来たのに……!?

 

「てっきりしずくちゃんのタイプじゃないかと思ってたのに……ふふっ、一目惚れだったなんてとっても嬉しいわ?」

「よっ、喜ぶとこそこなの……?」

「私も最初は一目惚れだもの、でも……今はちょっと違うかも……ね?」

 

 そう言って彼女は、私の耳元で囁くように告げる。

 

「おうちでは意外とフランクな所も……」

「うっ、うんっ……」

 

 耳元でささやかれると、耳がこそばゆくて思わず身じろぎしそうになる。

 

「お部屋ではちょっとだらしない所も……」

 

 恥ずかしい所を突かれて、思わず顔を反らしたくなるが……彼女の胸元に挟まれていて離れられなかった。甘い匂いが、肺一杯に広がる。

 

「誰かの為に心を痛められるところも、ぜーんぶ好きよ? 知れば知る程……欲しくなっちゃう♡大好きって気持ちが日に日に大きくなっていくの……」

「わっ、私も……好きだよ?」

 

 純粋な好意、愛情を恥ずかしげもなく言ってのける彼女の言動。

 それは、今思えば毒だった。

 

「うふふ、嬉しいわ? だけどそれと同じくらい……ずっと我慢してたのよ? 淫魔が……エッチな事をね? その意味……分かるかしら?」

「あうっ……」

 

 耳へと息を吹きかけられると、身体がピクンと震える。

 

 それは淫魔と言う種族が、他者を誘惑する時のテクニック。

 私の理性を溶かすための……猛毒。

 

「エッチな事……したいのよね? しずく……ちゃん?」

「うっ、うん……」

「ふふ、素直な娘は……好きよ?」

 

 いつのまにか、流されるがまま……そんな流れになっていた。

 あの告白から、わずか数分で。

 

「それじゃあ、やり直しをしましょう? あの日の続きをするの」

「あの日……って」

「そうよ、私としずくちゃんが初めて会ったあの日♡」

 

 先程までの悩みは何処へ消えたのか……

 熱っぽくてぼうっとする頭の中は、いつの間にかルクスが好きだという気持ちで一杯だった。

 

「でもでも、大丈夫かしらね? 淫魔の……それも女王である私の責めなのよ? 同族すら快楽堕ちしちゃうのに……人間に耐えられるかしら?」

 

 あっ、あの時の『食事』ですら彼女にとって責めですら無かったというのか。その事実に愕然とするものの、動き出した歯車はもう止まらない。

 

「そっ、そんな簡単に私は負けないけどね?」

「うふふ、威勢がいい娘も好きよ? とっても大好き♡たくさ~ん可愛がって、番にしてあげるわね?」

 

 精一杯強がってみせるものの、それすらもクスクスと笑われる。

 まるで子供の反抗期を見ているかのような余裕っぷりに、せめて一矢報いようと───

 

「それじゃあ……楽しい夜にしましょうね? ちゅっ♡」

「んっ!? ♡」

 

 唇が触れ合い、彼女の長い舌が口内を蹂躙するかのように貪り尽くす。

 粘膜が触れ合うだけで、身体がポカポカして……お腹が熱くなって……

 

「はむっ、んっ……は~むっ♡」

「───ッ!? ♡」

 

 あっ、ダメっ♡ キスだけで頭がパチパチってこれダメな───あっ。

 

 

 だんだんと遠くなって行く意識を繋ぎ止められそうにもなく。

 最後に覚えていたのは、身体が何処かに運ばれていく浮遊感だけだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 目が───覚めた。

 両腕両足が鎖のようなものに繋がれていて、身動きが取れない。

 

 ここは一体どこなのだろうか、意識を失う前は一体……そう思って辺りを見回す。

 そこにはコンクリートむき出しの床と壁が広がっていた。

 

 そうだ、確か意識を失う前は───そんな思考は、地面を叩くハイヒールの音に搔き消される。

 

 

 誰も、誰も邪魔できない地下室で。

 

 

「お目覚めのようね、サテライトちゃん?」

「───あっ」

 

 

 ジャラりと、鎖が───揺れた。




50話越しの悲願。

本編なんてこっちに書ける訳無かったので各自のご想像に……!

続きが見たいお話のアンケート!(第二弾)

  • 10.泳げない訳では無いんだが?後編
  • 19.ドキドキお泊まり大作戦なんだが!?
  • 26.ただの耳かきのはずなんだが?
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