───長い、永い夢を見ていた気がする。
「……きて?」
身体中がポカポカして、逃げられなくて……
身体中の水分が無くなったら、薬湯を飲まされて……その繰り返し。
「ほら、起きて?」
色んな人が居るのに、見られてるのに……
頭の中がぐちゃぐちゃになって、他の事考えられない駄肉にされちゃった……はずなのに。
「ほら、起きて~しずくちゃん♡学校行く時間でしょ?」
「うっ、あっ……夢?」
またこうして、朝日が昇り……ベッドの中で朝を迎えられている。
正確には、その事を認識できている。
「夢なんかじゃないわよ?」
「じゃあ……なんで……」
身体が酷く怠い、身体中の細胞が栄養を求めているような感覚。
確かに昨日のそれは、夢なんかでは無かったのだろう。
「まあ、特に気にせず安心しても良いのよ? 私が居るうちは……気絶したり、壊れちゃったりでなんて……絶対逃げられないんだから♡」
彼女が居るうちは、私の正気は保証されている……らしい。
それが本当に幸運な事かは、人にもよるのかもしれないけど。
「じゃあおはようのキッスの時間ね?」
「ちょ、おはようにするのってもっと軽い奴じゃ……んっ」
言葉だけでの否定など野暮だと言わんばかりに、強引に口を塞がれる。
ちゅっ、んっ……という二人の声と、ぴちゃぴちゅという唾液の音だけが室内に響き渡る。
「はっ、んっ……」
息継ぎの為に、ゆっくりと唇を離して───また繋がる。
唾液を交換し合うような、そんなディープで朝には似つかわしくない口付け。
「ん……」
「そんなに物欲しそうにされたら……私も我慢できなくなっちゃいそう♡」
嫌々と言うポーズを取りながらも、身体の方はもうしっかりと出来上がってしまっていた。
私のパジャマの胸元のボタンを一つ、また一つと開け。
細い指先が、ゆっくりと私の胸元に───
「あの……何時まで乳繰り合っていますの?」
「えっ、なんで……クロエちゃん!?」
───伸ばされることは、無かった。
赤い顔をした彼女が、部屋の隅で居場所なさげに立っていたのだから。
「なんでクロエちゃんが此処に……?」
「なんでって、起こしに来たんですのよ。何時も通り待ってたら、お母様があがっていいと……」
もじもじと、可愛らしいお顔を林檎のように真っ赤にして立っているクロエちゃん。
寝ていた私はともかく、この場でその事に絶対に気付いていたのが一人いる。
「さっ、先に言ってよルクス!?」
「あら、見られながらっていうのも楽しいでしょ? クロエちゃんも混ざるかしら?」
「……それも、そうですわね。学校には休みの連絡を……」
「しないでね!? わっ、分かったから学校行くから……」
お母様に心配をかけるというか、絶対察される。
自分でも理解しているが、私の嬌声はまあまあ恥ずかしい事に……おそらく結構大きい。
それに登校の迎えに来たクロエちゃんが部屋から降りてこず、休みの連絡を入れたとすれば……間違いなく様子を見に来るだろう。
「それに今日はその……しなきゃいけない事もあるんだから……ほら、先に下で待ってて?」
「お着換えは手伝ってあげなくてもいいかしら?」
「必要無いよ! もう!!」
「もう……?」
流石にお母様に迷惑や心配をかけるのは、私としても望むところではない。
ただでさえ、日常的に迷惑をかけているのだから……
親不孝気味な娘なりに、親孝行の一つでもしてあげたいと……切に思う。
服を着替え、学校に行くための準備を済ませ……
「歩いていたら間に合わなさそうなので、迎えを用意させましたわ」
「さらっというけど……そもそもクロエちゃん家って逆方向だよね?」
「良いじゃないですの、そんな些細な事は」
「些細……些細かなぁ?」
黒塗りの高級車に乗って、学校へと向かう。
目立つから、学校近くの何処かで下ろしてもらう方が良いだろう。
そんな車内で、横に座っていたクロエちゃんがこちらへと顔を向け……
「……ん」
「どっ、どしたのクロエちゃん?」
「わたくしには、おはようのチューはありませんの?」
何処かいじけた様子のクロエちゃんが、私の太腿の上に手を重ねる。
「でっ、でも人も居るし……」
「外からは見えませんし……運転手は誰にも漏らしたりはしませんわ」
有無を言わせず……と言った様子では無かった。
普段の強気な態度とは変わって、いじらしい態度で。
「ダメ……ですの? その……将来を誓い合った仲なのに」
「ダっ、ダメなんかじゃ無いけど!」
「ふふっ、じゃあ良いってことですわね?」
「んっ……」
落ち込んでいた様子の彼女に、思わずそんな事は無いと返すと……彼女がニッコリと笑う。
そのまま、唇が触れ合うような……柔らかい口づけをして。
「ちゅっ……んっ……」
恋人繋ぎにされた手がぎゅっと握られる。
私の指に彼女の指が絡められて、互いの吐息が交わる。
「ぷっ……はぁ……名残惜しいですけど、ついてしまいましたわね」
「うっ、うんっ……」
何時の間にか、学校の近くまで来てしまっていた。
「続きはまた今度……ですわね」
「んっ……うん……」
思わず彼女を抱きしめたくなるような衝動を抑えて、荷物を持って車外へと降り立つ。
冷たい風が、頬を撫でる。
秋になって少し肌寒くなってきた街を、2人で手を繋いで歩く。
「……数学の課題、やってないかも」
「金曜の夜から遊び歩いていたら、当り前ですわ……」
色々とあったが、私たちは日常へと戻っていく。
戻って……いく。
放課後、用事があるからと早足で帰ってきた私。
なんとか同じ学校に通っている……というより転校してきた妹よりも先に家に帰ることが出来た。
「帰ってきて欲しいんだけど、帰ってきて欲しくないんだよなぁ……」
「あら、おかえりしずくちゃん♡」
「あっ、うん。ただいまルクス」
リビングで椅子に座って……落ち着かなくてそこら中を歩き回る。
そんな私には、一つの悩みがあった。
疲労で寝過ごしたせいで朝には出来なくて……そもそも朝一でこなすのには重すぎる用事。
とは言え、これも約束だし……内容が内容なだけに、何かがあってからでは遅い。
本当に、本当に憂鬱だけど……そんな事を考えていると、ガチャリと家の扉が開く音がする。
「ただいまっす~!」
「あらあら、おかえりユウちゃん~♡」
「おかえりユウちゃん、その……話があるんだけど……さ」
「ただいま~……って、どうしたんすか二人揃って改まって……」
「立ち話もなんだから、座って頂戴?」
手洗いを済ませ鞄を降ろしてから、リビングの椅子へと座る彼女。
この要件を私から切り出すのはあまりにも苦しいが、それでも愛する妹の為に覚悟を決める。
そういえば、どんな風に……みたいなのは聞けなかったけど。
「その……身体の調子が悪いって本当?」
「いや? 別に普通っすけど……」
「えっ? ルクス……どういう事?」
土曜日に話した限りは、間違いないって言ってたのに……
彼女に限ってそんな悪質な嘘をつく必要も無いだろうし、あるとすれば勘違いぐらいだろうけど。
彼女の勘違いだった?
それならそれで良いんだけど……
「うぅん、難儀ねぇ……言い方が少し悪かったかもしれないわ? 背中を見せてくれるかしら?」
「別にいいっすけど……見ても面白いものなんて何も無いっすよ?」
「なんでルクスがユウちゃんの背中を見た事があるの?」
「一緒にお風呂に入った時に……ね?」
「なにそれ!? そんなイベントわた……っ!?」
羨ましい……なんて。
だが、スルリと制服を脱いだ彼女の姿に、思わず言葉を失った。
制服を机の上へと脱いで、振り返った彼女の背中にあったのは……
「その……そんなに見られるとちょっと恥ずかしいんすけど」
色素の沈着した皮膚、所々ケロイド化しているそれは。
「何……それ……」
間違いなく……火傷の症状、その後遺症だった。
「何時……から……」
何で? 最近の傷……じゃないなら一体何時?
そんな疑問が頭の中をグルグルと回って、目の前の現実を理解する事を拒む。
「僕は覚えてないんすけど……記憶のある限りでは初めからこうっすね」
「なんでっ、なんで黙って……」
責めたい訳じゃないのに、思わず語気が強くなってしまっている事に気付いて……押し黙る。
言わなかったのは、心配させたくなかったのだろう。
きっとルクスが言わなければ……このまま黙っているつもりだったのだろう。
「見た目こそ酷いっすけど、今はもう殆ど傷まないから大丈夫っすよ? ちょっとプールの授業とかはお休みしてるっすけど……特に生活は困ってないっす」
辛いのはきっと彼女自身のはずなのに、私達に心配をかけまいと笑顔を作る彼女に……思わず胃の中身がこみ上げそうになる。
だけど、私が吐いても彼女を心配させるだけだ。
そんなものには意味は無い、聞かなきゃ……続きを。
「魔法少女には、回復系の魔法を使える子も居て……」
「直近の傷だけっすからね、古傷の類には効かないっすから……恐らくは魔法少女になる前の火傷だと思うっすよ」
魔法少女になる前……10歳前の小さな少女が火傷を負う原因なんてそう多くはない。
まともな両親なら、適切な処置をするだろう……まともな両親なら。
だが、その両親が原因だとするのなら……その全てに納得が付く。
彼女の日記から読み取れた情報を整合すると、無関心な父親とヒステリックな母親……
恐らく後者だ、何か気に食わない事があって……それで。
「気にしてないっすから、復讐……みたいなのは止めとくっすよ? 彼らにとってはもう、身に覚えが無いことっすから」
あまりにもやるせない、そんな人間達が今も悠々と生きて……
そんな思考が、鎌首をもたげた頃だった。
「はいっ、ストップよ? 何のために話をしに来たのか忘れちゃダメなんだから……ね」
ピトリと冷たい『何か』が頬に押し当てられて、思わず思考を中断する。
そうだ、今日は……今日は……あっ。
「ねっ、ねぇ……本当にこの流れでそれ……渡さなきゃダメ?」
「それじゃ、もう少しユウちゃんには我慢してもらうのかしら?」
「うっ……」
「しずくちゃんの言う今度って具体的に何時なのかしら〜?」
「うぐっ、その……分かってる、けど……」
あくまでも理詰めで詰められれば、私としても押し黙るしか出来ない。
そんな中、我が妹が当然の疑問を投げかける。
「その、さっきから気になってたっすけどその牛乳瓶は何なんっすか?」
「これはその……温泉のお土産で……」
「嘘ついちゃダメでしょ? これは日曜の温泉じゃなくて土曜日のお土産よ?」
「はい……」
「日曜のお土産は……これ♡淫饅頭よ?」
「ありがとうっす……じゃあ、これは一体?」
逃げ道が潰されていく、今更引くことが出来ないのは分かっているんだけど……
「その、火傷に効くお薬というか……」
「古傷にも効くんすか? というか、それならなんで牛乳瓶に……」
苦しい、とても。
言い訳も……心境も。
「しっ、しずく乳業の商品と言うかなんというか……」
「へぇ? そんな会社が……ふぅん? へぇ……そうなんっすねぇ……」
自分で言った言葉をかみ砕いて理解している内に……彼女の顔が信じられないモノを見るような目に代わっていく。
「っすー……火葬記憶……」
「待って待って!? 揶揄ってるわけじゃなくて、本当に……!」
思わず忘れようとした彼女を必死に引き止める、別に冗談を言っている訳じゃないんだけど……冗談のような馬鹿みたいな話だった、そう簡単に信じられても困るくらい。
ルクスの協力もあって何とか事態を把握したユウちゃんが、得体のしれないモノを見るような目で目の前の瓶を見つめている。
「じゃ、じゃあその……えぇ? こんな嘘をつく人じゃないって分かってはいるんっすけど……うぅ」
「本当にごめん、ごめんね?」
「善意ではあるから断り辛いんっすよね……これが出来た背景を察するとさらに辛いっす」
「他の体液でも良いのよ?」
「それは……流石にちょっときついっすね」
血だったり、愛だったり、唾だったり……そんな液体よりかは幾分かマシだという判断だった。
それにしてもあまりにも苦しいけど。
「本当に飲まなきゃダメなんすよね……いっ、いただくっす」
そう言って、瓶へと口をつける彼女を見ていると……背筋がブルっと震える。
妹とお母様を巻き込むのはなんか違うというか……とにかく、切実に早く終わって欲しい。
ゴクゴクと音を鳴らして、一息で飲み切った彼女が瓶を机へと置く。
互いに真っ赤な顔で、恐らくこの場で一番理性的なのは……ルクスだろう。
「味は……甘いっすね? なんかこう、うちにあるのより濃厚な気がするっす」
「お願いだから味の感想を本人の前で言うのは勘弁してほしいかなぁ…………」
「これで効果なかったら、恨むっすからね?」
確かに、自分でも効くかどうかは半信半疑だった。
そもそも、魔法少女になってから怪我らしい怪我を負った覚えがない。
そんな彼女が……前触れもなくバタリと倒れ……かけた所をルクスが支える。
「あらあら、大丈夫かしら?」
「あっ、あっつ……」
「だっ、大丈夫!? 変なモノでもはいってたんじゃ……!?」
「いや……背中……熱くて……」
身体を支えられたまま、椅子へと腰掛け……机へ突っ伏した彼女が浅い呼吸を繰り返していた。
それから、数分……数十分が経っただろうか。
無事でいてくれと願うしか出来ない時間は、もどかしい。
私自身に、回復の魔法が使える訳では無いから。
無限にも感じる時間の中、汗だくになった彼女がゆっくりと起き上がる。
そしてペタペタと背中を触って……
「ほら、鏡よ?」
「あっ……うわぁ……本当に……?」
信じられないモノを見たと言わんばかりに、何度も背中を触る彼女だが……肌は正常で火傷跡は残っていなかった。
私自身も、正直信じられなくて開いた口が塞がらない。
「おっ、お姉ちゃん……!」
立ち上がった彼女にぎゅっと抱きしめられる。
やはり、年頃の女の子だ……気にしていたのだろう。
当たり前だ、当たり前の幸せな日常が……あまりに遠かった。
「僕っ、ずっとこうなんだなって……諦めでっ……」
「うん、うんっ。辛かったよね……」
嗚咽を漏らす妹を抱きしめ、ゆっくりと背中を撫でる。
傷跡の無くなった背中を、優しく傷つけないように……優しく。
それからしばらくして、冷静になった彼女が真っ赤な顔で飛び上がる。
普段甘えるのが苦手な子だから、こうして甘えてくれるのは嬉しいんだけど……本人的には、そういうのは恥ずかしいみたいだった。
「ふふっ、これで円満解決ね?」
「その、恥ずかしいものをお見せしたっす……」
「全然? むしろ困ったことがあったら、私達をもっと頼って欲しいんだけど……」
目元を赤く腫らした彼女が、ずずーっと鼻をかんだあと恥ずかしそうに俯く。
そして、じとーっとした目つきで私を見つめる。
何か悪いことをしたような気分だった、いやまぁ……やった事を陳列すると悪い人なんだろうけども。
「なんかこう……人がそれなりに悩んでる事、何でもないかのように解決していくんすね。これは……確かに脳を焼かれたような人が増える訳っす」
「ユウちゃんは特別だよ? 大切な妹だし」
「もうっ、すぐ口説くような事言うんっすから!」
実際、見ず知らずのためにこんな事をするかと言われると……間違いなくしないだろう。
間違いなく星乃ユウは、私にとって大切で……特別な存在だ。
正直葛藤もあったし、死ぬほど恥ずかしいのは今でもそうなんだけど……
「そっ……そのっ……!」
もう一度ギューッと抱きしめて、今度は満面の笑みを向けてくれた彼女。
「大好きっす、お姉ちゃん」
こんな可愛い妹の笑顔が見れたのだから、それで良いかと思った。
続きが見たいお話のアンケート!(第3弾)
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