魔法少女協会、略して魔協。
魔法少女を守り、そして管理するこの国で今最も権力のある組織。
都心にある巨大な建物の、その最奥にある最高のセキュリティを施された彼女の私室。
そこにある椅子に腰かけていた彼女は、ゆっくりと私の眼を見て。
「やっ、スクイレ?」
「……そっか」
そう一言だけ呟いて、手元に持っていた本に栞を挟んだ。
私達……というよりも、彼女と私の間にそれ以上の言葉は必要ない。
そんな彼女が鏡に映った自分を見て、ゆっくりと目を伏せる。
「お化粧。教わっておく、べきだった」
「私がしてあげよっか?」
「ううんっと……この場合、貴方にされても。あまり、意味がない?」
綺麗な自分を見せたかったという事だろう、そんなことしなくても十分可愛───
「すとっぷ。それ以上は……話が、拗れる」
「こんなに可愛いらしいのにね?」
「そういう、とこ……ある……」
口をへの字にして、部屋の隅を向いてしまった彼女を宥め……いや、これは照れ隠しだ。
彼女の耳が僅かに、赤くなっているから。
とは言えこのままでは今日の本題に移れない、日が暮れる前にアポイントメントだけは取っておかないといけないから。
例えそれが、仲が良くなかったとしても……2人とも『あれ』みたいな人格破綻者では無いと聞く。
だからこそ一度、一度は会っておくべきだと思った。
「一目会っておきたいんだ、スクイレの……ご両親に。その、嫌じゃ無ければなんだけど」
「……分かった」
それがどんな結果を産むかは分からないけど。
スクイレが伝えたがっていない事は、理解していたけど。
「別に隠していた訳じゃ、ない。だけど、率先して伝えたい訳でも……なくて」
少し言い辛そうに話を続けるスクイレの背中は、何時もよりずっと小さく見えて。
「一つだけ、お願い。どうか、2人を。責めないで、あげてほしい」
彼女の顔には、後悔のようなものが浮かんでいたような……気がする。
プシューっと音を立てて電車が止まり、ゆっくりと扉が開く。
【まもなくドアが閉まります。お足元に~】
酷く短い停車時間に、少し急ぎながら電車から降りた私。
冬の寒さが身に染みるようで、思わず身震いをする。
コートのポケットの中に手を突っ込んで、白い息を吐いてから……歩き始める。
ゆっくりと、確実に……歩き続ける。
最寄り駅は無人駅で、一日の内に6本しか電車の来ないこの駅を……更に歩いたような場所にある村の。それまたさらに離れにある場所にポツンと建てられた、この辺りにしては新しめの一軒家。
人の殆ど住んでいない田舎町の中でも随分と浮いている一軒家、そこが彼女の両親が住むという家だった。
家の前に立つと、表札の名前には確かに『高宮』と書いてあった。
ここがその家で間違いないだろうと、インターフォンを……
「ふぅ……」
なに、怖気づいてるんだろ。私が決めた事なのに。
それでも少し、彼女の過去を覗くのが怖いなと思ってしまった。
きっと私は弱くなったんだろう。昔に比べて……ずっと。
でもそれは、別に悪い事じゃないとも思っている。
優しさは、甘さで……怖いのは、大切だからだと。
インターフォンを、押した。
間延びしたピンポーンという音が響いて、それから暫くして一人分の足音が家の中に響く。
「貴方が……星乃さんね?」
扉から出てきたのは、綺麗な顔立ちの白い髪の女性だった。
何処となくスクイレを、ちなつちゃんを思わせるような顔立ち。
だがしかし、その髪には所々透明な白髪が見え……表情は何かに疲れ切ったように沈んでいた。
「はい、今日はお時間を取って頂いてありがとうございます」
「ようこそ、よくいらっしゃいました。あまり綺麗な場所ではありませんが……」
言葉遣いは柔らかく、だがしかし明確な壁を感じる。
歓迎されていない、もしくは……警戒されていると声色に聞いて取れた。
「あの子は今……来てるんですか?」
「いえ、来てないですよ」
「そう……ですか……」
何処か複雑そうに、何処か安堵したかのように息を吐いた母親を見て。
その白い吐息が、空気の中に溶けて消えるのを見ている事しか出来なかった。
「どうぞ、お上がりください。主人もきっと……待っていますから」
「失礼します」
今の私に出来るのは、出来るだけ礼儀正しく……踏み込まない事だけ。
聞いた話によればスクイレのご両親は。
人と接する事に……疲れ果ててしまっているというのだから。
内装も特に変わらない、一般的な一件家だ。
綺麗ではあるものの、それはあの魔法少女協会の協会長の親族の住む家としては少し質素すぎる。
マグカップに湯気の立ち昇るココアをテーブルに置きながら、何処か探るような目で私を伺うちなつちゃんのお母さん。
「失礼ですが……魔法少女ですよね? 魔法の効果を教えて頂いても良いですか」
恐らくは特定の魔法を、異様に恐れている。
読心系統、もしくは記憶に関する魔法に対しての恐怖。
「少し説明が難しいんですけど……気象操作みたいなものだと思って貰えば」
ココアの表面だけにかかる星の引力を解除して揺らすと、フワフワとその場に茶色の液体が浮き始める。
目を丸くする彼女を前にして、球体に唇を近づけると……一息に飲み干───
「あっつ!? あっ、いや……すいません」
「いえ、こちらこそ実演のような事をさせてしまって申し訳ないです……」
思わず気まずい空気が流れる、普通にマグカップに落とせばよかった。
痛いほどの沈黙が場に満ち切った頃、ようやく彼女のお母様が口を開く。
「今日ここに来たのは、ちなつの事……ですよね」
「……えぇ、そうです」
「今、主人を呼んできますから……少し待っていてくださいね」
そう言って部屋を出ていくお母様、一人きりになった部屋を見渡すと……誰かが暴れまわったかのような古い跡が部屋中に見て取れる。
そんな中開いた扉から現れた、白髪の目立つ痩せ細った男性の姿。
「君が、あの子の話していた……」
「初めまして、ちなつちゃんのお父様。話していたというのは……」
「メールでのやり取りなら、能力の発動がしないから偶にメールでのやり取りをね。それも発作が落ち着いてきた最近になってからなんですが……」
一目見た印象は、少しやつれてはいるものの……いたって普通のご家族に見えた。
虐待や育児放棄なんてしそうにない、一般的な何処にでもいる普通の人間。
だからこそ、今スクイレが一人であの部屋に住んでいるのは……
「一言、こんな事を言う資格は私達にはないのは……重々承知しているのですが」
「ちなつと、友達でいてあげてくれて……傍にいてあげてくれてありがとうございます」
見た目が変わるくらいには追い詰められているというのに、それでも心配してしまう親心。
彼女達は普通だ……普通だからだ。
それが彼女が孤立する事になった理由、一般人だからこそ起きてしまったであろう悲劇。
「私達は耐えられなかったんです、自分の頭の中を覗かれているという事実に」
「あなた……!」
「隠しても仕方が無いだろう、隠しておける事でもない」
握った手に爪が食い込んで、細かく震える。
未だにそのトラウマを、克服できていないのだろう。
「創作や物語ではえてして、人の心を読める超能力者や妖怪なんかが現れるものですが……彼らと生活する本当の意味を、恐怖を……理解していない」
それは実感の込められた……十数年の実感の込められたあまりにも重い一言だった。
「例えばちょっとした不満、少しの不快。欺瞞、不信、不平、怒り。嫉妬や怠惰といったそれら。人間生きていれば抱えるであろう、そう言った誰しもが抱えながら胸の奥へと仕舞っておく『それ』を、全て暴かれ───記録される」
それは独白だった。
私に聞かせるというよりかは整理するかのように口から漏れ出る、既に起こった……事実。
「少しだけ出会うのなら、耐えられても。ずっと……ずっとだ。24時間365日、そんな存在と一緒に居て私は、抱いてしまった……抱いてしまったんだ」
「あなた、それ以上は……!」
「恐怖を、恐怖心を抱いたんだ。結局の所私は実の娘に対して───怖いと思ってしまったんだよ」
それは悲痛な、告白だった。
心優しいからこそ、普通だからこそきっと耐えられなかったのだろう。
「私は、私は実の所怖いんだよしずくちゃん。私は、実の娘が───怖くて仕方ない」
「君に、君の周りの人たちに本当にその覚悟があるのかい?」
「それは……」
積み重ねた数年があるからこそ、安易に即答は出来なかった。
ずっと耐えてきた彼らにしか分からない事が、あるのかもしれないから。
「これは、ただ歳を重ねただけの老害の、哀れな男の忠告でしか無いが……」
それは、親としての最後の願い。
「生半可な気持ちで彼女を傷つけるくらいなら、彼女を……ちなつを一人にしてあげるのも優しさだという事は、忘れないで欲しい」
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