その場を包むのは酷く耳に残るような、静寂。
少し熱のこもった場を覚ますかのように、短く息を吐いた彼が椅子へと座り直す。
そしてその場を仕切り直すように、母親の方がゆっくりと語りだした。
「小さい頃のちなつは、本が好きで……寡黙だけど真面目でしっかりしたとてもいい子だったと思います」
あくまで優しく、語り掛けるように過去の思い出を語る表情は何処までも母親らしくて。
「少しだけ人とコミュニケーションを取るのが苦手な子だったと思いますが……それは本人の精神年齢が成熟していたからというのも、あるんだと思います」
そんな家族が今、離れ離れになっているのが……過去に起きた事の凄惨さを物語っている。
「だからこそ、あんな魔法が現れたのかもしれません」
魔法名『思考解露』。
人の思考を暴き、解き明かすそれは……ON/OFFの効く魔法ではなくパッシブ型の魔法。
「あの子が10歳の時の頃でした、ちなつが魔法少女として目覚めたのは」
「きっと始まりは、相手の事を理解したいとか……そういう純粋な願いだったんだと思います」
「初めは、普通の日々を送れていました。送れて……いたんです」
そこで押し黙る母親、続きを口にしたのは……父親の方だった。
「きっかけは些細な事でした。仕事のミスが見つかって、酷く落ち込んで……家に帰った日の事でした」
「「お父さん、大丈夫?」……と。そう彼女は言ったんです」
「正直に言えば、見られたくなかった、触れられたくなかった内面に触れられて……私の中に浮かんだのは、強い怒りと激しい不快感でした。心の中を土足で踏み荒らすような、そんな行為……到底許されて良い筈が無いと……我に返った時にはもう既に、手遅れでした」
震える手を、所在なさげに顔の前で組んで。
俯いた彼の表情には、後悔の色がありありと浮かんでいた。
「ちなつは……怯えていました。小さな子供に向けるような感情では無い、そして何よりそれを彼女は『忘れられない』」
切り替えることが出来ないからこそ、その魔法は周囲を遠ざけ……何より本人を傷つけ続けた。
「お恥ずかしながら、いろいろと試してみました時期もありました。アルミホイルを頭に巻いたり、着ぐるみを着てみたり、スピリチュアルな事を試してみたり……それでもやはり、どれも効果が無かった」
それを無駄な努力と笑う事は、絶対に出来ない。
それこそ、藁にでも縋る気持ちだったのだろう。
「私は、日常のあらゆる時にまで聖人ではいられなかった。私達の生活は、日常は……少しずつ狂っていきました。夫婦の間では喧嘩が増え、妻はモノに当たる事が多くなり、私は家に帰らず会社やホテルで夜を越すことが増えた。互いに交わす言葉は減り、思いやりは擦り減って……今に至る」
吐き出された苦悩は、あまりにも重く……暗い。
「結局、私達ではちなつと向き合ってあげることが出来ませんでした」
「あぁ……」
話を聞き終わって、気づいてしまった。
これは、終わった物語なんだ。
私が目の前に居ても救えない、もう終わってしまった物語。
既に家族関係には罅が入り壊れ果ていて……もう二度と元には戻らない。
「私達に出来るのは、せめて彼女を遠ざけてあげる事だけでした」
彼らは善良で、普通で、優しくて。
そんな温かい家庭を崩してしまったのが、自分のせいなんだとどうしようもなく突きつけられて。
少しずつ狂っていく家庭を、誰よりも近くで見続けてきたスクイレ。
優しかったころの家庭を、どうやっても『忘れられない』彼女は。
果たして、どんな気持ちで日々を過ごしていたというのだろうか。
「ちなつと一緒に居るという事は、そういう事です」
「……えぇ」
昔の私はもっと、自分至上主義だった。
だからこそ、結局の所……思考を覗かれてようと、どうでもいいとすら思っていた。
だけど今の私は、昔の私のように誰かに無関心では居られない。
守る者も、大切な相手も増えた。
「完璧な人間なんていませんし、誰だって誰かに不満を持つことは勿論あると思います」
スクイレは、秘密主義で自分の命を安く見ている節がある。
私も彼女の、そう言う所は好きじゃない。
……どの口が言うんだという話ではあるけどさ。
「確かに生活を送るうえで、不満に思う事もあると思いますが……」
だけどまあ結局の所、私の結論は変わらない。
別に他人に記憶を読まれようが、思考を読まれようが。
「その不満を、後悔を、怒りを、羞恥を……私の抱く思考の、その全てを晒け出した程度で……」
───結局の所。
「スクイレが。ちなつが……この私を嫌うなんて有り得ない」
私には、自信がある。
愛されているという自信が、そして私が魅力的な人間だという自信が。
そんな私が、少し彼女の気に入らない事があった所で……私を嫌うような事があるだろうか?
それこそ有り得ない、彼女の方から私の元を離れていく訳が無い。
「それに私と一緒に居た方が幸せだったと、思わせて見せますから」
「……大した自信だね、根拠がある訳でも無いだろうに」
わざと私を何処か突き放すように呟いた彼は……それだけのことがあっても、今も娘のことが大切なのだろう。
「それが若さゆえの過ちでない事を祈るしかないが……」
不機嫌そうだ、当然だろう……私には出来るなんて根拠もなく、彼らの努力を否定していると取られても不思議ではない。
失礼なのは百も承知だったが、それでも彼らは声を荒げるような事も無く……そんな所まで善良さが見え隠れして、やるせない気持ちが胸中に渦巻く。
「いや、そんな君だからこそ……ちなつは心を開いたのかもしれないな」
「あなた……」
信頼された訳では無いと、思う。
彼らのこれまでを考えれば、もっと酷い人間不信に陥っていてもおかしくはない。
それでも、藁にでも縋りたい気持ちだったのだろう。
本当に何処までも、善良で優しい両親だった。
「私達にはもう、ちなつの傍にいてあげることは出来ない。結局の所情けない話だが……私達にはもう、お願いする事くらいしか出来ません」
「どうか娘と……最後まで一緒に居てやってください」
それは……
<捨てないで、とは言わない、から。要らなくなったら、貴方の手で、終わらせて、ね?>
そうやって私に頼みごとをしたあの日の彼女に、何処となく似通っていて。
「……任せてください」
そんな私に出来るのは、これから先も結果で示す事だけ。
それだけだと思う。
ガチャリと音を立てて扉を開き、外へと踏み出せば……
青く澄んだ空の上で、太陽が輝いている。
「本当に良いの? 別に私達は……」
「大丈夫です。それよりも、これからもメールを送ってあげてください。ちなつちゃんも……嬉しそうでしたから」
「えっ、えぇ……気を付けて帰ってね?」
私は、ちなつちゃんのご両親の家を後にした。
お二人にはお昼ご飯を食べていってと言われたが、丁重に断らせていただいた。
私が居ると負担になるだろうし、それに夫婦水入らずで話したい事もあるだろう。
そんな中駅までの道を歩いている訳だが……お昼時と言えど、外は冬の寒さが身に染みる。
はーっと白い息を吐いて、思考の海に潜り込む。
今回の件。
結局の所、前向きになるきっかけが与えられたかもしれないが……彼女を取り巻く問題はそう簡単には解決しない。
私達は、何処まで行っても過去は変えられない。
何事も上手く行くわけじゃない、魔法少女は神様なんかじゃないのだから。
少し感傷的かな……なんて少し自分でも思う。
そっと手袋を外して、スマートフォンに080から始まる彼女の携帯電話の番号を打ち込む。
「……もしもし?」
「ん、私だよ」
1コールもしないくらいで、電話先の相手が声をあげた。
「どうした、の?」
「ちょっと、声が聞きたくなって」
「……そう」
ずっと携帯の前で待っていたのだろうか。
まあ……私が二人と会うから居ても立っても居られなかったのだとは思うけど。
「お父さんとお母さんには、会った?」
「うん、2人とも……良い人だね」
「……うん」
少し、声色が明るくなった……気がする。
平坦な話し方をするから、少し分かり辛いけど。
そんな些細な変化を感じ取れるくらいには、私も彼女の事が理解できて来たのかもしれない。
そしてこれからも、少しずつお互いに理解を深めていくのだろう。
私には過去は変えられないし、私は彼女の思考を覗ける訳では無いが……
「これからも、よろしくね?」
「うん、最後の時……まで」
今と未来は変えられるのだから。
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