辺りに吹き荒れる熱風もようやく落ち着いた頃、ゲートの中を確認するべく歩を進める。何があるか分からないものの、何時まで経っても中に行かないのではここにいる意味が無い。
「それじゃあ、一番星は私が頂くね☆」
氷で出来た鏡が幾つかゲートの中に放り投げられてから、私が一番にゲートの中に足を踏み入れる。この中で対応力も総合力も高いのは、客観的に見ても私だから。
「何か異変があれば、直ぐ引き返すんですのよ」
「分かってるって、大丈夫そうなら呼ぶね?」
ゲートに足を踏み入れ───世界が切り替わるその瞬間に、焼けるような熱気が頬を撫でる。
暑いというよりは、熱いとも言えるような温度。
ゲートの内部は建物……のような場所だった。
『建物のような場所』と言うのは、壁も床も天井もボロボロに焼け焦げて建材が石なのかすら判別がつかないからである。恐らくは、辛うじて建物だったと判別できるだけ。
そして床には灰と……恐らくは骨らしき何か。
液状化して床にこびり付いた金属らしき物体が、この場所で起きた一撃の破壊力を物語っていた。
とは言え敵対勢力は壊滅、この環境以外は特に問題もなさそうである。
一度戻って後続を呼ぶと、グライシアがゲートに入った瞬間に顔を顰める。
「はぁ……その……もう少し加減とかできませんの?」
「ぜぇっ……はぁっ……とっておきの一撃、此処で撃たずしていつ撃つというんですの!? 一番の見せ場ですわ!」
肩で息をするブレイディアは、何時もと比べれば少し静かだ。
彼女を黙らせたいときは限界まで絞ればいいらしい、それは良い事を聞いたのかもしれない。
ゲートの先の世界は……こんな異空間でも、重力を感じる。
それはつまり、この世界も何かしらの法則で動いていて……と言うよりも、地球のそれと全く同じだね?
「チャンネルを変えるイメージかしらねぇ。同じ地球と言う物体のチャンネルの、無数に存在している内の一つが魔界なのよ?」
「へぇ~、そうなんだ」
ひょっこりとゲートの外から顔だけを出したルクスが、私の疑問に答えてくれたが……この状態でもしゲートが閉じたらどうなるのか怖くて直ぐに押し返す。それに紫色のゲートから首だけ生えているのは、ちょっと不気味である。
考えてみれば、別に淫魔の街に行った時も無重力空間に困ったりはしなかった。
そういう仕組みだったとすれば、私としてはやりやすい所だ。
「想像よりも広いですわね。洞窟の中とかだと有難かったんですけども……」
「あー……ありがたい事に、あちらさんから来てくれたみたいだよ?」
続々とゲートをくぐって魔界に侵攻している魔法少女たちに気付いてか、大きな火の気があがったのを不審に思ってか、続々と魔族……いや、『外敵』が姿を現す。何処に行けばいいか迷っていたけど……
「敵の多い方へと! 全部倒していけば!! 自ずと首領が見えるに決まってますわ!!!」
「あははっ、確かにその通りかもね?」
彼女の前でゆらりと火球が渦巻き、その火力を遠目から見ていたであろう外敵が一歩引き下がる。士気は然程低くは無いように見えるが、先ほどのあれを見て怖気づくのは……生物として当然の反応なのだろう。
───だがそれは、戦闘中においては致命的な反応だ。
「潰れなさい───氷面鏡」
グシャリと、ここからでも何かの潰れる音が聞こえた。足を止めた彼らは、言ってしまえば良い的だった。派手さはなく、だがしかし確実に的確に敵の数を減らすグライシアの姿は頼もしいの一言である。
生成した氷の鏡でもって、確実に頭部を粉砕している。
元より異常な操作精度でもって氷の鏡を操っていた彼女だが、今日のそれは今までよりもその精度は増しているような気がする。
これだけ頼もしければ、私の役割は無いのかもしれない。
というより、グライシアの隣からだとその辺の瓦礫を投擲する位しかやる事が無い。
「一応言っておきますけど……」
「分かってるよ、突出したりはしないから」
陣形を崩したくない故に、私が外敵に突っ込んでいくわけにもいかないのが悲しい所だ。
私の魔法、レンジは1メートルだからね……
やれる事は増えても、このルールだけは変わらなかった。
恐らくは私自身の意識か、魔法の根底的な理由によるものなのだろう。
「ごめん、一匹そっち行った!」
「任せて~ね♪」
飛び出てきた一匹の狼型の獣にピンク色のハートが飛んでいき……その姿がお菓子へと変わった。チョコレート色の毛並みを持ったそれは、姿勢を一転。キャンディのような爪をもってして、自身の周囲の外敵に襲い掛かる。
フランマはやはり良い動きをするのは知っていたが、当然他の魔法少女も動きが洗練されている。流石は選りすぐりの魔法少女という事だろう。この年頃の少女が戦闘慣れしているというのもなんとも不憫な話だけど。
それにしても何だかすごい魔法だ、間違いなく私と同じ法則系の魔法少女。
メルヘンでファンシーな見た目とは裏腹に、やってることは結構エグイよね。
そんな魔法少女たちによって、蹂躙とも言えるような速度でゲートに寄ってくる外敵は殲滅されていく。
迫る敵の数も疎らになってきたところで、此処が何処なのかを観測するために辺りを見渡す。
紫色の空に、荒野のように荒れた土地。
そしてゲートを開いた場所である、何かしらの……恐らくは重要な建造物があったであろう廃墟。
そして、どこをとっても見慣れないそんな中に……見覚えのある太陽。
あれが本物なのかを判断する術は無いが、この広い荒野で方角を見失わないのは便利だろう。
「外敵が多かったのはあちらの方角ですけども……逆にそれ位しか手掛かりがないと」
「各方面にある程度の人数は割きつつ……今はそちらに向かう他ありませんわね」
方角で言えばあの太陽が煌々と輝いている方向。
方角的に言えば地球と同じならと言う但し書きがつくが、東の方角からやってくる外敵が多かった。
何かがあるとは限らないが、何の手掛かりも無い今……行ってみるだけの価値はあると言えるだろう。ある程度の人数を別の方角へと向かわせつつ……私達はそちらへと歩き出した。
おかしい。
別れてから少し、時刻にして30分ほど荒野を進んだくらいだろうか。
断続的に出現する外敵のお陰で、道標には困らないのだが……
「皆、疲れてない?」
「だっ、大丈夫です!」
「そう? 無理だけはしないようにね?」
どれだけ倒して、どれだけ進んでも敵の首魁は現れる様子がないのだ。
配下を削られ続けているのに、一切の反応を示さない。
恐らくはもうこちら側に進行してきたことは、相手にも伝わっているはずなのに。
気付いていないかもなんて楽観は、するべきではないだろう。
今まで第一の魔王も第二の魔王も、それなりの数の供を連れて現れた。
それだけ相手には数が居るという事か?
だったとしてもこんな偶発的な戦闘では、効果があるようには見えないけど……
「皆怪我は……無さそうだね」
そう、現に私達の内の誰一人として、ここまで目立った怪我一つないのだから。
正直、戦力の逐次投入はあまり賢い選択だとは思えない。
隠されたゲートの反応と、複数個所への同時進行。
これ程までに周到に計画を進めていたであろう第三の魔王が、ここで意味も無く兵をむざむざと消費したりするだろうか? 消耗させるため? それとも他に……
「グライシアはまだ余裕ある?」
「当然。後先考えずに全力なのは……あの子くらいのものでしょう」
「ぜぇっ……聞こえ……ぐっ……」
そう言って視線を向けた先には、地面ごと焼き尽さんと全力で火球を放るブレイディアが居た。まあ本当に全力という訳ではなさそうだけど。そうでなきゃここまで体力が持つ訳無いし。
少しずつ私達に焦りが募る。私たちは時間にあまり余裕がない、もしもこのままタイムリミットが来れば……ゲートの内部を抑えている私達と違い、他の都市では外敵の侵攻が始まってしまう。それは……避けたい。
ジリジリと不快な焦燥感だけが募る。このまま集団で進んでいてタイムアップが来てしまえば、此処に来た意味の半分は無くなってしまう。故に決断をするべきなのだろう。
「ある程度、ここで部隊を分けよっか。このままじゃ埒が明かないから、当初の作戦通りツーマンセルで探索を続行しよう」
「……その方が賢明ですわね」
元々はその予定だった、ゲートの先が想定と違ったせいで集団行動になってしまっていたけど。ツーマンセルにするのは、単純に探索する方面を増やすことで探索の効率を増やすというのもあるけど……
「それじゃあ私達で先行するけど、くれぐれも帰り道は忘れないのと……無理だけはしないようにね?」
「先に行く私達が言うのもなんですけど、無事に帰るのが大事ですわよ。侵攻を止めた後も、外敵の脅威は残っていましてよ」
それは単純に、私の速度について来れるものが居ないからである。
魔法を、私の固有の魔法を発動させる。
私の周囲の重力───その法則を許可しない。
「それじゃあグライシア、私の近くに寄って? 離れると危ないよ☆」
「相変わらず無茶苦茶な魔法ですわね……」
フワリと浮き上がった私は、意図的に足回りの重力だけを発生させて地上に留まる。そのままお姫様抱っこの要領でグライシアを抱えると、私の顔の直ぐ間近まで、グライシアの端整な顔が近づく。そして彼女は、少し恥ずかしそうに顔を背ける。
私の周囲にかかる摩擦───そのルールを許可しない。
これで私達を地上に縛る枷は今、此処に無くなった。
そしてその飛行をとどめるものも、もう適用されない。
いざ飛び立とうと、辺りを見回して……
「サテライト───」
そう声を上げると視線が私達に……というより、私に注がれる。
……まっずい、ノリと勢いで注目を集めてみたけど……わざわざ飛ぶときに技名なんて考えたことなかったから技名とか何も無いのでは? あるわけないよね。溜めてるフリして必死に考えろ? えっと……その……よし。
「───リープ☆」
あまりにもそのまんまな言葉と共に、景色が───ブレた。
直ぐに見えなくなった彼女達と、切り替わり続ける面白みのない荒野。
空を飛びあがり、そのままの速度を維持して等速に直線に移動し続ける私達。
まるで早送りのようにブレ続ける眼前の視界には、やはり外敵の姿が疎らに見える。
「あっ、何かい───」
───あっ、やっべ。何か轢いた。
グシャリと血肉と臓物をまき散らした『それ』が、羽を捥がれて地面へと落ちていく……前に更に飛び続ける私達。張っててよかった即席バリア。
「ひっ!? 本当に大丈夫なんですわよね!?」
「安心して? 徹甲弾でも貫けない……筈だから……私を信じて?」
「信頼してますけど! それとこれとは話が別ですわ!?」
そんな雑談に興じていたのが悪かったのだろうか、悪かったのだろう。
不注意にも目の前に高速で迫る───それらしき建物に気付くのが遅れた。
「あっ、避けっ……衝撃に備えてね?」
「待ってくださいまし? 次は何にぶつかっ……!?」
世界が揺れ、声にならない悲鳴は衝撃音に掻き消される。結果から言えば……『ズドン』と言う人体からは到底出ないであろう衝撃音と共に、見るからにそれらしき城のような建物へと突っ込んだ私達。
それはある種、当初の目的を果たしたと言える……のかもしれない。