「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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67.第三の魔王なんだが?

 瓦礫や土煙が舞い散る空間で、辺りを確認するために周囲を見渡す。その奥にあるまるで玉座のような椅子に腰かけている、黒いフードを着た一人の男性のような魔族。

 

 今までの魔王はいずれも長身で、人間離れした角や強大な筋肉に包まれていた。

 それが……無いどころか、フードを深く被ってしまえば人間とそう見分けがつかないだろう。

 

「あなたが今代の魔王?」

【そう! 如何にも、儂こそが……】

 

 年寄りには全く見えない20代の男性くらいの見た目で、自らを『儂』と定義したその魔族は。

 

【三番目の魔お───】

「───氷面鏡」

 

 グライシアによる、空間が震える程の巨大な氷の鏡をもって、叩き潰された。まず対応は不可能な程の、速攻。圧倒的な質量による、面での押し潰し。

 

「うっわぁ……まだ何か喋ってたのに……」

「先手必勝、外敵と交わす言の葉などありませんわ」

 

 それもそうだ、わざわざ会話シーンと言う名の時間稼ぎに付き合う必要は無い。そんなものはテレビやアニメでの、お約束に過ぎない。

 

 パラパラと崩れ落ちる天井、先ほどの衝撃もあって完全に屋根としての機能を無くしたそれが降り注いでくる。誰がどう見ても勝負は着いた、そんな状況。

 

 

 それでもまだ、嫌な予感がする。

 あれ程の策略を張り巡らせた魔族が、これで終わりだとは到底思えなかった。

 

「警戒、忘れないで」

「分かってますわ、それでも───」

 

 渾身の一撃、間違いなく直撃はしたはずだが……

 

【おぉ、怖い怖い】

 

 氷を消した彼女が、油断なく見据えた先に『それ』は……二足で立っていた。

 

【かっかっか、儂と言う魔族は然程強くないのよ。そうも殺気を向けられては恐ろしくて、話もおちおち出来んわい】

「無傷……ですって?」

 

 あれだけの出力の攻撃を受けて、なお無傷。

 敵対対象への警戒度を一段階引き上げるとともに……いや、これは───

 

「幻覚、いや……空間に姿を投影して……」

【聡明じゃのう、流石はあの魔法少女グライシアと褒めておくべき所かの?】

 

 それは奇しくも、グライシアの得意とするところ。

 それ故に気付いたのだろう、それ故にこれだけ早く気付けたのだろう。

 

 天井……へと目を向けて、物理的に存在しない事を思い出す。

 ならば地下か? 目の前に居ない以上、ここで時間を潰しても意味は……

 

【ほほっ、本体は此処から随分と遠い場所におるんじゃ。残念ながら捜しても無駄じゃよ。遠いから……儂に出来るのはこれくらいのモノじゃけどな?】

 

 ヒュンっと言う風切り音とともに、空気を押し固められた刃物のような『それ』がこちらへと飛来して───氷の鏡に阻まれてその場へと落下する。とてもじゃないが、直撃しても私クラスにはダメージすら与えられないような一撃。

 

【それにしても、いきなりこのような手厚い歓迎を受けるとはのう。話し合いでの解決は、人類の得意分野と学んでおったのじゃが……知識を修正する必要があるようじゃなぁ】

「あれだけ派手にゲートを開いておいて、随分な良い訳ですわね。先に開戦の火蓋を切ったのは、そちらの方ですわよ?」

【おぉ、これは一本取られたわ。次からは気を付けるとするかの】

 

 これだけの状況に置かれても、それは『次』の事を考えるだけの強者の余裕があった。

 

 確かにここで、この場に居ない奴を倒すことは出来ない。時間をかければかけるほど相手の思う壺だ、奴の本体を見つけるために動いた方が良いのは分かっている。そう思って、念のため確認すべく地下へと向かおうとした時の事だった。

 

【そう急がなくてもよいでは無いじゃろう、儂はもっとお主とお話がしたいのじゃよ。魔法少女……サテライト】

「ごめんね? ファンでもない貴方と話すより……この戦いに終止符を打つ方が大事なんだ」

【それでは良いでは無いか。何せ儂らが勝つことは───絶対に無いのだから】

 

 それは、奇しくも敗北を受け入れる宣言で。

 今までの魔王とは違う、奴らは最期まで敗北を認めようとはしなかったのだから。

 

『それ』から感じられる歪な何か、それに違和感が募っていく。

 

 恐らくは、闇雲にこのまま奴を捜しても埒が明かないのだろう。

 ならば今はこの違和感の正体を突き止めて、奴の手の内を暴くのが優先であると意識を切り替える。

 

【儂は一つの結論を抱いた。それは即ち、今までのように力押しではどうしようもないと。魔法少女のトップ、流石の実力じゃよなぁ】

「それは……どうも? 投降するなら、悪いようにはしないけど」

【ほうほう、それは魅力的な相談じゃが……儂にもせねばならぬ事があるでな】

 

 かっかっかと笑うそれは、自身の敗北を悟ってなお余裕を崩さない。

 正直に言えば気味が悪い、だがそれを悟られて良い事は何もないからひた隠す。

 

【まあそれ故に儂はどうすれば良いか学んだのよ、人間という種族を取るに足らぬものではなく……対等な種族として。どうすれば人間を攻略することが出来るのか……】

「それで?」

 

 まるで私に聞かせるように、悠長に言の葉を紡ぐ彼の目的は分からないが……その手の内を知れるのなら、耳を傾ける価値はあるだろう。いつでも動けるように構えながらも、話の続きを促す。

 

【───布石にした。魔法少女のトップ層の実力は如何ほどのモノかと】

 

 思い出すのは、緑髪の魔法少女の事。

 

 思い返してみれば、あの外敵が来たタイミングは確かに都合が良すぎたとは思った。

 私が弱っているからと言ってそんなタイミングよく襲撃が続くだろうか? それも、あそこまで近くで。

 

【───懐柔した。同胞の素材を代価に、人の国の情報と協力者を得た】

 

 思い出すのは、魔法少女協会の実権を握ろうとした一企業のトップの顔。

 

『外敵』が居ても『人間』も一枚岩では無い、そんな事は分かっていたつもりだった。

 確かに豊富すぎると思った、一企業が持つにはあまりにも多い外敵由来の素材と情報。

 

「街を覗き見れば、巨大なディスプレイの広告がニュースを垂れ流している」

 

 見た目が人間に近すぎると思った、それに理由があったとしたら?

 

「至る所にある書物を扱う店では、歴史や人物像まであらゆる情報の専門書が所狭しと並んでおる」

 

 だとすればこの違和感の正体は何だ?

 喉元まで出かかったそれは、まるで引っかかってしまった魚の骨のように言葉にならない。

 

「インターネットを覗き見れば、知識が情報が手段がズラリと並んでいる」

 

 知り過ぎている……あまりにも人間と言う種族を知りすぎている。

 

 今までに、私個人を調べた魔族は居ても……ここまで人間と言う種族の文化に興味を示した魔族は居なかった。余りにも異質、あまりにも異端なその在り方。

 

「コンピュータ・インターネット・テレビメディア・情報誌。SNSに週刊誌に新聞。その他にもあげればキリがないわい、人の世とやらは情報を得る手段に有り触れておる。調べれば調べる程によく分かる、よくぞここまで技術を積み上げたものだとな」

 

 ねっとりとした視線が、私に注がれる。

 

【その中には勿論、お主の情報もあったよ。魔法少女……サテライト】

 

 それはまるで、何処かで見た事のあるような……そんな感情を孕んでいた。

 

【その上で結論を出した。魔族は───この星の生物に。いや人間に、いいや魔法少女に。否───サテライトに勝てない】

 

 益々笑みを強めるそれを見て、ようやく理解した。

 

【幾度シミュレーションしようと勝てぬ、どうやっても勝てぬのだ。剛力よりも力強く、術理よりも理を犯すモノ。我らの未来は既に、彼の少女と相まみえた時点で半ば決まっていたようなもの。そう運命づけられていたとしか思えぬ】

 

 彼は、私を随分と買っているのだと。

 有り体に言えば、アイドルのファンが推しに向けるそれに酷似していた。

 

「弱きを助け、悪しきを倒す。この世界の主人公とも、侵攻に対する特異点とも。外敵と言う脅威に対する銀の弾丸(シルバーバレット)とすら呼べるお主は、正しく誰もが認める理想の魔法少女なのだろうよ」

 

 ……別にそんな事は無いんだけど、それを彼が知りうるはずは無い。

 

【故に儂は諦めた。彼の者を倒すことは出来ないと、そう諦めた】

「だったら、何の為にこんな事を……」

【故に、故にだ。我らが今回狙うのは、人間の都市でも国のトップでも───ない】

 

 

【サテライト……お前ひとりなのだ】

 

 

【故に儂はどうすれば良いか学んだ、人間という種族を取るに足らぬものではなく……対等な種族として紛れ込み、情報を集めた。どうすればサテライトを攻略することが出来るのかを……!】

 

 

 恐らくは自身を映しているのと同じ原理で、そこに映し出された映像。

 

「───は?」

 

 それを見て、戦いの場だというのに思考を止めてしまった。

 あまりにも致命的な、致命的な隙。

 

「なんで、なんでッ……」

【あれだけの魔力を垂れ流して居れば、捜さなくても直ぐに見つかろうて】

 

 だがしかし、そこに攻撃が飛んでくることは無かった。

 それは確かに、本当に『私を』傷つけるつもりは無いという事の証明なのだろう。

 

 

 そこに映し出されていたのは、酷く見覚えのある……だからこそこの場で見たくはないモノ。

 

 

【人間とやらは───】

 

 

 そして───茶色の髪を腰程までに伸ばした、私の……私の……

 

 

【とりわけ肉親関係を大事にするらしいとなぁ?】

「サテ……ライト。見ては、見てはいけませんわ」

 

 

 間違いなく、お母様だった。

 

【見なくても良いが……本当に見なくて良いのかの?】

 

 クイっとその指先を曲げた彼が、指先を画面に向ける。

 それは確かに、私のような魔法少女には意味もない一撃に過ぎない。

 

『きゃっ、あぁ……縁起が悪いわねぇ。あの子のお気に入りの……』

 

 その瞬間に、私のお気に入りのマグカップが───裂けた。

 マグカップを割るのには、十分過ぎる火力。

 

 それは勿論、一般人の身体を引き裂くのには十分なものなのだろう。

 

【おっと、湯飲みが割れてしもうた。随分と珍しい『偶然』もあったものじゃ。次は───】

「止めろッ!!!」

 

 自分でもゾッとする位、低くて冷たい声が喉から漏れ出た。

 今からどうにかできるか? 否、此処から家まで戻るのにはゲートを超えないといけない。

 

「ふざけっ……こんな戦い方ッ……!」

【ふざけてはおらんよグライシア。勝てもしないのに正々堂々と戦う訳があるまいて、日曜朝のアニメじゃ無いんじゃ。お約束など守る訳なかろう?】

 

 そしてそんな事を、この魔族が見逃すはずがない。

 

【ほほっ、ようやく話し合いが出来そうじゃのう?】

 

 その魔族は……

 

【我らは今後一切の侵攻をしないと約束しよう。あぁ、認めよう……此度の戦は完膚なきまでの我らの『敗北』である。故に、それ故にだ。儂らにも為さねばならぬことが……ある。あるのじゃよ? だがしかしそれ以上に……今は、一人の少女が欲しい。欲しくて堪らぬ、その為ならば儂は喜んで同胞を焼き、地獄へと送り出そう!】

 

 凶器すら感じる笑みを顔に貼りつけて。

 

【そういえば先ほどは名乗り損ねたのう。儂は策を張り巡らせ、心を摘むもの───】

 

 ニヤリと嬉しそうに、更に口角を挙げて。

 

【儂こそが第三にして、魔族最後の魔王──】

 

 

 笑みを浮かべたそれは何処までも───

 

 

【名は───トラットルング。謀略の魔王───トラットルングであるぞ】

 

 

 

 

 ───人間の表情(かお)をしていた。

 

 

 

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