「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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68.戦いの行方……なんだが?

 ニヤニヤと笑みを浮かべるそれは、酷く愉快そうにこちらを見下ろす。

 

【なに、ゆっくり考えても良いんじゃよ? なにせ時間はたっぷりあるからのう。我らにとっては……じゃけどなぁ?】

「ちっ……!」

【じゃから、この儂を殴っても仕方がないんじゃと……理解しておらんのか?】

 

 苛立ち気味に放たれた氷の鏡が、虚像をすり抜ける。

 こちら側から相手に干渉する手段はなく、逆はその限りではない。

 

【ゲートの出現までは、人の刻で25分と30秒といった所かのぉ】

 

 そして何より……朝の九時にはゲートが出現し主要都市は戦火に見舞われることになる。時間をかければかける程に、私達にとって状況はどんどんと悪くなっていくのだ。

 

「サテライト……外敵が約束を守るとは限りませんわ」

「分かってる……分かってるよ」

 

 ここまでの偶発的な戦闘も、この状況も恐らくは奴の想定通り。

 奴が削っていたのは、私達の体力じゃなくて……時間と人員そのもの。

 

 この状況に対抗できる魔法少女を万が一にでも合流させないために、各方面に侵攻の圧をかけて散らし……個別に策を練る。その為に何百、何千の魔族が犠牲になっても構わないという……正気じゃない策略。

 

 だからこそ、刺さる。

 ある訳無いと思うからこそ、刺さってしまう。

 

【そこは信じて欲しいという他無いのう? 現にまだ『これ』で誰も害しておらんのじゃからな】

 

 確かにその遠隔魔法を使えば、国のトップくらいは狙えたのかもしれないが……それも信じられる要素にはなり得ない。そもそも、そこを抑えられた時点で私の回答は決まっているようなものなのだけど。

 

【何、悪いようにはせぬと誓おう】

「ゲートも閉じてくれるんだよね?」

【勿論、お主さえいれば目的は果たされる故にな】

「サテライトッ……!」

 

 奴は、私自身が目的だと言った。

 つまりは、恐らく直ちに殺されるような事は無いという事だろう。

 

 それに彼女が情報を持ち帰れば、対策は取れるだろう。

 

【流石はあのサテライトじゃ、随分と献身的じゃのう?】

 

 ここで奴の提案を断れば、次の標的を定めるだろう。

 それは国の首相か、学校の友達か……それかグライシア達やその家族か。

 

 そして、この提案を断っても奴を倒せるわけではない。

 何せ、現時点では奴が何処にいるのかすら分からないのだから。

 

【そのゲートの中に入ると良い、それで契約は成立じゃ】

「行っては、行ってはなりませんわサテライトッ!」

 

 ぽっかりと開いたそのゲートは、行き先が何処に繋がっているのかは分からない。

 だがしかし、地球に繋がっているという事は無いだろう。

 

 ゲートへと歩き出す私の手を、懇願するかのように掴んだグライシアの手を優しく……それでいて明確に振り払った。絶望を張り付けた

 

「やっ、待って……だめですわ、そんなのダメ……」

「後は……よろしくね?」

 

 分かっているのだろう、ここで自分がするべきことは情報を持ち帰る事だと。

 彼女には酷く酷な事を頼んでいるのは分かっているが、きっとここではこれが最善だ。

 

【くくっ、それで良い。それが賢い選択じゃて】

 

 ゲートまでの一歩が、酷く遠く感じる。

 地面を蹴る足の音が、いやによく耳に残る。

 

「やだっ、嫌ですわッ! お願いだから待って! サテッ……サテライ───」

 

 

 視界が移り変わり、そして───グライシアの悲痛な叫びは、途中で聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 時刻8時50分。

 

 各主要都市に開かれかけていたゲートは、東京を除いてまるで嘘だったかのようにその姿を消した。

 

 そしてそれから凡そ2時間後に、東京にあるゲートも内部の魔法少女が全て脱出したのを折に閉じられた。

 

 

 ただ、一人の魔法少女を除いて。

 

 

 

 

 人類は、外敵との戦争に勝利を収めた。

 そういう事になっている、とも言えるかもしれない。

 

 流しっぱなしのテレビでは、無事にゲートが閉じられたことが報道され。

 街は歓喜の声に包まれている、そんな中……

 

「集まってくれて、感謝……する」

 

 大々的には『敵の拠点を突き止めるために、敵地に潜入している』という事になっているサテライトが。第三の魔王の元に居ると知っているのは、最低限の面子しか知りえない。

 

 

 酷く冷え切った空気の会議室には、この前の会話が嘘かのように静かだった。

 何時だって彼女達の中心にいた、花のように笑う彼女が居ない……それだけで。

 

「業務連絡。サテライトの母親とその妹、及びあなた達の、家族は。既に保護が完了してる」

 

 それは今回の相手が、また同じ対応を取ってくるかもしれないと考えての一手。

 対症療法にしか過ぎないが、それでもしないよりは幾分かマシである事には違いない。

 

「行先は、淫魔のルクスに手伝ってもらっている。流石に次元を超えての追跡は……容易でない」

 

 平坦で感情の感じられない声で、必要な会話を流し込んでいく。

 それが使命であると言わんばかりに、淡々と。

 

 先程報告を受けて、ここまで迅速な対応が取れるのは間違いなく彼女の手腕と組織の大きさによるところが大きいだろう。だがしかし、それでも……『彼女』が帰ってくる事は無い。

 

「報告は、受け取ってる。一先ずは、お疲れ様。グライシア」

「……ッ!」

 

 自分の名前を呼ばれた事で、ようやく思考の波から引き戻された金髪の少女が頭を上げる。

 だがしかし、唇を噛んだ彼女がそれ以上は言葉を発する事は無かった。

 

 酷く冷たい冬の空気が、会議に集まっている四人の間に吹き荒れる。

 誰しもが口を噤んだ中、口を開いたのは緑髪の少女。

 

「それで? 貴方が隣に居てみすみすサテライト様を攫われたってワケ?」

「……返す言葉もありませんわ」

「……っ! しおらしくしてれば、許されるとでも思ってる訳!?」

 

 前はあれだけ和やかな雰囲気が流れていたこの会議室も、今やその残り香すら感じ取れない。

 

「処分は如何様にでも受けるつもりですわ」

「序列二位が、お前が居ながらどうして……ッ!」

 

 本心では理解しているのだろう、自分が居た所でどうにもならなかったと。

 だがしかし、行き場のないその感情は……自らの胸の内で燻らせるには大きすぎた。

 

「ティンカーベル、落ち着いて」

「落ち着いていられる訳無いでしょ!? あの時みたいに涼しい顔して、そう言う所が───ッ!」

「落ち着けと、言ってる。ここでグライシアに当たっても、事態は好転しない……事。聡い貴方ならよく分かっている、はず」

「っ、クソクソクソッ……!」

 

 冷たい視線を向けられて……堅い床を蹴るかのように地団駄を踏むティンカーベルを、諫めたスクイレは決して優しさだけでその言葉を告げた訳では無いだろう。

 

 ある種、分かっていたのかもしれない。

 失態を責められもしないというのは、残酷なものだ。

 

 どうすれば次元の果てへ消えた彼女を捜し出せるのか、そもそも今も彼女は無事なのか?

 

 

 そこまで考えて───最悪の想像が頭を過ぎる。

 

 

『悪いようにしない』とは言っていたが……外敵の言葉を信じ切れるはずがない。

 もし彼女が居なければ、そんな世界に本当に──────生きる価値はあるのか?

 

「グライシア。短絡的に、早まらないで。もし手遅れなら、私は此処に……居ない」

「なっ、何か手がありますの!?」

「ルクス・ルクスリア……から。説明、お願い」

「はぁい、分かったわ?」

 

 ショッキングピンクの髪色をした彼女は、先ほどまで俯いていたとは思えない程に何時も通りに返事をする。

 

「反応を探ってみたけど……しずくちゃんについている『淫紋』の反応を辿れば……居場所を探れる可能性は無くは無いという所ね? 今も丁度反応を探っていたのだけれど」

「ほっ、本当ですの!?」

「まさか、嘘はつかないわ? ただ問題は違う次元にいるから反応を辿るのが難しい所ね? かなり難しいけど……反応が途切れていないという事は、まだ生きているって事よ」

 

 俯いているように見えたのは、何かを探っていただけだという事だろう。

 そう考えれば、スクイレが取り乱したりしていなかったのにも理由が付く。

 

「生きては……居るんですわね」

 

 だがそれは、死んではいないというだけで……どんな目に遭っているかは分からないという事だ。

 本人の思考的に、心が壊れてしまう事は無い……無い筈だ。

 

 だけどそれも、絶対じゃない。

 それに何より私が───

 

「そっちも問題ないわよ? まあ、今の所……だけどね?」

「そんな事どうして……」

「それは内緒……ね。しずくちゃんと約束した事だもの、破る訳にはいかないわ?」

 

 理屈は分からないものの、ルクス・ルクスリアは此処で慰めの為の嘘をつくような人物ではない。だからこそ、実際そうなのだろう……今の、所は。

 

「それに例えどんな姿になって居たとしても……最後に私の隣で笑ってくれるなら、私はそれで良いわ?」

「それは……」

 

 淫魔特有の価値観、それにすんなりと頷くことは出来ないが……

 それでも、確かにしずくが帰ってくればそれで……

 

「事態は、深刻。でも少なくとも、詰んでは……いない」

「だけど問題は……その程度は織り込み済みだと思うのよね?」

 

 あれだけの策略を組んでいた外敵が、家族を保護されることを計画に織り込まない筈がない。

 二の矢三の矢を構えていると考えた方が良いだろうと、金髪の少女は思案する。

 

 ようやく『次』が見えてきた事で、周りの様子に気を配る余裕が生まれる。

 それによって一つ気づいたのは……

 

「随分と、落ち着いているんですわね」

「あの時よりもずっとマシだもの。第一の魔王が死んで、万全のサテライトちゃんに挑んだあの時に比べれば全然……ね?」

「あぁ……あの時の……」

 

 それは彼女からすれば、思い出したくはない記憶。

 だがしかし、忘れてはならない記憶でもある。

 

「正直な話、あんな事するのは自殺のようなものよ? 初手で吹き飛ばされなかったから、てっきり不調なのかなとは思っていたんだけど……ね?」

 

 一度目は帰ってきてくれた、だがしかし次もそうであるとは限らない。

 そして……

 

「来たる日に、寝不足なんて……論外。次は万全の調子を保つことを期待する。体調管理も、前線で戦うものの……仕事」

「……ッ。えぇ、分かって……分かっていますわ」

 

 二度と同じ轍は踏まない、次こそは万全の体調で作戦に臨む。

 本当にこんな精神状況で休息が取れるのかどうか、自信はないが。

 

「結局の所は、探知が上手く行くか次第と……サテライトちゃん次第ね?」

「……サテライト次第?」

「だってこの状況は……」

 

 

 何かを思い出すかのように遠くの方を見やってから、ショッキングピンクの髪色の淫魔は少し憂鬱そうな表情でその続きを零す。

 

 

 

「昔からあの子が待ち望んでいた状況なんだから」

 

 

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