「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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69.虚像と虚栄……なんだが?

 暖かい微睡のような日差しに包まれていた。

 何か大事な事があったような気がするけど……それも上手く思い出せない。

 

「しずく、ごはんよ~?」

「ん~? あぁ……今行く~」

 

 まあ、それでも良いかと思い直す。

 

 今は、まず朝ごはんを食べなければいけない……あれ?

 寝坊? この私が、朝ごはんの声と同時に起き───なんて、どうでも良いか。

 

 リビングに降りて、テーブルの上を一望すると既に朝食がズラリと並んでいた。

 

「今日の朝ごはん……は」

 

 ほかほかの白いご飯と、カリカリのベーコン。上に載っている目玉焼きは私の好きな半熟で……

 

「しずく、髪が跳ねてるぞ? 先に洗面所で寝癖を直してくると良い」

「あぁ、うん……分かったよ、()()()()

 

 

 お父さんに言われて、洗面所へと向かう。

 何故かやけに広く感じる家に、何処とない違和感のようなものを感じる。

 

 冬の冷たい水を顔に浴びて、寝癖直しをシュッシュと髪の根元に吹きかける。

 三人分の歯ブラシの並んだ洗面所には、朝だからこそ人が押し寄せる。

 

「よし、お父さんが髪を直してあげるよ」

「え~良いよぉ、子供じゃないんだし自分で出来るってば」

「自分でやるより誰かにやってもらった方が、早いじゃ……早いだろ?」

 

 私の髪の間をブラシが、すーっと通って梳いていく。

 確かに自分の姿を鏡で確認するより、こちらの方が早いのは間違いない。

 

 それにしてももうちょっと年頃の娘に対する接し方ってものがあるんじゃないか?

 なんて思いつつも、鏡越しに今もブラシを動かす彼の顔を観察する。

 

 男性とは思えない程優しい目元は、私のそれが父親譲りである事を確信させる顔つきで。

 若作りなんて次元でない程に若く、線の細い顔付き。

 

 それでもゴツゴツとした手が、何処までも男性らしさを如何なく発揮していた。

 

「よし、こんなもんでいいかな。母さんも待ってるから、朝ごはんにしようか」

「うん、ありがと」

 

 仕上げにドライヤーで髪を乾かせば、何時も通りの……可愛い可愛い私の出来上がりだ。

 何もおかしくなんて無い、何時も通りの毎日。

 

「もう、2人とも……仕事と学校に遅れるわよ? 早く準備しなさいな」

「あぁ、分かってる分かってる。それじゃあ……」

 

 食卓で先に座っていたお母様が、早くご飯を食べるように急かす。

 何時も通りの……何時も通りの……

 

「しずく? 座らないのかい?」

 

 お父さんが呼んでいる、お母様も心配そうにこちらの様子を伺っている。

 

 何時も通りの毎日、お母様が居て……お父さんがいて。

 これは、そんな。そんな都合のいい───

 

 

「───夢だ」

 

 

 フッとチャンネルが切り替わるように意識が明瞭になる。

 夢だと理解してしまえば、脆いものだった。

 

 冷静に思考を回してみれば、ゆっくりと状況の整理が出来てくる。

 

 

 太陽も見えない、少し換気の悪い部屋。

 恐らくは地下に位置するであろうこの一室。

 

 私がここに来て、一体どれくらいの時間が経っている?

 お腹の空き具合的に、体感だがそこまでは経っていないだろう。

 

 身体の調子は何時もと変わらない、別段寝てる間に何かされたという事は無い……筈だ。

 流石に気絶したわけじゃないし、身体を弄られるような事があれば気付けると思う。

 

 てっきり『そう言う目』に遭うと思ってたんだけど、どうやらそう言う訳では無いらしい。

 

 

 ただ一つだけ確かなのは───

 

 

「……趣味の悪い魔法」

【ううむ、お気に召さなかったかの?】

 

 

 今の夢が、魔族の見せていたであろう夢だという事だけ。

 

 

【人間は幸せだったころを想起する生き物だと聞いたのじゃが】

「だって、私がお父さんと過ごした事なんて無いから。思い出すほどの思い出も無いんだよ」

【成程のう、それも今後の参考にするかのう……】

 

 それは人のような機微を持っているように見えて、ただ人間を理解しようとしているだけで解像度は粗いらしい。

 

 そんな浅く、解像度の低い見せかけの風景。

 

「それに……」

【それに?】

 

 意外と話をする気があるらしい事に内心驚きつつも、彼を理解するために言葉を交わす。

 

「お父さんの顔が、老けて無さ過ぎ。仏壇の写真のまんまだったじゃん」

【それもそうじゃな? かかかっ、粗だらけだったという訳じゃ】

 

 それにしても意外と、意外と会話の感触が悪くない。

 私に恨みがある訳では無いらしい、それじゃあ一体何の目的があってこんな事を企てた?

 

 

 若い男の人間のような見た目を持ちながら、『儂』と自らを称する魔族。

 だがしかし目の前に居るのは……おそらくはこれも本体では……?

 

 いや、間違いなく実体を持っている。

 それは夢で髪に触れた───手の感覚からして間違いがない。

 

 一時間もあれば、恐らくはグライシア達なら何とかお母様たちを避難させるだろう。

 つまり、そちらの心配をする必要は恐らくもうない。

 

 だがしかし、そんな事も恐らくは───

 

【おっと、変な気を起こすのは止めておくのが賢明じゃよ? 勿論、とっておきの策を用意してあるからのう】

「……教えてくれたりは?」

【然るべきが来たら、とだけ伝えておこうかの。まあ来るとは思えぬが……念には念を、儂の好きな人間の言葉じゃ】

 

 想定済みだ、面倒くさい。

 

 そもそも別に私は舌戦が得意な訳じゃない。

 思考を巡らせる前に、先に相手の要求を聞いておくべきなのだろう。

 

「一体、何のためにこんな事を?」

【サテライト、お主が欲しかったからじゃよ】

「だから何のために───」

【言葉の意味の通りじゃよ、それ以上も以下もあったりはせぬ】

 

 想定の斜め上の回答に思わず面喰らう。

 それが一体どうして魔族の侵攻に繋がるというんだ、さっぱり分からないが……

 

【侵攻の為に人間界の情報を調べた、虱潰しに調べたものよ。その上で、魔法少女サテライト……お主を知った、知ったのじゃ。悪しきを挫き、弱きを助ける綺羅星のような存在。初めは厄介に思って居ったのじゃが……研究すればするほどに、知らず知らずのうちに惹かれておった。そしてこう、思ったのじゃよ】

 

 

 

【魔法少女サテライトを、儂のモノにしたい───とな?】

「あっ、あぁ……えぇ……?」

 

 

 話の風向きが変わって来た、つまり……最初から私の身体目当てってこと?

 だとしたら? でも、私には……心に決めた人が───

 

「絶対に外敵なんかに屈したり……」

【じゃから、今から一週間後に……式を開こうと思っておる】

「……なんて?」

【式じゃよ、式。顔合わせと諸々を兼ねての……人間で言えば結婚式と言う奴じゃったかの?】

 

 酷く既視感のある光景に、思わず目を細める。

 一度何処かで見た事のある、天丼とも呼ばれる展開。

 

 その時よりも用意周到で、強引であるという点は違うものの……

 動機が、酷く似通っていた。

 

【いやぁ、楽しみじゃ。もうウェディングドレスも用意させておるのよ。さぞ映えるじゃろうなぁ……】

「はっ、えっ……?」

【それまで……たっぷりと相互理解を深めるとしようか。のう、サテライト?】

 

 ……どうしてこう、魔族と言う奴は過程や順序を大事にするんだろうか。

 ルクスの時からずっと思ってたけど……それこそ淫魔なんだったら良いだろ、一発ハメればそれで。

 無理やりから始まるラブもあるって、絶対。

 

【まあ、まずは昼食にするとしようかのう。魔界の料理がお口に合えば良いのじゃが……の】

「何時の間に……いや、最初からか」

 

 テーブルの上に並べられたそれは、見た事の無い造形をしているが食事であるという事だけは分かる。食べるか、食べないか……そこまで考えて食べないというのは現実的じゃない事に気付く。

 

 人間が水なしで生活できるのは、凡そ三日間。

 三日で此処を出られるとも限らない以上、あちらの提供したものを摂るしか無いという事だ。

 

 

 唯一分かったのは、焼いた肉が恐らく豚の魔族のモノだという事だけ。

 共食いとか、無いのかなと言う言葉は流石に口にせずに飲み込んだ。

 

 

 

 食事を終えて暫く、特に手足の痺れや思考の異常は見られない。

 恐らく、昼食に毒物の類は含まれていなかった……その筈だ。

 余程無味無臭で、遅効性の毒物ならばわからないが……恐らくはその可能性も低いだろう。

 

 ここは何処なのかとか、そう言った質問の類は全てはぐらかされた。

 無理やり出ていく事も出来るが、その場合は彼の言った『とっておきの策』とやらが怖い。

 

 

 そして何より私自身この状況を───いや、何でも無い。

 

 

「私の魔力を利用して、何かしたりパワーアップを図ったりとか……」

【それも考えておったが、そんなものはあくまでサブの目的に成り下がったのよ。何より儂を強化したところで、あのグライシアのような魔法少女に直接絡まれでもすれば、とても敵わんからのう。それに本来の魔王の目的と言うのも……】

 

 フッと目の前に現れたディスプレイのような何かに映し出された景色は、先程も見ていた荒地のような風景。

 

【見ての通り、魔族の世界は終わった世界じゃ。ほとんどの土地は荒れ、他種族の雌を攫わねば繁殖も出来ぬ種族として歪んだ劣等種が多々いる……まさに終わった世界よ。それこそ、他所の世界から資源を奪わなければ全体の活動が出来なくなる程の……な?】

 

 それこそが魔族……いや、外敵が侵攻を続けていた理由らしい。確かにゴブリンのような外敵にメスが居ないのは不思議に思ってはいたが……そういう事なのか。

 

【例えば……サキュバスと言う種族がおるじゃろう、今でこそマシになったが……数百年前なんて酷いものじゃったらしい。何せ『それ』以外受けつけんと来たらしいからのう】

 

 他種族の雄や雌と夢で交わり、精気を吸って生きている酷く歪んだ成り立ちを持つ種族。

 最近は嗜好品としての側面を強く持つそれだが、種族全体として見た時に歪んでいる事には違いない。

 

【とは言えそんな種族を一つに纏め、他世界に侵攻出来る程奴らは賢くない。故に我ら魔王は、他種族を侵攻するための旗頭として……作り出された存在なのじゃよ】

 

 彼らが何を求めているのかを聞いておけば、それに伴って弱点や糸口がつかめると思ったが……

 

【第一の魔王はその剛力をもって3つの世界を平らげ、第二の魔王はその術理をもって世界を侵攻しようとした。そして儂が生まれた。与えられたその能力と、叡智をもって、侵攻を始めようとして。考えて、考えて考えて───数千年ほど考えたかの? 遂に気づいてしもうたのよ、皮肉にも与えられた考えるものという役割のせいで……の?】

「……何に?」

 

 数千年と言う言葉に違和感を覚えながらも、話の続きを促す。

 

【与えられた役割など、律儀に守る必要があるのかと】

 

 言葉にしてみれば単純だが、それは魔王と言う仕組みから逸脱していた。

 与えられた使命を、そうも簡単に投げ出してしまえる精神性。

 

 今までの魔王は、誰もが自身の持つ『力』を誇示していた。

 だがしかし、彼は目的の為なら人にも愚者にも化け───戦いの場に姿を現さないだろう。

 

 それが、とても恐ろしく感じた。

 

【植え付けられた紛い物の使命感。それに殉ずる価値がどうしても見いだせんでのぉ、儂はひとつの答えを得るに至った】

「それが……」

【そう! お主を、魔法少女サテライトを我がものにしたいという事じゃよ】

 

 クツクツと笑うそれ。

 私への確かな執着を感じるのに、それに何処となく違和感を感じる。

 

 だけど、その正体が何なのかは分からなかった。

 話を終えたとばかりにこちらを向き直し、それは上機嫌そうに私を見て言の葉を続ける。

 

【儂のことはこれくらいで良いじゃろう、今度はサテライトの事を……お主の事を聞かせてくれい! 輝かしい英雄譚と、心優しい少女の物語を……な?】

 

 

 時間は過ぎていく、流れ続ける滝のようにそれを止めることは出来ない。

 

 それが誰にとって有利に働くのか……

 それはまだ、誰にも分からない。

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