唐突な話だけど───私は、幼稚園の頃積み木で遊ぶのが好きだった。
時間をかけて、必死になって大きなお家を作って。
そしてそれが───走っている他の園児の脚に当たって、崩れていくのを見るのが好きだった。
小学校のころ、7段のトランプタワーを作ってそれが呆気なく風に攫われていくのが気持ち良かった。浜辺に建てた砂のお城が、波に無情にも流されていくのが好きだった。
そんな少し歪んだ感性を持って生まれてきたのが、私だった。
そしてそんな私には『歪み』を抱えるに至った、悲劇のヒロインのような壮絶な過去……
例えば……目の前で父親を失ったとか。
例えば、外敵に幼少期に酷い目に合わされたりとか。
例えば、酷い苛めを受けていたりだとか。
そんな過去は───私には無かった。
全く、これっぽっちも無い。
私には特に何か劇的な出来事があった訳でも、絶望的なイベントがあった訳でもない。
……もしかしたら、あった方が幸せだったのかもしれない。
その方が、それを原因に出来るから。
だけど何も無いというのに。物心ついた時から『それ』は私の胸の奥底にあった。
病気───と言ってしまえば、それまでだ。
そしてそれも私自身だと言ってしまえば、それもそれまでの事なのだろう。
希死念慮とは違う、別に死にたい訳でも無いし。
むしろ生きるのは楽しい、毎日は待ち遠しい。
そんな想いを抱えながらも日々を過ごすこと暫く。
8歳の誕生日を迎えて少ししたある日のことだった。
家の前にある巣から落ちたツバメの雛を───巣に戻して
当時はツバメの生態なんて知らなかったから、善意だったんだと思う。
当時の小さな私からすれば、それはとても大変な作業だった。
必死に何処かからか瓶を入れるような空き箱を見つけて、それを積み重ねて。
大冒険と言うような達成感と共に、何時間もかけてようやく……そっと雛を戻したその巣を窓から見守るのが、暫くの私のささやかな楽しみだった。
ようやく成し遂げた達成感を胸に、私は毎日のように窓からその巣を見ていた。
元気そうな二匹の雛と、日に日に痩せ細っていくその小さな小さな雛を。
人の匂いがついたからか、それとも本当は何か別の理由があったのかは分からない。
それでも結果的に、その雛だけは何故か親鳥から餌をあげられなくて。
日に日に一匹だけ痩せ細っていく、その雛を見て。
巣から落ちて、それきり動かなくなったその雛を見て。
私はそれを──────
いや、それを見て何を思ったのかは……もうよく覚えていない。
それ以来、怖くなった。
無機物だけじゃなくて、生物にもこの感情が向かうなら。
次は───『誰』に『何』を、求めてしまうんだろうかと。
そんな私は一つの、ルールを定めた。
自分自身こそが、最も大切な存在だと。
『自分を愛すればいい、自分以外に無関心になればいい』
可愛らしい容姿も、恵まれた頭脳にも自信があった。
幸い自分の見た目も声も好きだったから、それは驚くほど上手く行った。
そうすればその感情の矛先は、きっと私にだけ牙を向くから。
それが私のルール、それが私のルーツ。
まあその、ほんのちょっとだけ元からM気質があったと言われれば否定はできないけどね?
本当に、ほんのちょっとだけ……ね?
「……それで、これで採寸は終わり?」
「くくっ、あくまで気丈なその態度。それでこそ儂が追い求めた理想の魔法少女じゃ……ドレスを着せるのが楽しみで仕方がないのう!」
なんて現実逃避は終わりだ、まさかこんな場所でドレスの採寸をさせられることになるとは思わなかったけど。私の話を武勇伝かのように語る魔族の話を、なんとなく聞き流して。一日三食とおやつまで出る、そんな退屈とも自由とも言える暮らし。
敵地のど真ん中だというのに、欠伸が出そうなくらいに何もない。
「やはり白、いや淡いピンクも捨てがたく……」
今作っているドレスもわざわざサイズを合わせてしっかりと調整するらしい。
何なんだろうかそのドレスへの執着は、何を見て学んだのかは知らないが……
ま、どうでもいいか……そんな事は。
「用が終わったら、もういいでしょ?」
「そうじゃなぁ、外敵なんかと慣れ合いなんて不要と───良い、それでこそサテライトじゃなぁ。正しく解釈一致じゃ、実に良い……」
一人で楽しそうに笑う彼を置いて、自分用に用意されたベッドに腰掛ける。
今は何も思わないあれにも、もし愛着や友愛を感じれば……そうなるのだろうか。
彼の様子に何か違和感を感じつつも、それが何なのかは上手く表現できない。
私を見ているようで見ていないような、そんな空虚さ。
まあそんな彼の事は至高の隅に追いやって、思考の海に沈む。
「皆元気にやってると良いんだけど……いや、クロエちゃんはダメだろうなぁ……」
それはもう荒れてるのが容易に想像できる、隣にいたから猶更。
まあでも今回も寝不足で……なんてことは無いだろうけど。
「たはは、なんで来る前提で話してるんだろうね」
……なんて、誰に聞かせる訳でも無く声に出してみる。
駄目だなぁ、少し茶化してみても誤魔化しきれない。
目を閉じれば、何気ない日常がまるで昨日のことのように思い出せる。
そんな何気ない時を過ごしたいと思う、会いたいと思ってしまう。
会いたい、皆に会いたい。
だからこそ、怖い。
もしかしたら次のヒナは、あの子達かもしれないから。
私は……私は……
〈私は、必死に築いた私の全てを滅茶苦茶にしたい〉
そう思って、生きてきた。
生きてきたのに……どんどんと、誰かの存在が大きくなっていく。
スクイレの言う通りだ、きっと私は……弱くなった。
昔よりも、ずっと。
日々は過ぎる、朝がきて昼がきて……また夜が来る。
きっとあの子達はこの場所に来るだろう。
此処が分からなくて来れない……なんて事は無いだろう、彼女達は優秀だ。
彼女達なら、間違いなくここに来ると信じている。
だけど……来たとして、それでどうする?
第三の魔王の問題だって残っている、用心深い奴がそう簡単に倒せるとは思えない。
それに奴の言う、『策』とやらが何かも分からない。
「考える事、ばっかりだ」
本当に、このまま彼女達の元に戻って良いのか?
大切に思えば思う程、触れ合うのが怖い。
それなら距離を離せば、きっと彼女達を害すようなことはないだろう。
……なんて考える時間があると嫌な妄想ばかりが膨らんでいく。
だけど逃げ続けてきた問題に答えを出すには、丁度いい暇なのかもしれない。
そんな悩みを解決できないまま、時は過ぎ続ける。
無情にも、そして誰にとっても平等に。
気付けば私がここに来てから、6日目。
いつの間にか刻限は、すぐそこまで迫っていた。