「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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72.開宴?なんだが

 魔族だからかそれとも個人的な趣味なのか、少しスリットの入った純白のウェディングドレスと真っ白なブーケ。少し大人びたシューズはハイヒールで、サテライトをモチーフにしたのであろう綺麗なピンク色。

 

「よく似合っておる、よく似合っておるぞサテライトぉ。ずっと、ずっとウェディングドレスを着せてみたいと思っておったのよ!」

「それはどうも? で、良いのかな」

「つれないのぉ、だがそこが良い……それに時間はいくらでもあるんじゃから、な?」

 

 そんな衣装を着終わった花嫁は、こちらも人間様式に合わせてか黒いタキシードを着た『それ』のエスコートを受けて。触っている感触は、確かにある。そこには何かがあるのは間違いない。

 

「そろそろ、奥の手とやらを教えてくれても……」

「内緒じゃよ、使わん方が良いものだってあるじゃろう?」

 

 足を踏み入れたのは、教会のような建物のある空間。魔界の空は歪んだ色をしていた筈なのに、この教会のステンドグラスとその空はキラキラと輝いているように見える。

 

 恐らくは、城で会った時の魔法の応用なのだろう。

 ジジっとスピーカーにノイズが載って、暫くして華々しい音楽が流れ始める。

 

「今、新郎新婦の入場じゃ……です」

 

 そこも自分で録音してきてるんだ、どれだけ配下を信用していないのか。

 この会場には参列客の一人も居ない、どころかスタッフの姿すら見えない。

 

 最早病的だ、だが……だからこそ配下からこの居場所を探ることは出来ない。

 徹底的な策略とリスクヘッジ、それがこの魔王の本質であり武器。

 

 

 何処か聞き覚えのあるイントロが流れ始め、サッと花弁が舞い───頬や手の平をすり抜けた。

 これも、幻覚。恐ろしい程の戦闘以外の魔法に対する多彩さだ。

 

 

 ジジっとノイズが奔ってスピーカーから、聞き覚えのあるイントロが流れ始める。

 

【Butterfly、今日は───]

 

 スピーカーからややバリトンのかかった声で、高らかに歌声が流れ始める。

 

 そこをお前が歌う必要は無いだろうというツッコミは、辛うじて喉の奥へ呑み込んだ。

 もう信頼とか機密とかじゃないじゃん、それは。

 

 引き攣りそうな頬を抑えて必死ににこやかな笑顔を保ったまま、バージンロードを歩く。

 

【今までの、どん───]

 

 

 そんなフレーズが流れて次の一歩を踏み出した瞬間に───空から現れた氷塊が辺りを押し潰した。

 

 

 

 


 

 

「随分と悪趣味な……」

 

 パラパラと崩れ落ちる天井の一部と、砂塵の舞う空間で。

 

【どNN───?】

「結婚式の下見のつもりだったのですわね、これは悪い事をしましたわ」

 

 判別の付かない雑音しか垂れ流していない壊れかけたスピーカーを、下手人の少女は蹴り飛ばす。

 ガラガラと瓦礫に向かって転がって行ったスピーカーは、それ以上音を出す事は無かった。

 

 

 そして吹き荒れる粉塵の中に見えた、純白のウェディングドレスを着飾ったままの少女が一人。

 

「危ないなぁ、私ごと巻き込むなんて……」

「当たっても死なないという、信頼あってのことですわ」

「物は言いようだね、全く……」

 

 だが当然のように、砂埃に包まれていたというのにそのドレスには塵一つついていないというのだから……下手人の少女の見立ても間違ってはいなかったのだろう。

 

「それにしても……来ちゃったんだ、本当に。そっか、そりゃそうだよねぇ……」

「サテライトっ! 一緒に……」

【全く、酷い事をするのう。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるらしいぞ?】

「……その言葉、そのままそっくりお返ししますわ」

 

 そして『彼』もまた、当然のように無傷である。

 否、元々傷つけられる身体などそこには無いという事でしかないが。

 

「式の最中も遠隔だなんて、随分と臆病なのですわね」

【かかっ、今だからこそじゃよ。来るならここだろうと読んでおったからのう】

 

 金髪の魔法少女と、タキシード姿の外敵の王が互いに並び立つ、

 初撃は有効打にならず、そして互いに有効打は無い。

 

 第三の魔王の火力は貧弱で、そして氷の鏡は次元を超えた攻撃など行えないのだから。

 だからこそ、この状況を打開するのには別の要因が必要である。

 

「……そんな事は分かっているのですけども」

魅了(チャーム)♡」

 

 淫魔の視線、芳香、声……彼女の放つその全てが、知性あるものの理性を溶かす毒となる。

 この空間を観測しているであろう彼にも、それは突き刺さり───

 

【……忌々しい淫売の分際で、小癪な事をするなッ!】

 

 されど致命的な一手とはなり得ない……それも当然。

 直接この場に居ない相手に、魅了をかけるだけでも困難であるのに加えて……

 

 嫌いな相手からの魅了など、淫魔の女王と言えどその効力を著しく落とす。

 

 

 そしてそれを制するかのようにその前に歩み出たのは、純白のドレスを着た少女。

 

「先に謝っとくよ……ごめんね?」

「……ッ! 本気ですの?」

「まあその、手加減しきれないからさ。魔法は攻撃に使わないから安心して?」

 

 そして当然。

 切れるカードのないプレイヤーは、この場には存在しない。

 

 彼女達にとって切れるカードがあるように、『それ』が無策でこの場に臨む訳もない。

 

「サテライト様……その……」

「そういう、こと」

 

 ゲートから姿を現した緑髪と白髪の魔法少女、ここに4人の魔法少女と2人の魔族が揃いきった。

 遂に役者は出揃った、この場を制したものこそが自身の望みを手にする。

 

 

 これは、そういう戦いである。

 

 

「ルクスっ、サテライトは───あがッ!?」

【残念だが、儂の魔法は協会長殿と酷く相性がいいらしい】

 

 鮮血が舞った、スクイレの鼻からたらたらと流れ出る朱色。

 

「スクイレッ……?!」

 

 倒れ伏した彼女を見て、誰もが呆然とする他ない。

 誰もがその魔法の起こりを意識できず、何によって攻撃されたかすらも分からない。

 

 ただ一人を、除いて。

 

【儂の魔法は思考加速と言ってのう。文字通り、考える役割を与えられた儂に相応しい能力よ。これによって儂はこの計画を()()()に渡ってシミュレートしてきたわけじゃ】

 

 まるで勝利を確信したかのように、それは上機嫌そうに語る。

 

【今も勿論、少しこの盤面を考えたくなってのう。ざっと……1年は考えたといった所かの? そんな儂の思考を、直で見てしまえば……どうなるかなんて、火を見るより明らかじゃろうて】

 

 彼女の魔法、思考解露は映像越しにすら効く……効いてしまう。

 そして出来事を忘れられない彼女にとって、『それ』は彼女の思考のリソースを焼き切るには十分すぎる情報量だった。

 

 その魔法がON/OFFの効かないモノである以上、この戦いで彼女の力を頼りにする事は事実上不可能。手札は一枚ずつ、しかし確かに切られていく。

 

【儂ばかりに目を向けていてよいのかのう、可愛らしい花嫁が牙を向くぞ?】

「───ッ!」

 

 地を揺らすのは、ただの踏み込み。

 攻撃をする前動作に過ぎないそれが、クレーターを引き起こしている。

 

 右手で振りぬかれたのは魔力で身体を強化しただけの、純粋な暴力。

 それだけなのに踏み込みは地面を割り、拳圧で髪がたなびく。

 

【揺れる純白のドレス! 風でたなびく綺麗なピンクの髪ィ! サテライトが味方で戦ってくれるというのは、此処まで心が躍るものだったとはのう!】

 

 その一撃はグライシアを掠め───氷の鏡がピキリと音を立てて割れる。

 当然のように偽物、そもそもグライシアが得意とする距離は中遠距離である。

 

 わざわざ敵の前に姿を晒すわけがない、理由がないのだから。

 

 

 そのまま振りかぶって次の一手を打とうとした少女に、怪しい光が揺らめく。

 

「そういう事ねぇ、じゃあ魅了(チャーム)♡」

「───ッ♡」

 

 動きが鈍り、そのまま倒れそうな彼女がその場でふらりと揺れる。

 

 が、しかし。二度ほど眩い光が彼女を包む。

 外敵のサポート、彼も何もせずにこの戦いを見守るつもりは無いらしい。

 

 そして何事も無かったかのように彼女は、そのまま次の攻撃を放つべく大きく踏み込む。

 

【淫売風情の汚らわしい魔法を、サテライトに向けるなァ!】

「洗脳の類……いえ、違いますわね。それなら何で……」

 

 半ば反射で放たれた氷面鏡は、当然のようにサテライトにぶつかる事は無くベクトルを捻じ曲げられたかのように彼方へと飛んでいく。当たり前だ、目視できる程度の速度の攻撃が彼女に通る筈もない。

 

「……ティンカーベル、少し時間を作れます?」

「良いけど、効果無かったら容赦しないよぉ?」

 

 強烈な魔力の起こり、そして不味いという直感に従って、その場を引こうとした彼女の身体は……不自然にその場に縫い付けられたかのように硬直……『停滞』する。

 

「……ぐッ! ちょ、ちょーっとだけ、おねーさんのお時間貰うね?」

 

 だがそれも一瞬の事だ、何時までも押しとどめられる程に彼女の魔力は強大ではない。

 だが、その一瞬があれば十分だった。

 

「っぐぅ……!」

 

 ジュっという肉の焼ける音共に、肩口から流れた血が純白のドレスを赤く染める。

 サテライトの初の被弾に思わず取り乱しかけたその外敵は、必死に思考を回す。

 

 無い、無い筈だ。

 彼女達の手札に、その魔法は。

 

【貴様ッ、一体何を……!】

 

 何時ぞやにサテライト自身が語った「もし私を止められるとしたらグライシアしかいない」という彼女の言は、間違いではない。自転や公転よりも速い、彼女の一撃。

 

「光……やっぱりそう来るよね」

「少し痛いかもしれませんけど、我慢してくださいまし。絶対に連れて帰るとお義母様に約束してしまいましたのよ」

 

 

 その実体は、上空一面に貼られた巨大な半透明の氷面鏡による───

 

 

「此処で貴方を……床に転がしてでも、連れて帰りますわ」

「あはっ、そう来なくっちゃ☆」

 

 

 ───太陽光の収束攻撃である。

 




あの数行の為に楽曲コードを入れたという事実……
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