【サテッ……サテライトォ!】
「はいはい、大丈夫だから。安心してみてると良いよ……ね?」
白いドレスを朱く染める鮮血は、二度三度ほど肩を回すとピタリと止まった。
過剰な魔力を用いた、身体の超回復。
「それにしても、結構容赦なくない?」
「油断なんてする訳無いでしょうに、実力差を考えれば殺すつもりでちょうどいいくらいですわ」
火傷のケロイド痕さえ治すことの出来る彼女の魔力にとって、この程度の傷は文字通りの掠り傷。
だがしかし、それでも有効打があるという事実は大きい。全てを跳ね返していた一メートルの鉄壁の壁、そこに回避の選択肢が生まれるのだから。
【貴様ら……よくもサテライトをッ……!】
「攫った本人が言うと、酷い皮肉ですわね」
「……ふふっ♡」
その言葉に人知れず居場所を無くしている淫魔は、現状の確認を行う。
彼女の見立てによればスクイレは───無事だ、胸が上下している事から息はある。
だがしかし、此処で目を覚ましても先程の二の舞。
この戦闘で彼女の助力はこれ以上、見込めないと言って良いだろう。
切れる手札は、互いに一枚ずつ無くなっていく。
「まあ、私に出来るのはこれが最善手ね……
「……っ♡」
「どうしたのかしら、そんなに顔を真っ赤にして……ね♡」
【穢らわしい魔法を使いよって……!】
魅了を使う度に白い光がサテライトを包む、おそらくは精神系統の魔法への解除を行う魔法なのだろう。だがしかし、それでも一瞬の隙を作るには十分すぎる効果だ。
魔王も何かしらの対策を張っているようだが、それでも完全な無効とまでは至らない。当然だ、淫魔の女王の
愛おしく思っている相手なら猶更、その効果は猛毒のように強烈である。
この時点での彼女達にとっての大きな勝ち筋は、大まかに三つ。
一つ目は、このままサテライトを倒しきる事。
問題点は、彼女の魔力は文字通り星のようで……無尽蔵である事。
二つ目は、サテライトへの
問題点は、第三の魔王が精神系統の魔法を妨害によって防いでくる事。
そして三つ目は、何処かにいる第三の魔王トラットルングを捜し出す事。
問題点は、奴の居場所を探り出すのは容易では無いという事。
そしてこの均衡はあくまで、サテライトが攻撃に魔法を利用していない事から成り立っている均衡である。その事から彼女達の身を案じている様子は分かるものの……それ故に彼女達には、何故敵の手に堕ちたのかが分からない。
そしてそんな事を考える余裕は、今の彼女達には無い。
空間が揺らぎ、押し固められた刃物のような魔弾が風を切って淫魔を狙う。
恐らくは最も厄介なのが淫魔だと判断して、直接的な攻撃に打ってでたのだろう。
「それは通さないかなぁ、停滞♡」
だがしかし、半透明な魔弾は、その場に縫い付けられたように止まって動かなくなる。
生半可な攻撃しか持たない彼の力では、直接的な介入は止められたようなものだ。
「もう一回、
「きっつ……♡本当、良いチームワーク……してる……♡」
声が、動作が、魔力がそして……そして言葉そのものが。
サテライトという少女を甘く惑わし、堕落への手招きをする。
息も絶え絶えと言った様子でその場に立っている少女。
とは言っても、身体的疲労とは別の理由だが。
そんな様子で頬を朱くし、もじもじと内股でその場に震える彼女は自身の頬を叩いて気合を入れ直す。精神力だけで身体に回る熱を押さえつけて、その場に立っている。
そしてすかさず二発目のレーザーが、サテライトへと狙いを済ませ───発射される。
「ぐっ……!」
見てからの回避は間に合わない、それなら発射される瞬間に大きく移動するしかない。
幸いにもこの魔法の速度自体は高速でも、発射するのはあくまで人間。
急激な移動には標準が定めきれず、その熱線は地面を焼くに留まる。
そして何度も有効打を放置する程、彼女もまた甘くない。
「振りかぶって……ふんっ!」
勢いよく投げつけられた教会らしき建物の残骸は加速し、膂力のみではるか上空にある氷の鏡を破壊するに至る。大きな音を立てて罅割れた鏡は、粉砕されその制御を失ったかのように地上へと降り注ぐ。
「なんて馬鹿力ですの、何時から身体強化系の魔法少女になったんですの?」
「いやぁ、魔法なんて使ってないよ……ぐッ♡」
「はい、
【煩わしいわ貴様ァ! それ以上薄汚い魔法を、サテライトに向けるなァ!】
またも淡い光が瞬く。だが破壊されるなんて事は織り込み済みであろうグライシアが、再び氷面鏡を展開しようと腕を掲げる。それを通させないべく、接近したサテライトが左足を振り上げ───
「またフェイクッ……皆して幻覚ばっかり使う……!」
振り下ろした脚は氷を砕き、純白のドレスが揺れる。
彼女の魔法の性質上、相手を自身の1m以内に収めない限りは手加減が出来ない。
そして、そうやすやすと間合いに近づくほど、彼女達も愚かでは無い。
サテライトがとち狂って辺り一帯を爆撃でもしない限り、彼女からこの局面を突破することは出来ないだろう。
そこに居るのが、サテライト一人ならば。
【そこから左に37度の方角、15m先じゃよ】
「へぇ、さっすがぁ☆」
聞くや否やその場から飛び出し、指定された座標へと急接近した彼女の目の前の空間には景色が映し出された氷の鏡があり───
「……ごめんね」
「ひゃっ、まっず……停滞ッ! うぐっ!?」
サテライトの強大な魔力を留めきれる訳もなく、一瞬の停滞の後……剛腕が腹部に突き刺さる。
上空へと吹き飛ばされたティンカーベルは、ドシャリと音を立てて落下した。
「あぐっ……!」
「ティンカーベル!」
太陽光を束ねた三度目の光線が、その場に降り注ぐ。
その場から移動してしまえば避けられるそれを───
「停……滞ッ!」
絞り出した最後の魔法は、確かにサテライトの身体を止めた。
束ねられた光束を、両腕でガードしようとするもののその程度で止められる程生半可な攻撃ではなく。熱を伴う巨大な光が彼女を呑み込む。
【ははっ、流石……流石サテライトよ! 戦う姿も、傷ついて猶美しいッ!】
魔法を使い、体力の限界か魔力を使い果たしたのか……それきり倒れ伏したまま動かなくなったティンカーベルは、淫魔がその場に開いたゲートの先に放り込まれる。
一人頭数が減った、それはつまり今までの均衡が破れるという事に他ならない。
サテライトの体力と魔力の消耗は未知数、後何発『あれ』が撃てるかもわからない。
「一体どうしてこんなことを。あの子がどれだけ貴方の事を大切にしているか、分からない訳では、無いでしょう……!」
「私にも、やらなくちゃいけない事があるんだよ」
「それは、貴方の帰りを待つ人を傷つけてまでやることですの?」
「だからこそ、だからこそなんだよ……グライシア」
それ以上語る事は無いと言わんばかりに、その場にステッキを顕現させるサテライト。普段は使わないコスチュームの一部であるそれを、わざわざ取り出した意味は分からない。
【おぉ、正しくそれはマジカル☆スターステッキ……】
「それで、次は?」
【うむ、今見つけよう……新郎と新婦の初の共同作業という訳じゃな?】
だがしかし、言葉での解決は不可能だという彼女なりの意思表示のようにも見えた。
【説得や、交渉が可能だと思っておるのかや? それは無理じゃよ、儂の『奥の手』がある限りの】
「ハッタリですわ、これ以上一体何かあるはずが……」
【くくっ、切り時としては『ここ』以外あるまいのう。それは……】
【これまでに日本で行方不明になって、今も生きている魔法少女の数を知っておるかのう?】
いきなりの発言に、何を言ったか理解するのに時間を要した。
なぜ今そんな事をわざわざ言うのか、そもそも何故把握しきれているのかを……
【正解は……述べ227名。彼女達を友好の証として恩赦しようという訳じゃ】
「恩赦……ですって? 馬鹿にするのも大概にしてくださる?」
【何をおかしなことがあろうか、我々の国民を殺した大犯罪者に他あるまい】
「そんなもの、貴方達が侵攻してきたからですわ……!」
とは言え、彼女達は恐らく生きている
語るも無残な仕打ちをされ、会話をすることが出来るかも怪しいだろう。
そんな事も把握済みだと言わんばかりに、第三の魔王は話を続ける。
【そしてその内8名は未だ手付かずなのじゃよ、その意味が分からんお前達ではあるまい?】
「下種が……!」
わざわざ悪趣味な事に、その場に映し出されたのは名も知らぬ……しかし確かに魔法少女と分かる女の子。ご丁寧に視界をアイマスクのようなもので塞がれ、縛られたままの少女の周りには醜悪な外敵がニタニタと薄汚い笑みを浮かべている。
【儂の合図1つで、その8名の純潔は散らされ……尊厳という尊厳を破壊尽くされることになるじゃろうのう? 心優しい魔法少女には、到底見過ごせないじゃろうて】
ここに最後の策は露わになった。
悪辣で醜悪で……人の心を理解しているからこそ取れる一手を。
勝負は佳境へと向かう、恐らくはどちらかが倒れ伏すまで。