「は?負けたいんだが?」   作:天野ミラ

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74.これにて閉宴なんだが?

 誰もが動けず、次の出方を伺っていた。

 あるものは勝ち誇り、あるものは怒りに肩を震わせる。

 

 そんな中サテライトだけは、冷静にその場から動き出す。

 

「そっか、それが奥の手かぁ……」

【心優しいサテライトには、到底無視できぬ人員よなぁ?】

「とりあえず今は、残り二人を片付ける事に注力しよ?」

 

 所々焼け尽いたウェディングドレスは、清廉さとはかけ離れていて……見るものの煽情を煽るような格好だった。

 

 だがしかし、ゆっくりと前に向かって歩き始めるサテライトには確かな気品が兼ね備わっていた。

 

【よし。次は、憎きあの淫魔を……!】

 

 

魅了(チャーム)

 

 

 だからそれが誰の声なのか、一瞬分からなくなって。

 

【は……あ? 待て、待て待ってくれ? 何故、お主が。サテライトが……あがっ……!】

「お~やろうと思えば出来るもんだね?」

 

 妖しく光る眼が、幻影を捉える。

 その声が、魔法がサテライトから発せられているとは夢にも思わない。

 

「あら、初めての割には随分上手ね?」

「でしょ?」

 

 それも当然だろう。(シラユリ様)の魔力を吸いつくして、それだけで狐の尻尾や耳が生やせる程度の魔力の申し子とも言える存在が。

 

 一年もの間、淫紋を刻まれ同じ魔法をかけ続けられ……そしてあれだけ魔力のやり取りを行ったというのに。その魔法の一つも使えないなどという話は、有り得ない。

 

「怖かったんだよね、絶対に成功するかもわからない魔法を……人質が不明な状況でやるのは。実はお母様の中に爆弾とか仕込んでないかなって。ここで貴方を逃したら、狙ってくるのはそこでしょ?」

【……は? 人質が不明……何を言っているのだサテライト、魔界には227人もの罪なき少女たちが居るというのだぞ!?】

「あはは、それでも私の周りの人の方が大事かなって」

【チャームの効果で操られているのだな!? あぐっ、がっ……今解除を……ッ!】

 

 

魅了(チャーム)

 

 

【やめろ、サテライトが! 淫売どもの汚らわしい魔法を使うな……質の悪い幻覚を見せよって……】

「氷の鏡じゃ、声までは真似できないでしょ」

【なら、肉親や身内では無いからと見捨てるつもりだったというのか? そんな、そんな……】

「そう言っているつもりなんだけど……」

 

 万が一にでもこの瞬間に自暴自棄を起こされても困る、それ故に出来るだけ冷たくあしらう。サテライト自身の身と彼女達を天秤にかけたのは事実だけど、流石にどうでも良いとまでは思っていない。

 

【有り得ぬ、有り得てはならぬ!】

「貴方が見ているのは、魔法少女サテライトの……私の表面だけなんだよ」

【サテライトは……理想の魔法少女で……! 傷ついた少女達を見捨てる等、あってはならぬ……!】

「もし、それでも受け入れるくらいの器の大きさがあったら、ちょっとはクラっと来たのかもしれないけど……残念だね」

 

 膨大な魔力に物を言わせて、この場に居ない彼に魅了の魔法をかけ続ける。

 第三の魔王は、必死に自分に魅了の解除らしき魔法を使っているが……

 

【違うッ、儂は……わしは第三の魔王……トラットルング……】

 

 

 魅了の魔法は、相手をどれだけ魅力的に見えるかに比例する。

 

 

魅了(チャーム)。私の事、好きなんだよね?」

【止めろ……】

 

 直接この場に居なくても……

 

 彼女の視線、芳香、声……見た目。

 彼女の放つその全てが、知性あるものの理性を溶かす毒となる。

 

魅了(チャーム)。私にウェディングドレス、着せてみたかったんだよね?」

【止めてくれ……】

 

 

 自分が着せたくて仕方のなかった、服装で居るなら猶更。

 

 

魅了(チャーム)。自分に無い力を、自分にしかない策略でサポートするのは……楽しかったんだよね?」

【それ以上、儂の憧れたサテライトをそれ以上穢すなぁッ!?】

 

 

 その姿で自分の為に戦っていると思っていたのなら、猶更。

 

 

【考えろ、考えろ儂ッ! この状況を、この魅了を……おがッ!?】

「それは止めといた方が良いと思うけど……あぁ、もう聞こえて無いか」

 

 思考を回せば回すほどに、その毒は脳を侵す。

 考えれば考える程に坩堝に嵌り、知性ある存在の思考力を奪う。

 

 その為にわざわざ動き辛いウェディングドレスのまま、大立ち回りを繰り広げていたのだから。

 その効果は、覿面だった。

 

「こっちに来て……くれるよね?」

【うぁ……あぃ……】

 

 

 何年、何十年の時を思考したのか、廃人同然となったそれは虚ろな目でゲートを開く。

 考えるという事が仇になった、その魔王の末路は……知性の欠片も感じられないモノとなった。

 

 


 

 

 手の届く距離となった第三の魔王を横目に、ルクスは満足そうに頷く。

 ここに長い人類と外敵の戦いは、一旦の終止符が打たれた。

 

「綺麗な魅了だったわ? 本格的にうちの子(淫魔)になる?」

「あはは、考えとくね?」

「そ、そ……」

「そ?」

 

 プルプルと震える金髪の魔法少女は、顔を真っ赤にして握った拳を震わせる。

 そして遂に……弾けた。

 

「そういう事は! 一言くらい!! 前もって伝えておくんですわよ!!!」

「いっ、いやぁ……ごめんねタイミング無くって……! でも、ルクスは知ってたと思うよ?」

「まあ、スクイレちゃんからの指示を聞いてやりたい事はなんとなく理解したわ?」

 

 脳裏に浮かんだ「ブレイディアのような声量だね」という言葉を、喉の奥にしまい込んだのは英断だったと言えるだろう。それは勿論、火に油を注ぐ事になりかねない。

 

 勿論そんな事を口頭で口に出すわけにもいかない、怪しまれるのは見えている。

 

 倒れる前に私の思考を読んだスクイレだけが、この即興劇の意図を理解して指示を出してくれた。まあすぐに倒れちゃったから、ルクスにしか指示できなかったみたいだけど。

 

「後は……」

「わた……しが。魔王の……思考を、読めば。場所は、分かる……けど」

「スクイレ、大丈夫?」

「一応、無事。ティンカーベルも……うん。でも……思考……加速だけ。そのまま、使わせないで……」

 

 息も絶え絶えと言った様子で鼻から流れていた血を拭うスクイレは、見るからに具合が悪そうだったが、命に別状はなかったらしい。とは言え、脳へのダメージは怖いから医療機関に向かわせるべきだろう。

 

 スクイレに魔力を吸わせる為に……その、文字通り一肌脱ぐのも吝かではないけど。

 結構強めに殴っちゃったし、ベルちゃんに嫌われてないと良いんだけど……

 

「ベルちゃん……その、お腹痛くない?」

「えへへ。サテライト様から貰ったものは、病気でも痛みでも嬉しくて……」

「そっ……そっか」

 

 無事だけど全然良くなかった、『受け入れるくらいの器の大きさがあったら』なんて言ったけど。

 ここまで受け入れられると、流石にちょっと怖い。

 

「サテライト? 言いたいことは色々とありますけど……」

「……はい」

「……おかえりなさい、しずく」

 

 その言葉を言われた時に、この一週間で出した答えを思い出した。

 

 

 大切になってしまった彼女達を、もしかしたら傷つけてしまう日が来るのではないかと。

 

 

 絶対にそんな事が無いとは、きっと言い切れない。

 そもそもそれ以前に、今回はベルちゃんの事を傷つけてしまった訳だし。

 

 でも、私のそんなところも受け止めて。

 私が間違えた時には、こうやって必死に止めてくれる皆と一緒なら。

 

 私は皆と一緒に居ても、きっと良いんだと。

 いや……絶対に大丈夫だって、胸を張って言える。

 

「うん……ただいま!」

 

 だからそんな私も受け入れて、致命的な所は少しずつ変わっていけばいい……と思う。

 それこそ今は、昔には考えられなかったような趣味嗜好も楽しめるようになってきている事だし。

 

「ところで、わたくしの言った事を覚えてます?」

「ん……何の事?」

 

 正直な話、グライシアと話した内容が多すぎてどの事を言っているのか分からない。

 だけど、何か猛烈に嫌な予感を察知して……とは言えここに逃げ場なんてないし、逃げるつもりもない。何があっても、彼女達から逃げないと……そう決めたから。

 

「色々と話し合った結果、式をするまでは『そういうこと』は無しと」

「……ん? あぁ。あの夜の……確かにしたけど、したけど……?」

「これは式を終えたと言っても、過言ではありませんわよね?」

「いや、それは大分横暴と言うか……過言じゃない?」

 

 話の流れが随分と変わって来た、今そういう雰囲気じゃ無かったじゃん?

 絶対に、ここで帰ってお母様と抱き合って……そんな感動のエンディングを迎える……

 

「今回の事で思いなおしましたの、攫われて誰かに取られるくらいなら……既成事実を作るのも悪くはないんじゃないかと」

「あらあら、それじゃ後はお若い二人でごゆっくり……ね♡」

 

 湿度を増し続ける目の前のお嬢様を止める術は無く、ショッキングピンクの髪色の淫魔はグッと親指を立てて怪我人と魔王を回収していった。

 

 後に残されたのは私と、気丈に振舞ってはいるものの……目を赤くして潤ませた少女が一人。

 精神的には限界だったのだろう、本当に迷惑と心労をかけてしまった。

 

 だから、こういうお話の終わりも……ある意味私達らしさ、なのかもしれない。

 

「目、瞑って?」

「ん、分かりましたわ……」

 

 壊れかけた教会で、そっと彼女の柔らかい唇に口づけをする。

 何時の間にか切っていたらしい口内から、仄かに鉄の味がして。

 

 

 真っ白だったウエディングドレスが、真っ赤に染まっていくのを見ながら……思ったのは。

 

 

 絶対に純愛なんかに負け──────純愛には勝てなかったよ……

 




残りあと一話、後日談のようなものを挟む予定です。
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