高評価コメント、ここすき、誤字報告感謝……!
……十数分後。
「……すまぬ。柄にもなく、つい」
「いいよ、そんなの。それを言うなら私もだし……」
再会に泣いていた2人だったが、時間が経過し、それも一度の落ち着きを見せていた。
とはいえ、顔を合わせてこそいるものの、今も抱き合ったままなのだが。
……だからと言って、いつまでもこうしているわけにもいかない。
「具合は、どうだ?」
「うん……」
少しの間をおいてグラングはソラにそう問いかける。その言葉に促されてソラは小さく頷くと、彼女に抱えられたまま自分の手足を軽く動かそうとした。
けれど、その動きはどこか鈍く、特に先程まで瓦礫に押しつぶされていた脚は、引き攣ったような動作しか作ることができていなかった。
その現実に、ソラの表情が曇った。
「回復はしてもらったけど。身体が重くて、それに足がちょっと……」
そう言い淀むソラ。しかしそんな彼女に向けて、グラングが何か特別な反応を示すことはなかった。ただ、静かに頷くと、瓦礫にしゃがんだままの身体に軽く力を込める。
「ならば、我が運ぼう」
「あっ」
そう言うが早いか、グラングはソラの返答を待つことなく、彼女を抱えたまま立ち上がっていた。自分の普段より遥かに高くなった目線に驚いたのも一瞬。
ソラはふと視線を下に落とした時、小さく裂けたグラングの衣服とそこに滲んだ赤黒い血の痕が見えてしまった。
「……っ」
思ってみれば当たり前のことだ。
あの爆発は、明らかに人為的なものだった。
その
「……ごめんね」
「……?」
不意の言葉に、グラングは小さく首を傾げた。そんな彼女に向けてソラは言葉を続ける。
「グラングだって大変だったのに。また、迷惑を「良い」……ほへ?」
けれど、その言葉が言い終わらぬうちにグラングから返答が発せられた。宛ら、自らを少なからず責めているソラを制止するように。
訳の分からぬまま呆けた声を発した、目の前にいる少女。
……こんな時、何と声をかければ安心させられるだろうか?
彼女の様子にグラングはそう思考する。
そしてその末、己の心内をそのまま伝えることにしたようだ。
「……お主は、我の護るべき者であり、この地における最愛だ」
「…………へ?」
ソラ、フリーズ。
この時のグラングの言葉は、ある意味では正解だった。
しかし、思春期真っただ中の年頃の少女にとってはあまりにも突然で、些か劇薬が過ぎた。
「……まもるべき、もの……さい、あい……さいあい……最愛……」
グラングが口にした言葉を、ゆっくりと口ずさむソラ。
……その言葉の意味を遅まきながら理解したソラの表情が、あっという間に熟れた果実の様に真っ赤になった。
「は、ひっ?!さ、さささ最愛って!?そ、そそそれって、それってぇっ?!」
「……?ソラ、どうしたのだ?」
羞恥と混乱でまともにしゃべれなくなるソラ。
……しかし、彼女がこうなる原因を作った当のグラングの方はと言うと、何故ここまで慌てているのか全く理解できず首を傾げていた。
そもそもグラングは、自分が先程言ったことがどれほど重大なことかを全く持って理解していない。その上に、一般的な人の感情の機微にかなり疎かった。
……もう、そこそこの長い時間を共有しているのだ。
この事実にソラが気が付くのも早い。
しかし、だからと言って一度極大まで高鳴ってしまった心臓の鼓動を落ち着けることは難しい。
「~~っ!う、ぅぅ」
ソラはせめて何か言おうとしたのか、口をもごつかせる。
けれど、それが明確な言葉になることはなく。彼女は結局、火照った顔をグラングの胸に預けることしか出来なかった。
そんなソラの様子を、一先ず問題はないと解釈したのだろうか。
グラングは一つ頷くと、周囲一面に広がる瓦礫へと視線を映した。
……先生は、大丈夫だろうか?
グラングの脳裏をそんな言葉が過る。
脱出経路は伝えた。それに、あくまで経験則から来る予測ではあるが、あの黒い少女は相当の手練れだ。負傷していたとはいえ、余程の事がない限り撤退は容易な筈だ。余程のこと、がない限りは。
けれど、どうにも先程から、辺りから鳴り響いていた戦闘の音が全くと言っていいほど聞こえない。何処も異様な静寂に満ちている。
……不気味だった。
……
「……ソラ、これからこの場所の外まで向かう。
多少なりとも揺れる。気を付けてくれ」
けれど、グラングはその不吉な予感を振り払う。
どうせ、撤退しないことには意味がない。考えても無駄だ。
「わ、わかった、わかったから!」
彼女の呼びかけに返ってきたのは、胸に顔を埋めている故に若干くぐもった、投げやり気味の返答。どうやら、未だにソラの羞恥は抜けきっていないらしい。
とは言えグラングがそれに気が付くことはなく、彼女はソラがいつもと少し違う様子ではあるが、正しく返答を受けたと認識する。そして、自身が先程進んできた道筋……即ち、古聖堂の外へと続く道筋へと視線を向けた。
「ふっ……!」
「ひゃっ?!」
グラングは一度鋭く息を吐くと、そのまま一気に走り出す。
急に自身にかかった加速の慣性に、ソラは小さな悲鳴を上げた。
自らを抱きかかえた身体の主に押し付けられるような感触。けれどそれは、すぐに柔らかな風の感触に変わる。
ソラが恐る恐る、外へと視線を向けると……
「……わぁ」
風切り音とともに景色が流れてゆく。
グラングは瓦礫の合間を、まるで跳ねるように動いて駆け抜けていた。けれど、不思議と恐怖心はない。それは、彼女が言っていたような揺れは実際の所殆ど無いからか、将又救われたという安心感から来るものか……
……しかし、こういった素の運動神経抜群なグラングの様子を見ていると、ある疑問が脳裏に浮かんでくる。
「……グラングって、ホントに司祭だったの?」
「…………」
気がつけば、ソラはグラングの顔を見上げ、そう問いかけていた。
あの鎧のことと言い、グラングが、[仕えている]と言っていたのが狭間の地の女王であったことと言い。攻撃魔法が得意な司祭、と言う言葉だけでは、どうにも引っ掛かる言葉が多すぎる。
……けれど、返答はない。
砕けた大理石を蹴る音が何度か響いた後、グラングは視線を逸らした。
「……嘘は、言っていない」
沈黙の末、グラングはぽつりとそう言った。
だがその言葉は殆ど、自分は何か隠している、と自白しているに近い。だが、ソラはそれ以上は何も言わない。ただほんの少し笑みを零すと、視線を外へと戻す。
「そっか」
彼女は、そう言葉を零した。弾むように。うれしそうに。
グラングの左手で、縛り付けられた金色のタリスマンが煌めく。
「またいつか、教えてね」
その言葉に、すぐに返答が来ることはやはり無い。
1つ、2つ。また、大理石を蹴る音だけが響く。
そして……
「……必ず」
その末の言葉は、しかし先程のような否定でも、誤魔化しでもなかった。確かな色の籠もった、力のある言葉。その返答にソラは笑みを深めた。
また少しだけ、深い所に寄り添えるようになった気がする。
少しだけ……
「……その、ね。さっきの話なんだけど」
「む?」
ふと、ソラはグラングにそう呼びかけた。
瓦礫の合間を駆け抜ける中、彼女の視線が僅かにソラの方へと向けられる。
今から言うつもりのことを考えると、その横顔を見るだけでどうしようもなく、心臓の鼓動が高鳴る。また、頬が紅潮する感覚を感じる。
……でも、
「えと、その……難しいんだけど、ね」
「……ソラ?」
要領なく、何処となくおぼつかないその言葉に、グラングは首をかくりと傾げる。その視線の先で、僅かに俯いた少女は幾度か深呼吸を挟んだ。
1つ……2つ……3つ……
そして、それが5つを数えた時。ソラはゆっくりと顔を上げる。
その表情は、仄かな朱色に染まっていた。
「わ、私も……!グラングのこと、この世界で……い、いっ」
そこで一度、言葉が途切れる。
……うまく続きが出てこない。
その続きは既に思い浮かんでいるというのに、声にならない。
また、深呼吸を挟む。
その様子を、グラングは静かに見守っていた。
そして……
「こ、この世界で一番、大好き、だから……」
……言った。言ってしまった。
今の自分の表情はどうなっているのだろう。どうせ先程と全く同じに、熟れた果実のようになっているに違いない。
……けれど間違いなくそれは、自分の中で一世一代の告白だった。
果たして、先程全くの自覚なく、思春期の乙女の心を掻き乱しに乱した目の前の人物に、何処まで自分の想いの丈が伝わっていることやら。
当のグラングはと言うと、呆けた様子でソラの事を見つめていた。パチパチと、幾度か褪せた黄金の瞳を瞬く。その言葉の意味を、よく噛み締めるように。
……が、
「……そうか」
グラングからの返答は、全くいつもと変わらず、全く以て端的なものだった。この反応を予想していなかったと言えば、嘘になる。けれど、それとこれとは話が別だ。
……鈍感
ソラは僅かに視線を外すと、心の中でそう毒づいた。
最愛の人に「好きだ」と言われたのだ。
少しぐらい、いつもと違う反応をしてくれても……
「ありがとう」
「へ?」
その時、唐突に声が降った。
ソラは反射的にグラングの方へと顔を上げる。
そこにあったのはいつか見たものと同じ、
心を奪われてしまうような柔らかな微笑みで……
「~っぅ!!」
本当に、本当にズルいと思う。
本人はいたって無自覚なのだろうが、何かあるたびに何度も何度もこの笑顔で言葉を封じられてきた。これでは、自分がちょろい奴みたいではないか。
ごちゃまぜになった恋心とほんの少しの苛立ちに悶々とするソラ。
そんな彼女の様子を横目にグラングは瓦礫の山を大きく蹴り跳躍すると、ほとんどの揺れなく着地した。
硬質な着地音と、僅かに立つ粉塵。
横顔で響く風切り音に乗って、様々な香りがグラングの鼻腔をくすぐる。
硝煙の香り、石塵の香り、胸元に抱いた少女の香り、僅かに滲んだ血の香り。
そして、死の……
「っ!?」
瞬間、今にも駆け出そうとしていたグラングの足が、つんのめるように立ち止まった。
突如として襲ってきた急停止の慣性にソラが小さな悲鳴を上げるが、その声すら彼女は聞き届けることができないほど動揺していた。
「な、何かあったの?」
ソラが、問いかけてくる。
けれどグラングはそれに答えることなく、もう一度宙の匂いに意識を凝らした。
「……匂う」
「へ?は、い、いや、それはずっと瓦礫の下に下敷きだったし結構血塗れだし、そりゃあ匂うと言えば匂うと思うけど、わ、わざわざ今更そんなこと言わなくったって……」
その末にぽつりとグラングが溢した言葉に、ソラは何か勘違いをしたようだ。
年頃の少女だ、無理もない。
けれど、その誤解が解けるのは早かった。
「[死]だ」
「……え?」
……しかし、続けられた言葉は余りにも異質なものだった。
死、キヴォトスで最も程遠いもの、概念。
だが、彼女はその匂いがするという。
「……いや、少し違う。神聖、混ざっている。ルーン、我のものではない。性質上死が付随せざるを得ない、根本が異なる、何か……」
「ちょ、ちょっとグラングどうしたの!?何か、変な事が……」
グラングの口らから矢継ぎ早に、理解できぬ言葉の羅列が発せられる。それがどうしようもなく、ソラの心の中に浮かんだ不安を加速させてゆく。
「……来る」
「え?」
だが次の瞬間、その言葉は重圧を伴って発せられたグラングの言葉に掻き消された。彼女が見据えるは瓦礫の先。いつの間にか灰の雲がかかり、薄暗い霧のかかり始めた奥。
グラングは右手に抱きかかえたソラの身体を庇うように右半身を引くと、左手にチンクエディアと聖印の両方を握りしめる。
急激に高まる緊張に、ソラは息を飲んで目の前の光景を見ていた。グラングの首に抱きついた腕が強張る。
「「………」」
……その時、それは現れた。
ユラリ
霧が揺らめくように大気が歪んだかと思うと、そこに何の脈絡もなく、人が出現した。
動き易いようにか改造されたシスター服。
手に緩く握られた銃火器。
それだけ見れば、そこらの生徒とさして変わりない。
しかしその顔の様相は不気味なガスマスクで覆い隠され、
その手足は半ば透き通り、死人のように青白い。
何より頭上に浮かぶ、生徒の生命を示すヘイロー。
……それは、半ば砕けていた。
「ゆ、幽霊……!?」
「………」
ユラリ、ユラリ、ユラリ
ソラが小さな悲鳴を零し、グラングの視線が鋭くなる。
そんな中でも、幽霊のようなそれらは次々に姿を現す。
……あっという間に、行く先の道は青白い者達に封じられていた。
「……何者だ」
グラングが低く、唸るように相手にそう問いかける。
だが、返答はない。
その代わり、周囲の幽霊の銃口が一斉にこちらへと向けられた。
「!!」
「え、きゃあっ!?」
反射的にグラングは横方向へ身を翻すようにして跳躍した。
瞬間、先程まで彼女らがいた場所を、銃声と共に青白い軌跡の群れが通過する。
突如として身体を襲った急激な加速にソラが悲鳴を上げる中、
軽やかに瓦礫に着地したグラングは、チンクエディアを咥え込むと、聖印に祈りを込め、腕を地面に突き込んだ。
「引き裂け……!」
獣爪。
甲高い音と共に放たれた5本の衝撃波は、地を裂きながら青白い幽霊へと迫る。
そしてそれらは、半透明のそれらの身体を、容易く引き裂いた。
……が、
「えっ、噓……!」
「……っ!」
次の瞬間、空間が揺らめいたかと思うと、燐光の背後から全く新しい幽霊が出現したのだ。
その事実にソラが驚愕を溢す中、グラングは小さく唸りを上げた。
その脳裏によみがえるのは、狭間の地に存在する、黄金律の理から外れた存在……
「死に生きる者……」
或いは、その類。
聖律を施された武器、又は身体の砕けた所に更なる一撃を加えなければ死なぬ者。とはいえ、多くの場合はそれらの手順を踏めば屠ることはできる。
問題は、そうではない場合。
自身に迫る蒼白の弾丸の群れからソラを庇いながら、グラングはそこに突っ込んだ。それ一発一発の威力は、彼女の動きを止めるには至らない。瞬く間に亡霊の一人に接近したグラングは、左手に持ち直したチンクエディアを勢い良く突きだした。
腹部を一撃で貫かれたそれは、声を上げることもなく燐光となる。しかし、グラングの動きはそれに留まらない。今にも散ろうとしている燐光すら逃さまいと、チンクエディアを大きく横薙ぎに振るったのだ。
……が、
「無駄、か」
手応えはない。
これが狭間の地ならば、死に生きるものの復活を確実なものとする術者が何処かにいるはずだが、生憎、周囲にその姿は見受けられない。
ならば、取るべき行動は……
「ソラ」
「……何、グラング?」
グラングは、胸元の少女に小さく呼びかける。突然かけられた言葉だった為か、一瞬虚を突かれた表情になるソラだったが、やがてグラングを見上げる表情に、真剣なものが宿る。そんな彼女に向けて、グラングはただそうと告げた。
「突破を強行する」
「わかった。私も、頑張って掴まってるから!」
だから、気にせずに動いて。
語外に告げられた言葉を含めてグラングは頷くと、その場から一気に駆け出した。
「グラング、後ろ!!」
「っ!」
その時、抱えたままのソラから鋭い声が発せられる。
それに突き動かされるようにグラングが飛び退った次の瞬間、先程まで彼女がいた場所の後方から、無数の弾丸が通過していった。
どうやら、相手は再出現する位置を選ばないらしい。
いつの間にか、着地した彼女の周りは幽霊の群れに包囲されていた。
反射的にグラングは口にチンクエディアを咥え込むと左手を瓦礫の中に突き込んだ。
「千切り裂け」
瞬間、周囲に響き渡る幾度目かの裂断音。
グラングが腕を引き抜くと同時に地面が割り砕かれたかと思うと、全方位に放射状に獣爪の衝撃波が放たれた。それは彼女らを取り囲む様に展開していた幽霊達を切り裂き、その包囲に幾重にも傷を与える。
地面から跳ね起きたグラングは、そのまま包囲の隙間を突破せんと駆け出した。
「……また!」
けれど、再び出現した幽霊がその歩みを阻む。
それを視認したグラングは弧を描くようにステップを踏み、回避動作を行いながら、地面を左手で引っ掻く。そしてそのまま、その腕を思いっきり振り抜いた。
「散れ!!」
瞬間、針状となった礫の散弾が放たれる。
それは致命傷を与えるに至らぬものの、正面にいた幽霊らを確かに怯ませた。そしてその隙は、グラングが短剣の間合いまで近づくには十分過ぎた。
斬
勢いそのままに放たれた斬撃が、正面の敵を両断する。
グラングはそのまま、崩れた尖塔の一部と思われる瓦礫から一息に跳躍すると、軽やかに地面へと着地した。
「……っ」
しかし、正面へと視線を向ければ空間の揺らめきと共に無数の幽霊が再び出現する。
……左手。タリスマンを括り付けてある腕が、僅かに痙攣する。
けれど、心に深く突き刺さった楔が、それを阻害する。
「裂、け……!!!」
グラングは自らの心に巣食うそれを振り払うように短く咆哮すると、大きく腕を振り抜いた。幽霊の一団の一部が衝撃波に引き裂かれ、包囲に穴が開く。グラングはその隙ついて包囲を走り抜けるが、その先にいるのは、虚空から再度顕現した幽霊が作り出した新たな包囲だ。
幽霊を薙ぎ払う。包囲を突破する。
再度顕現した幽霊により、包囲が形成される。
薙ぎ払う、突破する、再形成。
薙ぎ払う、突破する、再形成。
薙ぎ払う、突破する、再形成。
薙ぎ払う、突破する、再形成。
薙ぎ払う、突破する、再形成……
「い、いつ迄出てくるのこいつら……!」
胸元に抱きかかえられたソラが思わずそう口走る。
グラングはその言葉に、心の中で同意した。
幽霊は一時的に対処するなら容易く、攻撃の一発一発も、大口径弾による攻撃だけ避けていれば、小銃程度は着弾した所で行動にさして支障はない。
……けれどそれも、幾度かの戦闘の後での連戦であり、長時間に渡ったならば話は変わってくる。微小なダメージと疲労は蓄積し続け、少しずつ身体の動きを鈍らせてゆく。
それにグラングの攻撃手段は何処まで特異なものであったとしても、本質的には予備動作の大きい祈祷による範囲攻撃か、驚異的な身体能力と短剣を用いた近接攻撃でしかないのだ。単騎の処理能力では不安が残り、対多数との戦闘のうえで被弾は避けられない。
両手が空いていたならこれよりも早く動けるだろうが、彼女にソラを置いてゆく選択肢は存在しない。
……
「グラング、右っ!」
「!!」
宙で身をひるがえすようにしての回避運動。一拍遅れて、全く別の方向からの幽霊の攻撃が彼女らを襲う。
アサルトライフルではない、スナイパーライフルの狙撃。流石にグラングでも、今の状況で直撃すればどうなるか分からない。
目視なら十二分に避けることができる自負がグラングにはある。けれど、敵は神出鬼没。どこから飛んでくるか分かったものではない。
タタタタタタッ
小気味良い音と共に、今度は四方から幽霊の小銃が掃射される。グラングはそれが致命的な場所に直撃しないよう片手で防ぎつつも、一度体勢を立て直すべく、近くの瓦礫の陰に飛び込む。その拍子に、左手の金色が視界に飛び込んできた。
「……っ」
また一度、すっかりタリスマンが顕になってしまった左手が、痙攣するように動かされる。
この行動が何処までも矛盾しているとわかっているにも関わらず、まだ……
「グラング、あれ!」
その時、一瞬思考の彼方に行ってしまっていたグラングの意識を、ソラの声が呼び戻した。彼女の視線の先へとグラングは即座に目を向けると……
「……!!」
曇天の元、徐々に立ち込めてきた霧の向こう。その先にぼんやりとだが、構造物の輪郭が見える。
……間違いない。一連の爆発で半ば朽ちているものの、古聖堂とトリニティの市街とを隔てる大門だ。あと少しで、この古聖堂から脱出できる場所まで、いつの間にか到達していたのだ。
それを視認したグラングは、即座に周囲の状況に意識を巡らせる。
周囲から聞こえてくる、規則的で、どこまでも空虚な足音。
射角が取れる位置まで移動しているのだろう。何か制約があるのか、追加で出現してくる気配はない。
……だがどうであれ、致命的な攻撃を受ける前にあの祈祷の発動は可能か。
グラングはそう断ずると、ソラに向けて声をかける。
「ソラ、一時手を放す。掴まれるか?」
「へ?え、えっと……」
急に問いかけられたためか、ソラは慌てふためいた表情を取った。
けれど、それも一瞬の事。
少しの間にぎにぎと手を動かしていたが、やがてこくりと頷くとグラングの方を見上げた。
「まだ完全に力が戻ったわけじゃないけど、少しだけなら大丈夫」
……震えながらも、確かな力のこもった返答。
それにグラングは短く頷くと、チンクエディアを口に咥え込むと、両腕を大きく持ち上げた。
「フウウウッ……」
あらん限りの意識を聖印に向けて集中させる。
息を限界まで吸い込み、その反動と呼ぶべき力を、全身に巡らせる。
そして、丁度幽霊の1人がグラングの姿をを射角に捉えたとほぼ同時、彼女は両腕を地面目掛けて思いっきり振り下ろした。
「崩れよ……!」
今までと比べても、一際鈍く響いた石材をすさまじい力が貫通する音。
けれど、事態はそれだけにとどまらない。
「……えっ、地面が?」
抱きついたグラングの身体の隙間からそれを見ていたソラの、呆然とした呟き。
その言葉通り、グラングが姿を隠した瓦礫のくぼみを中心として、周囲一帯の地面がめくれ上がり、放射状の地割れが広がったのだ。
そして、ほとんど間を置かぬ間にそれは訪れる。
衝撃
ある種の地震にも似た衝撃波が、四方をなめる。
それと同時、一帯で地割れに沿ってめくれあがっていた瓦礫の群が、一斉に上空高くへと打ちあがった。
上空へ崩落し、重力に従って墜ちてゆく瓦礫の嵐。それに巻き込まれた幽霊が、潰され、挟まれ、砕かれ、次々と消失し、青白い燐光を散らしてゆく。非現実極まったその光景。けれど、確かにそれは展開されていた。
「地砕き」と。ただそうとだけ命名された祈祷。
グラングが扱う獣の祈祷の中で間違いなく最上位の物であり、彼女しか使い手のいない唯一無二の超常。
欠点として大きな予備動作がある為、飛び道具が多いこの世界では使う隙を見つけることができずにいたが、一度発動してしまえば広範囲の全てをねじ伏せることができる。そして、もう一つこの祈祷が優れていることは……
「っ……!」
……グラングの並外れた動体視力が手伝って、降り注ぐ瓦礫の嵐をかいくぐりながらの移動が可能であることだろう。崩れる瓦礫は彼女の姿を覆い隠す煙幕であり、敵からの攻撃を防ぐ盾でもある。普段ならこれを起点に敵に攻撃を仕掛けるところだが、今回グラングはそれを逃走の一手として使用した。
胸元では、再び抱えられたソラが現実逃避気味に呆けているが、今のグラングに彼女に何か声をかけるだけの余裕はなかった。
「……抜けた」
程なくしてグラングは崩落する瓦礫の嵐から抜けた。
門はもうすぐ目の前、あれだけ展開していたはずの幽霊も数はまばら。
……最早、獣のごとき速度で突き進む彼女を止め得る者は、視界の中にいない。
グラングは瞬く間に半壊した門を潜り抜けると、そのまま市街地に向けて飛び出して行った。
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……時間はしばらく経過し、トリニティ市街地の一画。
崩れた古聖堂から少し離れた場所。
グラングが転移してきたときは、テレビクルーや他の生徒が幾人かいたはずであるが、今は遠方から戦闘の音が聞こえてくるのみで、誰もいない。幽霊が時折展開しているものの、聖堂にいた時に比べてその数はずいぶんと少なく、今のグラングでも反撃すらさせずに対処可能なほどに落ち着いていた。
とはいえ、彼女はソラを安全と確信できる場所に運ぶまで足を止めるつもりは一切ない。
ただ、彼女らが再び会話を交わす余裕が生まれたこともまた、事実だった。
「グラング、大丈夫?」
ふと、未だ胸元で抱きかかえられたままのソラが、グラングにそう問いかける。
彼女の身体の傷は、自分を助け出してくれた時より、明らかに増えている。
時折祈祷で癒してはいるが、それでもダメージは抜けきらないのだろう。
少し、疲れているようにも見える。
……けれど、グラングは然程の間を置かずに返答する。
「問題、ない」
「……うん、わかった」
心配をかけたくないのか、或いは疲労を考慮に入れた上でまだ動けると判断したのか、或いはその両方か。
結局のところ、グラングがそう答えるであろうと、ソラは心のどこかで分かっていた。
その事実に、心内に複雑なものを抱えながらも、彼女は話題を変える。
気になるのは、あの青白い亡霊。
グラングは何か知っている様子だったが……
「結局、あの幽霊みたいなのって、何なんだろ」
「……詳しくは、わからぬ」
先程とは異なり、返答に少しの間隔があいた。
そして、その返答もまた、あまり芳しいとは言えないものだった。
「ただ、よく似た存在が、狭間の地にもいた。
死に切れぬ生者の残滓、のようなものと思うが」
「そ、それって、ホントに幽霊みたいな……」
「……かも、知れぬ」
かなり回りくどい言い回しであったが、もうそれなりの付き合いになるソラには、グラングが何を言っているのか
理解するには十分だったようだ。そう言った存在にあまり耐性がないのか、少女の声に怯えが混じる。
幽霊、あるいは霊体。
死に生きる者でなければ、その可能性も出てくるか。
しかし、仮に霊であるとすれば、何者かが呼び出さぬ限りは……
……そう、物思いにふけりながら。グラングはふと正面へと視線を向ける。
その時、彼女の瞳の中に光景が飛び込んできた。
「………!!」
正面に人影が6つ。
1つは地に伏し、1つはそれを助け起こそうとしている。それを囲うように、他の4つ。
……囲う4つの人影に、見覚えはない。けれど、地に伏している小柄な生徒と傍の大人の方は、グラングは確かに見覚えがあった。そして、それはソラも同じだった。
「先生……!?それに、ゲヘナの風紀委員長さん!!?」
エンジェル24を訪れる生徒、空崎ヒナ。そして、シャーレの先生。
傷つき、満身創痍となった彼らが、武装した4人に囲まれている。
そして周囲にぽつぽつと幽霊が展開し始める。
幽霊は、4人を攻撃する素振りを見せない。
状況から察するに、あれが幽霊を使役しているか、それに準ずる者であり、敵対者なのだろう。
今はまだ、何か会話を交わしているだけのようだが、その状況もいつまで持つか。
……現場を迂回し、走り抜ける。
一瞬の躊躇もなく、グラングの脳裏に冷酷な判断が過った。
そして、彼女の身体はその判断に従って近くの路地へ……先生らから、離れる方向へと進路を向ける。
だが、それにソラが気が付かない筈もない。
「えっ……?」
先生とヒナの姿が、離れてゆく。
グラングが路地へ駆け込もうとしていることに気がついた彼女は、慌てて声を上げる。
「グラング、先生がっ……!」
「行けぬ」
しかし、それに返されたのは極短い、けれど断固とした言葉。
そこに籠もった圧力に、ソラは気圧される。
そうしている合間にもグラングの身体は路地へと飛び込む。先生達の姿が、戦闘の余波で半壊した建物に阻まれ、見えなくなった。
「そんな、でも……!」
「ならば、どうする」
けれど、それでも尚言葉を紡ぐソラ。
……グラングの歩みが、止まった。
彼女はただ立ち止まったまま、胸元の少女を静かに見つめる。
その金色の瞳と、目が合った。
「ここで、お主を置いてゆくか、それとも、抱えたままあれらの前に立つか?」
「……!」
その表情に浮かぶのは、怒りではなかった。
悲しげな、そして苦しげな表情。
嵐の夜に暗闇で聞いた、掠れて消えてしまいそうな声。
「我は、お主を失いたくない」
……ぽつりと、呟くように発せられた言葉。
声に出さずとも、その心内を感じ取るには、彼女の仕草は十分過ぎた。ソラの心が揺れ動く。
でも、何か方法はある筈だ。何か……
「じゃ、じゃあ私が囮に……いや、ちがっ、わ、私が先生とヒナさんを助けて逃げるから、グラングが祈祷で……」
「その傷で、か?」
「っ……!」
言葉が詰まる。
怪我の余韻は未だに続いている。今ここで地面に降ろされた所で、歩くのが関の山だろう。無理に走れば、多分足が縺れてこける。
グラングも似たようなものだ。万全でない今、先生まで連れて撤退する余力はない。
……けれど、
「私は、死なない!」
気がつけば、そう声を上げていた。
グラングの表情が揺れる。
だがそれにも気が付かぬまま、ソラは言葉を紡ぐ。
「た、確かに撃たれて気絶するかもだけど、そのぐらい、だし。
でも、先生はあのまま銃で撃たれたら死んじゃう。だから……」
「…………」
グラングは何も言わない。
ただソラの言葉だけが続き、しかし彼女が段々と俯くと同時にしぼんでゆく。
……先程まで本当に死にそうだった癖に、自分は何を言っているのだろう。
ソラの脳裏に、そんな言葉が過る。
けれど、このままでも、取り返しのつかないことになってしまう。
でも、いや、でも……
思考がぐるぐる、ぐるぐると廻る。
ソラには、それの結論を出すことができなかった。
……ソラには。
「……頼みが、ある」
「……え?」
その時、グラングが不意に声を発した。
ソラが顔を上げた視線の先では、グラングがある場所を指し示していた。慌てて逃げ出したのか、半開きになった店員用の通用口、その奥にあるロッカー。ソラ程小柄であれば、問題なく入ることが出来るだろう。
「我がここに戻るまで、決して動かぬこと。無事で、いること……頼める、か?」
考えて、自分の心に折り合いをつけて。
その末の言葉なのだろう。
……その言葉に、異を唱えられるだけの意義を、今の自分は持ち合わせていない。
「……わかっ、た」
ソラはこくりと頷いた。
それを確認したグラングは、少女の身体をそっと地面へと降ろす。
着地の拍子に少しよろめいたソラだったが、
……互いに、少しの間見つめ合う。
また、しばらく離れ離れになる。
……
「グラングも、気をつけてね」
「無論、だ」
ただ、そうとだけ言い残すと、グラングはソラを残し、路地の外へと駆け出した。
先生のいる方向へと視線を向ければ、ガスマスクで口元を覆った黒髪の少女のアサルトライフルが、今まさに彼へと向けられている。
……猶予はない。
「我が岩……」
身軽になった右手に持ったチンクエディアを構えながら、グラングは即座に祈祷を発動する。半ば砕けたコンクリートから、大岩が引き抜かれる。
「砕けよ……!!」
投擲。
響き渡る異様な破砕音は、敵の注意を引き付けるに十分だった。