小さな天使と抜け身の剣   作:時空未知

16 / 16

もう二度と、失わぬように















崩れゆく情景(4)

 

 

 

口元だけをマスクで覆った付けた少女から銃口が向けられる。

その動作が先生には、やけにゆっくりとして見えた。

アリウススクワッドを名乗った4人の少女。

調印式を襲撃し、自らをエデン条約機構と規定し、ユスティナ聖徒会と共にゲヘナとトリニティへの怨念返しをすると語った彼女達。

その銃口が、向けられる。

 

「シャーレの先生……貴様が計画の一番の支障になりそうだと、マダムは言っていたからな」

 

ただその言葉と共に、アサルトライフルの引き金が引かれ……

 

 

破砕音

 

 

「っ!??」

「へぇっ!?な、何ですか!!?」

 

背後から響き渡った異音にアリウススクワッドに動揺が走る。

それと同時、向けられていたアサルトライフルの銃口が僅かに逸れた。

彼女らが視線を向けた先にあったのは、それなりの質量物が弾着したらしき破壊の痕跡と舞い立つ粉塵。

付近にいたユスティナの幾人かが押しつぶされたのか、包囲網に穴が開いている。

まず間違いなく、何者かからの攻撃。

 

しかし、普通なら続けざまに来るであろう、小銃等による銃撃が一向にくる気配が……

 

 

タンッ

 

 

地を蹴る音。先生に銃を向けたアリウススクワッドのリーダーがその音に辛うじて反応できたのは、彼女の練度の高さを如実に表すものだろう。

 

 

ガキィン!!!

 

「くっ!?」

 

 

煙幕を突き破って、人影が少女目掛けて恐ろしい速度で飛び出してきたのだ。

反射的にアサルトライフルを盾にした次の瞬間、硬質な音がそれに激突する。

次の攻撃に備え、襲撃者を視界にとらえようとした彼女の視界に飛び込んできたのは……

 

「……!!」

「ナイフだとっ!?」

 

黄金の刃を持つ、幅広の短剣。

それを突き出したのは決して少なくない量の傷を負った白い狼の少女。

スクワッドの少女らにその人物の見覚えはない。

しかし先生には、先程の岩を投擲する攻撃から目の前の少女の姿まで、確かに見覚えがあった。

 

あの時、ソラを探すとだけ言い残して別れたきり。

どうしてここにいるのか?ソラは見つかったのか?

聞きたいことは山ほどある。

気が付けばその名を呼んでいた。

 

「"グラング!?"」

 

その声に、グラングは僅かに反応を示した。

彼女はちらりと先生へ視線を向けたものの、直ぐにそれは正面へと戻される。

 

「ソラからの、命だ。この場は、我が食い止める……!」

「"!?"」

 

続けざまに告げられた言葉に混じった名は、先生の予想だにしないものだった。

対するグラングは、鍔迫り合いとなっていた状況を打破すべくリーダーを思いっきり蹴り飛ばすと、慌てて銃器を構え始める他のメンバーに目もくれず、地面に腕を突き込んだ。

 

 

「裂け……!!」

「なっ!?」

 

 

金属が引き裂かれるにも似た、甲高い異音。

それが周囲を満たしたかと思うと、グラングの手元から5本の衝撃波が放たれた。

相手はその異常現象に驚愕しつつも、辛うじて衝撃波の隙間に身を滑り込ませるようにして回避。

その視界の端に、状況を飲み込み切れていないながらも、ヒナを抱え上げようとしている先生の姿が映った。

 

「っ、逃がさない!!」

 

リーダーは突っ込んでくるグラングをアサルトライフルで牽制しつつも、その銃口を先生に向けて素早く流す。的確に照準の合わせられたそれは、間違いなく先生の脇腹を貫く角度で放たれ……

 

 

「ああぁあぁぁっ!!!」

 

 

瞬間、薄く目を開けつつあったヒナの身体が大きく動いた。

先生を庇うように立ち塞がり、弾丸を残らず受け止めたのだ。

意識を失っているものとばかり思っていたが故に、スクワッドの面々の表情が驚愕に染まる。

 

「まだ動けるのか、空崎ヒナぐうっ!」

 

少女の溢した驚愕と言う明確な隙。

そんな彼女に向けて、牽制弾を潜り抜けてそのまま突っ込んできたグラングが刺突を繰り出した。

苦悶に呻きつつも、太股のホルダーから抜き放ったアーミーナイフをねじ込もうとする相手の腕を素早く切り払うと、そのまま大きく伸びあがって首筋にチンクエディアを突き立てるべく勢い良く振り下ろす。

 

「っ、舐めるな!」

「む、」

 

だが、流石にその動作は大ぶりすぎた。溜めの大きかったその一撃は空を切り、代わりに地面を割り砕く。

そして、紙一重で攻撃を回避した敵からアサルトライフルによる反撃。

大量の弾丸が、グラングの身体を打ち据えた。

 

「っ……!」

 

何故だか、キヴォトスに来て今まで戦ってきたどの人物よりも、攻撃の一つ一つが重く感じる。

それは偏に、この世界に満ちる神秘の効果によるものか。

それとも、いよいよ小銃のダメージも無視できない程に疲労が重くなってきたのか……

 

グラングは状況を分析しつつも軽く後退しながら祈祷を発動。

足元から掬ったアスファルト片を、宛ら散弾のように投擲した。

堪らず横方向へと受け身を取るサオリだったが、その動作を刈り取るようにグラングはステップで接近すると、逆手に構えたチンクエディアを大きく振るっ……

 

 

「!!」

 

 

タタタッ!!

 

 

瞬間、側面方向からの攻撃。

見れば、ガスマスクで顔を完全に覆った紫髪の少女が、サブマシンガンを構えてこちらに吶喊してきている。

グラングは顔を腕で庇いつつも体勢を変更、素早く短剣を振るいながら後方に跳躍して距離を取った。

突っ込んできた少女は立ち上がるリーダーの傍に並び立つと、小さく指を動かす。

 

「……ああ、姫。助かった」

「……」

 

何かしらの言葉を伝えていたのか、姫と呼んだ少女に向けて彼女は礼を言った。

その間、グラングは先生のいた方角に視線を向けていた。

早く逃げていてくれると助かるのだが……

 

……けれど、現実はそう思い通りに行くわけでもない。

 

「委員長、私が応戦します。貴方も退避を!」

「まだ、退けない……退くわけには、行かない……!!」

 

視線の先には、先生かヒナが要請したのか黒い軍用の救護車両が乗りつけられていた。

先生は退避したのか、姿が見えない。

代わりにその車から身を乗り出すようにしてヒナともう一人の少女が、残る2人のスクワッドとユスティナ信徒(蒼い幽霊)に対して応戦していた。

……その視界の端、黒いマスクを付けたスクワッドのメンバーが、大型の砲に妙な形状の弾頭を装填しているのをグラングは視認する。

 

不吉な予感

 

ほとんど反射的に、グラングは先程まで相対していた2人を無視してそちらの方へと駆け出していた。

それと同時、祈祷を発動。

背中に走る着弾の痛みを噛み殺しながら、手に大岩を握りしめる。

 

「我が岩っ……」

「止まらないっ、ヒヨリ、ミサキ!!」

 

背後で、リーダーの鋭い声が聞こえる。

それに彼女らが反応した時には、グラングの祈祷の発動は完了していた。

 

「砕け、よ!!!」

「このっ……!?」

「へぇっ!!?と、というかなんでコンビニの店員さんが!?」

 

大質量の投擲。

放物線を描きながら迫るそれを前に敵2人は慌てて攻撃を中断し、退避行動に移る。

数瞬後、着弾した岩石によってユスティナ信徒の幾人かが磨り潰され、塵となって消えた。

グラングはそのまま、車の前に立ち塞がるように構える。

……そんな彼女に向けて、背後から声がかかった。

 

「グラ、ングさん。貴方も、早く!!」

 

ヒナだ。

一度エンジェル24で顔を合わせただけだというのに、こちらの退避を待ってくれているらしい。

……どうにも、この世界には優しさが過ぎる気来の人物が多い。

この場から即座に退避してしまえば、もっと確実な安全確保ができていただろう。先程、自分が彼女達を見捨てようとした時のように。

 

……こうなるなら、ソラをもう少し近くで待機させておくべきだったかもしれないと、グラングはぼんやりと考える。まあ、今から考えても遅い。どの道、自分はここから離れるわけにはいかないのだ。

 

「……先に、往け」

「……!!」

 

グラングは、ただそうとだけヒナに伝える。

その言葉で十分彼女の意図が伝わったのだろう。

ヒナは一瞬、虚をつかれたような表情をしたものの、直ぐにその身を車の中へと引き込む。

 

「"待って、グラン……!"」

 

その扉の奥から、誰かの声が聞こえた気がした。

けれど、それが言い終わる前にドアは閉まると、そのまま車は勢いよく発進する。

 

漸く、逃げ出してくれた。

 

グラングの脳裏に、安堵にも似た思考が過ぎる。

……けれど、これでは終わらない。

先生達の退路をより確実なものとする為に。

スクワッドへと視線を向ければ、幾人かは未だ先生らの車を狙っている。特に、長銃を構えた少女。確実に、足止めする。

 

グラングは、口元にチンクエディアを咥え込むと。

両腕をアスファルトの中に突き込んだ。

瞬間、周囲の地面一帯にグラングを中心とした亀裂が走る。

今までと比べても一際異質で破壊的な音を前に、スクワッドのメンバーは殆ど本能的にその範囲外へと飛び退っていた。

 

 

「崩れよ……!!」

 

 

崩壊。

地砕きの祈祷により破砕された瓦礫の群れが上空へと打ち上がり、豪雨となって地面に振り注ぐ。非現実極まる光景に、彼女らは呆然とするしかなかった。

 

「どう、なってるの……?」

「ご、ごめんなさい。せ、先生の乗る車、瓦礫のせいで射角が……あだっ!?」

 

ヒヨリと呼ばれていた長銃を装備した少女が、リーダーに謝罪を口にしようとするも、その言葉は瓦礫の雨に紛れるようにして飛来した岩石直撃したことによりにより強制的に中断させられる。

 

「ヒヨリ!?」

「だ、大丈夫れふ……頭ぐるぐるして苦しい、ですけど……」

「っ、先生はもういい!今はあれを……」

「!!」

 

その時、何かに気がついた様子の姫が素早くリーダーの腕を引く。次の瞬間、瓦礫の影から疾駆する影が飛び出してきた。

 

「っ!!」

「こいつ、さっきの崩落に紛れて!?」

 

グラングだ。

繰り出したチンクエディアの刺突は、間一髪で避けられる。

しかしそれを気にする様子もなく、グラングは即座にバックステップを踏むと、スクワッドの丁度中心辺りへと身体を移動させた。

 

「千切裂け!!」

 

祈祷。

左手を地面に突きこむと一息に抜き放つ。

それと同時、放射状に放たれた獣爪の衝撃波がスクワッド全員に襲いかかる。

直撃は黒いマスクの少女。アサルトライフルを持った1人は至近距離を掠め、姫と呼ばれていたメンバーと、比較的離れた場所にいた長銃持ちの2人には回避された。

しかし、一瞬の隙は出来た。

グラングは素早く先生らの乗る車が向かっていた方角へと視線を向ける。

既に視界の中にあの黒い車体は見えなくなっていた。道筋には、車で強引に突破されたと思しき、ユスティナ信徒の包囲の欠落が見られる。

 

……彼らなら、もう大丈夫だろう。

 

グラングは心の中でそう結論付けた。

後は、何れかの方法でソラと合流するのみ……

……と、

 

「___、__」

 

死角からこちらに接近しようとする気配。

反射的に、グラングは気配目掛けてチンクエディアを振るう。

しかし、神速を持って振るわれたその一閃は風切り音だけを残して空を切る。

視界に映る人物は、姫。彼女は、低く体勢を保つことで、背の高いグラングの攻撃をすれすれで回避していたのだ。

 

「!」

 

グラングは即座にバックステップを挟みながらチンクエディアを左右に大きく切り払うことで対応を試みる。

しかし姫はその攻撃を右手に持ったサブマシンガンの銃床で弾くようにして受け止めながら動きに追従すると、左手でホルダーから引き抜いた物体を、ズボンが破れて切り傷が覗いたグラングの足目がけて勢いよく伸ばした。

 

「……?」

 

それは、小さな2本の針が突き出した四角い物体だった。

どうも近接戦用の武器らしいが、グラングには見覚えがなかった。

 

恐らく。いや、確実にその謎の武器の方が、先に自分に届く。その結果、傷口が抉られるかもしれない。が……

……その攻撃を受けても、こちらは相手の急所に渾身の一撃を叩き込むことができる。

それに、高々傷口が抉られたところで、行動に対した支障はない。

 

一瞬の思考の後、グラングはそう判断を下した。

それからほとんど間を置かずチンクエディアを逆手に持つと、フードに隠れた姫の首筋を狙う。

そうしている合間に、予想通り敵の四角い物体の先端が、こちらの肌に触れ……

 

 

バチィッ!!

 

 

「がぁあっ!?!?」

 

 

次の瞬間、グラングの視界を強烈な紫電が舞った。

脚が、全身の筋肉が引き攣る、痙攣する。

雷の槍に貫かれたときのような、いや、それ以上に身体がうまく動かせない。

狭間の地では感じたこともなかった理解不能な激痛に、グラングはよろめく。

……たった一つ。たった一つだけの、判断ミス。しかしてそれは、致命的な隙へと繋がった。

 

体幹が崩れたところに体当たりをされたのか、身体が大きく揺らぐ。

倒れる直前に何とか意識を取り戻したグラングは、体勢を立て直そうと顔を上げる。

……が、

 

 

「Vanitas vanitatum et omnia vanitas」

 

 

流暢に紡がれる、知らぬ言語。

グラングの眼前にあったのは、スクワッドリーダーのアサルトライフルの銃口だった。

 

 

掃射

 

 

明らかにアサルトライフルの限界を超えた速度、量の弾丸がグラング目がけて吐き出される。

その悉くが、碌な防護体制も取れていないグラングの身体を打ち据える。

 

「ぅ、あ゛、あ゛あ」

 

しかし、グラングはまだ倒れない。

今にも崩れ落ちそうな脚を残る総力を振り絞って無理矢理立たせる。

命は……ソラの、願いは達成した。

だから、後は、この場から離脱することさえ叶えば……

 

 

「あ、当てます!!」

 

 

轟音

 

 

「がっ?!」

 

 

ほとんど同時に発生した、重い着弾の衝撃。

それは、度重なる戦闘で疲弊していたグラングの体幹に止めを刺すには、余りにも十分すぎる衝撃だった。

襲い来る衝撃のままに地面を転げた彼女の身体は、そのまま近くにあった瓦礫へと打ち付けられその動きを止めた。

 

「て、店員さんは倒し、ましたけど……」

「……っぁ」

 

身体が、上手く動かせない。力が、入らない。

 

それでも尚、立ち上がろうとするグラング。

そんな彼女の側頭部に、冷たい筒の感触が押し当てられた。

 

「お前、何のつもりだ?」

 

頭上から降ってくる冷たい言葉。

見上げるとそこにはやはり、先生に銃口を向けた冷徹な視線が注がれていた。

その表情に宿るのは怒り……けれど、それを塗りつぶしてしまうほどに色濃い、困惑だろうか?

どうにも、相手はすぐにこちらを始末するつもりはないらしい。

尋問をするつもりか……生憎、こちらは相手が欲しているような情報は何も持ち合わせていないのだが。

そんな、とりとめのないことを考えながらも、グラングは相手の言葉に応じた。

 

「……我の大切な者から、先生を助けるよう、願われた。それだけだ」

「それだけ、だと?」

 

独り言のようにグラングが呟いた言葉に、リーダーは益々当惑した様子の声を上げる。

しかしそんな彼女の様子を気に留めることもなく、グラングは言葉を続ける。

 

「しかし、あの様子ならば、もう心配はあるまい」

「……っ!」

 

……そう、心配はいらない。

ヒナという少女は強い。先生も、ああ見えて強かな部分がある。

自分を取り囲む4人が再び襲撃をかける間に、再起するだけの猶予は、与えられただろう。

 

相手とて、そのことは理解しているのだろう。

頭に押し付けられる銃口の圧力が強くなった。

けれど、今のグラングにそんな事は至極どうでも良ことだった。

 

この様子から見るに、やはり彼女らも[自分]の事を知らない。

それにわざわざ、左手のものを奪っている余裕もあるまい。

加えて、この世界で死は程遠い。

少なくとも、ソラがあの場所隠れていてくれれば、後の合流など幾らでもできるのだから。

 

「……お主らは、ここから急ぎ離れ備えをするも、心の昂ずるままに我を嬲るでも良かろう。今の我では、主らに勝てまい」

 

……グラングが口にしたのは、紛う事なき彼女の本心だった。

尤も、サオリがますます当惑するには十分な内容だったが。

先程まで、空崎ヒナと変わらぬ圧力を伴ってこちらに迫ってきていたというのに、今倒れ伏している人物からは、文字通り何も感じられないのだから。

……ただ、グラングに銃口を押し付けたまま立ち尽くす彼女の背に、ミサキが声を掛ける。

 

「どうする、リーダー?こいつの言う通り先生の排除が失敗した以上、ここに長居する意味はあんまりないよ」

「……そう、だな」

 

少し間を置いた末、少女はため息をつくように返答すると、アサルトライフルの銃口を下した。

ただその代わり、懐から束ねた鋼糸を取り出す。

どうやら、流石に拘束はしておくつもりのようだ。

 

「まあ、二度と邪魔ができないよう拘束はしておくとしよう。手早く……」

 

 

 

……手早く。

それきり、少女の言葉が止まった。

その視線が動く先は、彼女の耳元。

気が付けば、他の少女らの視線もその一人へと集中している

その様子にグラングは、自らの心の奥底が俄かに揺らぐのを感じた。

 

「……はい、はい。了解しました」

 

じり、じりと、グラングは身体を起き上がらせてゆく。

けれどその動作に気が付いていないのか、それともそれ以上に重要なことなのか。

スクワッドはリーダーの通信に静かに耳を傾けている。

それがどうにも不気味で、不穏だった。

……その時、通信が終わったのか、彼女らの視線が再びグラングへと向けられた。

それと共に、問が投げかけられる。

 

 

「[狭間の地]、と言う言葉を知っているか?」

「……!!」

 

 

……それは、グラングの動揺を誘うに、余りにも十分な言葉だった。しかし相手の方は、その動揺を確認することこそが目的だったらしい。

 

「図星、か」

 

リーダーはただそうと呟くと、改めてグラングに銃口を向ける

その瞳には、何の色も宿っていない虚無が映っていた。

 

「悪いが、お前には利用価値ができた。大人しく捕縛させてもらう」

「……それは、困る」

 

……予定が、変わった。

相手に、こちらの事を知っている人物がいる。

ならば狙いは当然……

 

「……」

 

タリスマンを縛り付けた左手が痙攣するように震える。

これ(・・)を、奪われるわけには行かない。

けれど同時に、もうまともに動けそうもない。

 

相手の隙を突いて、立ち上がって……立ち上がって、それで?

 

「その意志も全ては無意味になる。大切な人とやらにも、もう会えない」

 

 

……どうやら、自分はまた判断を誤ったらしい。

 

 

引かれてゆく引金。

その動作が、やけにゆっくりとして見えた。

それが引き切られた時、自分の意識は闇へと消える。 

 

……ああ、これが。

主の命を終ぞ果たせなかった獣の末路。

結局、何も出来ぬまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させない!!」

 

 

声が、聞こえた。

この場に居ない、新たな声。

しかし、聞き覚えのある声。

それと同時、全くの別方向から放たれたアサルトライフルの弾幕がスクワッドに向けて迫る。

その弾幕は、彼女らを撃破するには到底至らない。しかし散開させ、グラングの周囲から一時的に遠ざけるには十分だった。

瓦礫の影へと退避したサオリの代わりに、白い人影がグラングの視界に滑り込む。

あくまでも後姿のみ。来ている服装も記憶にある中と大きく異なる。

けれど、あの浜辺での記憶を思い起こすには、余りにも十分過ぎた。

 

「……アズ、サ?」

「グラング、大丈夫か?」

 

脳裏に浮かんだ名をグラングは呟く。

そんな彼女に向けて、アズサはちらりと視線を向けた。

……けれど、彼らに向けてあの人影が立ち塞がる。

 

「お前たち、知り合いか?」

 

アリウススクワッドのリーダー。

アサルトライフルを油断なく構えた少女は、グラング……そして、アズサに冷酷な視線を注ぐ。

その少女の姿を見て、アズサの表情もまた、怒りに近いそれへと変容する。

 

「サオリ……!」

「……どうなんだ?」

 

アズサの言葉には答えず。

サオリと呼ばれた少女は、ただ淡々と問いかける。

しばしの逡巡。

その末、アズサは絞り出すように言った。

 

「グラングは……私の友達だ」

「……!」

 

その言葉を、背後で聞いていたグラングは多少なりとも驚いた。

どうやら、アズサはほんの少ない時間を共にしただけの自分を、友人だと思い、自らの危険を顧みず助けようとしてくれているらしい。

……そんな彼女の姿を前に、サオリの表情がピクリと動いた。

 

「……友達?まだそんな甘い夢に酔っているのか?」

「グラングに何をするつもりだった、答えろ!」

 

旧知の仲、なのだろうか?

だが友人に向けるものとは全く異なる声色で、不思議そうに、不快そうに、サオリはアズサに問いかける。

アズサもまた、サオリに向けて敵意を剥き出しにした言葉を投げかける。

 

「そいつには利用価値がある。マダムがそう言っていた、だから連れてゆく」

「……っ!」

 

サオリから告げられた言葉にアズサはギリと歯を噛み締める。

……そんな彼女の視界の中で、他のスクワッドのメンバーが並び始めた。

今は皆、ただ静かにアズサ達の方を見ている。

けれど、明らかな劣勢であることは誰の目にも明らかだった。

 

……

 

「……グラング、動ける?」

「……少しばかり、ならば」

 

アズサから、短く言葉がかけられる。

グラングはそれに返答すると、ゆっくりと起き上がった。

 

全身に未だ、鈍い痛みが走っている。

肩で息をしながら、それでもチンクエディアを構える。

少し動けると言ったが、この分だと本当に少ししか動けそうにもない。

……満身創痍なのは、誰の目にも明らかだった。

 

サオリが、何に対してか眉をひそめた。

 

「まさか、そいつを連れて逃げるつもりか?もう碌に動けない怪我人を連れて、お前1人で?」

「当たり前だ。友達、だから」

 

冷たい、しかし現実を突きつける言葉。

けれどそれでも、アズサはその現実に抗おうとする。

 

……彼女をここまで突き合わせる言われは、自分にはない。

 

グラングはゆるりと、周囲の状況を確認しながら、思考を巡らせる。

敵の配置、あの店(・・・)との距離。

記憶の中にあるアズサの戦闘能力。己に僅かばかり残された力。

……そして、ソラの優し気な面影を。

それらを、照らし合わせる。

 

……ソラに、なら。託してもいい。

彼女ならきっと、弔った使命の残滓を、大切にしてくれる。

 

きっと……

 

 

「……我に、策がある」

 

 

グラングは、アズサの耳元でそっと囁いた。

彼女は少し驚いた様子だった。

けれど、それでもすぐに真剣な表情になってくれた。

信じてくれる、らしい。

 

……自分の奥底の真意も、知らぬままに。

 

目の前の、心優しい少女に。

罪悪が心の奥底に積み重なるのを感じながら。

それでもグラングは、言葉を吹き込む。

 

「あの店まで、我が入るだけの……隙を、作ってほしい」

「わかった、任せて」

 

何一つ疑わず、アズサはグラングの言葉に頷いてくれた。

その事実に彼女は安堵する。

……これで、準備は整った。

 

「……何をこそこそとしているか知らないが」

 

2人の姿が、彼女にはどう映ったのだろうか。

サオリは僅かな怒気すら滲ませて、アサルトライフルの銃口をアズサとグラングへと向ける。

 

「アズサ、お前が友達などという夢を見るなら、何度だって目を覚まさせてやる。

この場所に、私達[人殺し]の居場所なんてないとな」

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃撃、爆発。

一時的に鳴りやんでいたそれらが、再び響き始める。

 

 

「……~っ!」

 

 

冷たい暗闇の中。

ロッカーの中でソラはただ、恐怖と不安に身体を縮こまらせた。

ここに隠れて……グラングが先生を助けに行って、どれほどの時間が経っただろうか?

外の状況は何もわからない。ただ、くぐもった戦闘の音が響いてくるだけ。

その事実と、瓦礫の奥底に閉じ込められていた時にも似た暗黒が、ソラの心をどうしようもなく締め付ける。

 

「早く、早く……!」

 

聖印を握りしめ、ソラはただ、今も外で戦っている大切な人に向けて祈る。

どうか、早く、無事に帰ってきて。そうしてもう一度、抱きしめて欲しい。

 

心配ないと。

先生とヒナは助かったと。

自分は、無事であると……

 

 

…………

 

 

……その時、

 

 

「……?」

 

 

心なしか近くなったような気がする銃撃戦の音。

その中に、硬質で規則的な音が混じった気がした。

例えば、フローリングを靴で叩くような……

 

「足音……?」

 

ソラがそれに思い至るのは早かった。

その足音は迷う事なく、真っ直ぐとこちらに向かって来ている。

そうしてそのまま、ロッカーの目の前で立ち止まった。

薄い金属板で作られた扉が、僅かに軋む。

……何はともあれ、この場所に自分が隠れていることを知っている人物は、1人しかいない。

 

 

「ソラ」

「……!!グラング!」

 

 

ロッカーの向こうから聞こえてきたのは、待ちわびていた声。

ソラもまた、自らの名を呼ぶその声に応えると、扉を勢いよく開け……

 

ガコン

 

「……ぇ?」

 

しかしその扉は、丁度腕が一本通るほどの隙間が空いたところで、開かなくなった。

 

何故?どうして?

 

そんな単語が、頭の中をぐるぐると廻る。

僅かに空いたすき間から、ソラは外の景色を見た。

そこにいたのは、先程にも増してボロボロになったグラングの姿。

 

声を、かけなければ。

自分は大丈夫だと、伝えなければ。

 

けれどどうして、声が出ない。

膝をついて、こちらを見つめるグラング。

その表情は、初めて会った日のような、どこか物悲しいもので……

 

 

「お主に、託す」

 

 

その時、グラングがごく短い言葉を口にした。

一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

けれど、手の上に落とされたものを見て、ソラはその意味を悟ることとなる。

 

「ぇ、あ……?」

 

それは、金色のタリスマンだった。

グラングが肌身離さず持っていた、大切なもの。

あれだけ他の人に触れられることも、見られることすら嫌がっていたというのに。

それが今、自分の手の中にある。

 

「なんで、大切な、ものなんじゃ」

 

……心の奥底から不安が這い上がる。

途切れ途切れになった言葉が発せられる。

ソラが再びグラングへと視線を向けた時、彼女はゆっくりと立ち上がるところだった。

 

 

「どうか、息災に……すまぬ」

「……!?」

 

 

それはまるで……いや、間違いなく別れ際の言葉だった。

ソラが驚愕に目を見開く中、グラングはよたよたとした動作で、どこかに去ってゆく。

 

「グラング、待って待ってよ!!」

 

その背にいくら必死に呼びかけても、彼女の歩みが止まることはない。

扉をどうにかして開けようと揺らしても、何かに閊えたように開かない。

やがて、ソラが扉と格闘している間に、その姿は完全に見えなくなった。

 

「あ、開かない、なん……きゃうっ!?」

 

瞬間、急に扉が開き、ソラの身体は地面へと投げ出された。

痛みをこらえながら自らの背後を見ると、ロッカーの一部が扉が開きにくくなるように歪められていた。

間違いなく、最初に入ったときにはこのような歪みはなかった。

それと同時にソラの脳裏によみがえるのは、グラングが丁度ロッカーの前に立った時に聞こえてきた、不可解な金属音……

 

「……なん、で」

 

グラングが、自分を置いて何処かに行こうとしている。

その事実にソラが思い至るのは早かった。

それも、こちらを見捨てようというのではない。

大切なものを託して、自分だけが危険な方向へと……

 

「なんで、どうして……!!」

 

気が付けば、ソラは駆け出していた。

身体は未だうまく動かせず、瓦礫に脚を取られて何度も何度もこけそうになる。

けれど、追いつかなければならない。

グラングが、遠くへ行ってしまわないうちに……!!

 

 

「はぁ……やっぱり、そこまで遠くには行ってなかったか」

「手間が省けた。これで終わりだ」

 

 

銃声

 

 

「……え?」

 

丁度、足をもつれさせながらも、店の裏口から路地へと飛び出した時だった。

大通りの方向に、銃を構えた何人かが立っているのが見える。

硝煙の立つ銃口が向けられた先は、こちらではない。

彼らの足元。

力なく倒れ伏す、空色の制服を着た人……先程悲しげな微笑みを浮かべていた、グラングだった。

 

「噓、噓、噓噓噓……!」

 

噓だ、嘘に決まっている。

グラングが負けるはずがない。

帰ってくると言ってくれた。

なのに、どうして、どうして……?

 

 

……自分が、無理を言ってしまった、から?

 

 

「やめろ、やめろおおおお!!!」

「目標の確保完了。アリウススクワッド、撤収」

 

誰かの、悲鳴のような絶叫が聞こえる。

それを意にも介さず、何者かはヘイローの消失したグラングの身体を抱え上げると足早に何処かへと去ってゆく。

真っ白な後姿が、消えてゆく。

 

 

「あ、ぁあ、だめ、だめっ……!」

 

 

ソラは走る。

金色のタリスマンと聖印を抱えたまま、必死に足を動かし、手を伸ばす。

けれど距離は離れていくばかりで、届きそうにもない。

 

「連れてかないで、待って、待って……!!」

 

大通りに出る。

しかしその頃には、彼らの後姿は霧の立ち込め始めたトリニティ市街の奥深くに今にも消えようとしていた。

 

 

「グラング_________!!!」

 

 

……半ば朽ちた街の中。

少女の声が、空しく響き渡った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

極夜に囚われたセリカ(作者:時空未知)(原作:ブルーアーカイブ)

酷く長く、夢を見ていた。▼深く、深く。暗く、暗く。どろりと濁った悪夢。▼何度狂ったか、何度壊れたかわからない。▼かつての記憶は血煙の内に霞み、代わりに[何か]の啓蒙が精神を侵した。▼あの日の選択を後悔しなかった日はない。▼バイト帰りに見つけた不思議と霧の立ち込めた暗闇の裏路地。▼あの場所に何故か惹かれて入って、そこで[何か]に見初められた。▼先輩たちの言うに…


総合評価:6364/評価:8.8/連載:73話/更新日時:2025年06月25日(水) 00:00 小説情報

見たまえ!青ざめた血のアーカイブだ!(作者:めろんムーン)(原作:ブルーアーカイブ)

n番煎じ。なんか唐突に【ビルゲンワース啓蒙学院】とかいうパワーワードを脳に授けられたので初投稿です。▼小説漁りとは、感心しないな……▼だが、分かるよ…▼創作は難しいものだ……だからこそ、高評価と感想が必要なのさ……▼愚かな語彙力を、忘れるようなね……▼3章のみブルアカではなくBloodborneメインです▼序章:ヤーナム自治区編 完結▼1章:エデン条約編『補…


総合評価:17462/評価:9.01/連載:97話/更新日時:2026年05月09日(土) 10:38 小説情報

神秘狩りの夜(作者:猫又提督)(原作:ブルーアーカイブ)

獣狩りは終わり、狩人は眠りにつく。そしてまた獣狩りのために目覚める。繰り返すはずの夜はある時、道を外れ、狩人を未知の場所へ導いた。そこに獣はおらず、代わりに神秘が溢れる場所だった。▼本作品はBloodborneの幼年期の始まりとブルーアーカイブのエデン条約編4章以降のネタバレが含まれますのでご注意ください。▼また時系列は大方ブルアカ本編に寄りますが一部オリジ…


総合評価:2528/評価:8.15/連載:42話/更新日時:2026年04月18日(土) 23:19 小説情報

透き通るような世界観にいちゃいけないタイプのクリーチャーに成ったけど今日も元気に擬態する(作者:食卓の英雄)(原作:ブルーアーカイブ)

バイオとかに出てきそうなクリーチャーみたいな姿になったやつが、擬態しながら透き通るような世界観で暮らす話。▼尚本人の肉体は透き通るどころか真っ黒な模様。▼ブルアカ二次は生徒や先生ものが多く、「人外転生モノねぇやん!」となったから書いた。ちょっと後悔してる。▼《追記》▼リアンのファンアートをいただきました!めっちゃ嬉しいです!▼知印 様▼【挿絵表示】▼青菜の権…


総合評価:36554/評価:9.04/連載:67話/更新日時:2025年10月26日(日) 01:00 小説情報

透き通る世界で、月の香りがした。(作者:エヴォルヴ)(原作:ブルーアーカイブ)

 ゲヘナ学園の生徒とも関わりを持つ月見アラヤという少女は、トリニティの中でも有数の異端者であった。何を考えているのか分からない得体の知れなさや、凡人には理解できぬほどの高次元的思考から発される言葉の数々に、誰もが困惑し、恐怖し、目の上のたんこぶや腫れ物のように扱った。▼ だからだろうか。月見アラヤという少女を恐れた権謀策略を巡らせる生徒の手引きにより、殺され…


総合評価:7927/評価:8.33/連載:32話/更新日時:2025年04月29日(火) 22:34 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>