神狩りの炎、その根源
辺りはシンと静まっている。
目の前では、名前も知らぬ誰かが倒れ伏している。
その要因を作り出したのは、他ならぬ自分自身。
[私は言ったぞ。これに宿っているものは[死]だと]
……声の主は初めから言っていた。
これに宿っているものは、死であると。
ならば今、起こっている現象は。
自分が引き金を引いたことで、目の前のその人は……
違う。
心の別の場所が、叫びにも似た声を上げる。
ヘイローはまだ壊れていない。声の主も殺しきれなかったと言っていた、だから……!
「お、前……」
その時、声が聞こえてきた。
ソラの視線が、その声を発した人物に自然と向けられる。
それは、アズサにアサルトライフルを突きつけていた人。
他の少女らが、未だ目の前の異常な光景のもたらした衝撃から立ち直れていない中、彼女だけが、未だ拳銃を構えたまま固まっているソラへと視線を向けていた。
先程まで冷徹一色で塗りつぶされていた、その瞳に宿るのは……
「何を、した?」
剝き出しの、憎悪。
そして、殺気。
ソラが感じたこともなかった、昏い感情。
「ひぅっ……!?」
……混乱するソラが溢したのは、どうしようもなく怯えた、小さな悲鳴だった。
ほとんど反射的にソラは身をひるがえすと、暗闇が支配する廊下へと一目散に駆け出す。
逃げる、逃げる、逃げる、逃げる。
今という状況から。
自分が行ったことの結果から。
向けられた憎悪から。
訳も分からぬまま、恐怖に突き動かされるままに脚を動かす。
「待て!!」
「ちょっとリーダー、危険すぎる!
……っ、姫。アズサの拘束と負傷した隊員の介護を……」
背後から足音が迫ってくる。
他の誰かが何か声を上げている。
けれど、その一切を振り払うように。
ソラは暗闇の中で幾度か壁に衝突しつつも、往く先にあった小部屋の中に転がり込んだ。
「はぁ、はぁっぅ、ぅうっ」
迫る足音を前にソラは、擦り切れた吐息を溢す口元を、喉の奥から今にも溢れ出しそうなものを必死に抑えこむ。
「どこにいる!」
………
……足音は過ぎ去っていった。
相手の方が確実に戦闘には手馴れているのだろうが、
流石に暗闇の中で視界外に逃げ込んだ小柄な人影は追いきれなかったらしい。
「ぷはっ、はぁ……はぁ……」
一時のものとは言え、迫る圧力から解放されたソラ。
口元から手を放し、目いっぱい肺に酸素を送り込む。
……けれどその息は、すぐにつっかえた様に停止する。
「はぁ、はっ、ぁ、あ」
心臓が滅茶苦茶な鼓動を刻む。
暑くもなんともないはずなのに、ダラダラと汗が溢れ出す。喉が干上がる。
脳裏にフラッシュバックする光景。
不吉な炎に包まれ、絶叫を伴って倒れ伏す誰か。
それっきり、ピクリとも動かない無機質なモノになり果てる。
人が、死んだ。
……事実がいかなるものであろうと、ソラの脳裏に刻まれたのは、ただその一言。
引き金を引いたのは自分自身。
間違いなく、自分がその引き金を引いたのだ。
「ぁ、ぁあ、わた、私……!?」
……人を、殺した。
人を、殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。
人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺
[何故恐れるのだ]
「ぅえ……?」
その時、ソラの思考を咎めるように、割り込むように。
声の主が告げる。
その人は言った、何故恐れるのだと。
「お守り、さん?」
その言葉に、ソラは途切れ途切れの疑問を返す。
訳が分からなかった。
自分は人を殺したのだ。
だというのに、声の主は何事もなかったかのように振る舞う。
責めることなく、かと言って慰めることもなく。
ただ、良くある風景であるかのように……
[ソラ、あれは敵だ]
「……て、き……?」
告げられた言葉を、少女はゆるゆると反芻する。
敵……敵って、なんだっけ?
敵は……悪い、もの?
[ああそうだ、敵だ。お前の手からグラングを奪い去ろうとする憎き敵だ]
朧げな思考の中、タリスマンから聞こえる声が滑り込む。
敵……古聖堂を壊した人。トリニティを滅茶苦茶にした人。
グラングを、攫った人。きっと、酷いことをしようとしてる人。
……でも、
「で、でも……!」
しかして、ソラは反論を口にする。
理性ではない。感情とも少し違う。
人を殺したという事実。人を殺したという禁忌。
それからもたらされる、自らに課せられたストッパー。
撃たないと、グラングが助けられない。
でも撃ったら。撃って、しまったら……
でも、いや、こんなことでは……
足音。
「!?」
押し殺したそれ。
その音がソラの耳に辛うじて届いたのは、本当に偶然だった。
けれどそれは、混乱するソラの思考を更なる混沌へと落とし込む。
戻ってきている。
居場所がバレた?
その足音が鳴りやんでいた心臓の鳴動を、再び狂ったように打ち鳴らし始める。
理性が融けてゆく。手が震える。どろりとした汗が伝う。
……明らかに正気でない少女。
その脳裏に、声は滑り込む。
何処か、優しい声色で。しかし、憐れむように。
[……足音だ。敵が来るぞ]
敵、敵が来る。
初めの一言に、ただ、そうとだけ伝える。
その印象を、植え付ける。
……それは、ある種のマインドコントロール。
声の主が持っていた、持たざるを得なかった、[声]で人を動かす術。
少女が、願いを達するための原動力を与える為。
その過程で、少女が壊れ
ある種の、
[敵ならば、下せ。須らく撃ち滅ぼせ。大切なものを守りたくば、覚悟を決めろ……ソラ]
「……っぁ」
……ソラが辛うじて返したのは、息の詰まる、苦し気な呻き声。
しかし、嘔吐くようなそれとは反対に、
少女の手は、その内にある新品の黒いストックを、押しつぶしてしまいそうなほどに握り締める。
敵。
そう、敵だから。
敵なんだったら。
……しょうが、ない。よね?
震える四肢に力を籠める。立ち上がる。祈祷を発動。振り返る。
そして……
「?」
からりと音が鳴った。
不可解な音に過る疑問符。
暗闇の中、硬質な音を立てて転がった拳大の物。
それは……
炸裂
「がはっ!?」
手榴弾、その中でも狭範囲の目標を攻撃することに特化したもの。
コンクリートで囲われた室内で跳ねまわる爆風が、ソラの小柄な身体を嬲った。
身体が吹き飛ばされる。
全身が押し潰されるような感触に襲われる。
飛び散る破片が肌を裂く。
余波で少なからず損傷したコンクリートの壁に叩きつけられたソラの身体が、力なく投げ出される。
いくらキヴォトスの人間とは言え、至近距離、それも狭所で炸裂した手榴をもろに喰らって、全くの無事でいる者はそういない。
「終わりだ……!」
ダメ押しと言わんばかりに、手榴弾を室内に投げ込んだ人物……サオリがアサルトライフルを構えて踏み込んでくる。
ソラが持っている武器の都合上、迂闊な踏み込みは死を意味する。
故に、相手が逃げ込んだらしい場所に対し、サオリは虱潰しに手榴弾を投げ込むことに決めたのだが……その一回目で、手ごたえがあったのは、彼女にとっては僥倖だろう。
部屋の壁に打ち付けられた人影に向けて、銃口を向ける。
仮に、既に意識を失っていようが関係ない。
確実な無力化を……
「ぅ、ぁあぁぁああっ!?」
悲鳴、撃鉄
「っ、ちぃ!?」
碌な狙いもつけず放たれた3発の弾丸。
しかし暗闇の中で容易に判別できるほど煌々と輝く真紅と黒の炎を纏い殺到するそれらを前に、サオリは咄嗟に身を翻す。
……ソラは意識を失っていなかった。
辛うじて保ったそれを総動員して腕を動かし、引き金を引く。
それが為せたのは偏に、嫌に冷静になった頭が判断し、事前に発動していた[獣の生命]の回復効果故か、それとも強迫観念に近い執念と妄執が自身に膝をつくことを許さなかったが故か……
「まって、待て……!!」
今度こそ立ち上がったソラは部屋の外へと飛び出すと、通路の向こうへと銃口を向ける。
……けれど既に、黒い髪をなびかせたマスク姿はどこにもなかった。
「……かく、れた?」
[そうだな。やつら、余程死が恐ろしいと見える。人殺しを自称しておきながら、他愛もない]
ぼんやりと。
頭に浮かんだ言葉を、かすれ声としてそのまま出力するソラ。
そんな彼女に、声の主は同調し、嗤う。
けれどそれも一瞬の事。その調子は直ぐに至極真面目なものへと戻った。
[死角は可能な限り私が見る。お前は言われた方向に銃口を向けるだけでもいい、それで十分な脅しになる]
「……っ、」
返事は、うまく返すことができなかった。
その代わり、ゆるゆると緩慢にソラは頷くと、マガジンそのものを取り替える。
……銃の最大装填数は5発。
一番初めの銃撃と合わせ、今床に落としたマガジンに1発は残っている計算だが、取り外したそれに一発一発弾丸を装填するだけの平静を、少女は持ち合わせていなかった。
グラングを、助けなきゃ。
敵の人、どうにかしなきゃ。
ソラの脳裏に占めるのは、そればかり。
その思考に突き動かされるように、彼女は駆け出す。
それに対し敵が、アリウスが選択した戦術は……
……伏撃。
[右だ]
「っ!!」
咄嗟に身体を捻る。銃口を向ける。
暗く、表情自体ガスマスクに隠れて見えないが、敵の驚くような仕草。先手を取った。
高まる緊張で箍が外れた故に、普段身体能力が高いとは言えない彼女でもそれが可能になる。
とはいえ、ソラはそもそも射撃自体が余り得意ではないこと、こればかりはどうにもならない。放たれた死を纏った弾丸は周囲を照らしながら、しかし相手からは逸れて飛跳する。
……声の主の言葉通り、恐れる敵を通路の奥まで退避させるには十分だったが。
[次左。間髪入れずに正面から来るぞ]
その声の主から、次の報告が飛んでくる。
どうやら敵は波状攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。
加速する思考。
ほとんど無意識のうちに、ソラは聖印に祈りの言葉を紡いでいた。
「影よ……!!」
影送り。
投下された靄が発動車より一回り大きい人影を生むと同時、ソラはその場にしゃがみ込
む。
ほとんど間髪入れず、頭上をクロスファイアが通過する。
「嘘、光学デコイなの!?」
「やぁぁあああっ!!?」
気迫、というにはあまりにも悲鳴染みた声と共に、ソラは引き金を引く。
正面に二発、左方向に一発。
……と、一応向けはしたものの、実態はほとんど乱射のそれ。
敵を過剰に逃げさせることには成功するも、やはり当たらない。
「外、した……!」
そのことに呻きつつも、ソラはその隙をついてまた移動する。
銃弾がまた切れかけだ。どこかで一度隠れて、リロードを……
[後ろ、来るぞ!]
「!?」
警告。
それに突き動かされるようにソラが振り返ったときには、既に敵は得物の引き金を引いていた。
「攻撃する」
「きゃあっ!?」
ロケットの射出音。
至近距離を掠める風圧、次いで背後で爆発が起こる。
衝撃波に煽られて床に俯せになりながらも顔を上げるソラ。
何か燃えているのか背後で火の手が上がる中、それが発するオレンジ色の光の中に、彼女は敵を見た。
黒いマスクをつけ、ロケットランチャーを担いだ少女。
直撃すれば生徒一人の意識など、容易く刈り取る重火器。
しかし代償として連射は効かず、取り回しも難しい。
そして同時に、ソラの意識は爆風に煽られただけで、健在。
だから彼女は、相手が他の仲間と同じにどこかに隠れると思った。
死の弾丸が届かぬ場所へ、行って
……が、
「!?」
相手はロケットランチャーの銃身を盾にするように正面へ構えると、懐から取り出したサイドアームの拳銃を構え、距離を詰めてきたのだ。
[相打つつもりか?]
「なん、で……っ!?」
声の主は、疑問符を溢す。
それはソラも同じ。けれど彼女のそれは、悲痛な色が込められていた。
拳銃が速射される。
狙いの正確なそれは、ソラの身体を的確に打ち据える。
しかし意識を奪うには到底至らない。けれど敵は尚も接近してくる。
……あぁ、囮のつもりなら、確かに最適な選択だろう。
ソラはその行動を無視できない。
CQCなどできるはずもない彼女がそれを止めるには、[死]の弾丸、現在込められた最後の一発を使うしかない。
その間に他の所から攻撃されればソラはひとたまりもないだろう。
けれど、目の前の少女はどうなる?
ソラの銃弾は、身体に触れればその時点で命を灼き尽くす炎が燃え上がる。
ロケットランチャー当たれば流石に防がれるだろうが、果たして本当にそれが盾機能を果たすかと言われれば、そんなわけがないと言い切れる程度のカバー範囲。
死を恐れぬ吶喊と言うには、あまりにも無防備で……
死にに来ている。
確信に近い直感がソラの脳裏を駆け抜けた。
それと同時、心の奥底から感情が膨れ上がる。
こっちがどんな気持ちで戦ってるか、そんなことも知らないで……!
拳銃を構える。
この距離ならソラとてロケットランチャーに隠れていない場所を撃ち抜くことなど容易い。
それに相手は、避ける気もないのだろう。
「出て、くるから、そんなんだから死んじゃうんだ……!!」
怒りの発露。
その激情に任せてソラは引き金に手をかける。
そっちがその気なら、殺してやる。死にたいのなら、そう言えば……!
「ミサキ!!」
「ちょ、リーダー!?」
寸前。
誰かの叫びが聞こえた。
それと同時、側方の通路から伸びてきた腕が、黒いマスクの少女の腕をつかむ。
そしてそのまま、少女の驚愕を前にして有無を言わさず、物陰の中に引き込んだ。
助け、られた?
撃つべき目標がいなくなり、今にも引き金を引こうとしていたソラの手から力が抜ける。
……だが、状況は待ってくれない。
[右後ろ]
「!?」
声の主の警告。
それに導かれ、跳ね起きながらその方向へ銃口を向ける。撃鉄。
撃ちだされる真紅の弾丸を前に、攻撃を仕掛けようとしていた他の誰かが慌てて身体を引っ込める。
……サプレッサーを付けてきたのが功を奏した。
そのまま銃弾が残っているかのように振る舞えば、相手は銃声が極限まで押し殺された死の弾丸を恐れて出てこようとしない。
ソラはそのまま、再び前進を開始した。
「はぁはぁはぁはぁっ……!!」
息が切れる。
思い出したかのように、身体が震えだす。
ジグザグに、遠回りしながらグラングの居場所へ向かっているが、背後で聞こえる足音は永遠とついてくる。
[一度身を潜めて息を整えろ。隠れてしまっては相手も強く出てこれまい]
タリスマンからの声。
敵の方向を示すのとはまた違う指示。
しかしその意味をまともに考えることもできず。
ただその言葉に忠実に沿って、ソラはまた、手ごろな部屋の中へと逃げ込んだ。
「……はぁ、ふぅ、う、はぅ」
座り込む。
リロードする。
獣の生命をかけ直す。
息を整えようとする。
整わない。
「ぁ、ぁ……くぁ……」
「くそっ、また隠れた……!」
そうしている間に、相手も追いついてきたらしい。
同時に、またこちらを見失ったようだが。
先程のように手榴弾を投げ込まれても嫌だ。
今度は入り口近くに待機しておいた方がいいだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていると、一番初めの足音の元に、後から来たもう一つが合流した。
「リーダー」
「ミサキ……いや、先程の話は後だ。要件は?」
……どうやら、サオリとミサキ……先程の黒マスクの会話らしい。
様々な感情が織り交ざった声色で、サオリはその名を呼ぶ。
けれどすぐにそれを振り払うと、改めて短く問いかけた。
「さっき敵に接近した時に確認したんだけど、たぶん相手はトリニティ自地区の人間。エンジェル24の制服を着てたけど、間違いないと思う」
「……ほう」
ミサキからの報告に、サオリは興味深そうに相槌を打つ。
確かに、ソラはトリニティ自治区の生徒である。
でも、トリニティの出身だからといって何かあるのだろうか……?
……しかし、何故だろう。不吉な予感がする。
妙に落ち着かず、ゆっくりと立ち上がるソラ。
そんな彼女が聞いているとも知らず、ミサキは提案を告げた。
「だから、ユスティナが使える筈」
「……了解した。助かる」
「ユス、ティナ……?」
ユスティナ。
聞いたことは……いや、ある。
丁度古聖堂でエデン条約の雑用のアルバイトをしていた時、シスターフッドの人から少し聞いた。歴史の授業でも耳にしたような気がする。
昔、トリニティの戒律を守護していた組織、ユスティナ聖徒会。今はもう存在しないそれ。
何故、その名が今……
揺らめく
「!?」
青白い人影、砕けたヘイロー。
突如、何の前触れもなく部屋の入口付近へと姿を現す。
それは正しく、グラングに抱えられて古聖堂を脱出する時、こちらを追撃してきた幽霊の姿だった。
生者からは感じられぬ異容、暗闇でぼんやりと光る身体。
そして、あの時襲いかかってきた時の恐怖が、ソラの身体を竦ませる。
[何だ、死に生きるものの類か。この目で見るのは初めてだな]
声の主は、この超常を目にしても慌てるような様子は一切ない。しかし、ソラの方はそうもいかない。
カタッ
恐怖を前に思わず後退った拍子、瓦礫を足が踏み抜いた。
別方向を向いていた幽霊の顔がぐるりとソラの方向へと向けられる。
ガスマスクの無機質が、少女へと向けられる。
……!
[撃つがいい。それで十分だ]
「こ、こないで!!」
声の主がそう告げるのと、迫る恐怖を前にソラが叫んだのはほとんど同時だった。
撃鉄
[死]の炎を纏った弾丸が飛跳する。
闇を裂いて飛ぶそれは、アサルトライフルをゆるりと向けようとしているそれの胴体を、容赦なく穿った。
炎が一瞬で燃え広がる。
幽霊の蒼白を灼いてゆく。
[……今度はしっかりと乗せれたな。そう幾度も同じ失態は犯さぬとも]
「……ぁ」
幽霊は悶えることも、金切り声を上げることもなかった。
ただ操り人形の糸が切れた様に膝をつく。
ユスティナの頭上に浮かんでいた半ば砕けた光輪が、粉微塵に砕け散る。
炎に巻かれたユスティナのヘイローが砕け、身体が崩壊……消失ではなく、崩壊という末路をたどってゆく。
気が付いたときには、そこに人影がいたという痕跡は残っていなかった。
……殺した。今度こそ、誰かを殺した。
でも……
「幽霊、なら、人じゃないんだ……人じゃ、ないんだ……!!!」
自分でも意識せぬうちに、そんな言葉が零れていた。
そう、相手は生身の人間ではない。
グラングも、声の主も言っている、死に生きる者。
いくら殺そうと怒りに震える人も、悲嘆に暮れる人もいない、そんな存在だ。
……それに。
日中で明確に敵対し、攻撃してきたという覚えがあるのは、あの人たちじゃなくて、幽霊達の方だから。
[動くといい、位置が割れている]
警告。
先程思わず叫んでしまったが故、当然のことだろう。
耳をすませば、こちらに向けて移動する無数の足音が聞こえてくる。
……完全に、周囲を固められる前に。
ソラは無理矢理に動悸を抑え込むと、部屋の中から飛び出した。
その視界に映るのは……
[正面に亡霊3、側面から生身のが待ち伏せてるぞ]
「こ、のっ!!」
3連射。
一切の躊躇なく放たれた致死の攻撃。
その結果として、正面に展開していたユスティナ信徒は引き金を一度も弾くことなく炎に包まれ、あっという間に灼け落ちた。
「っ!?聖徒会を、殺した……のかっ!?」
……それは、相手にとって予想不可能な事柄であったらしい。
声の主が示した側面の通路から、動揺を如実に表す声が聞こえてくる。
ソラはその間にその正面まで移動すると銃口を向けた。
真紅が弾ける
「っ!?」
咄嗟に、いっそ大仰なほどに、相手は物陰へと退避した。
……疾駆する弾丸があらぬ方へ逸れてゆくことに、冷静なら気がつけたかもしれないが。
目の前の異常に動揺していた敵に、その判断は難しいものであったらしい。
ソラは、その隙にまた移動する。
今度こそ空になったマガジンを交換することも忘れない。
程なくして、少し広めの通路に出た。
記憶が正しければ、ここから少し進めばグラングが囚われている部屋が合った筈。
「……ぁと、少し」
ソラは誰にも聞こえぬほどの声量で、小さく呟く。
そう、あと少し。
そうすれば、そうすれば。グラングを助けられて、それで……!
[っ、伏せろ!!]
声。
今までにないほど鋭い、タリスマンからの警告。
その圧力に弾かれるようにして、反射的にソラは身を低く屈めていた。
瞬間
轟音
鼓膜を揺さぶり、周囲を震わせるほどの衝撃。
拳銃はおろか、アサルトライフルなどとも比べ物にならぬ大口径弾を放つ銃声が、廊下に吹き荒れた。
しかして放たれたそれは、少女の頭上を掠め、通過する。
「あ、当たらないんですか!?」
背後で驚愕の声が上がる。
ソラの脳裏を過るのは、あの時部屋の中にいた敵の一人。
背中に大きなリュックサックを背負って対物ライフルを抱えた少女。
……
待ち構えていたのだろう。ソラがここに来るまでずっと、ずっと。
そうして放たれた弾丸。直撃すれば、それだけでソラの意識を刈り取る一撃。
けれど、外れた。
そうなれば、狙撃手は敵の反撃を受けぬよう逃げるしかない。
……自分が知るのは、相手は背後にいることだけ。詳しい位置はわからない。
だから、早く、早く……!
[背後の右下、瓦礫の奥]
……冷静に、いっそ冷徹に。
声の主は解答を告げた。
振り返る。
背後の右下、瓦礫の奥。
起き上がり、身を翻そうとする影を見つけた。
遅い。
……いや、普通の狙撃手と比べれば途轍もなく素早いのだろうが。
それでも軽装である他の敵と比べると、どうしようもなく遅い。
「ヒヨリ、早く逃げろ!!」
銃口を向ける、狙いを澄ます。
誰かの叫びが聞こえた気がした。
そうだ、早く逃げて、逃げてしまえ。
狙いが付いた。もう逃げられない。
「ぁ、」
引き金を引き絞る。
暗闇の中、相手が一瞬こちらに視線を向けた気がした。
気弱そうな顔立ち。
そこに浮かぶ、どうしようもない恐怖。
「ああうぁあああああっ!?!!!?」
……こぼれ出たのは、誰の悲鳴だったのだろうか。
くぐもった、銃声。
放たれたのは2発。
疾駆する真紅の弾丸は自分でも驚くほど正確に相手の背に迫り、リュックサックに弾痕を作り、吸い込まれた。
相手の身体が燃え上がることはなかった。
けれど着弾の瞬間、その身体が倒れ伏す。
それっきり、動かなくなった。
……
「あ、ぁ、あは、あははっ」
何故だか、笑いが込み上げてきた。
動かなければいけないのに、その場にぺたりと座り込む。
他の相手も近くにいるだろうに。
何故だか銃撃は飛んでこない。
辺りは静寂に包まれ、その中で少女の笑い声だけが響いている。
「……ヒヨリ、ヒヨリっ!?」
声が聞こえた。
多分、サオリとか呼ばれていた人の声だ。
必死な声、案じる声、悲痛な色を帯びたそれ。
その声色に、無性に……苛立ちを覚えた。
「……なんて声、出してるんですか?」
気が付けば、ソラは暗闇に向けてそう声を発していた。
再び辺りがシンと静まり返る。
少女は言葉を続ける。
止めようとしても、あとからあとから震える言葉があふれてくる。
「トリニティを滅茶苦茶にしたの、そっちじゃないですか。グラングを攫ったのも、そっちじゃないですか。私、瓦礫に埋まって、死にかけたんですよ……?グラングが助けてくれなきゃ、死んでたんですよ?」
そうだ。
相手が、相手の方から攻撃してきたのに。
なんでそんな声を出している、なんでそんな、悲しい声を発している。
殺されかけたのに、グラングを傷つけたのに。
なんで、なんで自分が、こんな気持ちにならなければならない。
なんで、今にも発狂してしまいそうな感情を抱えなければならない。
「だったら、わ、私の攻撃に誰か当たって、それで、死んじゃっても、恨みっこなしですよね、そう、ですよね……っ!!?」
「お前……!!」
……あぁ、まただ。
ソラは心内で呟く。
あの憎悪に塗れた視線の声が、聞こえてくる。
きっと程なくしてこちらに襲い掛かってくるだろう。
それこそ、今度こそこちらを殺さんばかりの勢いで。
声の方向から、隠れている位置はだいたい見当がついている。
後はそこに、銃口を事前に向けておけば……
足音
……次のは、意外と早かったな。
そんな言葉が脳裏を……
「リーダー冷静に!弾は全部リュックに吸われてる。
ヒヨリの奴、ショックで失神しただけみたい!!」
「え……?」
「……!!」
声が響く。
ミサキ、と呼ばれていた少女の声だ。
今にも考えなしに突っ込もうとするリーダーを何とか留める為の、必死な声。
ソラが視線を向けると、いつの間にか倒れ伏していたリュックサックを背負った人影は消えていた。
……殺して、いなかった。
「……驚かせないで、くださいよ。は、ははっ」
再び、笑いが零れた。
誰も殺せていなかったのに。
そう思うと、先程の出来事が、やり取りが、酷く滑稽なもののように、ソラには映った。
[……ソラ、グラングの位置まで近い。早く移動するといい]
声の主の言葉。
……そうだ。グラングを、助けなければ。
「は……ぃ」
ゆるゆると、緩慢な動作で。
ソラはその場から立ち上がる。
隙だらけの動作だったが、攻撃してくる者は誰もいない。
「っ、待て!」
背後から、そんな声が聞こえてくる。
……立ち止まるわけがなかった。