小さな天使と抜け身の剣   作:時空未知

20 / 20

恐れよ













黒き剣(1)

 

 

進む、進む……進み続ける。

 

 

立ち塞がる幽霊を灼き尽くしながら。

生身の相手は全員後方へ置き去りになっているのか、攻撃の気配はない。

死を手にしている今、最早、ソラの目の前には障壁はないに等しかった。

……その時、

 

「……!」

 

幾度目かの暗闇を曲がった先、零れる光が見えた。

周囲の地形にも見覚えがある。

間違いない、グラングが囚われている部屋まで戻ってきたのだ。

後はグラングとアズサを救出し、逃げ出すだけ。

アズサの方には意識があった。きっと、きっと手伝ってくれるはず。

 

そうすれば、この、地獄のような場所から……!

 

それ抱くのはいつ振りか。

ほんの淡い、希望が心に浮かぶ。

ただ空気を取り入れるだけの窓と化していた口元が、ほんの少し上気する。

 

 

グラング________!

 

 

銃を構えることすら忘れて、ソラは光の中に駆け込んだ。

視界の中に飛び込んでくるのは、相変わらず眠ったままのグラング。

ソラに撃たれた少女は、何処かに退避させられたのか姿は見えない。

そして……

 

 

「……!?」

 

 

拘束されたアズサ。

その前に立つ、白いフード付きのコートとガスマスクで人相を覆い隠した何者か。

 

「なんで……っ!?」

 

最初に[死]を直撃した人以外は、全員攻撃に回っていたのではないのか?

感情がそう叫ぶ。

当たり前ではないか。人質に監視をつけることなど、負傷者の看護にあたる人を用意するなど。

理性がそれを否定する。

 

そんな、脳裏をぐちゃぐちゃとかき乱す乱雑な思考を余所に、ソラの腕は、握り締めた拳銃は、無意識のうちに敵へと向けられる。

声を発したからだろう。アズサも、そして白フードもこちらに気が付いた。

ガスマスクが、白いラインの刻まれた黒い無機質なそれが、少女へと向けられる。

……逡巡は、一瞬

 

 

「ソラっ!?」

 

 

顔を上げたアズサが驚愕と共に声を発すると同時、白フードが動いた。

反射的にソラは引き金を引く。

しかし、間違ってもアズサ達に弾丸が当たらぬよう、敵の上半身寄りに照準されたそれは、体勢を低くし、素早く吶喊する相手には当たらない。

炎の軌跡は空を切り、壁面に弾痕を残して消える。

返す刀、敵の装備するサブマシンガンの銃口がソラにピタリと向けられた。

 

「は、早っ……あぐっ!?]

 

マズルフラッシュ

 

連射される銃弾が、ソラの身体を的確に打ち据える。

アサルトライフルに比べて小口径とはいえ、通常の拳銃と比べた総合的な攻撃力は、サブマシンガンが圧倒的に勝る。

重点的に狙うのは顔部。人体の弱点を重点的に狙う攻撃を前に、ソラは思わず顔を背け、眼前を腕で庇った。

……生物としては、当然の反応。

しかしそれは、致命的な隙となる。

 

「________」

 

怯み、自らの視界を塞ぐ少女を前に、白フードは大きく回り込みながらその背を目指す。

致死の銃口の射線に身を晒さぬように。相手を確実に仕留めるために。

……だが、

 

 

[回り込まれている、背後を取らせるな]

「こ、のぉ!!」

 

 

超反応。

正にそう言って差し支えない理外の反応を、ソラは示した。

先程まで完全に……いや、今も怯みから立ち直り切れていないというのに、何か別のモノ(・・・・・・)に突き動かされるかように。

無理矢理背後目掛けて拳銃を持ったもう片方の腕を向けると、狙いを碌につけぬまま……そのはずなのに、白フードの少女がいる位置目がけて引き金を引く。

 

「_________!!」

 

弾ける真紅の炎。。

弾丸は敵を掠めるに留まるも、予想外の反撃を前に敵の動きが僅かに乱れる。

その隙に完全に振り返ったソラは、今度こそ相手目がけて照準を合わせた。

 

 

「ぃやぁあああぁあっ!!?」

 

 

トリガー

 

 

 

………………

 

 

 

「はぁ、ぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「_________   」

 

 

息を付く。

動悸は未だ、収まるそぶりを見せない。

自分の頭に押し付けられた、サブマシンガンの冷たい感触。

腕から伝わる、敵の身体に拳銃を押し付けたという感触。

僅かに膝をついたソラのことを、無機質なガスマスクが静かに見下ろしている。

 

……先程までの戦闘。

 

悲鳴を伴って放たれたソラの弾丸は、

しかして、またも敵に紙一重で回避された。

残弾は2発。

相手もわかっているのだろう。

今度こそ攻撃させぬよう、素早く彼我の距離を詰めると、その勢いのまま蹴りを放った。

ソラの身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。蹴りつけられた腹が鈍い痛みを発し、臓物の中身がせり上がってくる不快感と共に少女を襲う。

だが、ソラは。

それでも尚拳銃を取り落とすことも、構えた腕を地面に落とすこともなかった。

 

画して、両者は睨み合う。

状況は膠着……否、ソラが圧倒的な優位に立った。

 

ソラが視界にとらえた白いフードの少女は、

サブマシンガンをこちらに突きつけたまま動かない。

……いや、動けない。

少しでも妙な行動を起こせば、ソラは流石に(・・・)引き金を引く。

例え、始めに起こす行動が[ゼロ距離でサブマシンガンを発砲する]だったとて、今のソラならば相討ち以上の結果に確実に持ち込める。

少女の死、という結果を伴って。

 

「________」

 

けれど同時に、白いフードの少女は疑問を覚える。

何故、目の前のコンビニ店員の女の子は、引き金を引かないのだろうと。

急いでいるのに。引き金を引けばその瞬間、相討ち以上が確定するというのに……

 

 

「…………はぁ、ふぅ」

 

 

息を付く。

深く、深く、息を付く。

手の震えを必死で抑え込む。

サプレッサーの先端を、相手の胴体にギュウと押し付ける。

けれど……

 

[……何をしているのだ、ソラ]

 

ソラの脳裏で、声が響く。

言葉の続きはなかった。けれど、言わんとしていることはソラとて理解できる。

 

早く、引き金を引け(敵を討て)

 

語外にそう、言っているのだ。

ソラだって、そうしたい。

早く目の前の障害を排除して、グラングを助けなければならないのだから。

……しかし、成り行きとはいえ相手に拳銃を押し付けた瞬間、感じてしまった。

生きている感触。厚いコートと防弾チョッキ越し。けれどそれでも確かに感じる、呼吸する肉体の柔らかな感触を、感じてしまったのだ。

 

その瞬間、どうにかして考えないようにして、押し殺していた

一歩踏み出す(人を殺める)ことに対する恐怖が、再燃してしまったのだ。

フラッシュバックする光景。

誰かが人が発するとは思えない叫びをあげ、糸が切れた様に倒れ伏すその瞬間。

自分が引き金を引けば、もう一度その光景が再演されるかもしれない。

……いや、前の相手はまだ死んでいないと聞いた。

だから、今度はきっと、もっと酷くなる。

 

引き金を引かねば、状況は打開できない。

グラングを、救えない。

けれど、引き金を引いてしまえば……

 

迷い、迷い。惑う、惑う

 

 

…………

 

 

「は、は。この距離、なら……私でも、絶対に当てれます、よ?」

 

 

結局ソラにできたのは、目の前の少女に向けて呼びかけること。

それだけだった。

白いフードの少女は何も言わない。

ただ、迷ったようにほんの少し、首を傾げたようにも見えた。

両者の間に、少しばかりの沈黙が流れる

……と、

 

「____、_____、______」

「……?」

 

相手が不意に、銃を持っていない左手の方を動かした。

特に敵意があるようには見えなかった故に、ソラは引き金を引かなかった。

その手の動きは、何か法則性があるように見える。

手話、と言うのだったか。

だが、生憎ソラはそれを理解することはできない。

……ソラは、だが。

 

「……その銃は、なんだって、聞いてる」

「え?」

 

そう言ったのは、戦闘でソラと白フードの立ち位置が変わったが故、今はソラの背後にいるアズサだった。

思わず、背後へと振り返るソラ。

 

「!?ちょっと、前!」

[何をしているか馬鹿者!]

「へ、わぁあっ!!?」

 

次の瞬間、アズサと頭の中に響く声両方からの 責に近い言葉。

それを聞いて自分の失態に気が付いたソラは、慌てて正面へと正面へと視界を戻す。

けれど、相手はその隙をついて攻撃を仕掛けてくる、と言ったようなことはなかった。

……どうやら、純粋に会話がしたいだけらしい。

 

何故?

 

そんな疑問が脳裏を過る。

けれど、その疑問はすぐに消え、アズサが伝えてくれた相手の質問が脳裏に浮かび上がる。

 

……その銃は、何?、と。

 

「何、って……」

 

恐ろしいモノ。

 

まず浮かんだ印象は、それだった。

正確には、一時的に宿っている力……だが。

 

それを握る手が、震える。

 

グラングを助けるのに、必要な力。でも触れることすら恐ろしい、使いたくない力。

それでも、使わなければいけないのは……

……気が付いたときには、感情が驚くほど冷え込んでいた。

 

「……あなた達から、グラングを取り返すために準備したんです、よ」

 

自分でも驚くほど低い声が出た。

相手に僅かながら、動揺が走る。

背後でアズサが、息を呑むような声が聞こえた。

 

怖がっている、のだろうか?

 

そう思った瞬間、何故か笑みがこぼれた。

歪に歪んだ、狂気を孕んだ笑み。

 

「あは……怖い、ですよね?この銃が当たったら、みんな死んじゃうんです。さっきの、見ましたもんね……?」

 

そうだ、怖い、怖いはずだ。

誰だって死にたくない。

目と前が段々と暗くなって、それっきり。

そんな恐怖を味わうなんて、味合わせるなんて、どちらも一度きりで十分だ。

 

だから、早く、目の前からいなくなって。

諦めて……!

 

 

…………

 

 

「________」

「……どう、して」

 

 

しかし、ソラの願いとは裏腹に。相手は相変わらず目の前にいて、銃を突きつけている。

伝わってくる銃口の感触は、迷いでもしているのか揺れていると言うのに。

……ただ、立ち尽くしている。

 

「どうして、なんで、そんな……ぁれ?」

 

頬を何かが伝った。 

いつの間にか、目元が火照っているような感じがする。

……それに勘付くと、自らの頬を伝っているそれの数が、思いの外多いことにも気がついてしまった。

 

「あれ、れ?私、なんで、泣いて……?」

「……ソラ」

 

一体いつから、いつの間に涙を零していたのだろう。

直ぐに気が付ける事の筈なのに、ソラにとって、今はそれすら曖昧だった。

……目まぐるしく動き続ける情勢。そして、今という状況。

元より、このような異常事態に慣れているはずもない。

ソラの精神は、既に限界に達しようとしていた。

 

 

「……でも」

 

 

故に、ソラはそう口にする。

拳銃を握りしめる。

たった一つ残された精神の支柱に、縋り付く。

 

「でもこれがあれば、私でもグラングのこと、助けられるんです。邪魔する人は皆、殺し、て。グラングのこと、私が傷つけちゃった、から、助けなきゃ……だから、だから、だから……!」

 

だから、進まねばならない。

 

ある種の妄執、強迫観念。

それに押される様に、掛けた引き金に力が籠る。

背後から声が聞こえた気がした。相手が慌てて動こうとしているように見えた。

けれど、その全てを置き去りにして。聞こえないふりをして。

ソラは、目の前の障害を……

 

 

[……時間を浪費しすぎたな]

「……!!」

 

 

足音。

それと共に脳裏に響く、タリスマンの声。

引き金を引き絞る手の力が緩む。

視線が向けられる先は部屋の入り口。

殆ど間を置かぬ間に、そこから無数の人影が飛び込んできた。

 

「姫、無事か……っ!?」

 

真っ先に声を上げたのはサオリ。

しかしてその表情は、ソラに()を突きつけられた仲間の姿を前にして、驚愕に染まる。そしてそれは、他も同じ。

 

「あ、ひ、姫ちゃんが……!」

「……最悪の展開、だね」

 

目を覚ましたのだろう、気絶していたヒヨリ。

特攻をかけてきたミサキ、と……

それに加えて、未だ名も知らぬアリウスの生徒が1人。

もう1人いたはずだが、負傷者を連れて後退したのだろう。

 

けれど、ソラの意識の中から、彼女らの存在は完全に除外されていた。

少女の意識の大部分を占めているもの、言葉。

それは……

 

 

「姫……?」

 

 

飛び込んできた人達口にしていた言葉。

 

……姫、姫。

 

お姫様。

物語に出てくる人、ヒロイン。

突拍子もない言葉であった故に、変換に時間がかかる。

けれど、一つ確かなこと。

姫と言う、言葉は……

 

 

「この人、あなた達の大切な人……なんですか?」

 

 

気が付けば、ソラは呆然とそう口にしていた。

それを聞いたサオリの表情が、面白可笑しい程に分かりやすく変わる。

それが何を意味しているのか。

ソラとて、理解するには十分だった。

 

「あはっ、は。やっぱり、やっぱりそうなんですよね……!!」

「……何が言いたい」

 

怒気を押し殺した低い声での問いかけ。

ほんの少し前までのソラなら、それに悲鳴をこぼして竦み上がっていただろう。

しかし、今の彼女にそんな余裕はない。

ただひとしきり笑った後、かくりと表情を落とすと、告げる。

 

「交換、です。あなた達が攫おうとした人……グラングのこと、返してください」

[この場で取れる、最善手か]

 

……人質、というものだ。

求めることはただ一つ、グラングの身柄。

声の主も、この行動に異論はないらしい。

ソラは敵に見せつけるように拳銃をカチャリと鳴らす。

 

「……は、早くしてくれないと、ホントに、撃ちますよ?本気ですよ?私、嘘つくの下手なので」

「っ……!」

 

上擦った声。

けれど、先程の動作を含めて、相手への脅しには十分だったらしい。

一瞬の逡巡。けれどその末、サオリは銃口を地へ向けた。

 

「……わかった」

「……!」

 

うまくいった……!

 

そのことに泡立つ感情が表に出そうになることを、しかし必死に押し殺しながら。

ソラは言葉を続ける。

 

「だ、だったら、武器を床に降ろしてください。全員、です。姫さんも含めて」

「リーダー……!」

「……いい。このままだとどの道だ。今は奴の言う通りにしろ」

 

ミサキの言葉にサオリは首を振ると、周囲の隊員に目配せ。

少女らは少し迷うような反応を示すも、すぐにその場に武器を落とした。

カシャリ、と。硬質な音が無数に連鎖する。

……これで、万一の時も大きな反撃はあるまい。

 

「い、言っておきますけど……私には、見えない所を見る手段が、あります。見てないからって変な事しようとしたら……わかって、ますね」

 

そう一言釘を刺した後、ソラは深呼吸を挟む。

姫は、相変わらずこちらを静かに見下ろしている。

他の相手も、敵意だったり恐怖だったりでこちらを見てはいるが、動く様子はない。

 

……次

 

「じゃあ……そこの、人。リュックサックを背負った」

「ひぃっ!?」

 

ヒヨリ、と呼ばれていたか。

先程一度、殺しかけた人。

部屋に入ってからもずっと狼狽えたままの気弱そうな少女は、ソラに呼びかけられるだけで飛び上がらんばかりの悲鳴を上げた。

 

「わ、わた、私ですか!?もしかして人質交換ってことなんですかぁ?!」

「……いや、違いますけど」

 

余程慌てているのか、何か早とちりしているらしい。

ソラがその言葉を否定するも、彼女の言葉は止まらない。

 

「うわぁあああん!!や、やっぱり、この世界は苦しいことばっかりなんですね、辛いことばっかりなんですね!だから、私……

 

「うるさいっ!!」

 

うひぁあ!?」

 

……気が付けば、ソラはそう叫んでいた。

その怒声をもって、漸く相手の言葉は止まる。

 

うる、さい。

 

心の中でもう一度、そう呟く。

 

苦しいのも、辛いのも、全部お前たちのせいだ。

 

「……アズサさんの拘束、解いてください。今、すぐに」

「ひゃ、ひゃぃぃ……」

 

叫んだ拍子に取り落としそうになった拳銃を握り直しながら、ソラは指示を出す。

ヒヨリは今度こそ、こくこくと頷くと、ぱたぱたとソラの背後にいるアズサの元へと駆け寄った。

 

「余計なこと、しないでくださいね」

「……わかった、よ。うん」

 

今まさに拘束を解かれているであろうアズサに向けて、念のためそう呼びかける。

彼女が拘束を脱した瞬間に暴れた結果、万一……ということもあるかもしれない。

いずれにせよ、アズサの武器は部屋の反対側の隅に固められている。

そのことがわかっているためか、彼女も素直に応じてくれた。

 

その後しばらく、布ずれと誰かの呼吸音だけが部屋の中を満たす。

ソラにはそれが、途方もなく長いもののように感じられた。

 

その合間、他の敵から意識を外さぬ様にしつつも、ソラは視線をゆっくり動かす。

映り込むのは部屋の隅、目を閉じたままのグラング。

未だ目を覚ます様子はない。その長身は力無く、地に伏したまま。

 

……不吉な予感が、脳裏を過ぎる。

幾らキヴォトスの人間が頑丈とはいえ、限度はある。

過剰な攻撃に晒され続ければ、生命が存在できない場所に放り込まれれば、流石に死んでしまう。

 

そんな訳がない

 

脳裏の何処かが、そう叫ぶ。

けれど、一度覚えてしまった不安は、どんなに振り払おうとしても振り払えず、みるみる内に大きくなってゆく。

 

もしかすると、既に、グラングの命は……

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

動いた。

拘束されたままの腕が僅かに、けれど確かに動かされる。

ヘイローが灯る。

瞼が薄く、開かれて。

隠されていた金色の瞳が、ゆるりと少女の姿に焦点を合わせる。

 

 

「ソ、ラ?」

 

 

その口元が、ゆっくりと動いた。

 

 

「…………!!!」

 

 

瞬間、ソラの頭の中は完全に真っ白になってしまった。

その声を聞くことを、その瞳を再び見ることを、どれ程待ち望んでいたことか。

目元が熱を帯びるのを感じる。

自らも、彼女の名を口にする。

 

 

「グラン……[意識を逸らすなと言ったっ!!]」

 

 

声。

その怒声で、白んでいたソラの意識に現実の景色がが滑り込む。

 

「え?」

 

首を回す。

その視界一杯に広がっていたのは、銃口から身体を逸らしながら、

こちら目がけて手を伸ばす姫の姿。

その姿が、嫌に遅く感じられた。

 

失敗した。

 

今、ソラの脳裏に浮かんでいるのは、たったその一言。

 

失敗した、失敗した、失敗した、失敗した……!!!

 

「このっ!?」

 

反射的に腕を動かす、引き金を引く。

 

 

マズルフラッシュ

 

 

「っあ!!」

 

 

しかし、照準が姫の身体を捉えるより、相手の腕がソラの拳銃に届く方が早かった。

ぐん、と。力任せに腕ごと天井に向けられた銃口が、死の炎を纏った弾丸を吐き出す。

しかしてそれは、天井に弾痕を形作るに留まる。

 

外された……!

 

そう思考する間もなく、姫の脚がソラの胴体めがけて勢い良く振り抜かれた。

 

「あぐぁっ!!?」

 

直撃。

苦悶の声を残して、少女の小柄な体躯が一息に吹き飛ぶ。

それは部屋の壁に叩きつけられ、床に転がった。

 

「    !!」

 

誰かの叫びが聞こえた気がした。

けれど、蹴り飛ばされた衝撃と激痛でキィンとなった耳では、それを聞き届けることは叶わない。

 

「かふっ、げほっ……ぅぐ」

[早く立て!間違っても歯向かおうなどと考えるな、何とかしてここから一度……]

 

嘔吐きが収まらない。

声の主が何か呼びかけているのが聞こえる。

その声に押されるように、ソラは迫る無数の足音に向けて立ち上がる。

 

銃弾は、後一発残っている。

それで再び膠着に持ち込むことさえできれば、まだ、勝機はある……!

 

反射的に閉じてしまった瞼をソラはどうにか開くと、拳銃を握り締め……

 

 

[ダメだ!]

「……れ?」

 

 

はたと、気がつく。

手に持っていたはずの拳銃がどこにもない。

実力でも、人数でも、遥かに勝る敵に対抗するための手段がどこにもない。

先程の衝撃で取り落とした?

だとしたら何処に……

 

 

「探し物はこれか?」

 

 

冷え込んだ声が降る。

それと同時、地に伏したままの頭に銃口が押し付けられた。

 

「想定外に想定外が重なった。そこのグラングと言うも、お前も。

だからそれぞれ、相応の対処をするとしよう。

お前の友人は予定通りに。そしてお前は、ここで殺す」

「ぇ、あ……?」

 

視線を上げる。

見覚えのある、真新しい銃身。

それを手に握るのはソラではない。

口元のみを覆うマスクを装備した長身……サオリ。

 

「……何、人殺しの予定に一人加わっただけだ。最適な道具も手に入れた」

 

ソラを見下ろす薄い青い瞳に宿るのは、

冷酷、憎悪……そして、僅かばかりの憐み、だろうか。

 

……あぁ。

 

その光景を見て、ようやく理解する。

最後、無意識の内にソラの表情にうっすらと浮かんだのは、諦め。

 

 

私じゃ結局、ダメだったんだ。

 

 

「終わりだ」

 

 

トリガー

 

 

頭を鋭い衝撃が揺らす。

当に限界を迎えていた身体が、精神が、その一撃をもって暗黒の中に落ちてゆく。

声の主が、意識をなんとか呼び覚まそうと必死に呼びかけているのが薄らぼんやりと聞こえてくる。

けれどもう、動けない。

力を失った身体が崩れ落ちる。

 

最後。

今にも暗闇に閉ざされようとしている視界に写ったのは、

呆然とこちらを見つめる、グラングの姿だった。

 

 

……逃げて。と、言ってくれたのに。

無事ていて。と、言ってくれたのに。

 

我儘で。

助けられなくて。

 

 

 

「……ごめんね、グラング」

 

 

 

…………………

 

  

 

…………

 

 

 

…………

 

 

 

 

……

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________________

 

 

今度こそ倒れ伏した少女。

消失するヘイロー。

その原因となる弾丸を放ったサオリは、しかし疑問の表情を浮かべる。

 

「……何故だ?」

 

銃口から吐き出された銃弾はあの不吉な炎を纏うことはなく、

同時に相手の身体を命を燃料にして灼き尽くすこともない。

あの時とは違い、防弾装備はもちろん服の一枚すら介していない直撃であったというのに。

 

……自分が知らない、条件がある?

 

そんな予測が思い浮かんだ、その時。

 

 

「サオリぃいいいいいい!!!」

「っ、アズサかっ!?」

 

 

絶叫が聞こえると同時、白い人影が脇腹目がけて体当たりを繰り出してきた。

……アズサだ。

どうやら、ヒヨリは律義に拘束を解いてしまっていたらしい。

しかし武器の一切は取り上げられたままだというのに、なりふり構わずこちらに襲い掛かってくる。

先程撃った少女は、友達だったのか。

 

……無駄なことを。

 

その言葉と共に、サオリの思考は一瞬にして冷え込む。

 

そうだ、これの処遇も考えなければ。

幸い、理性は忘れ去ってしまったらしい。再び拘束するも容易いだろう。

そして、先程襲撃してきた中学生程の少女。

致死の弾丸の発生要因がわからない以上、ここで確実に始末(・・)しておいた方がいいだろう。

時間はかかってしまうが、それをするだけの価値は……

 

 

 

 

パキンッ

 

 

 

 

甲高い音

 

 

硬質な何かが、粉微塵に砕け散る音。

それが部屋一帯に、響き渡る。

 

「!?」

 

聞こえるはずのない異音を前に、

反射的にサオリは……いや、アズサまでも、その方向へと視線を向ける。

背筋が凍るような、恐ろしい気配がする。

 

……少女たちの視線の中心。

そこに、それはいた。

 

 

「奪った、な」

 

 

グラング。

左腕で力なく項垂れたソラを背負い、獣の如き前傾で立ち尽くす。

ワイヤーで四肢を縛り、拘束されていたはず。

……その残骸は、環状に血の滲んだ彼女の腕に、垂れ下がっていた。

 

 

「奪ったな」

 

 

右手から、ぼたぼたと血が滴り落ちる。

その手の中では、つい先ほどまでソラの首に下げられていたものが。

グラングが人目に触れることすら恐れていた黄金のタリスマンが、粉々に砕けて存在していた。

砕けた破片が、皮膚を深く裂いている。

しかし、その瞳には痛みの苦痛は一切ない。

 

宿るは、殺気。

恐ろしいほどに研ぎ澄まされた、見るものを竦ませる殺気。

 

 

「解した……貴様らは、奪う者だ」

 

 

滴り落ちる血の中に、何かが混じった。

漆黒の入り混じった、真紅の炎。

黄金の燐光を伴うそれは紛う事なく、ソラの弾丸が纏っていた炎。

 

[死]の、光。

 

 

「我の、敵だ。忌むべき敵だ」

 

 

炎が、滴る血を吞み込み、灼き尽くしてゆく。

揺らめく漆黒が凝結し、一つの影を作り出す。

 

……それは、半ば朽ちた大剣。

煤んだ黄金の鍔は片端が砕け、半身ほどもある刀身にはまともな刃は残っておらず、辛うじて輪郭を留めているのみ。

しかし、グラングはそれに意を止めることなく。

手に血を滲ませたままそれをゆらりと振るうと、切っ先を地面に突きたてた。

 

 

破砕音

 

 

「……これより我は、貴様らの恐れだ」

 

 

その意味を解する者は、ここには居ない。

ただ、その意図が伝わるには十分過ぎた。

 

恐ろしいものがそこにはいた。

とてつもない何かを、呼び覚ましてしまった。

ただその実感だけが、心を蝕む。

 

 

 

「我を、恐れよ」

 

 

 

[死]が、そこにはあった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

透き通る世界で二度目の答えは出せるのか(作者:回り針)(原作:ブルーアーカイブ)

▼虐殺者としてクレイドルの大半を墜とし、地上に存在する人類を焼き払い、人類種の天敵とさえ呼ばれ、世界を支配する企業達の粛正の手すら跳ね除けた最強最悪のリンクス、首輪付き。▼彼女の手によって人間という種が絶滅するかと思われたが、いくらイレギュラーと言えどその命は度重なる汚染により限界を越え、既に終わりを迎えつつあった。▼そして薄暗い廃墟の中で彼女は自らの答えを…


総合評価:2086/評価:8.14/連載:92話/更新日時:2026年05月24日(日) 18:10 小説情報

極夜に囚われたセリカ(作者:時空未知)(原作:ブルーアーカイブ)

酷く長く、夢を見ていた。▼深く、深く。暗く、暗く。どろりと濁った悪夢。▼何度狂ったか、何度壊れたかわからない。▼かつての記憶は血煙の内に霞み、代わりに[何か]の啓蒙が精神を侵した。▼あの日の選択を後悔しなかった日はない。▼バイト帰りに見つけた不思議と霧の立ち込めた暗闇の裏路地。▼あの場所に何故か惹かれて入って、そこで[何か]に見初められた。▼先輩たちの言うに…


総合評価:6387/評価:8.79/連載:73話/更新日時:2025年06月25日(水) 00:00 小説情報

見たまえ!青ざめた血のアーカイブだ!(作者:めろんムーン)(原作:ブルーアーカイブ)

n番煎じ。なんか唐突に【ビルゲンワース啓蒙学院】とかいうパワーワードを脳に授けられたので初投稿です。▼小説漁りとは、感心しないな……▼だが、分かるよ…▼創作は難しいものだ……だからこそ、高評価と感想が必要なのさ……▼愚かな語彙力を、忘れるようなね……▼3章のみブルアカではなくBloodborneメインです▼序章:ヤーナム自治区編 完結▼1章:エデン条約編『補…


総合評価:17585/評価:9.01/連載:97話/更新日時:2026年05月09日(土) 10:38 小説情報

ノブリス・オブリージュ?なんですのそれ?(作者:一般お嬢様)(原作:ブルーアーカイブ)

誰よりも責任なんて感じたくない系お嬢様が責任から逃げられない話し


総合評価:8728/評価:8.31/連載:46話/更新日時:2025年11月25日(火) 12:25 小説情報

例えば人間みたいにさ(作者:泡沫)(原作:ブルーアーカイブ)

雨上がりの空に浮かぶ虹を見て綺麗だねって言える様な人間になりたかった。


総合評価:4279/評価:8.89/連載:8話/更新日時:2026年05月07日(木) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>