「今日これからどうする?」
「新しい化粧品見に行こう?」
「そうね。今度の食事会は逃せないもの」
「高度霊気技術研究所の先輩たちも来るんでしょうっ? ゆくゆくは人を使う側になること確実の優良物件!」
授業終わりの彼女たちの前を、泥だらけのFクラス6人が通った。
「だからケイのタイミングだよ!」
「いやだからっ、後衛との距離も考えてよ。前衛が前のめりになり過ぎてるのよ」
「ヒビトの奴、タイミングずれると怒鳴るんだもんなぁ。俺、年上なのに」
「ヒビトよりイリヒトだよ。めちゃ怖なのよ、年下のくせに」
「でもあいつら言うだけのことはあるんだよなぁ」
「たしかに。たった一週間の指導で強くなった実感がある」
「それでそんな鎌仲兄弟に指図してる山田ってなんなワケ? 前から思ってたけど」
「それな」
真剣に話し合いながらFクラスが通り過ぎる。
しばし足を止めFクラスを見送った彼女たちは、途端に面白いモノを見たと笑いだした。
「なにあれぇー?」
「見たぁ⁉︎ ねえアレ! Fの女子ども! もう女捨ててるっしょっ」
「よくあんなんで人前に出れるわ、信じらんなーい」
「あ、撮っときゃよかったぁ」
「あんな必死こいてもFがあたしたちに勝てるわけねえのにねー」
「わたしたち
おれとセワシはなんとも言えないビミョーな気持ちで彼女たちとすれ違った。
「真正面からやりあえばあんな子らにも勝てないのがFクラスの現状なんだね」
セワシの言葉にうなずく。
「でもエリートとは言っても、見てると大多数は引率してもらって増やしたエーテルでのゴリ押しなんだろうなとわかる」
そこにまた別の誰かが手に入れたスキルオーブを使って強力な手札を加えて完成、というのが彼らだ。そこからさらに研鑽を積める一部が攻略組などと言われ有名クランに所属するなり、自ら起ち上げるなりする。
別におれはパワーレベリングを否定するものではない。生き死にがかかってるんだから、ある程度までの安全を担保できる方法として悪くないとさえ思う。技術がなくとも、都市の防衛においては並べて遠距離攻撃スキルを撃たせて砲台として運用できるだけで戦力として大きい。
ただ問題は高過ぎるプライドだ。もうナチュラルにとりあえず見下してかかる態度はもうなんというか、すごい。ともすればすごいバカなんじゃないかと思えるほどにすごい。そういう気質は都市ぐるみで醸成してきたものだから深く根付いてしまってるのがなんとも厄介なんだけれど。
逆に一般探索者はダンジョン攻略に必要な様々な技術を、多くの犠牲の上で積み上げてきた。力のなさを工夫と試行錯誤で乗り越えてきた。だから、上の市民層に対してラクして強くなったくせに偉そうにと思う気持ちも理解できる。
でも、どちらの存在にも意義はある。互いに向ける視線はともかく。
防衛戦力として義務を負い、より良い暮らしを実現するための研究・開発に従事してきた者たち。
上の者たちが見向きもしない階層で、見向きもしない素材を回収し、都市に暮らすすべての市民の生活基盤を支えてきた者たち。
その意味でFクラスは特殊な立ち位置にあった。
一般市民が〝上〟に食い込もうというのだ。
強い言い方をするならば、より貪欲に、力を、成功を求め、野心を抱く者たち。
だからこそお互いがお互いを脅かす存在として反発する。
しかしその一方で、一般、上層問わず攻略クランには憧れを抱くし、一般から攻略クランにまで上り詰めた者には、嫉妬しつつも賞賛を贈り、上流階級として受け入れる。
力を示して地位を築く……。
──ハッ⁉︎
おれは気づいてしまった。
「ボス猿理論だ。つまりここは……サル山だったんだッ!」
「ねえ、なにを言ってるの?」
「そしてそのボス猿が……おまえたちの親父だァ!」
少し後ろを歩いていた禁制物兄弟に、おれはビシリと指を突きつけた。
「なんのこっちゃわかんねぇけど」
「喧嘩を売られたことはわかった」
◇
どのクラスか知らないが、彼女たちが言っていた〝こっち側〟。その意識の問題は、おれが思っていたより深刻だった。いや、おれの認識が甘かったと言うしかない。感じ取ってはいたが、真剣に考えてはいなかったということなんだろう。
目の前に突きつけられてようやく、そこを考えるに至ったと言える。
Fクラスの強化計画を決めた出来事があった。
決定的な発端となったのは、クラスメイトとCクラスの生徒が揉めたことにある。ただ、それだけでなく、今回は彼の家族にまで危害が及んだ。
Fクラスや一般探索者を差別の対象と見ることが慣例化されていても、家族は切り離して考えることがこれまで暗黙の了解だった。一般市民を標的にすることは恥ずべき行いだと。どの口が言うんだよという話だけど、とにかくそういうことだった、これまでは。
それが今回、破られた。
さらにその上で、警察組織である『
クラスメイトの彼は担当官の不正も併せて訴えたが、証拠無しとして却下され、ある日、突然街中で囲まれこれ以上騒ぎ立てるならばと、脅されたのだ。
学園には決闘制度がある。
怪我をしたとしても、そこは学園の責任において貴重なポーションを使ってでも治療する義務があるため、現状、勝つことの難しいFクラスであっても利用するメリットがある。
治療に対する保障があるのだから思いっきりぶつかっていけばいい。小型ドローンで録画されているし、有観客や、配信を選ぶこともできるため不正はしにくい。
だから、禁制物兄弟よろしくもっと決闘をふっかけていけばいいのにとおれは思っていた。
決闘に際して、学園が認めれば譲れない条件を突きつけることもできる。負けたとしても、コイツに絡むのは割に合わない、と思わせることができれば、余計なちょっかいも減るだろう。そうなればある意味勝ちだ。
しかし今回はその決闘も、相手方はなんだかんだ理由をつけて受け入れなかった。
そして家族に害が及ぶとなっては簡単に決闘を口にするわけにもいかなくなった。
学園外のことだということで、クラスメイトの彼は自身の怪我も、家族の怪我も、ポーションやスキルによる治療を受けるためには高い金を払わなくてはならなかった。彼は顔を腫らし、腕を吊ってダンジョンに挑もうとしていたし、学園も辞めようとしていた。
それを知ったクラスのみんながストップをかけた。
「こんなのってないよ!」
いいんちょーが憤る。
クラス委員は男女二人が選出されるものの、委員長などの区分はないのだけど、彼女はいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
彼女たちはまず担任教師を頼ったが、無意味に終わった。みんなそうだろうなとは思ってはいた。担任は精悍な見た目や言葉遣いから、厳しくも頼りになりそうな雰囲気を醸し出している人物だが、本当に雰囲気だけだ。なんだアイツ。
彼女たちは次に生徒会に談判に向かった。
生徒会は上流階級の権力を背景に、一介の教師よりよほどの発言力と権限を有している。
しかしいいんちょーたちは生徒会ホールに赴いたものの、受付すら突破できずに帰ってくることとなった。
生徒会専用の館に受付て。なにそれ。
その合間にもクラス内で治療費のカンパの話が持ち上がったが、Fクラスの生徒たちにはなかなか厳しい額で、集めるのは難しいようだった。
そんなこんながあった後に、いいんちょーはおれのとこに来た。
「山田くん、ポーションを持っていませんか? もし持ってたら譲って欲しいの」
「はいよー」
「ありがとうっ。必ず代金はお支払いします」
そんなやり取りがあった後日、きれいに怪我が治ったクラスメイトの彼──
「薬も恩も、受けたのは俺だ。請求は俺に」
「別にいいよ」
「そうはいかない、なんでも言ってくれ。それから、ありがとう」
怪我が治っても、心の傷はそう簡単にはいかないだろう。彼自身は自分のことになら覚悟はあったのかもしれないが。
生徒会への接触は引き続き試みていたが、なかなかうまくいかない。
禁制物兄弟が出張れば、おそらくあっさりと事が進むだろうという話になったが、ヒビトが「俺は別に構わねんだけどよ」と前置きして、イリヒトが続ける。
「俺らの家の力をチラつかせたゴリ押しってことになるがいいのか? ヒビトが言ったようにいいなら構わねぇし、悪いとも思わねぇが」
他ならぬ兄弟の言葉でそれは辞めようということになった。
「でもそれじゃあどうする?」
そんな一人の発言から場に沈黙が落ちた。
おれは基本、見ているだけにしていたのだけど、少しだけここで口を出すことにした。
「物欲教授に頼んでみる?」
「同じことにならない?」
「今回の件に際して賄賂を送るってならそうかもだけど、これまでの関係性の延長線上に立ったお願いだから。まー、余所からどう見えるかは知らないけど。そもそもあの人に頼んだからってうまくいくとは限らないし?」
うまくいった。半分くらい。
「三年の生徒会長はお前たちが思ってるより遥かに忙しい。しかし星井教授の頼みもあるからな、二年生徒会執行部の俺──
星井教授に頼んだ手前、おれも今回は同席していた。いいんちょーをはじめ、セワシ含めた5人で生徒会ホールにやってきていた。
「無理だな」
高木氏は、めくっていた書類をたたむなり言った。
「どうしてですかっ」
いいんちょーが身を乗り出した。
「ホーム・ガードの汚職は都市の政治がなんとかすべき問題だ。学園が、ましてや生徒会が関知すべき事柄ではない。それこそお前たちのクラスメイトに訴えろ」
「一朝一夕になんとかなるものではありません」
「それはそうだろう。決闘に関しても、互いの同意があった上で、学園が認め、はじめて成立するものだ。相手が決闘に応じないことを訴えられても知らん。強制的に決闘を受けさせろとでも言うつもりか? そんなことをすれば、お前たちFの首を絞める結果になると思うが?」
「それは……」
「端的に言って、お前たちが、決闘を受けさせるだけのエサを用意できなかった、それだけの話だ」
「しかし犯罪に及んだ人間にお咎めは無しですかっ⁉︎」
「学園の外の話だろう。証拠もない」
「学園に蔓延る差別意識が今回のことについてもその温床になっていたんだと思いますっ」
「フン、それを学園に是正しろと? 正気か? 本気で言ってるなら今すぐ外に出て世間に訴えろ。一般市民からの賛同すら得られるとは思えないがな」
「……」
「ここはダンジョンに関わる諸々を学ぶ場、主に探索者を育成する場所だ。学園は探索者を統括するものだ。しかし、探索者とは自己責任だ。Cクラスの生徒──というよりその親だが、学園としてFとどちらを優先するか、考えるまでもない。そういうことだ。以上、帰ってよし」
もう興味もないとばかりに再び書類に目を落とした高木氏だったが、おれが「自己責任、ね」とつぶやくとチラとコチラを見た。
「フン」
なるほどなー。そういうスタンスか。
クラスに戻ると多くの生徒が帰らずに待っていた。
自己責任。
その話から議論に及ぶ。
「生徒会としては他人に丸投げしてなんとかしてもらおうとするんじゃなく、自分の力でなんとかしろということ、か?」
「自分で動いて自分で状況を作り出して、自分で望む結果を手に入れろと」
「え、つまり?」
「人脈でも金でも使って俺らで動けってこと。その先に生徒会が動くメリットがあれば動くって言ってんだろうな。ただFの側に付くかはわからないが」
「その意味でCクラスの生徒は自分の力、つまりカネとコネで、松田との揉め事に対処し、さらに自分の力、つまり親を動かし、というか頼ったわけだけど、事件をもみ消した……?」
「ハア? それを自分の力って言っちゃう?」
「Cクラスの生徒の処分を求めるなら、事件が明るみにならなければならない」
「でも、証拠がない」
「まぁ、実行犯捕まえて吐かせりゃいいんだけどな」
「無理筋だろう」
「学園が動いてくれるなら可能かもしれないのにね」
おれと禁制物兄弟は少し離れた席で静かに聞いていた。おれはともかく、兄弟が口を出すと事が大きくなり過ぎる恐れがあった。のだけど、イリヒトが口を開いた。
「なぁ」
みんなが注目する。
「どうしたのかな? イリヒトくん」
イリヒトはいいんちょーに頷いて続ける。
「ああ。おまえらはそのCの生徒の処分を求めてるのか?」
「え?」
「それとも、謝罪が……あー、それと賠償か、が欲しいのか?」
「え、と。それって別々のこと?」
「おまえらがどこまで関わるのかってことだ。犯罪追及しての処分がゼッタイってなら、ホーム・ガードの汚職を含めて本格的な捜査にまで持っていく必要がある。そうでなく、松田に対して面と向かって謝罪させ、賠償を約束させることを優先させるなら、その後のことは、学園側か、ホーム・ガードが勝手にやるだろう。どのような結末になるかはわからねぇがな。だが、おまえらの手からは離れることになる。目標をどこに定めるかによってやり方は変わってくるだろう」
みんなの視線が今度は松田旺次郎に向いた。
「いや、それ以前に、みんなにこれ以上迷惑かけたくないんだが……」
「はいはい、そういうのいいから」
「バッサリいったぁ」
「松田、もうそういう段階過ぎてっから」
「女子たちがちゅよい」
「で、どうなんだよ。いいのかよ、このままで」
「いいわけっ……ねえ。
「よーし」
「ああ、じゃあやろうぜ」
「まあ実際、ホーム・ガードの汚職にまで踏み込むのは難しいだろうしな?」
意思確認ができたことで、再びイリヒトに注目が集まった。
「うし。家族に手を出す事態に至ったこと、学園にはもっと重く受け止めてもらわなけりゃならない。本人にはもちろん決闘から逃げて、家族に手を出したことを死ぬほど後悔させる。Cもクラスメイトに卑怯な真似した奴がでたこと、自分らが同じ目で見られることを自覚させる。そこで──C全体に喧嘩を売る」
「Fクラス対Cクラス⁉︎」
「そうだ。俺たちは俺たちの責任において、学園に優先するべきはどちらかを問いかける」
◆
砂埃にまみれ、擦り傷をあちこちにこさえたF生徒が、次々と校舎に戻ってくる。
「くそぅ、どんどん課題が厳しくなる」
「授業の方がぬるいもんね」
「ほんそれ」
シャワーと着替えに更衣室に向かいつつ、互いに意見交換し合っていた。
「ていうか、山田あろうなんなのっ⁉︎ 前から思ってたけど!」
「わかる!」
「へらへら笑って「あ、そんなもんスかー」とかっ」
「そうそう! できないならしょうがないとか言いつつ、チラッとこっち見てため息つくんだよなっ! んで3歩進んでまたこっち見てため息つくんだよ!」
「まじそれ!」
「あっ、山田あろう」
Fの生徒たちが睨んでるのに気づいた山田あろうが彼らに目を向けた。
山田あろうは自分の話が聞こえていただろうに、しょうがない人たちだなーやれやれと言わんばかりに首を振り振りふっと笑って通り過ぎていった。
「おっまえマジ許さんからなぁっ!」