ライシュウハイセカイ   作:そこの角にいる

24 / 28
異能の式

 

 

 

 

 

「そんで。この蟻の死骸は何かに使えんの?」

 

 ヒビトが剣でつつきながら聞いてきたんで、おれは蟻を一瞥して答えた。

 

「大顎の内側の針と毒液は使える」

「あとは、甲殻も買い取ってもらえるはずじゃの」

 

 教授の補足におれはヒビトと一緒に「へー」と言った。

 

「なんだ、知らねえの?」

 

 ヒビトの疑問におれは素直に頷いた。「知らーん」

 

「探索初心者や解体業者のサポーターに加工されておるの」

「あとは膝とか肘とか突いて仕事する一般にも安価で販売されてるぞ」

「イリヒト詳しいね」

「一般向けにはウチから卸してるからな。買取額が安定してるのはそのためだ。儲けはないどころか赤字だが、まあ各職種への補助が目的だからそこはな」

「へー、で、なんでヒビトは知らねえの?」

「お、この針と毒液っての回収するか?」

 

 ヒビトがメキッと蟻の大顎ごとむしり取って差し出してくる。

 

「いらない」

「で、大蔵蟻は?」

「いや、近くに他はいないな」

 

 おれは20メートル上の天井にぶら下がってる〈鋼蝠(スティールバット)〉を見上げつつ、イリヒトに答えた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「また〈大鬼(オーガ)〉。前、60。イリヒト、ヒビト」

「ああ」

「おーす」

 

 おれがハンドサインで指示を出しつつ、3人で走り出す。

 

 石柱を躱し、敵オーガに対し正面・左右の三方から迫る。

 正面をヒビト、剣を下に構えたまま肉薄。

 オーガが振り上げた右手が、巨大で四角い肉切り包丁みたいのにバキリと変化した。

 

 ちなみにおれたち3人とも、学園支給の繊細さとは無縁の頑丈が取り柄のイカつい鉄刀『武骨』装備。

 

 ヒビトに向けて振り下ろされた肉切り包丁。

 跳躍していたイリヒトが鉄刀をオーガの手首にぶち当てて斬撃を打ち落とす。

 体勢が崩れ傾き頭が下がったオーガのアゴに、ヒビトが鉄刀を掬い上げて撃ち抜く。

 

 オーガが浮いた。

 

 仰向けに倒れ込むのを、オーガは大きく一歩足を引いてかろうじて堪えた。

 けど、その背の側にはおれが回り込んでいる。オーガの延髄あたりに添えるように、エーテルを流した鉄刀を導く。倒れるのは防いだとはいえ、殺しきれなかった慣性と自身のその重さによってオーガは口から刃を飛び出させて息絶えた。

 

 おれは鉄刀を置き去りに、すぐさま踵を返す。

 

 角から今まさに姿を現したもう一体のオーガに向けて跳んだ。

 ヒビトに押し付けられた巨蟻(ジャント)の大顎を、オーガの喉に突き立てた。オーガの乏しい髪の毛を掴んでオーガの体に着地。一瞬オーガと目が合う。おれは蟻の大顎を蹴りつけ、喉に押し込みつつ跳躍して距離を取る。

 

 入れ替わりに飛び込んだイリヒトとヒビトが、泡を吹きつつ上げたオーガの怒号をカットアウトした。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「やっぱ多いな。オーガ」

「〝赤サビ〟が倒されるまでこの状態か?」

「目の当たりにするとこれはちとまずいの」

 

 3人の話をおれは黙って聞く。

 すでに6度の戦闘。内4度がオーガ。

 探索者の活動に悪影響が出始めれば、ほどなく都市の運営にも障りが出てくるということだろう。

 

「それにしても〈鉄鬼〉も問題ナシか。おぬしらすごいのぅ」

「フン……すでにエーテル値でもコイツらを上回った。敗けねえよ」

 

 イリヒトが〈鉄鬼(アイアンオーガ)〉を見下ろして言った。

 

「で、こいつはなんかに使えんの?」

「モンスターといえど、亜人系は基本的には討伐部位が報酬の対象じゃ。今回は超小型偵察機(マイクロ・リコン)で映像を記録しておるから、不衛生な部位の切り取りもいらん。あとは持ち物があればラッキーといったところじゃの」

 

 ヒビトが仕切りに辺りを見渡して眉尻を下げた。

 

「ないけど?」

「まあそんなもんじゃろ。しかし他にも報酬を得る方法があるんじゃが、授業でやらんかったんかの?」

 

 依頼掲示板てのがあるらしい。

 端末から受注でき、完遂することで報酬を受け取ることができる。

 その辺でおれも思い出した。

 

「あー、でもたしか端末受注は一般に解放されていない上に、到達階層などの実績でランク付けがされていて、割りのいい依頼は上が独占。下には降りてこないとかなんとかいうあの?」

「そうじゃの」

「ダメじゃん」

 

 ヒビトが嘆く。

 

「いや、鉄鬼を倒せるなら大丈夫じゃ。市の高度霊気技術研究所と、学園の研究室からそれぞれ依頼が出ておって、依頼を受けると溶液に満たされた専用の容器と、採血用キット一式が渡される。指の先ほどの組織片と血液を採取し納品すればよい。現在、希少性が失われた鉄鬼でも3万くらいの買取りにはしてくれるはず」

「おおっ!」

 

 昔で言えば30万円強。

 

「でその容器は?」

「ないのぅ」

「ダメじゃん」

 

 うおおお3万がー、と頭を抱えるヒビトは放っておく。

 

「鉄鬼だけか?」

 

 イリヒトの言葉に教授は頷いた。

 

「異能を持つモンスター限定の依頼じゃからの。20年前なら、大鬼の体組織も買い取ったであろうが。大鬼に限らず、あらゆるモンスターのあらゆるモノを、のぅ。未知の物質の発見は確定的で、精製物はさまざまな分野に革新をもたらすこともまた同様じゃった。しかし現在、解析それ自体が限定的で、行える人や場所も限られておる。研究分野もほぼ霊気に絞った形だ」

「エーテル……」

「そう。新薬等他のすべての研究を擲って霊気の研究に特化した。なぜなら、霊気を消費して行使される異能は多岐に渡ると目されており、すでに存在がわかっていた治癒術はそれ一つでカバーできる病気や怪我の範囲が常識的にありえんほど効果を発揮したからだ。かつて世界が一度滅ぶ前──……」

 

 教授は語る。

 

 異能者が〝魔人〟と呼ばれ始めた頃から各国の異能研究は加速した。人類の生存をかけて。

 研究材料はモンスターより身近にある異能者たちが着目された。

 強制的な研究協力。

 魔人の呼称が広まるにつれ、倫理を叫ぶものは減っていった。

 さらに次の発表がその動きを加速させていく。

 

 異能者とは霊気を扱うに適した身体にチューニングされた者である。

 異能者はもう、我々が知る人間とは別の生き物に変容している。

 

 それらの研究・実験の中で、個々の異能の術式は遺伝する細胞に深く刻まれているとされ、『遺伝子式』と呼ばれた。

 

「治癒、支援、妨害などの異能やスキル、水薬(ポーション)に代表される魔道具に至るまで、その効果を十分に受ける、あるいは拒絶するには、エーテルへの適合は必須であり、治癒や支援の術を受けるたび、魔法薬を口にするたび、エーテルに馴染んでいく。皮肉なことに、異能者を踏み台にして生き残ろうとした当時の、曰く純粋な人間という種は、もはやこの世界のどこにも存在していない」

 

 モンスターが生来備えた異能と魔人の異能とは、同じ理の下にある。

 ダンジョンを造った者たちはそれがわかっていた。

 さらに彼らの魔法、スキルとはそれら異能の模倣から生まれてきたものとして、向こうの魔法使いたちは『起源式』と呼称した。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。