ケンセーが寮を訪ねてきた。
「ちっと出ようぜ」
連れられてきたのは、果樹園の一角、生垣で区切られた小さなスペース。
そこに建てられたお墓には、父ちゃんと母ちゃんの名前が刻まれている。
「案内するのが遅くなってすまねえ」
「いいさ。ここに眠ってるってことは、あの日おれがダンジョンに消えたあとも護り通してくれたってことだろ?」
「……オヤジさんは10年前に。おふくろさんは4年前に亡くなった」
おれの感覚では3年前元気にしてた二人が、それより昔に死んでしまっていたなんて変な感じだ。
少しの時間、芝生に胡座をかいて頬杖をつき、ぼんやりと墓を見つめた。
墓参りを終えて、飯を食いに行くことにした。
「再現に成功したって話題の店があんだよ」
「再現?」
やがて一つの路地に入り込む。
通りは人でごった返していた。
「並びのお客さんは西に並んでくださーい! お帰りのお客さんはこのまま東に抜けて下さい! 押さないでー、お願いしまーす!」
「すげ〜並んでんじゃん」
「回転は速いからそんなに待たねえと思うぜ」
「ほーん」
掲げられた看板が見える位置まで進んだ。看板には雑な筆書きで『ヌー』とだけ書かれてる。うし? 肉か? と思ったが近づくにつれ漂う匂いに記憶が刺激される。
店に入ると客のだれもがズルズルと麺をすすってる。壁のお品書きには『レギュラー』『シーフード』『カレー』。
「うおおっ⁉︎」
隣を見るとケンセーがにやりと笑う。
おれは引き続き叫んだ「うおーっ!」
そんなおれの声も気にせず、ズルズルとすする音が響く。何人かこちらを向いた客でさえ文句を言うでもなく、わかる、とばかりにうなずいてから目の前に集中する。
ていうか『ヌー』てヌードルかよ。横着すんな。
席に着く。とりあえず今日のところはレギュラーを頼む。器のサイズまでカップを再現してる。
「俺よぉ二十年前ですら叶わなかった夢が叶ったんだよな」
そう言ってケンセーは注文する。
「カレー、麺少なめ、イモマシマシ、バター乗せで」
なんだそのオーダーはと横を見ると「ああ、このイモをがっつり食える幸せ」なんてぬかしてる。
そういえば昔「ここに入ってるイモじゃなきゃダメなんだよっ」とか言ってたような。知らねーし。
値段は300円だった。20年前に換算するとおよそ3000円らしい。
食い終わって店を出ると、ものすごい満足感と共におれはまた叫びたくなった「おれは帰ってきたっ‼︎」
そして列の整理してる店員のお姉さんに向かって言う。
「アイル・ビー・バック」
◆
ダンジョンは命の危険と隣り合わせの忌々しい生命線であると同時に、崩壊世界の急成長産業、その源泉だ。
二十年経ってやっと人々は文化的な生活を取り戻そうという動きに目を向けられるようになってきた。
街の雰囲気も浮ついたものを許さない空気が緩んできたという。
ヌードルもそうだし、ファッションもまたそう。
ガード下の壁面いっぱいにぶらさがるスタジアムジャンパーやフードパーカ、ダウンやレザーのジャケット、コート。魚の鱗のように空までディスプレイされている。
外からの
街のここでしか手にはいらない服もたくさんあって、それは探索者用も含まれる。ここ、ガード下は一般・探索者問わず、この街のカジュアルファッションの中心地だ。
店先にはだぶだぶのジーンズにふたサイズはでかいフィールドコートのグラサン店員が椅子にふんぞりかえってる。
そんな風に街を見て回りながら、一度改めてダンジョンに潜らないと、と考える。
長いことダンジョンをさまよっていたが、最後の2ヶ月くらいはほとんど戦闘をしていない。警戒しなければならない敵がなぜかどんどん減っていったので、進む速度を優先したためだ。その結果、地上にたどり着けたワケだけれども、どうやらこれからも争いと無縁ではいられそうにない。ダンジョンの重要性という意味でも、街の情勢という意味でも。常にある程度は戦えるようにしておかないと。
◆
モンスターとて生き物である。
常識外の怪物だが死ねば屍体が残る。ゲームのようにエフェクトを残して消えたりしない。それらを殺したところでアイテムだけが残されるなんて、ない。基本的には。
斬れば墨のような影が飛び散り、死ねば影のように消え、あとに加工された魔法のアイテムを残すまさにゲームのモンスターのような魔法の産物が例外として意味不明に存在してる。
姿形は既存のモンスターや幻想の亜人の姿をしていたりと多種多様。共通して墨を被ったように暗く、影をまとってる。
それら幻影の魔物を、語呂合わせで
「その存在自体が何者かの意思の介在を証明しているとされ、ひいてはダンジョンにもまた何者かの思惑があるといわれている。まあ、言われてるだけなんだが。そもそも何者かって誰だよって話なんだが」
そんな投げやりなトーンで講師が話すと、生徒が声を上げた。
「何者かって誰ですか?」
「だから知らねえっつの。もしお前ら突き止めたら俺にも教えてくれ」
別の生徒が声を上げた。
「じゃあ〈陰影〉はなぜ存在してるんですか?」
「それもなあ……わからんのよなあ、ジッサイ」
また別の生徒が声を上げた。
「これなんのための授業スか」
「やる意味ある?」
「うるせえバカ。バカ。バカうるせえ」
「子供か」
「まあ、前から言われてることは、……何だっけか」
「おい」
「まじめにやれ」
「不良教師」
「バカ」
「おい今バカっつったヤツ誰だ。ったく。〈陰影〉は浅層から段階を踏んで手強くなっていくことから、我々を強くするための仕掛けだ、とかな。ダンジョンで得られる最も重要なアイテムであるポーションがその証拠だと」
「スキルやジョブよりも重要なんですか?」
「入手率を考えるとな。ほかには〈陰影〉を作り出した者の遊びでしかない、というのもある。さっきのとは逆に我々を弄んでるという説だ。二十年前から今に至るまでの膨大な犠牲こそがその証拠だと。落とすアイテムについては極めて上から目線の御褒美代わりなんだとか。あとは一般的に最も支配的な意見が、シンプルに侵略だろう、というものだ。ある意味わかりやすいからな。〈陰影〉は他のモンスターを先導する役目である、と」
「一般的に、というと、探索者の見解は違うと?」
「個人的には違和感があるのは確かだ。ただこんな話をする機会は多くない。大半の者が思い出すことなく忘れていくだろう」
「やっぱこれ何のための授業?」
「つまりバカには関係ない授業だ。よかったなバカ」
「ひどっ⁉︎」
◇
ダンジョンを進む。
二階建て一軒家がすっぽり納まる幅も高さもある洞窟を歩く。
道中は真っ暗だ。
おれが長いこと居たところは、まさに地下にあるもう一つの世界といった感じで山あり谷あり街あり雲あり、鉱石が明るかったりモンスターが明るかったりナゾに明るかったりしたものだったんだけど。
おれは今『ガルムヘルム』という頭部をすっぽり覆う兜、というかヘルメットを被っている。魔法の道具であるコレは、地獄の番犬と獄卒を混ぜてデザインしたような、要は変身ヒーローの仮面的なアレ。赤いディスプレイ越しに完璧に視界は確保されていた。
洞窟内のところどころ人の手が入った形跡。草の生えた石畳。側壁にレンガ、崩れた松明。
不意に現れるモンスター。
60センチほどの〈スティールバット〉というコウモリっぽいモンスターに混じって、同じ姿の〈陰影〉が天井にぶら下がってる。
一匹なら大したことはないが、群れに遭遇すると危険とされるモンスターだった。
とりあえずキィキィうるさい。念動力でぶん殴り、〈陰影〉が残した小さな魔石を手元に引き寄せる。
魔石からは例によってエネルギーが取り出せるうえ、生産系スキルやジョブ持ちが素材として扱ったりと、需要はいくらでもある。
ダンジョン入り口あたりで売っていた初級攻略本なるペラい小冊子をめくる。
〈マッドラット〉
ねずみ。
〈ヴェノマスネーク〉
どくへび。
〈ナッツイーター〉
にんげんの頭もナッツのようにかじります。──りす。
〈アブダクター〉
誘拐虻。血ぃ吸うたろか。
「……」
攻略本とは名ばかりのいい加減さだった。ぐしゃぐしゃに丸めながら進んでいると、壁に張り付いていた〈ナッツイーター〉が飛びかかってきた。
首のあたりをむんずと掴んでキャッチして、口の中に攻略本をねじ込んで地面に叩きつけた。
長いことダンジョンをさまよっていたけど、この辺のやつらには遭遇したことなかったな、と思う。
おれがいたとこは最初から基本、どいつもこいつもデカかったし。たぶん、いても隠れ潜みつつ、慎重に動いていたんじゃないだろうか。おれと同じに。
にしてもこの辺の浅いところでは訓練にはならないと感じる。かといって奥に行くとなると一日がかりになる。
授業はいま休めない。学年初めは一般常識含めた基礎に重きを置く。おれにはその基礎こそが必要だ。
「帰ろ」
踵を返すと、ブーンと不快な羽音が響いてきた。飛んでくる醜悪な虫〈アブダクター〉に、左手に喚び寄せた大型の回転式拳銃を向けて無造作に一度、
30センチを優に超えるリボルバー。四角くイカつい銃身に刻まれた神秘文字が陽炎のように揺らめいた。