第1話 テンセイ×ト×カクシン
俺は転生した。
歩きスマホで横断歩道を渡っていると、大きな衝撃とともに目の前が真っ暗になったかと思えば、次に意識が戻った時には、自分の意思とは無関係に手足をばたつかせることしかできない、か弱い赤ん坊になっていた。
最初は何が起こってるのか分からなかったし、転生したことを悟ってからは大いに嘆いた。俺はまだ20歳そこそこの大学生で、これからの人生に胸を膨らませていたんだ。サークル仲間との飲み会も、買うだけ買って積んでるゲームや漫画も、全てが、あの信号無視のトラックによって、一瞬にして奪われた。親も友達もいたし、まだ死にたくなんてなかった。それも、こんな酷い死に方は特にだ。
それでも、1年も経つ頃には受け入れるしかなくなった。
毎日俺を抱き上げ、あやしてくれる温かい腕。優しい子守唄。それらは紛れもなく、この世界の母親のものだった。そして、時折つんつんと俺の頬をつついてくる、小さな指。それは、少し年上の姉のもののようだった。
生まれ変わった自分を愛してくれる優しい家族がいるんだ、無気力で居続けるほうが難しい。それに、赤ん坊の期間というのは、前世の記憶を持つ俺にとっては退屈極まりない時間だったが、思考を整理するには十分すぎた。嘆いても過去は変わらない。ならば、この新しい生をどう生きるか。そう考えるしか、道はなかったのだ。
「アレン、晩ご飯できたわよ〜!」
母さんの朗らかな声が、リビングに響く。
「はーい!」
できるだけ子供らしく、そして可愛げのある声を意識して返事をする。俺はもう3歳になった。短い足で、たどたどしくも自力で食卓へ向かう。
不思議なことに、家族がしゃべっている言葉は日本語だった。転生者特典でももらったのだろうか。ともかく、そのおかげで俺は言語の習得という赤ん坊の一大ミッションをすっとばして情報収集に努めることができた。
とはいえ、3歳児の行動範囲なんてたかが知れている。情報源は、両親の会話や、時折見せてもらえる絵本、そして、リビングに置かれた前世では博物館の中でしか見ないような旧式のテレビから流れるニュースくらいのものだった。
どうやらこの世界は、転生したての頃に危惧してたみたいな、魔物が闊歩する中世ヨーロッパ風ファンタジー世界みたいな世界ではないらしい。剣も魔法も、今のところその気配すら感じられない。街には車が走っているし、家には電気も通っている。
しかし、地球なのかというと、それも違うだろう。言葉は日本語なのに、この辺りに住んでる人は、家族を含めてほとんどが白人だ。母さんも父さんも、透き通るような白い肌に金髪碧眼。姉のマリアも同様だ。そして、鏡に映る俺自身の姿も、前世の黒髪黒目とは似ても似つかない、色素の薄い幼児だった。
俺達家族の名前も、いかにもアメリカ人という感じだ。アレン・パーカー。それが俺の新しい名前だ。父さんはマイケル、母さんはキャサリン、姉さんはマリア。どこからどう聞いても、日本の名前ではない。
辺りの街並みや人々のファッションは20世紀のアメリカを彷彿とさせるが、どこか時代がちぐはぐな印象も受ける。例えば、通信機器は妙に発達しているように見えるのに、車のデザインはクラシックだったりするのだ。
「ただいま」
玄関のドアが開く音と同時に、落ち着いた父さんの声が聞こえた。
「お帰りなさい、あなた」
エプロン姿の母さんが、パタパタと玄関へ駆け寄るのが見える。
「おかえり〜」
俺もかわいい声で挨拶を返す。父さんは俺の頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でてくれる。その感触が、なんだかんだ言って心地良い。
うちは母さんが専業主婦で、父さんは会社勤めだ。父さんの会社が何をやっているのか、詳しいことはまだ知らない。けれど、母さんが時々「大きな契約が取れた」と嬉しそうに話しているのを聞く限り、それなりに大きな会社なのだろう。
この世界の金持ちの基準が前世と同じかは分からないが、庭付きの一軒家、父さんが通勤に使う立派な車、専業主婦の母さんがいつも笑顔でいられる経済的余裕。これらは、裕福さの証左に思えた。
普段は、父さんも母さんも明るい、笑顔の絶えない家庭だが、今日の父さんは珍しく顔をしかめている。リビングに入ってきた父さんの眉間には深い皺が刻まれ、いつもは優しく細められる目も、どこか険しい光を宿していた。
「今日はずいぶん遅かったわね。会社で何かあったの?」
母さんが心配そうに父さんの顔を覗き込む。父さんの表情に、母さんも何かを察したようだ。
「うちの若手が、会食の場で、モレッティ・ファミリーの幹部相手に失言をしたらしくてな。今後のマフィアとの付き合いについて会議になった。ヨークシンで商売する以上は仕方がないことかもしれないが、私はマフィアは嫌いだ。あんな連中にみかじめ料を払うくらいなら、その金でハンターでも雇ったほうがマシだ」
マフィアなんて物騒だな…って、それどころじゃない。俺の聞き間違いでなければ、ヨークシンって言わなかったか?それに、ハンターって…まさか、そんなはずは…
「あなた、そんなこと言わないで!この街でそんなことを言っているのがもしバレたら…」
「分かってるよ。こんなことは君にしか言わないさ」
父さんはそう言って無理に笑顔を作ろうとしたが、その表情はどこか強張っていた。そして、俺と姉のマリアに視線を移し、少しだけ和らいだ表情を見せた。
「パパ、ハンターってなに?」
俺が言葉を発するより先に、隣に座っていた姉のマリアが、ぱっちりとした青い瞳を輝かせて父さんに尋ねた。ナイスだ、マリア! 気になってたことを聞いてくれた。
「ハンターというのは、世界中を冒険して、珍しい生き物を見つけたり、悪いやつを捕まえたりする、とにかく腕っぷしの強いやつらのことだ。探検家や冒険家みたいなものさ。しかし、もっとずっと危険で、自由な存在らしい」
父さんは、少しだけ楽しそうな顔で説明する。その口調には、どこか憧れのような響きも感じられた。
「私もハンターになりた〜い!」
マリアは目をキラキラさせながら、小さな拳を握りしめて叫んだ。活発な姉らしい反応だ。
「はは、そうか、マリアはハンターになりたいのか。難しいぞ。なんでも、ハンターになるにはハンター試験っていう難しいテストを受けて合格しなければならないと聞く。その試験は、毎年何万人も受けるのに、合格するのはほんの一握りだという話だ」
ハンター試験。その言葉を聞いた瞬間、俺の中ですべてが音を立てて繋がった。
「それに、ハンターってとっても危ないのよ。私はマリアにハンターになってほしくないわ。お願いだから、そんな危ないこと、考えないでちょうだい。」
母さんが、今度は本気で心配そうな顔をしてマリアを諭す。
「なりたいったらなりたいの〜!アレンもそう思うでしょ?」
マリアはむくれて、同意を求めるように俺の顔を見た。やめてくれ、こっちに振らないでくれ。俺は今、それどころじゃないんだ。
これは、もしかするともしかするかもしれない。3歳児がするにはちょっと無理がある質問かもしれないが、背に腹は代えられない。確証が欲しい。この胸騒ぎの正体を、確かめなければならない。もし、俺の予感が当たっているのだとしたら、この世界は……。
「ハンターにもジェイソンおじさんみたいなえらいひといるの?」
俺は、できるだけ無邪気な子供を装って、父さんに尋ねた。ジェイソンは、父さんの会社の社長だ。うちとは家族ぐるみの付き合いがあり、子供の俺にとっては、「えらいひと」の代名詞だった。
「こらアレン、ジェイソンさんと呼びなさい。で、ジェイソンさんみたいな偉い人というのは、社長みたいな人のことかな?ハンター協会にも会長がいるらしい。たしか会長は去年変わったばかりで…ニュースで見たような気がするな。なんだか、結構な老人なのに、見た目が若々しかったような……ああ、そうだ、ネテロとかいったかな?」
ネテロ。
間違いない。ヨークシン、ハンター、ハンター試験、そして、ネテロ会長。
これで決まりだ。どうやら俺はHUNTER×HUNTERの世界に転生したようだ。あの、過酷で、危険で、そして魅力的な物語の世界に。信じられない。だが、状況証拠は揃いすぎている。俺は、これからどうすればいいんだ……?
その後、俺は真っ先に今がいつなのかを調べた。どうやら、今年は1951年。原作開始は90年代後半だったはずだから、そのころには俺は40代半ばといったところだろう。
普通であれば人生の折り返しといえる年齢だが、この世界には念能力がある。念能力者は長命で、外見も肉体も若さを保ちやすい。実際、作中で130を超えていたであろうネテロ会長は、キメラアント相手に大立ち回りを披露していた。
俺にネテロ並みの才能があるとは思わないが、作中では、念能力は訓練次第で誰でも身に付けられるとされていた。俺にだって、習得できないことはないだろう。それに、念が使えたら、前世みたいにあっけなく死ぬことはなくなるはずだ。
よし、今後の方針は決まった。とりあえず念を覚えよう。どうせ原作開始まで50年近くあるんだし、介入するかどうかなんて後で考えたらいいんだ。ひとまずの目標は1年以内に纏を身につけることだな。