マリアに念能力を教えること。それは、俺がホープウェル村に来てからの日々で、最も重要で、そして最も責任の重い決断だった。秘密が漏れる危険性、マリアの心身への負担。すべてを考慮したうえで、マリアのあの悲痛な願いと、そこに宿った強い意志を前に、俺は迷いを断ち切った。
次の日の夕食後⋯
ルークとクレアが寝静まり、トーマスさんとサラ叔母さんが居間で寛いでいるのを確認してから、俺とマリアは、家の裏にある納屋へと移動した。農具が置いてあるだけの場所で、夜は人目に触れる心配も少ない。
ひんやりとした空気と、干し草の匂いが満ちる納屋の中で、俺はマリアの車椅子を壁際に寄せた。月明かりが納屋の窓から差し込み、薄暗い中に俺たちの影を落としている。
「さて、念能力を教えるとは言ったけど、まずは基礎的な知識から押さえなくちゃいけない。焦る気持ちもあるだろうけど、我慢して聞いてくれ」
念能力とは何か、利便性と危険性、そしてどうすれば安全に習得できるのか。修業に取り掛かる前に、その基礎をしっかりと伝える必要がある。
「うん。教えて」
マリアは素直に頷いた。念を学ぶことへの強い意欲が感じられる。脚を失ってから初めて見えた希望なのだ。それも当然かもしれない。
「よし。…じゃあ、まずは念能力とは何なのかから始めよう。念能力っていうのは、全ての人間が持っている生命エネルギー⋯『オーラ』を自在に操る技術のことだ」
俺は、まずオーラの概念から説明を始めた。原作知識を基盤にしつつ、自分が実際に感じた感覚や、これまでの考察も交えながら、できるだけ分かりやすく言葉を選んだ。
「オーラは、体中に無数にある『精孔』という目には見えない穴から常に少しずつ流れ出てるんだけど、普通は自分では気付けないんだ。でも、訓練すれば、そのオーラを意識的に感じたり、操作したりできるようになる」
マリアは真剣な表情で俺の話を聞いている。時折、自分の体を見つめたり、俺の手元に視線を向けたりしている。
「まずは、精孔を開くところから始めないといけない。精孔は普通、ほんの少ししか開いていない。普通の人から出ているオーラは、この隙間から漏れ出ているだけだ。これを、操作するのに十分な量のオーラが出てくるまで、少しずつ開いていく。俺が瞑想してたのは覚えてるだろ?あれは精孔を開くためだったんだよ」
「あれ、そうだったの!?」
マリアは、数年越しに謎が解けて驚いているようだ。
「そうして顕在化したオーラを操作していくわけだが…念操作には、4つの基本的な技術がある。『纏』、『絶』、『練』、『発』。これらをまとめて『四大行』って言うんだ。この四つをマスターしたら、自信を持って念能力者を名乗れるだろう」
四大行の名前を挙げると、マリアは小さく復唱した。
「ええっと⋯テンと⋯ゼツと⋯レンと⋯ハツ?」
「そうだ。最初は名前を覚えるだけでいい。それぞれの意味は、これから順番に説明していく」
俺は、四大行の中でも、すべての基本となる纏について説明する。
「一番最初に取り組むのが『纏』だ。これは、体から勝手に漏れ出ようとするオーラを、体の周りに留めておく技術だ。これができるようになると、オーラが外に漏れ出さなくなるから、体を強くすることができる。若さを保てるようにもなるらしい」
マリアは俺の話を真剣に聞いてくれている。
「次に、『絶』。これは、全身の精孔を完全に閉じて、体からオーラが漏れ出すのを断つ技術だ。この状態だと、回復力も高まる。それに、絶を使うと、自分の気配を消すことができる。だから、隠密行動には欠かせない技術だけど…」
そこで言葉を区切る。絶の危険性については必ず伝える必要がある。
「絶を使っている間は、体からオーラが出ていない状態だから、防御力がゼロになる。その時に攻撃されると、普通の人間よりもかえって脆くなるんだ。だから、絶は使いどころを間違えるとすごく危険な技術でもある」
マリアは、絶の説明を聞いて少し顔色を曇らせた。
「三つ目は、『練』。これは、精孔を大きく広げ、いつも以上のオーラを引き出して、一時的に総オーラ量を高める技術だ。念能力者としての基本的な強さは、この練で高めたオーラ総量で決まると言っても過言じゃない」
「オーラを⋯増やす⋯?」
オーラがよくわかっていないのに、それを増やすと言われてもピンとこないのだろう。
「ああ。全身からオーラを勢いよく引き出すイメージかな。練はコントロールできないと、オーラを無駄に消耗して、体が動かなくなったり…最悪の場合は命に関わることもある。だから、正しい手順を踏まずに練を行うのは非常に危険だ。相当先になると思うけど、できるようになっても、絶対に俺がいないところでは試さないでくれよ」
練の危険性も十分に伝える。マリアは神妙な顔つきで頷いた。
「そして最後が、『発』。これは、オーラに特定の機能を持たせて使う技術だ。これは人それぞれの固有の能力で、基本的に同じ発は2つとないと言われている。オーラを固めて武器にしたり、体を作り変えたり、特殊な空間を作ったり…本当に様々な能力があるらしい。…姉さんの足を治すためには、発に望みをかけることになると思う」
「発⋯!」
マリアは、再び希望に満ちた表情を見せた。マリアが念能力を学ぶモチベーションは足を治すことなのだから、当然だろう。⋯希望を削ぎたくはないが、これは伝えなければいけない。
「⋯発の修業は、最低でも他の三つを身に着けてからになる。俺でも、まだ自分の発を作る段階まではたどり着いていない。姉さんが今から身につけるとなればたぶん、数年がかりになってくると思う。それに、オーラの性質には個人差がある。六つの系統に分かれていて、どの系統になるかで、どんな能力を発として使えるかの得意不得意が決まってくるんだ。姉さんの系統次第では、目当ての能力を作るのは難しくなるかもしれない」
「⋯私の系統はいつわかるの⋯?」
マリアが不安そうな顔で言った。
「系統を識別するには、水見式というやり方が一般的だ。昨日、コップに葉っぱを乗せて回してみせただろ?あんなふうに葉っぱが回ったら、操作系だ。水が増えたら強化系、水の色が変わったら放出系⋯みたいに、水や葉っぱの変化で系統が分かるんだ。そして、あれをやるには、練が必要だ。だから、姉さんができるようになるまでは2年以上を見込んでいたほうがいいだろう」
「アレン⋯本当に私にもできるの⋯?」
長い期間が明確になったことで不安になったのか、マリアが尋ねてきた。俺はマリアの手を取った。
「大丈夫。俺がついてる。焦らなくていい。ゆっくり始めよう。まずは心を落ち着けて、自分の精孔を感じ取るんだ⋯」
こうして、俺達の特訓は始まった。
念の修業を始めてから、マリアは明らかに以前よりも精力的に日常生活を送るようになった。以前ならボーっと窓の外の景色を眺めていた時間も、今ではルークたちと遊ぶようになった。皿洗いなど、車いすにのったままでできる範囲で積極的に家事の手伝いもやるようになった。
叔母さんとトーマスさんは、何がきっかけなのかと不思議がりながらも、マリアが元気になったことを喜んでくれた。
そうして2週間が過ぎるころには、マリアはオーラを感じるようになっていた。これは、俺の想定よりもはるかに短い時間だった。マリアの才能が俺を大きく上回るものだった⋯というよりは、俺が補助していたから、というのが正確だろう。
俺の時は、瞑想を始めてからオーラを感じ取るまで1年半もかかった。俺にはよっぽど才能がないのだろうと思ったものだが⋯
俺のオーラは発展途上とはいえ、非能力者とは比較にならないほど多い。瞑想によって、体外に俺の大きな力を感じて、同じものが自分の内側にもあることに気づいたらしい。
⋯やっぱり、指導者なしで念を身に着けた俺が無茶をしただけなのだろう。
ともかく、マリアは修行を始めてたった2週間で自分のオーラを感じ取れるようになった。ここまで来たら、後は精孔を開いていくだけだ。1年もあれば、十分に開けるだろう。それまで俺にできることは何もない…
⋯待てよ?そういえば、原作のクラピカは
俺は操作系だ。他人のオーラを操作して、念に目覚めさせることだってできるかもしれない。マリアが念能力を覚えるのが早ければ早いほど、また歩ける日が早く来ることになるだろう。
⋯そして、これはマリアのためだけじゃない。もし短期間で念能力者を育成する手法を身に着けたら⋯俺の目的にも近づくかもしれない。
そう思った俺は、マリアの瞑想を見守る傍ら、どうやったら安全に念に目覚める手伝いができるか、考え始めた。
作中には、相手の意志に反して強制的に操作するような力さえあったんだ。相手の合意を制約に組み込めば⋯可能性は十分ある。
俺が考えているような発が完成すれば、マリアは安全かつ短期間で念能力の基礎を習得できるだろう。そしてそれは、俺がこの世界を変えるための第一歩となるはずだ。
俺は、発の習得に向けて本格的に修行を始めた。