マリアが念能力の修行を始めてから、2ヶ月ほどが経った。俺はその間、発の開発に取り組み続けた。
マリアには無駄な期待は抱かせたくなかったので、詳細は伏せた上でオーラを探らせてもらった。
そして今日、マリアさんの12歳の誕生日に、初めてマリアに俺の発をお披露目する。
「姉さん、ちょっとずつオーラ伸びてきたね」
俺がそう言うと、マリアは車椅子の上で嬉しそうに微笑んだ。
「うん。自分でも分かるくらいには伸びてる。オーラが多いと、こんなに気持ちよかったんだね」
修行を始めてから、マリアは随分と明るさを取り戻した。足が治るかもしれないという希望のおかげであるのは言うまでもないが、オーラ総量が少しずつ増えてきた影響もあるだろう。まだ一般人よりは少し多いという程度だが、それでも今までとは明らかに力の張り方が違うだろう。
「今日は姉さんに、俺の発を見せたいと思う」
「え!?完成したの!?」
マリアは目を見開いた。
「うん。この2カ月くらい、俺が姉さんのオーラのデータを取っていたのはこのためだったんだ」
「それで、どんな発なの?」
その言葉を聞いて、俺は懐から万年筆とノートを取り出した。
「俺の発には、これを使う」
マリアは、俺が取り出したものを見て、ハッとした表情になった。
「それって、私があげたノートだよね?それに、パパがあげた万年筆も⋯修行をまとめるためじゃなかったの?」
「もちろん、そのためにも使い続けるよ」
俺は、ノートのページをめくり、マリアに見せた。そこには、オーラの流れや精孔のイメージ、そして彼女のオーラの状態が、俺なりの考察と共にびっしりと書き込まれている。
「⋯俺の発は、このノートに書いたことを、この万年筆で相手のオーラに書き込んで、相手に習得させる能力だ。名付けて、『
初めて口にする能力名に、少しだけ照れくささを感じながらも、俺は続けた。
「それって⋯私のため⋯」
マリアの声は少し震えていた。マリアは、発が能力者にとってどれほど大切なものか既に知っている。そんな発を、自分のための能力として作ってもらうのは申し訳ないという気持ちが伝わってくる。
「⋯動機が姉さんのためなのは間違いない。俺は、姉さんにはできるだけ早く歩けるようになってほしいと思ってるからね」
「でも、そのためにも発を作っていいの?前、発は何個も作れないって⋯」
マリアは、俺の将来を心配してくれている。確かに、念能力者の発は、基本的に一つを極めるのが定石だ。複数の発を持つ者もいるが、それには相当な修練が必要になる。
「大丈夫だよ。これは、俺自身のためでもあるんだ。姉さんが上達したら、相乗効果で俺も上達するだろ?この能力は、俺の操作系能力の精度を上げるいい訓練になる。それに⋯」
俺は言葉を続ける
「⋯それに、俺は念能力を姉さん以外の人にも教えようと思ってるんだ」
その言葉に、マリアは目を見開いた。
「え!?」
「⋯ヨークシンがあんなことになったのは⋯父さんと母さんが死んだのは、直接的にはマフィアのせいかもしれない。でも、本当の原因は、念能力がマフィアとハンターに独占されているところだと、俺は思ったんだ。そんな状況では、警察でさえ念能力者を取り締まれない。俺は、こんな世界を変えたいんだ」
自分の胸の内に秘めていた、あの夜の誓いを、初めてマリアに打ち明けた。マリアは、俺の言葉を聞いて、顔を曇らせた。
「⋯そんなの⋯無理だよ⋯世界を、変えるなんて⋯」
その声には、心配と諦めが混じっていた。当然だ。8歳の子供が口にするには、あまりにも壮大すぎる夢物語だ。
「⋯難しいことなのは分かってる。けど、やらなきゃいけないと思ったんだ」
「⋯それは、絶対に決めたことなの⋯?」
マリアの問いかけに、俺は迷いなく頷いた。
「⋯ああ。もちろん、家族を巻き込むつもりはない。けど、俺はやらなきゃいけない。俺は、父さんと母さんに誓ったんだ」
俺の決意を感じ取ったのか、マリアはしばらく黙り込んだ。そして、何かを振り払うように、力強く俺を見た。
「⋯分かった。アレンが決めたなら、応援する。⋯でも、私も手伝う」
「姉さん!?なにを⋯」
俺は驚いてマリアの言葉を遮ろうとした。マリアを危険に晒すわけにはいかない。しかし、その瞳は俺の言葉を許さないほどに真剣だった。
「父さんと母さんが死んで悔しいのはアレンだけじゃないんだよ。それに、この足だって⋯私も、マフィア達は許せない。ルークとクレアを守るためにも⋯私も、今の状況を変えないといけないと思う」
マリアの言葉には、あの夜からずっと抱えてきたであろう、深い怒りと悲しみ、そして、二度と大切なものを失いたくないという強い意志が込められていた。
「姉さん⋯」
俺が何か言おうとする前に、マリアは続けた。
「それに、アレンが世界を変えるって言うなら、仲間が必要でしょ?一番近くにいる私が、最初の仲間じゃダメなの?」
その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。そうだ、俺は仲間が必要だと考えていた。そして、マリアは、俺が最も信頼できる、かけがえのない家族だ。彼女が共に戦ってくれるというのなら、これほど心強いことはない。
しかし、それでも躊躇いはあった。念能力の世界は、あまりにも過酷で危険だ。
「でも、姉さんの体は⋯」
「分かってる。今の私にできることは少ないかもしれない。念能力を覚えても、すぐに脚が治るわけでもない。でも、私にでもできることはあるはずだよ。念能力の可能性は無限だって、アレンが言ったんでしょ?」
マリアの瞳は、まっすぐに俺を見つめていた。その瞳には、かつてのサッカーに打ち込んでいた頃のような、強い輝きが戻っていた。俺は、マリアの覚悟と、その瞳に宿る光を見て、ついに頷いた。
「⋯分かった。一緒に戦おう。でも、絶対に無理はしないでほしい。そして、どんな時も、自分の安全を最優先に考えてほしい。それが約束だ」
「アレンも、ね」
マリアは、力強く頷いて言った。その顔は決意に満ちた表情が浮かんでいた。
俺たちは、納屋の中で、改めて互いの手を握り合った。それは、弟と姉として、そして、これから同じ目的のために戦う仲間としての、新たな誓いの握手だった。
「じゃあ、改めて。俺の『
俺は、ノートを開き、万年筆を構えた。
「うん」
マリアは、期待と緊張を滲ませながら、俺の手元を見つめている。
「リラックスして。俺のオーラを受け入れる準備をして」
俺は、万年筆のペン先を、マリアの頭の前にかざした。そして、ノートに書き記した俺の鍛錬の「筆跡」を、マリアのオーラに書き込み始める。
マリアの体が、ピクリと小さく震えた。
俺は、慎重にマリアのオーラを操作し始める。魂の教科書は、まだ作ったばかりの能力で、実践はマリアが初めてだ。万が一にでも失敗がないように、細心の注意を払う。
数分間、俺はマリアのオーラに働きかけ続けた。マリアは、目を閉じ、静かにその感覚を味わっているようだった。やがて、マリアの体から、以前よりも明らかに強く、そして安定したオーラが感じられるようになった。
「⋯どう?何か変わった感じはあるか?」
俺が尋ねると、マリアは目を開けた。その瞳は、興奮で輝いていた。
「うん⋯!すごい⋯!力があふれてくる感じがする⋯!」
マリアの精孔は短時間で一気に開き、今の俺よりは少ないものの、つい数分前とは比べ物にならないオーラがその身体から立ち昇っていた。
「これが、アレンの発⋯!」
⋯いや、これは副次効果に過ぎない。ただ、俺のオーラを送り込んだことで精孔が開いただけだ。この能力の本質はここからだ。
「姉さん、『纏』だよ。そのオーラを体の周りに纏ってみて」
「分かった。…こう?」
マリアの体からあふれ出していたオーラが、その体に纏わりついた。マリアは、やすやすと纏に成功してみせた。
よし、完璧だ⋯!
「姉さん、オーラ操作がスムーズになっているのには気づいた?」
俺は、興奮を抑えながらマリアに尋ねた。マリアは、自分の体に纏わりつくオーラを不思議そうに見つめ、ハッとしたように顔を上げた。
「⋯本当だ。やっぱり、オーラが多いとやりやすいの?」
「いや、それこそが俺の能力だ」
俺は、興奮気味に説明した。
「この能力は、俺の感覚を相手に伝える能力だ。俺が試行錯誤の末にようやく手に入れたオーラ操作技術を、相手にはほとんど鍛錬を必要とせずに習得させる。これこそが、『
俺が数年の修行の果てに掴んだオーラ操作のコツが、マリア自身に、感覚として刻み込まれたのだ。
マリアは、自分の手を見つめ、そして信じられないといった表情で俺を見た。
「⋯じゃあ私、修行しなくてもいいってこと⋯?」
「いや、そういう訳じゃないよ。姉さんに伝わったのは、あくまで今の俺の感覚だ。俺のオーラ操作だってまだ完璧とは程遠いし、そもそも俺と姉さんでは、オーラの量も性質も違う。姉さんは、自分に合ったオーラ操作の感覚を掴めるように鍛錬しなくちゃいけない。⋯でも、既に最低限の技術は身についていると思う。」
「そんなことができるなんて⋯」
マリアは驚きが隠せないようだ。
「これで、姉さんは立派な念能力者だ。今なら、纏だけじゃない。練も絶もできるはずだ。俺からの、誕生日プレゼントだ。⋯体を慣らしたら、発に取りかかってもいいかもしれない」
「アレン、ありがとう⋯!」
マリアは、感謝と希望の涙を流し始めた。足を治すために念能力の修行を始めたマリアにとって、今までの2ヶ月間はもどかしい時間だっただろう。一足飛びに可能性が見えるところまでたどり着けて、感極まったようだ。
「礼を言うのはまだ早いよ。これからが本番だ。姉さんの足が治るかもしれない発を作るまで、姉さんは修行しなきゃいけないんだから。これからは、俺ももっと手伝うよ」
俺は、マリアの涙を拭った。
「それでも⋯ありがとうね、アレン」
マリアは泣きはらした顔で、俺に微笑みを向けた。
アレンの発
『魂の教科書(テキストブック)』
操作系能力。自分の持つ知識や感覚を、ノートと万年筆を介して相手に伝える。
制約
・相手に能力のを提示したうえで、相手の同意がないと使えない
・能力発動中は互いに無防備な状態になる
操作系と言えるかちょっと怪しい気もしますが、相手の脳・記憶を操作するということで⋯
結構強い能力ですが、相手の同意が必要というのは操作系としては非常に厳しい条件ですので、これくらいはいけるかなぁ〜と。