念能力教師は世界を変える   作:kakarotto

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第14話 カラダ×ハ×クグツ

 

マリアが自分のオーラで足の小指を動かせるようになってから、ホープウェル村の穏やかな季節は一巡りし、畑の緑は再び深みを増していた。

 

マリアの修行は、初めは足の指一本を震わせるのにも難儀し、図鑑とにらめっこしながらオーラの糸を一本一本繋ぐような地道な作業の連続だった。あの頃の苦労を思えば、今のマリアの進歩は目覚ましいものがある。

 

今では、足を持ち上げたり、足首をある程度自由に回転させたりといった、個々のパーツを動かすことは、集中さえすれば問題なく可能になっていた。

 

「⋯よし、今日はここまでかな」

 

納屋の中、額に汗を浮かべたマリアが、ゆっくりと息を吐き出した。車椅子に座ったままではあるが、左右の足を交互に持ち上げるようにして、足踏みしていたのだ。

 

今のマリアの主な課題は、それらの動きをいかにスムーズに連携させるか、そして、足が地面に触れた際の感覚をオーラ神経でどうやって脳にフィードバックするか、という二点に集約されていた。

 

「動きの連携は、だいぶマシになってきたと思うんだけど⋯」

 

マリアは、自分の足をじっと見つめながら言う。

 

「でも、やっぱり感覚がね⋯。地面に足がついているのは分かるけど、それが砂利なのか、草の上なのか、それとも硬い土なのか、目を閉じてると区別がつかないの」

 

「それでも、数ヶ月前は何かが触れてるくらいしか分からなかったんだ。確実に進歩してるよ」

 

俺はノートから顔を上げ、励ますように言った。

 

「うん、分かってる」

 

マリアは俺の言葉を遮るように頷いた。

 

「焦っても仕方ないもんね。一歩ずつ、だよね」

 

その言葉には、幾多の壁を乗り越えてきた者だけが持つ、静かな自信と忍耐力が感じられた。俺は、そんなマリアの姿を頼もしく思った。

 

今日の訓練を終えた後、俺はマリアの車椅子を押して納屋から母屋へと帰ろうとしている時、母屋の居間から、微かに話し声が漏れ聞こえてきた。どうやら、叔母さんとトーマスさんが話し込んでいるらしい。

 

ここからでは何を話しているかは分からないが、声色が暗い気がする。⋯とりあえず、入ろう。

 

 

「⋯なんで今更⋯おお、アレン、マリア、おかえり!いつもみたいに、星でも見てたのか?」

 

トーマスさんが俺等に気づいて声をかけた。一見朗らかだが、その笑顔はどこかぎこちなく見える。

 

「そ、そうだよ。私がわがまま言って、アレンに連れてってもらったの」

 

マリアが答えた。俺たちは、マリアが心の傷を癒すために星空を見たり、植物に触れたりすることを、夜に家を出る言い訳として使っていた。

 

「そうかぁ、アレン、ありがとうなあ。君もまだ子供なのになあ。マリア、良い弟をもってよかったなあ」

 

「う、うん!⋯いつも、アリガトネ」

 

⋯マリアはウソが下手なのだ。変化系のくせに。

 

「もう11時じゃないの。さぁ、もう寝なさい。あんた、私たちももう寝るわよ」

 

サラ叔母さんが話を締めくくるように言った。

 

俺達は寝室に向かった。叔母さん達も、話を切り上げて自分たちの寝室に入るようだ。俺はマリアをベッドに入れた後、俺も自分のベッドに入って目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

翌朝、俺は牛舎でトーマスさんの手伝いをしていた。今日のトーマスさんは、いつもと同じように明るく朗らかだった。⋯とりあえず、昨日の話はそんなに深刻というわけでもなさそうだ。

 

「アレンにーに、マリアねーね、見てー!」

 

たどたどしいながらも元気な声と共に、泥だらけのルークとクレアが牛舎に駆け込んできた。もうすぐ4歳になる双子は、まだ幼いながらも村の子供たちに混じって遊ぶようになり、その小さな世界は日々広がっている。

 

「今度は何を見つけたんだ?」

 

俺が尋ねると、クレアは大きく笑顔を浮かべ、ルークが大事そうに握りしめている小さな赤い木の実を指差した。

 

「ルークがね、エミリーにもらったの! 」

 

ルークが、その小さな赤い実を俺たちの前に差し出し、にっこり笑う。この子たちの屈託のない笑顔を見ていると、どんな疲れも吹き飛ぶような気がした。

 

それ以降は特に変わったこともなく、ホープウェル村の穏やかな日々は続いていた。

 

マリアのオーラ神経の訓練も、一歩ずつ確かな足取りで進んでいた。マリアは、車椅子の上で足踏みをするように左右の足を交互に持ち上げる動作を、より滑らかに、より力強く行えるようになっていた。個々の筋肉をオーラで操ることから始まった訓練は、今や複数の筋肉群を協調させ、一連の動きとして成立させる段階へと移行していた。

 

「…右足、もう少し高く…左足は、地面を蹴るイメージで…」

 

マリアはぶつぶつと呟きながら、額に汗を浮かべて集中している。その傍らで、俺はそのオーラの流れ、筋肉の動きの連動性、そしてマリアの表情から読み取れる精神状態を注意深く観察し、ノートに記録していく。

 

「姉さん、今の右足の蹴り出し、すごく良かったよ。足への命令がオーラを通じてスムーズに伝わってる感じがした」

 

「ほんと? でも、まだ左足への体重移動がぎこちないんだよね…どうしても、オーラの糸が絡まっちゃうような感覚になる…」

 

感覚のフィードバックの訓練も、地道ながら進展を見せていた。最初は「何かが触れている」程度しか分からなかったマリアだが、今では目を閉じていても、足元に触れた物の大まかな形状や硬さ、そして温度まで、ある程度はオーラを通じて感じ取れるようになっていた。

 

「…これは…木の枝かな? 少しゴツゴツしてて、ひんやりする…」

 

「正解だよ! しかも、昨日よりも早く分かったじゃないか!」

 

小さな成功を積み重ねるたびに、マリアの顔には自信が満ち溢れ、その瞳は希望の光で輝きを増していく。

 

その間にも、ルークとクレアは、あっという間に大きくなっていった。4歳になった双子は、村のガキ大将であるジョージの後を追いかけ、野山を駆け回っては泥だらけになって帰ってくる。言葉も随分と達者になった。彼らの存在は、俺たちの心の支えであり、この平和な日常を守りたいという強い動機にもなっていた。

 

季節が秋から冬へと移り変わる頃、マリアの訓練は新たな段階に入っていた。それは、車椅子に座ったままではあるが、オーラの力だけで両足に体重をかけ、お尻をわずかに浮かせるというものだった。これは、実際に立つための前段階として、非常に重要な訓練だ。

 

「…ううっ…き、きつい…!」

 

マリアは歯を食いしばり、全身のオーラを両足に集中させている。細い足が、オーラの力で微かに震えながら、体重を支えようと奮闘している。

 

「大丈夫、姉さん! 足の裏で床の硬さを感じるんだ!」

 

俺は、マリアの背中を支えながら声をかける。数秒間、マリアのお尻は確かに車椅子から浮いていた。そして、力が尽きたようにどさりと座り込む。

 

「…だめだ…まだ、数秒しか持たない…」

 

息を切らしながら、マリアは悔しそうに言った。

 

「でも、初めて成功したじゃないか! 数秒でも、自分の足で体重を支えられたんだ! これは大きな一歩だよ!」

 

俺は、マリアの手を握り、力強く励ました。その夜、マリアの目には、疲労と共に、新たな目標への闘志が燃えていた。

 

それから数ヶ月、マリアは来る日も来る日も、体重を支える訓練を繰り返した。最初は数秒だったものが、数十秒、そして数分へと、少しずつではあるが確実に時間を延ばしていく。同時に、足踏み運動もより力強く、より滑らかになり、感覚のフィードバックの精度も驚くほど向上していった。

 

春が訪れる頃には、マリアは車椅子に浅く腰掛けた状態から、俺の肩を借りれば、ゆっくりとではあるが、自分の足で立ち上がることができるようになっていた。もちろん、まだ自力でバランスを取ることは難しく、すぐに座り込んでしまうが、それでも「立つ」という行為が、現実のものとして彼女の目の前に現れたのだ。

 

「…すごい…アレン…本当に、立ててる…」

 

初めて自分の足で立ち上がった瞬間、マリアは信じられないといった表情で、自分の足元と俺の顔を交互に見つめた。その瞳には、涙が溢れそうになっている。

 

「ああ、姉さんならできるって信じてたよ」

 

俺も、込み上げてくる感動を抑えきれなかった。

 

そして、夏が近づき、日差しが強くなってきた頃。その日は、マリアの訓練開始から、1年と数ヶ月が過ぎようとしていた。いつものように納屋での訓練を終えようとした時、マリアがふと、真剣な眼差しで俺を見た。

 

「アレン…今日、試してみたいことがあるんだ」

 

その声には、いつになく強い決意と、そしてわずかな緊張が滲んでいる。

 

「試してみたいこと?」

 

「うん…自分の足で…歩いてみたい」

 

その言葉に、俺は息を飲んだ。立つことだけでも大変な努力を要したのだ。歩くとなれば、左右の足への体重移動、バランスの維持、そして一歩を踏み出すための複雑な命令系統のコントロール…それは、今のマリアにとって、あまりにも無謀な挑戦に思えた。

 

しかし、マリアの瞳は、一点の曇りもなく、俺をまっすぐに見つめている。その瞳の奥には、どんな困難にも屈しない、鋼のような意志が宿っていた。

 

「…分かった。無理はしないって約束してくれるなら、全力でサポートする」

 

俺は、マリアの覚悟を受け止め、力強く頷いた。俺はマリアの車椅子を納屋の壁際に寄せ、いつでも掴まれるように、壁と俺自身が支えとなる位置に立った。マリアは、深呼吸を一つすると、俺の肩と壁に両手をしっかりとついた。そして、ゆっくりと、しかし確実な動きで、自分の足で立ち上がった。

 

「…いくよ」

 

マリアが呟く。右足にゆっくりと体重を乗せ、左足を、ほんのわずかだが、床から浮かせた。そして…

 

トン、と小さな音を立てて、左足が、数センチ前に踏み出された。それは、本当に、本当に小さな一歩だった。生まれたての赤ん坊の、最初の一歩よりも、もっと頼りなく、不確かな一歩。

 

しかし、その一歩は、マリアにとって、そして俺にとっても、何物にも代えがたい、奇跡の一歩だった。

 

「…あ…歩けた…アレン…私…今…自分の足で…!」

 

マリアの声は、震えていた。その瞳からは、喜びと、信じられないという思いと、そしてこれまでの苦労が報われた安堵感が入り混じった、熱い涙が止めどなく溢れ落ちていた。

 

俺も、言葉にならなかった。ただ、マリアの肩をしっかりと支え、震える体を抱きしめることしかできなかった。その日、マリアは、俺の支えを受けながら、納屋の中を数歩だけ、自分の足で歩いた。その一歩一歩が、俺の目に焼き付いた。

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