念能力教師は世界を変える   作:kakarotto

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第18話 ギネン✕ハ✕ドコへ

 

翌日、ホープウェル村は、いつものように穏やかな朝を迎えた。鳥のさえずり。牛の鳴き声。朝露に濡れた草の匂い。どれも、いつも通りだ。

 

ルークとクレア、ジョージ、エミリーは、叔母さんの作った朝食を済ませるやいなや、元気いっぱいに村の広場へと駆け出していった。その笑い声は、ただひたすらに明るい。最近では、すっかり元気を取り戻したチャーリーも、その輪に加わっている。

 

俺は、トーマスさんに付いて、牛舎の掃除や乳搾りを手伝う。いつも通りの作業だ。トーマス叔父さんも、昨夜の出来事などまるでなかったかのように、明るく、時には陽気な鼻歌を歌いながら作業を進めている。

 

「何度も言うが、無理に手伝わなくてもいいんだぞ、アレン。他の子供たちと遊んでたっていいんだ」

 

トーマスさんは、干し草をフォークで持ち上げながら、いつもの優しい口調で俺に言った。

 

「大丈夫だよ、トーマスさん。俺は、やりたくてやってるだけだから。無理はしてないよ」

 

俺は、笑顔でそう答える。実際、家畜の世話は嫌いではない。それに、隣で作業をすることで、トーマスさんの秘密が垣間見えるかもしれないという下心も少なからずあった。

 

「そうかぁ。いつもありがとうなぁ、アレン!ジョージもお前くらいしっかりしてたらいいんだけどなぁ」

 

そう言って、トーマスさんは少し困ったような、それでいて愛情のこもった苦笑いを浮かべた。その表情は、俺がよく知っている、いつもの優しいトーマスさんのものだった。

 

午前中の作業を終え、昼食を取った後は、いつものようにマリアとともに納屋へ向かう。

 

「よし、今日も始めるか」

 

俺が声をかけると、マリアはこくりと頷き、真剣な眼差しで俺を見つめ返した。

 

「うん。今日は、昨日よりももう少し長く維持できるように頑張る!」

 

俺たちは、最近はもっぱら堅の修行をしていた。精孔から通常以上のオーラを引き出す練を維持したまま、そのオーラを纏で体の周りに留める。攻防一体の高等技術であり、念能力者としての基礎体力を底上げする上でも欠かせない修行だ。しかし、これがなかなかにキツい。

 

「それじゃあ、俺からいくよ。姉さん、時計を頼む」

 

俺はそう言って、父さんの形見である銀の懐中時計をマリアに手渡した。ずしりとした重みが、父さんの存在を思い出させる。カチリ、と蓋を開ける音が静かな納屋に響いた。

 

「うん、任せて。アレン、準備はいい?」

 

マリアは時計の文字盤を真剣な目で見つめながら尋ねる。

 

「ああ。⋯練!」

 

俺は呼吸を整え、腹の底から気合を入れる。全身の精孔が一斉に開き、オーラが溢れ出す感覚。ズン、と身体が重くなるようなプレッシャーとともに、濃密なオーラが立ち昇る。

 

「⋯纏!」

 

その溢れ出ようとするオーラを、今度は意識して身体の表面に留める。練で引き出した膨大なオーラを、薄い膜のように、しかし強固に全身を覆う。これが堅だ。

 

「ぐっ⋯!」

 

発動した瞬間から、全身に圧がかかるような感覚に襲われる。まるで分厚い水の底にいるような、あるいは全身を見えない力で締め付けられているような息苦しさ。練でオーラを放出し続けること自体が消耗するのに、それを無理やり身体に留め置くのだから、その負担は尋常ではない。

 

額にじわりと汗が滲む。隣では、マリアが懐中時計の秒針を食い入るように見つめている。俺の分まで緊張しているようだ。俺もさらに集中力を高める。

 

練と纏のバランスが崩れてはいけない。一時も集中を解けない。

 

じりじりと時間が過ぎる。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。全身の精孔が悲鳴を上げ始め、集中力が途切れそうになるのを必死で堪える。

 

くそっ…まだだ…まだ…

 

歯を食いしばり、オーラの流れを意識する。少しでも気を抜けば、堰を切ったようにオーラが拡散してしまうだろう。

 

「…アレン…もうすぐ3分だよ…!」

 

マリアの声援が、最後のひと踏ん張りをさせてくれる。

 

「おおっ…!」

 

俺は最後の気力を振り絞る。だが、無情にもその時はやってくる。

 

「…うぐっ…!」

 

俺の身体から、ふっとオーラの圧が抜ける感覚。練の出力を維持できなくなり、纏も同時に霧散した。全身から一気に力が抜け、どっと疲労感が押し寄せる。

 

「…ぷはぁっ…!」

 

俺はその場に膝をつきそうになるのを、なんとか堪えた。

 

「アレン! 5分12秒!」

 

マリアが、少し興奮したように時計から顔を上げて告げた。

 

「はぁ…はぁ…そ、そうか…前回より、少し伸びたな…」

 

俺は荒い息をつきながら答える。

 

「うん! すごいよ、アレン!」

 

マリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「よし、次はマリアの番だ。時計、貸してくれ」

 

少し息を整えた後、俺はマリアから懐中時計を受け取り、今度は俺が計測する番になった。

 

「うん!いくよ…せーのっ!」

 

マリアは気合を入れると、俺と同じように堅を発動させる。細い身体がオーラの圧に耐え、白い顔がみるみるうちに紅潮していく。

 

俺は懐中時計の秒針を追いながら、マリアの様子を見守る。

 

以前とは比べものにもならないほどの精神力と、オーラ量だ。

 

「姉さん、いいぞ! その調子だ! …3分経過!」

 

俺は声をかけて鼓舞する。マリアは、苦しげながらも小さく頷いた。

 

マリアの身体を覆うオーラの層が、わずかに揺らぎ始めているのが分かった。限界が近い証拠だ。

 

「…っ、はぁ…っ!」

 

そして、ついにマリアの堅も解けた。マリアはふらつきながらも、壁に手をついて倒れるのを防いだ。

 

「…姉さん! 5分5秒だ! 自己新記録じゃないか!」

 

俺がそう言うと、マリアは疲労困憊の表情ながらも、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「ほんと…!? やった…!」

 

2週間の修業を経て、ようやく二人とも5分を超える記録が出せるようになった。最初の頃の、1分も持たずに崩れ落ちていたことを思えば、大きな進歩だ。

 

「でも、こんな様子じゃあ実用的とは言えないな⋯」

 

俺は苦笑した。原作では、ビスケは実戦では最低でも30分は堅を維持しなくちゃならないと言っていた。今の俺達にとっては、夢のまた夢だ。

 

「うん⋯。でも、一歩ずつだよね。頑張ろう、アレン!」

 

⋯最近では俺がポジティブなマリアに救われている気がする。

 

俺たちは少し休憩を挟み、再び役割を交代して堅の修行を繰り返す。マリアが俺の時間を計り、俺がマリアの時間を計る。

 

互いに声をかけ、励まし合いながら、何度も限界を感じ、何度もオーラを霧散させながら、それでも立ち上がり、またオーラを練る。

地味で、過酷な繰り返し。しかし、その先に成長があると信じて、俺たちは黙々と汗を流し続けた。

 

日も暮れて、納屋の中が暗くなる頃には、俺もマリアも疲労困憊だった。

 

「…今日は、このくらいにしておこう⋯」

 

「うん…。お疲れ様」

 

「姉さんも、お疲れ。記録更新、おめでとう」

 

「アレンもね!」

 

俺たちは互いの健闘を称え合い、納屋を後にした。身体は鉛のように重いが、確かな手応えを感じていた。

 

母屋に戻ると、叔母さんが笑顔で迎えてくれた。

 

「お帰りなさい、アレン、マリア」

 

「ただいま、叔母さん」

 

「ただいまー!」

 

居間からは、ルークたちの賑やかな声が聞こえてくる。トーマスさんも、子供たちと楽しそうに話していた。その光景は、昨晩の緊迫した雰囲気が嘘であったかのように平和だった。

 

夕食の席でも、トーマスさんはいつもと変わらない様子で、冗談を言っては子供たちを笑わせている。俺とマリアは、昨晩とあまりにも様子の違うトーマスさんの姿に時折顔を見合わせた。あまりに自然な振る舞いに、昨晩の出来事が遠い昔のことのように感じられた。

 

本当に、何だったんだろうな、あの時のトーマスさんは…そんな疑問が頭をよぎるが、目の前の温かい食事と、家族の笑顔に、その思いはすぐに薄れていく。

 

「ねえ、アレン。今日のトーマスさんは、いつも通りだったね…やっぱり、トーマスさんのこと…もう聞かない方がいいのかな」

 

夜、自分たちの寝室に戻ってから、マリアが小さな声で言った。

 

「…そうだな。俺たちが無理に詮索することでもないのかもしれない。いつか、話してくれる時が来るかもしれないし…来ないかもしれない。でも、子供達を大切に思っているのは間違いないし、俺達にも優しくしてくれてる…」

 

「うん…そうだね。私たちは、今できることを頑張ろう」

 

マリアの言葉に、俺も頷く。トーマスさんの秘密は気になる。だが、それ以上に、今のこの穏やかな生活と、修行に打ち込める環境は得難いものだった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくは、そんな日々が続いた。

 

朝はトーマスさんの手伝いをし、昼過ぎからはマリアと納屋で堅の修行に明け暮れる。そして夜は、家族みんなで食卓を囲む。

 

修行の成果は着実に表れ、堅を維持できる時間は少しずつだが伸びていった。その達成感が、俺たちの心を前向きにさせた。

 

トーマスさんのあの夜のことは、もちろん完全に忘れたわけではない。ふとした瞬間に思い出すこともあった。だが、その頻度は確実に減っていき、日常生活の忙しさと充実感の中に、あの日の違和感は少しずつ薄れていった。

 

 

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