念能力教師は世界を変える   作:kakarotto

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第6話 ガレキ×ト×キズ

ひとまず、マリアとルーク、クレアを安全な場所に移さなければならない。父さんと母さんの遺体も、このままにしておくわけにはいかない。しかし…

 

辺りを見渡してみる。空は、まだ夜の闇に包まれていたが、街のあちこちで燃え盛る炎が、不気味な赤いまだら模様を描き出していた。

 

かつて家族で笑いながら歩いた道は、今は見る影もなく瓦礫の山と化していた。建物の骨組みだけが、まるで巨大な墓標のように、夜空に向かって突き出ている。

 

辺り一面、コンクリートの破片とねじ曲がった鉄骨、そして元は何だったのかも分からないような残骸で埋め尽くされている。昨日まで確かにここにあったはずの日常が、まるで悪夢の一場面のように塗り替えられていた。

 

こんな状況で、安全な場所なんて…

そもそも、この瓦礫の山から、俺一人でマリアを運び出すことなどできるのか?ルークとクレアはまだ幼い。自分の足で長距離を移動することは難しいだろう。

 

思考が堂々巡りし、体が鉛のように重く感じる。…いや、弱音を吐いている場合じゃない。

 

俺は、頬を強く叩いて無理やり意識を入れ替える。父さんと母さんが命をかけて守ろうとした、この小さな命。そして、まだ息のある姉を、俺が見捨てるわけにはいかない。まず、マリアの状態を正確に把握し、できる限りの応急処置を施さなければ。

 

「姉さん!聞こえる?」

 

「…アレン…痛い…」

 

軽く肩を揺さぶりながら声を掛けると、マリアは苦しそうにうめいた。マリアの下半身は、見るも無残な状態だった。鋭利なコンクリート片が突き刺さり、骨が不自然な方向に曲がっているようにも見える。夥しい量の血が流れ出し、マリアの服も、周囲の瓦礫も赤黒く染まっていた。

 

「クソっ!」

 

このままでは出血多量で死ぬかもしれない…!なにか、止血できるようなものがあれば…

 

…そういえば、父さんが危険に備えて玄関に救急セットを置いていたはずだ。それならこのあたりに…あった。丈夫な金属製の箱は少し歪んでしまっているが、開いてみると中身はほとんど損傷していないようだ。

 

俺は救急セットを手に取り、マリアに駆け寄る。

 

「痛いだろうけど…我慢してくれよ…!」

 

震える手で消毒液とガーゼを取り出し、大きな傷口に当てて圧迫する。そして、ありったけの包帯を使い、出血がひどい箇所をきつく縛り上げた。処置の間、マリアは歯を食いしばり、痛みに耐えていた。素人療治だが、やらないよりはましなはずだ。

 

「…ちょっとだけそこで待っていてくれ。すぐに戻る」

 

俺は、瓦礫を除いて空き地を作り、父さんと母さんの遺体をそっと並べた。…2人の顔は不思議と安らかだった。言葉にならない感情が込み上げてきて、視界が滲む。だが、今は涙を流す時ではない。2人を覆うように比較的損傷の少なかったテーブルクロスを掛ける。

 

「…ルークも、クレアも、マリアも、俺が絶対に守る。…後で必ず戻って来て、埋葬する。それまで…待っていてくれ」

 

俺は、ルークとマリアの手を握った。2人とともにマリアのいる方へ歩いているとその時、瓦礫の隙間から、クゥン、クゥンと弱々しい鳴き声が聞こえてきた。まさか…!

 

俺は、声のする方へ駆け寄り、必死に瓦礫をどかす。すると、そこには埃と煤にまみれた大きな犬が震えていた。

 

「チャーリー!」

 

愛犬のチャーリーだった。幸い大きな怪我はなさそうだが、ひどく怯え、俺の姿を見ると、安心したように力なく尻尾を振った。

 

「よかった…お前だけでも無事で…!」

 

俺は、チャーリーを強く抱きしめた。この絶望的な状況の中で、ほんの少しだけ、心が温かくなるのを感じた。俺達はチャーリーを連れてマリアの下に戻った。

 

俺はマリアのそばにしゃがみ、背を向けた。

 

「姉さん、俺の肩に掴まって。移動しよう」

 

「…どこに…?…」

 

「…とりあえず、病院に行こう。姉さんの傷は危ないし、ルークとクレアにももしかしたら外からは見えない怪我があるかもしれない」

 

 

「…パパとママはどうするの?」

 

マリアのか細い問いが、俺の胸に重くのしかかる。俺は改めてマリアの方へと向き直った。

 

「…置いていく」

 

俺は、絞り出すようにそう答えた。その言葉が、どれほど冷酷で、どれほど非情に響くか、自分でも分かっていた。だが、他に選択肢はなかった。今の俺たちに、両親の亡骸を運ぶ余裕などない。それに、いつまた攻撃されるか分からないこの場所にいつまでも留まっているわけにはいかないのだ。

 

マリアは、俺の言葉を聞いても、何も言わなかった。ただ、その瞳からまた一筋、涙が静かに流れ落ちた。

 

「…ごめん」

 

俺は、マリアの顔を見ることができず、俯いたまま言った。

 

「…謝らないで…分かってる…」

 

そう言うマリアの声は震えていた。

 

俺はまたマリアに背を向け、できるだけ優しく背負い上げた。その身体は思っていた以上に軽かった。マリアは、俺の首に弱々しく腕を回した。その息遣いが、すぐ耳元で感じられる。

 

「ルーク、クレア、お兄ちゃんの手をしっかり握るんだ。絶対にはぐれるなよ」

 

俺は、幼い弟妹にそう声をかけた。二人は、涙で濡れた目で俺を見上げ、小さな手で必死に俺の手を掴んだ。

 

 

 

 

 

何度かマリアの痛みが悪化し、そのたびに足を止め、ルークとクレアをあやしながら夜道を歩き続けた。夜明けが近づき、東の空が白み始めた頃、俺たちはようやく目的の総合病院にたどり着いた。

 

幸いにも、病院の建物には大きな損傷はなく、まだ機能しているようだった。しかし、その入口は、俺たちと同じようにこの一夜の悪夢から逃れてきた人々で溢れかえり、負傷者たちのうめき声や、家族を案じる人々の悲痛な叫び声で満たされていた。

 

「すみません!姉が酷い怪我を…!すぐに診てください!」

 

俺は、人垣をかき分け、受付らしき場所にいた看護師に必死に訴えかけた。背負ったマリアは、もはや意識も朦朧とし、ぐったりとしている。ルークとクレアは、この異様な雰囲気に完全に怯えきって、俺の足にしがみついていた。

 

看護師は、マリアを一目見てすぐに事態の深刻さを理解したのだろう。すぐに他のスタッフを呼び、マリアは担架に乗せられ、慌ただしく処置室へと運ばれていった。俺は、ルークとクレアの手を固く握りしめ、ただその様子を見送ることしかできなかった。

 

待合室の硬い椅子に腰を下ろし、ようやく一息ついて、先ほどまでの道中の光景を思い出す。

 

炎に包まれ、黒煙を上げるビル群。アスファルトはめくれ上がり、乗り捨てられ炎上する車が行く手を阻む。まだ戦闘が続いているのか、時折遠くで銃声や爆発音が響き、そのたびにルークとクレアは泣きじゃくった。

 

建物の影には、力尽きたように倒れている人々の姿も見かけた。彼らがマフィアの戦闘員だったのか、それとも俺たちと同じように巻き込まれた一般市民だったのか、もはや判別もつかない。ただ、その誰もが、この理不尽な暴力の犠牲者であることだけは確かだった。

 

商店街だった場所は、略奪の跡が生々しく、ショーウィンドウは叩き割られ、商品は道端に散乱していた。その中に混じって、家族とはぐれたのだろうか、一人で泣きじゃくる子供の姿もあった。俺は、何もしてやれない自分の無力さに、歯を食いしばるしかなかった。

 

どれくらい待っただろうか。処置室の扉が開き、医師らしき男性が出てきた。その表情は険しく、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねる。

 

「アレン・パーカー君、だね?」

 

医師は、俺の前にしゃがみ込み、静かに語り始めた。

 

「お姉さんのマリアさんだが…手術は成功した。命に別状はない」

 

その言葉に、俺は全身の力が抜けるのを感じた。よかった…生きていてくれた…!

 

だが、医師の表情は晴れない。俺の心臓が、嫌な予感を訴えていた。

 

「しかし…残念ながら、脊髄の損傷が酷く…」

 

医師は、言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。

 

「…彼女が、再び自分の足で歩けるようになる可能性は、極めて低いと言わざるを得ない」

 

やはり、そうか…。

 

心のどこかで予期していたとはいえ、医師の口から告げられた現実は、あまりにも重く、残酷だった。あの、何よりもサッカーを愛していたマリアが…。

 

「…そうですか…」

 

俺は、絞り出すようにそう言った。ルークが、俺のただならぬ雰囲気を察したのか、不安そうに俺の顔を見上げている。

 

「今はまだ麻酔で眠っているが、数時間もすれば目を覚ますだろう。面会は可能だ。…君も、酷く疲れているだろう。少し休んだ方がいい」

 

医師はそう言って、俺の肩を軽く叩き、足早に去っていった。俺は、再び椅子に崩れるように座り込んだ。

 

これから、マリアに何と言えばいい?この残酷な現実を、どう伝えればいい?そして、俺たちは、これからどうやって生きていけばいい?

 

考えれば考えるほど、暗闇に引きずり込まれそうになる。だが、その時、腕の中で眠るクレアの小さな手が、俺の指をきゅっと握った。その温かさが、俺を現実へと引き戻した。

 

そうだ、俺は一人じゃない。守るべき存在がいる。そして、マリアも一人じゃない。俺がいる。ルークとクレアがいる。

 

俺は、深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がった。マリアの病室へ向かおう。彼女が目を覚ました時、一番最初に目にするのは、絶望ではなく、家族の顔であるべきだ。

 

病室の扉をそっと開けると、マリアはベッドの上で静かに眠っていた。顔色はまだ青白いが、呼吸は穏やかだ。その傍らには、点滴の袋が吊るされている。俺は、ルークとクレアをベッドの脇にそっと座らせると、自分もマリアの枕元に腰を下ろした。

 

どれくらいそうしていただろうか。マリアの瞼が、微かに震えた。そして、ゆっくりと、その青い瞳が開かれる。最初はぼんやりとしていた視線が、やがて俺の顔を捉え、そしてルークとクレアの姿を認めた。

 

「…アレン…?ルーク…クレア…?…チャーリーも…」

 

か細い、掠れた声だった。

 

「姉さん…!気がついたんだな!」

 

俺は、思わずマリアの手を握りしめた。

 

マリアは、ゆっくりと周囲を見回し、そして自分の体に視線を落とした。何かを察したように、その表情が僅かに曇る。

 

「…ここ…病院…?私…どうなったの…?」

 

そして、聞かずにはいられなかったであろう言葉が、彼女の口から紡がれた。

 

「…足…動かないの…?」

 

覚悟はしていた。だが、いざその時が来ると、言葉が出てこない。俺の沈黙が、マリアにとって答えとなったのだろう。その瞳から、大きな涙がとめどなく溢れ出した。

 

「…やっぱり…そうなんだ…」

 

嗚咽を漏らしながら、マリアは、自分の足を、信じられないものを見るかのように見つめている。

 

「ごめん…姉さん…俺が…俺がもっとしっかりしていれば…!」

 

俺には、自分を責めるしかなかった。だが、マリアは、涙に濡れた顔で、ゆっくりと首を横に振った。

 

「…アレンのせいじゃ…ない…悪いのは…こんなことをした奴らだよ…」

 

その声は震えていたが、その奥には、確かな怒りが宿っていた。そして、マリアは俺の手を弱々しく握り返し、言った。

 

「…アレン…ありがとう…助けてくれて…ルークとクレアを…守ってくれて…」

 

その言葉は、俺の心に深く、深く突き刺さった。俺は、溢れそうになる涙を必死にこらえ、マリアに向かって、できるだけ力強く頷いた。

 

「当たり前だろ…俺たちは、家族なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

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