あれから1ヶ月が経った。この間、いろいろと大きな変化があった。
まず、最初の1週間で抗争が終わった。どうやらモレッティ・ファミリー以外のマフィア達と、市によって雇われたハンター達が協力関係を結び、モレッティを攻撃したらしい。その結果、モレッティ・ファミリーは完全に壊滅したそうだ。…気が晴れることはないが、俺たちにとって一つの区切りとなったのは間違いない。
抗争が落ち着いたからといって、ヨークシンの市民の傷が癒える訳では無い。病院は常にいっぱいだった。
この期間、マリアを除く俺達は仮設避難キャンプで暮らした。とりあえず寝る場所はあったし、十分とは言えないまでも、食料の配給もあった。
しかし、人でいっぱいのテントにはプライバシーなど無く、辺りから聞こえてくるうめき声やすすり泣きはルークとクレアには大きなストレスとなった。2人は両親の死を理解できず、夜になるたびに母さんを求めて泣きじゃくった。そんな2人を、チャーリーが癒してくれた。
マリアは、2週間で退院させられた。本来であればまだ入院しておくべきだが、街中が重傷人であふれている今、病院には命の危機から逃れた者にいつまでも病室を使わせておく余裕はなかった。
マリアは少しずつ自分が脚を失った事実を受け入れていったが、まだ車椅子には慣れてないようだ。ふとした瞬間に喪失感を味わって不安で泣きそうになっては、幼い弟たちをみて必死に涙をこらえていた。その健気な姿が俺の胸を締め付けた。
そんな生活が数週間続いた頃、避難キャンプに市の職員がやってきて、身元不明の遺体や、連絡の取れない行方不明者についての聞き取り調査を始めた。
俺は、職員に呼び止められ、あの日、家の瓦礫の下で両親が亡くなっていたこと、そしてその場所を伝えた。職員は、俺の名前と両親の名前、そして家の住所を控え、沈痛な面持ちで
「確認し、適切に対応します」
とだけ言って去っていった。
それから数日後、再び市の職員が俺たちのテントを訪ねてきた。そして、
「パーカー様ご夫妻のご遺体を確認し、収容しました。近々、今回の抗争で亡くなられた市民の方々の合同慰霊祭と、身元が判明した方々の埋葬が行われます」
と告げられた。
俺は、その言葉を聞いて、複雑な気持ちになった。両親の亡骸が、あの瓦礫の中からようやく運び出されたことへの安堵。しかし、それが「合同埋葬」という形であることへの一抹の寂しさ。そして何より、父さんと母さんの死が、こうして公的な事実として確定したことへの衝撃があった。
割り当てられた時間に、市の職員に案内されて、郊外に急遽設けられた共同墓地へと向かった。そこには、夥しい数の新しい墓標が無数に並んでいた。その一つに、父さんと母さんの名前、「マイケル・パーカー」「キャサリン・パーカー」と刻まれているのを見つけた時、俺は、ようやく二人の死を本当の意味で受け入れられたような気がした。
簡素な、しかし心のこもった慰霊の言葉が述べられ、俺たちは、他の多くの遺族と共に、父さんと母さんの墓標の前に立った。花を手向けることも、立派な墓石を建てることもできない。だが、少なくとも、二人が無縁仏としてではなく、こうして弔われたことに、俺はわずかな安堵を覚えた。
マリアは、車椅子の上で、ただ静かに涙を流していた。ルークとクレアは、まだ事の重大さを理解できないながらも、この場の重苦しい雰囲気を察してか、おとなしく俺の手を握っていた。チャーリーも、墓標の前で小さく鼻を鳴らした。
「父さん、母さん、ありがとう。俺、必ずマリアとルークとクレアを守るから。そして、いつか必ず、この街に、笑顔を取り戻してみせる。だから…見ていてください」
俺は最後まで、転生者であることを告白しなかった。俺は一生この後悔を抱えて生きていくことになるのだろう。でも、それでいい。俺は、生き残った家族を守る。
俺は、誓った。
合同埋葬が終わった後、俺は市の職員に頼み込み、一度だけ、家の跡地へ立ち入る許可をもらった。まだ危険な区域も多いからと最初は渋られたが、
「どうしても取りに戻りたい、大切な形見があるんです」
と必死に頼み込んだ結果、短い時間だけという条件で、職員の付き添いの下、立ち入りが許されたのだ。
翌日、俺は一人で、かつて我が家があった場所へと向かった。マリアと弟妹たちは、避難キャンプで待っている。家の跡地は、あの日と変わらず、瓦礫の山だった。だが、不思議と、以前のような絶望感は薄れていた。両親を弔うことができたという事実が、俺の心に小さな区切りをつけてくれたのかもしれない。
俺は、自分の部屋があった辺りの瓦礫を探し始めた。目的は、7歳の誕生日に両親からもらった万年筆と、マリアからもらったノートだ。それは、俺にとって、失われた家族との絆を繋ぐ、かけがえのない形見だった。
職員が見守る中、瓦礫を一つ一つどかし、埃にまみれながら探し続ける。諦めかけたその時、奇跡的に、少しひしゃげた筆箱の中から、あの万年筆とノートが出てきた。万年筆は少し傷がついていたが、まだインクは出そうだ。ノートも、表紙が破れ、数ページが濡れてしまっていたが、大部分は無事だった。俺は、それらを固く握りしめた。
次に、マリアの部屋があったと思われる場所へ向かった。彼女が一番大切にしていたサッカーボール。あれを見つけてやりたかった。
瓦礫の中を注意深く探すと、泥と埃にまみれた、見覚えのあるサッカーボールが転がっているのを見つけた。俺は、そのボールを拾い上げ、丁寧に汚れを拭った。
避難キャンプに戻り、マリアにサッカーボールを手渡すと、彼女は驚いたように目を見開き、そして、久しぶりに、ほんの少しだけだが、笑みを浮かべた。
「…ありがとう、アレン」
その小さな笑顔が、俺にとって何よりの救いだった。
その数日後…
両親が死に、家も亡くなった俺達はどうやって生きていけばいいのかと途方に暮れていた矢先に、一通の手紙がマリア宛に届いた。それは、ヨークシン郊外の農村に住む父さんの姉、つまり俺たちの叔母からの手紙だった。マリアの代わりに手紙を受け取った俺が封を開けると、そこには
「マイケルのことは聞いたわ。迎えに行くから、ぜひこちらへ来て一緒に暮らしましょう」
という言葉があった。俺は、その手紙をマリアに見せた。マリアは、文面を静かに読み終えると、何も言わずに俺に手紙を返した。その瞳の奥には、安堵とは言い切れない、何か複雑な感情が揺らめいているように見えた。
「…どう思う…姉さん?」
俺が尋ねると、マリアはしばらく黙り込んだ後、小さな声で答えた。
「…行くしかない…でしょ…私たちには…もう…」
その声には、希望よりも諦めに近い響きがあった。
ルークとクレアも、俺たちの会話の意味は分からないまでも、何か大きな変化が訪れようとしていることを感じ取っているのか、不安そうに俺たちの顔を見ている。チャーリーは、そんな俺たちの間で、静かに尻尾を振っていた。
叔母さんの手紙には、数日後に、避難キャンプの近くの広場まで、車で迎えに来てくれると書かれていた。その日を待つ間、俺達の心は、新しい場所へ行くことへのわずかな期待と、生まれ育ち、そして両親の眠っているこの地を離れることへの、言葉にできないほどの悲しみと抵抗感の間で揺れていた。
そして、約束の日が来た。俺たちは、わずかな荷物をまとめ、キャンプの職員達に別れを告げ、指定された広場へと向かった。広場には、俺たちと同じように、どこかへ旅立とうとする人々や、迎えを待つ人々の姿があった。誰もが、疲労と不安を滲ませた表情をしていた。
そこに、一台の古びた、しかし頑丈そうなトラックが、土埃を上げながら広場に入ってきた。運転席から降りてきたのは、日に焼けた、実直そうな目をした女性だった。父さんの古い写真で見た叔母さんの面影が、確かにある。
「…もしかして…君たちがマリアとアレン?」
女性は、俺たちを見つけると、優しい声で話しかけてきた。
「はい…僕がアレンです。こちらは姉のマリアと、弟のルーク、妹のクレアです」
俺がそう言うと、女性は、ふっと何かをこらえるように息を吐き、そして、痛ましさと安堵が入り混じったような複雑な表情を浮かべた。
「そう…あなたがアレンね。私はサラ。あなたたちのおばさんよ。本当に…大変だったわね…マイケルのことは…本当に残念だったわ…私にとっても、たった一人の弟だったから…」
サラ叔母さんは、そう言うと、まずマリアの車椅子に近づき、その手をそっと握った。そして、ルークとクレアの頭を優しく撫で、俺に向かって言った。
「さあ、乗りなさい。ここから私たちの村までは、少し距離があるからね。早く出ましょう」
俺たちは、サラ叔母さんの助けを借りて、トラックの荷台に乗り込んだ。マリアの車椅子も、チャーリーも一緒だ。荷台には、毛布や食料などが積まれており、俺たちのために準備してくれたのだと分かった。
トラックがゆっくりと動き出す。俺は、マリアの手を固く握った。マリアも、俺の手を弱々しく握り返してきた。彼女の瞳は、遠ざかっていくヨークシンシティの街並みを、じっと見つめている。ルークとクレアは、初めて乗るトラックの荷台に少し戸惑っているのか、俺の服を固く掴んでいる。チャーリーは、マリアの足元で静かに丸くなっていた。
これから始まる新しい生活が、どのようなものになるのか、俺にはまだ想像もつかない。叔母さんの優しさはありがたい。だが、それは決して、失われた家族の代わりになるものではない。
俺たちの心には、ヨークシンシティでの悲劇が、そして両親への想いが、これからもずっと残り続けるだろう。
それでも、俺たちは進まなければならない。この悲しみを抱えたまま、生きていかなければならないのだ。マリアと、ルークとクレアのために。そして、天国で見守っていてくれるであろう、父さんと母さんのために。
これにて第1章、幼年期編は完結です。ここまでお読みいただいてありがとうございます。
読者の皆さんの感想、評価の一つずつが大きな励みになっています。
この小説は私にとって初めてのもので、読みにくいところも多々あるかと思いますが、積極的に改訂を行っていきたいと考えておりますので、ご指摘をいただければ幸いです。
第2章、少年期・ホープウェル編もすぐに投稿を始める予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。