|つ〇スッ
|彡シュッ
さあ気持ちも新たに、やってきました傭兵組合! いや~相変わらず話に聞いていただけで詳しい場所は知らなかったんだが、思ったより楽に辿り着く事が出来た。というのも、昨日幾らかの銅貨と引き換えに警邏の衛兵に道案内をして貰ったのだが、小銭稼ぎの機会を逃さない者たちの間で広まってしまったのか、むしろ衛兵の方から積極的に目的地へ案内をしてくれた為だ。あからさまにカモと見られている事に忸怩たる思いはあるが、便利なことは確かなので今回案内してくれたノッポの―――人間の範囲は超えていない―――衛兵には気持多めに銅貨を握らせておいた。
さて、今日傭兵組合へやってきたのは他でもない、元々この世界に存在しなかった俺の身分証を手に入れるためだ。なんでもトマスに聞いたところによると、傭兵の中には日雇いのような仕事を主にしている者もいるとのこと。命を賭ける切った張ったの世界で生きるのは御免だが、戦わないでいる道も選べるのなら確固たる身分を得るために名目上だけ傭兵になるのも悪くない。トマスの口振りだと戦士というより何でも屋に近いようだし、その性質上、傭兵登録の審査はそう厳しくないらしい。素性の怪しい俺にはもってこいだ・・・・・・うん、何か自分で言ってて悲しくなってきたよ・・・・・・
心の内で涙をこぼしながら正面の西部劇に出てくるような扉を開ける。中に入ると、そこはどこか役所を思わせる作りだった。長いカウンターに何人かの受付、幾つかの長椅子が並べられていて順番待ちの人たちが座っている。俺の想像では傭兵は鎧を身に纏ったむくつけき男たちといった印象だったが、座っている彼らの中には普通の旅装やただの厚手の服の者も少なくない。依頼を出す側の者も混じっているのだろうか? いや、それにしては数が多いな。まぁこの街は最前線なわけでもないし、純粋に戦場で戦う傭兵の割合は少ないのかもしれない。右端の酒場みたいになっているスペースで朝っぱらから酒杯を傾けてる無頼漢のような奴らなんかはこれ以上ないほど傭兵っぽいけど(褒めてない)。
とりあえず待つにしても受付番号とかを貰わなければ話にならないので人のいない受付へ向かう。受付をしているのは幾分年上の栗色の髪をした細面の優男。荒事を監督している組織なのでなめられないようにあえて敬語にせずに話しかけた。
「傭兵への登録をしたい」
緊張もあってか少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、男は気にした風もなく笑顔で応対する。
「ご新規さんかい? 登録の前には組合の説明を聞く必要があってね。文字は読めるかい? 書面で読むのと口頭で聞くのを選べるけど」
「口頭で頼む」
思わず顔をしかめながら答える。文盲であることはこの世界で生きる上での俺の弱点の一つだ。村でジャンとアリッサに話を聞いた時に文字についても教えてもらった。幸いジャンは商人グァジの甥である事もあり簡単な読み書きができたので教えて貰うのに不都合は無かったのだが、文字は日本語とは全く異なっており、表音文字を使っていることは分かったがあの短い時間で習得する事は出来なかった。唯一覚えられたのは数字だな。あれはローマ数字に近かったのでなんとか覚える事が出来たが、今回のような書面を読むのには何の役にも立たない。この大陸の共通語だと言うし、余裕ができたら勉強しないとダメかなぁ・・・・・・
俺がそんなことを考えている一方で、男は顔をしかめたのを不快に感じたと思ったのか、笑みを深めて諭すように言った。
「大丈夫だよ。傭兵登録する人は読み書きが達者じゃない事も少なくないし。むしろそのために僕たち事務方がいるんだからね。じゃ、基本的な事から説明していくよ。面倒だろうけど、規則だから我慢して聞いてくれ。
まず、傭兵には二つ種類がある。一つは国家傭兵、もう一つは自由傭兵だ。
国家傭兵は国なんかの大きな組織に雇われて会戦や紛争、大規模討伐とかに従事する傭兵で、基本的に雇用主は多めに人を集めるから危険も収入もそれなりってところかな。仕事の頻度の関係上こっちは傭兵団に属する人が多いね。
自由傭兵は小さい組織や個人に雇われる傭兵で、討伐・護衛・採取とかから配達や力仕事なんかの雑用にいたるまで様々な依頼を受けることになる。危険や収入も依頼によって様々で、主に個人か少人数のパーティが多いかな。
僕たち傭兵組合の仕事はそんな傭兵たちへの依頼の斡旋と保障ってことになる」
「保障?」
「ああ。主だったところは依頼の裏取りだね。嘘の依頼で犯罪の片棒を担がされたり、身の丈に合わない危険な依頼を受けたくなんかないだろう?」
ほうほう、つまり依頼の危険度や真偽については組合が確かめてくれる訳か。その上で自分に見合った依頼を回してくれる、と。自由傭兵は本当に何でも屋みたいだし、こっちを選んで安全な依頼だけを受ければいいな。
「また傭兵には上は一級から下は七級までの等級があって、それぞれの等級に応じた依頼の斡旋がされる。もちろん、上の等級の方が実入りの良い依頼が入るけど、昇級にはそれまでの実績と組合が用意する試験用の依頼を達成する必要があるから、昇級希望の場合は必ず組合に申請してね」
「ふむ、具体的な等級別の依頼内容は?」
「そうだね・・・・・・七級じゃ危険度の低い場所での採取と雑用がほとんどだね。六級から討伐とかの依頼が入って、五級で初めて一人前さ。三級にもなれれば一流と呼んでも差し支えないし、滅多にいやしないけど一級の傭兵にもなれば魔獣すら討伐可能だと言われてる。」
「なるほど・・・・・・ちなみに、依頼を受けるには必ず組合を挟まないといけないのか?」
「いいや、推奨はしないけど禁止されている訳じゃないんだ。組合の支部のない街や村で依頼を受ける場合もあるからね。ただし、どんな依頼を受けたとしても完全に自己責任になるし、依頼を達成しても貢献度は計算されなくなる」
貢献度? 俺がきょとんとしていると、男は言葉を続けた。
「まだ言ってなかったね。組合には依頼の報酬から天引きされる仲介料の他に年に一度、銀貨5枚の更新料がある。でも一定以上の貢献度がある、つまり幾らかの依頼を達成して組合に貢献している場合はそれが免除されるのさ。危険のある依頼ほど貢献度は高いから、五級以上で年会費を払っている人はほとんどいないだろうね」
なるほど、なら自分が目指すべきなのは七級の自由傭兵だ。更新料の銀貨5枚はそれほど安くないが今の手持ちを考えれば楽に払えるし、雑用の依頼を受けて日銭を稼げば手持ちもそれほど減るまい。雑用の依頼だけで免除までいければ理想的だがそこまで簡単には出来てないだろうな。
他にも依頼を受けて失敗した場合の違約金についてや討伐した対象を解体してもらう際に必要な手数料などの説明を聞いた後、自由傭兵として登録したい旨を男に伝えると簡単な書類の作成が必要だが口頭で答えてくれれば代筆すると言ってくれた。年齢、出身地、得意なこと、前衛と後衛どちらを希望するかなどの質問に答えていく。教えたくない場合は伏せてもいいらしい―――ただしパーティメンバーを募集する際に人が集まりにくくなる―――ので、遠慮なく出身地は伏せさせてもらう。男は答えを聞ききながらスラスラと書類に記入していき、残る項目はあと2つとなった。
「・・・・・・じゃあ次、どんな戦闘技能があるんだい?」
「ん・・・・・・一応魔法も使えるが、主に使っているのは別だ」
「おお、魔法を。魔法が使える人は傭兵には珍しいんだよ。一度の戦闘に何回ほど使えるんだい?」
「いや、一度が限界だ」
《虹のつまった指輪》とかのスペル枠増強アイテムでも装備すれば別なんだが。・・・・・・まあ極稀カードだからまだ出せないんですけどね!
「そうか・・・・・・残念だけど、それなら登録する技能は別のほうをお勧めするよ。そっちは何だい?」
「召喚術だ」
「・・・・・・ショウ、カン、術、っと。ん~? 聞いた事無いなぁ。簡単に説明してくれない?」
ん~、どうするか。どう伝えるか少し迷ったが、後で齟齬があっても不味いので門で衛兵に伝えたのと同じ内容を話した。説明を聞くと眉根を寄せて"本当?"と確認してきたが、門で衛兵隊長に実際に見せたから確認をとってもらってもいいと言うと渋々ではあるが納得してくれた。
「・・・・・・じゃあこれで最後の項目だ。登録する名前をどうぞ」
「江堂隆樹だ」
あれ? 思い返してみると、もしかしてこの世界に来てから名乗ったの初めて? そういえば村でも馬車での旅中でも名前を聞かれずに『召喚術師殿』って呼ばれてたから本名を伝えてないな。また会う機会があったら伝えよう。
「エドー・リュークィだね・・・・・・はい、これで以上だ。」
男が書類にサラサラと書き込んでいく。なんか微妙に発音がおかしかった気もしたが・・・・・・まぁ、いいか。それほど大きな問題にもならんだろうし。いや、むしろ名前で風の旅人だとバレないようにこの世界風の名前を考えた方がよかったのか? 今更だから諦めるが、やはり俺程度の浅知恵じゃあすぐ粗が出るな。それもこれもこの世界での常識をまだ理解しきれていないのが原因だが、それを解決する上で再び問題となるのが文字が読めない事だ。字が読めなければ本が読めない、本が読めなければ人に聞くしかない、いい歳した俺が教えを乞うとなれば事情を聞かれるのは必至、もし事情を誤魔化すなら必要なのはこの世界の知識・・・・・・堂々巡りだな。いっそ信頼できる人に事情を話して教えてもらった方がいいかもしれん。信頼できる清廉な人柄の人物・・・・・・神官、とか? 本当に天罰が落ちたりする神が実在するこの世界では神官は厚い信仰心と正しくあることが求められる。そのどちらが欠けても神官の行使する神の奇跡は使えなくなるので、神殿で出世する上位の神官は両方を兼ね備えていることが行使できる神の奇跡の数で分かるそうだ。一応俺も風と旅人の神に召喚術という祝福(?)を受けた身であるし、後で風の神殿にでも行ってみるか・・・・・・
「はい、どうぞ。これが七級傭兵の錫の傭兵証だ」
思索を巡らせている間に受付の男は書いた書類を奥に持っていき、代わりに小さな金属のプレートを持って戻ってきた。プレートの両端には紐を通すためと思しき穴が開いていて、光を反射して鈍い輝きを放っている。
「できれば見える場所に身につけておいてね。紛失した場合は等級に応じた額で再発行可能だよ」
「ああ、分かった」
「それと、今回の登録料の銀貨一枚は一括での支払いとこれから受ける依頼の報酬からの天引きが選べるけどどうする?」
「今払う」
懐に余裕があるので迷わず一括で払う。プレートに通す紐もサービスで貰えたので、余裕を持って緩めに首から提げておくことにした。
よし、これで目的だった身分証は手に入った。胸の辺りに吊るされた錫の金属板を見下ろし、指先で弄びながら感慨にふける。これが、これだけが俺がこの世界に存在する事を証明する唯一の物だ。完全な異邦人である自分がこの地の人間になろうと踏み出した最初の一歩とも言える。できればそのうち戸籍とかも手に入れたい所だが・・・・・・いやこの世界じゃ市民権になるのか? まぁ、それは後々でいいだろう。今の自分では身軽な立場でいないと召喚術を利用しようとする者から逃げる事も出来ない。腰を落ち着けるのはもっと色々な場所を見て、抗える充分な力を―――もちろん召喚術で―――手にしてからでも遅くはない筈だ。
ふと視線を感じて顔を前に戻すと受付の男が戸惑った顔でこちらを見ていた。しまったな。そんなに長い時間ではないとはいえ、意識を完全に別の所に飛ばしていた。とはいえ、今日は依頼を探す気はないからここに居る意味はない。苦笑しながら"なんでもない"と告げて、踵を返してその場を立ち去った。
傭兵組合を出た俺はそのまま辺りの店を見て回ることにした。幸い金はあるので村では手に入らなかった物を買っていく。服屋で雨合羽の代わりになるフード付きのマント、雑貨屋で着火器具と岩塩を初めとした調味料、靴屋で長靴代わりにもなる革のブーツなど・・・・・・。革製品を扱ってる店では思いついた事があったので金を割り増しで払いオーダーメイドで作ってもらうことにした。注文したのはカードを入れる為の腰に巻くカードホルスター。それもただウェストポーチをカード用に改造した物ではなく、モンコレの漫画《忘泉の探究者》のアイディアを取り入れ普通に開けただけでは中身が空に見える二重構造の機能を付けている。注文を受けた店主は"こんな造りの物は初めて作る"と不安そうだったが、追加で銀貨を渡すと"数日中に仕上げて見せる!"と快く請け負ってくれた。
そうして荷物を増やしながら歩いていると、ふと目に留まる店があった。他の店と比べて小奇麗な外観で、看板は台に置かれた丸い玉といった感じで何の店か分からない。なんとはなしに興味が湧いた俺はその店に衝動的に入る事にした。
「いらっしゃいませ」
中で俺を迎えてくれたのはカッチリとした服に身を包んだ初老の男性だった。顔にはシワが、髪には白髪が混じっているが、背筋がピンと伸びているからかそれほど老いを感じさせない。見た目はほとんど人間と変わらないが、頭の両側から羊みたいな角が生えてるからやっぱり亜人なんだろうな。
しかし、中を見れば何の店か分かるだろうと高をくくっていたが、実際見てみると余計に分からなくなった。腕輪や首飾りのような装飾品、何種類もある指揮棒にも見える短い棒、カンテラや革袋といった雑貨、扉付きの棚や何の装飾もない四角い箱などの用途不明の物まで・・・・・・統一性の感じられない品揃えだ。これは多分説明してもらわないと分からない類のものだと諦めて男に聞くことにした。
「ここは何の店なのかな?」
男は俺の質問にも表情一つ変えずに慣れた様子で問いに答えた。
「旅の方ですか? ようこそ『シュトライト魔法具店』へ。私どもの店では便利な魔法具とそれに使用する魔石を取り扱っております」
・・・・・・魔法具、魔法具か。たしか武具屋の店主が何か言ってた気がする。あ~、何だっけ。売った黄金装備が魔法具だって話だったか? でもそうすると何故ここの魔法具は魔石を使うんだろう。聞いた気もするが、高値で売れた衝撃が大きかったせいで思い出せないな。
「ええっと、魔法具ってのは魔石を使う物なのか?」
「ああ、いえ、魔石を使用しない魔法具もありますが、この店では取り扱っておりません。そういう魔法具は使う者に才能が必要ですから」
魔法具を扱う才能―――――つまりはユニットでいうところの『アイテム:1』とかのアイテム枠かな。なら、魔石を使う魔法具はアイテム枠を消費せずに使えるかもしれないか? ・・・・・・それって凄く便利じゃないか。俄然興味が湧いて来たぞ。
「どんな風に使うのか説明を頼む。できれば旅で役立つものが良いな」
「そうですね・・・・・・それなら、こちらの火の短杖なんてどうでしょう」
そう言って指揮棒のような魔法具の柄の蓋を開けて何かのかけらを入れ、柄尻ごと軽くひねるとボッ、と軽い音と共に先端に握りこぶしほどの火球が出現した。何も燃えるものがない空中にゆらゆらと揺らめきながら球を形作る炎はライターなどとは違って何処か幻想的なものを感じさせ、俺の目を奪う。この世界に来てから元の世界ではありえないものを幾つも見てきたが、この科学でない技術で作られた文明の火はその中でも一等『ファンタジー』っぽい光景だった。しばらく呆けたように火を見つめていたが、男が魔法具を逆にひねって火を消したことで正気に戻る。慌てて男の顔を見るとこちらを微笑ましそうな表情で見ていて、思わず顔が熱くなった。
「フフフ、お気に召したようですね。このようにこの魔法具は小さな火の玉を生み出せますので野営の際に火を熾す時、焚き付けの代わりにすることができますよ」
「うぅ・・・・・・忘れてくれ・・・・・・。・・・・・・最初に入れていたのが魔石か?」
「いいえ、あれは魔石を加工する時にできる魔石片です。これのように小さな魔法具は加工した魔石を使わずとも魔石片で動かす事が出来ます。勿論魔石よりは寿命が短いですが・・・・・・、それでも3ヶ月近くは動かせます」
「ほう、それは良いな。試しに使ってみても良いかな?」
「ええ、どうぞ」
男から手渡された魔法具を何度か持ち直して握りごこちを確かめ、柄をひねって火球を出す。そしてすぐさまステータス確認!
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属性:聖・魔 レベル:1 攻/防:0/1 進軍タイプ:歩行
新米召喚術師 【人間】 スペル:* アイテム:1
魔力:0/8
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・・・・・・おお! アイテムが『使用中』にも『使用済み』にもなってない! つまりはこの世界の魔石を使う魔法具はアイテム枠を消費しないという事だ。金銭面では魔石というランニングコストが生じるが、金に困ったらまた適当な装備品でも売り飛ばせばなんとかなるだろうし、ここは積極的に手に入れるべき!
「他の魔法具も、ぜひ! 見せてもらえるか!」
「ええ、畏まりました」
―――――結局、4つも魔法具を買ってしまった。最初に見せてもらった着火用の《火球》の短杖と、飲み水を生み出せる《水流》の指輪、着用者の汗や汚れを浄化する《洗浄》の首飾りに一回こっきりではあるが体を隠せる程度の石の壁を作り出せる《障壁》の腕輪、それに維持用の魔石片などが少々。残り資金は大きく目減りしてしまったが・・・・・・先行投資だと思おう。流石に同じ街で何度も装備を売り払ったら目立つだろうし、これは思ったより早く依頼を受けるのを考えないといけないな・・・・・・
想像以上に大口の客にホクホク顔の店主に見送られて店を出るころには日も高く上がっており、何やら小腹が空いてきた。この世界では農繁期の村や肉体労働者以外は一日2食が普通らしいが、現代人としては昼食は外したくないところだ。宿に戻っても昼食は出してくれないし、途中で見かけた広場の屋台で何か腹に入れておくとしよう。
広場が近づくと活気のある声と何かを焼く音が聞こえてくる。それほど広くもない広場に軒を連ねる屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、客の足を止めようと誘惑する。
「お兄さん! アリガの実を食べてきな! 今年のは甘くて美味しいよ~!」
「麦蜜をかけたガレットはどうだい、間食にぴったりだ!」
「甘さならやっぱり干し果物だ! 日持ちもするから買っていきな!」
果物や野菜を売る店、クレープのようなもののを売る店、干し果物を量り売りする店・・・・・・入り口近くの店は甘いものが多い印象だ。間食扱いだからあまり重いものは食べる人が少ないのだろうが、俺としては昼ご飯の代わりだからしっかりとしたものを食べておきたい。あっ、あの干し果物はちょっと買っていこう、保存食にもなるし。
無駄遣いをしつつ屋台をめぐると、香ばしい匂いが流れる一角に差し掛かる。どうやら肉類の屋台はこの一角でまとめられているようで、串焼き、網焼きの屋台に交じって干し肉、塩漬け肉などを扱う店も見受けられる。肉の焼ける匂いに唾を飲み込みながら、特に芳しい香りを放つ屋台に誘われるように近づくと、店主のでっぷりとした中年男性が声をかけてきた。
「おう兄ちゃん! うちの自慢の兎の香草焼きを喰ってけよ! 3本でたった銅貨2枚だぜ!」
むむぅ、隣の屋台の腸詰の網焼きもなかなか良さそうなんだが、この香りは暴力的だ。我慢できずに金を支払うと、店主はニカッと笑ってすぐに焼けてる串を差し出してきた。礼を言って受け取った串焼きを一口食べると香ばしい香りが口の中に溢れてくる。脂が少ないのか肉汁は少な目だが、歯ごたえのある肉質と合わさって噛むほど味がしみだしてくるし、使われている香草の香りが後味を爽やかにしている。腹にもしっかりと溜まるし、これは当たりだな。
「これは美味いな」
「だろう! うちの串焼きはここらじゃ一番だって評判なんだぜ!」
上機嫌に腹をゆすりながら笑う店主に、2本目を平らげてから問いかける。
「ここらで一番とは、肉が違うのか?」
「おいおい、見習い狩人の狩る草原兎に上物も何もあるもんかよ。違いがあるとすりゃ、俺の腕だな!」
自慢気に腕を叩いて見せる店主にそんなものなのかと思っていると、隣の屋台の店主がクツクツと笑いながら言った。
「おいおい、お前のところが評判になったのは嫁さんの味付けに変えてからだろ? 見栄張るんじゃねぇよ」
「うっせぇ! 悔しかったらてめぇも獣人の嫁を貰いやがれ!」
見た目には可愛らしさなど欠片もないおっさんたちの、子供のじゃれ合いのような掛け合い。ふと感じる既視感と懐かしさ。ああそうか、自分も悪友とこんな風に話してたなぁ。
今まで目をそらしていた思いが溢れ、胸を締めつけるような寂しさを感じた。
「仲が、良いんだな」
「ケッ、ガキの頃からの腐れ縁さ。何の因果か、今でも隣で商売してやがる」
「随分な言い様だな、この前は賭けの負け分を立て替えてやったってのに」
「そりゃ昨日酒奢ってやったんだからチャラだ、チャラ!」
憎まれ口をたたきながらも相手への信頼が感じられる気安い雰囲気。もう二度と会えない相手。鼻の奥に痛みが生じ目が潤み始めるのを感じた俺は逃げるようにその場を後にした。
身辺でごたつきがあってご無沙汰になってましたが、続けようという気はあります。
待って下さる方々にはご迷惑をおかけしますが、気長な目で見てください。