新米召喚術師の異世界紀行   作:woodenface

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幕間1:ピエット村の騒動

マニの大森林にある唯一の村、ピエットの村には集落を囲むように東西南北に4つの見張り台が存在する。

しかしその監視範囲は地上ではなく、むしろ上空に向けられている。

なぜなら村の周囲には獣の嫌がる臭いのする薬草が群生しており、滅多に野獣が姿を見せることはないからだ。

そのため、警戒対象はかなり離れた縄張りから稀に村のほうまでやってくるブレード・ファルコンやゲイル・ホークなどの猛禽であり、見張り役はほぼ全員が狩人である村の男衆の中で、弓の扱いが下手で狩りに参加できない者たちが順番に行っている。

その日の見張り当番の青年、ジャンは南の見張り台の上で不貞腐れていた。

理由はたった一つ、昨日の大鷲騒動で嘘を吐いたとして二日連続で見張り当番をさせられたからだ。

 

「絶対に大鷲はいたのになぁ・・・・・・」

 

ぼやきながら昨日のことを思い出す。

 

昨日も今日と同じく南の見張り台で見張りの当番をしていた。いつもなら退屈で仕方のない時間だったが、その日は手元に遊ぶにはもってこいの玩具があった。

望遠鏡。昨日に街から戻ってきた叔父が自分にくれた、遠くのものが近くに見える不思議な筒。村を代表して街へ物資を買いに行く叔父が持ち帰ってくる珍しい品物の中でも特に気に入った品だ。これを使って遠くの風景を眺めるだけでも時間を忘れて楽しむことができた。

 

問題の事件が起こったのは日が傾きかけてきた時刻、そろそろ望遠鏡で森を眺めるのにも飽きてきたころの事だった。

変わり映えのしない森の風景を見ることに飽きたジャンは望遠鏡を上に傾け、今度は空の雲を眺めることにした。叔父から望遠鏡を受け取るときに『太陽だけは直接覗かないように』と言いつけられていたため空を見るのは初めは避けていたのだが、退屈と好奇心には勝つことはできず、気をつけさえすればいいじゃないか、と自分に言い訳をして空の観察に勤しんだ。

思えば、このとき望遠鏡の中に映る景色だけを見ていたのがいけなかったのだろう。そうしていなければもっと早くに気付けただろうから。

 

ジャンが望遠鏡で空を眺めるのに夢中になっていると、突然視界が暗くなった。

視界が明らかに暗くなるほど厚い雲は無いのに何故、と訝しんで空を眺めるのをやめた時、彼は絶句した。

陽光を遮り彼の元へと影を落としていた原因は、彼が見たこともない大鷲だった。

その身体全体は銀色の羽毛に覆われ、頭の後ろからは数本の飾り羽が飛び出している。目の周りは強調するように赤く染まっていて、その鋭い眼光は獲物を狩る猛禽であることを示していた。

そんな大鷲がこの南の見張り台からそう遠くない空を円を描くように飛んでいる。まるでこれから襲う地上の自分達を観察しているようではないか。

 

「あわわわわ・・・・・・、早く皆にこの事を知らせないと!」

 

慌ててジャンは見張り台を転がり落ちるように降りていく。

その後の大鷲の動きに気付くことなく・・・・・・

 

 

 

 

「狩猟頭! 大変です!」

 

ジャンが息を切らせて飛び込んだのは村の狩人達を束ねる狩猟頭、ダルカスの家だった。

ノックも無しにドアを破らんばかりの勢いで家に飛び込んできた行為は、ともすれば礼を失していると責められてもおかしくはないものであったが、家の主である壮年の男、ダルカスはそれを気にした様子もなく鷹揚に応えた。

 

「おう、ジャン。そんなに血相を変えてどうした? 確かお前は今日は南の見張り当番だったはずだが・・・・・・」

 

「そ、それより大変なんです! むっ、村の南の空から、お、大鷲が!」

 

焦りの余り、言葉を詰まらせながら叫ぶジャンの言葉を掌で制し、ダルカスは彼を落ち着かせるため、殊更ゆっくりと言葉を発した。

 

「落ち着けジャン、・・・・・・それにしても大鷲? ブレード・ファルコンやゲイル・ホークが来たのではないのか?」

 

自生する薬草のおかげで外敵が少ないピエット村ではあるが、月に数度は野獣たちの村への襲撃がある。その大半は空を飛ぶ巨鳥たちであり、特に気配を消して村に接近してくるブレード・ファルコンなどはその筆頭であるといえる。

 

「分かりません・・・・・・、でも全く見たことがない姿をした大鷲でした」

 

ジャンが伝える未知の敵、その脅威を考え僅かな逡巡の後に指示を出す。

 

「ふむ・・・・・・、よし、分かった!俺は一足先に南の見張り台に行って大鷲の様子を見ておく。ジャン、お前は狩猟小屋に行ってガルドを呼んでこい。あいつの腕ならまず間違いない。今の時間なら狩りから帰って小屋にいる筈だ」

 

「は、はい!」

 

「くれぐれも急いでくれよ? じゃねぇと、着いた時にはその大鷲とやらの腹の中ってことになりかねねぇからな」

 

 

 

 

ダルカスの指示に従い、ジャンが次に走ったのは村の東の端にある狩猟小屋だ。ここは狩人衆が血抜きした獲物の解体や皮を剥いだりする作業を行う場所で、この時間ならば狩りを終えた者たちが今日の成果を手にたむろしているはずだった。

ジャンはダルカスの家の時と同じく、息を切らせて狩猟小屋へと飛び込んだ。

突然の訪問者に、何だ何だと獲物の解体などを行っていた狩人たちの視線がジャンへと集まる。

 

「ガルドさん! 居ますか!?」

 

大鷲が襲撃を仕掛ける前に見張り台に行かなければならない、その焦りから悲痛な色さえ感じさせる声を上げるジャンに、上背のある狩人たちの中でも一際大きな影が応えた。

 

「・・・・・・俺ならここにいる。一体どうした、ジャン」

 

それはまるで巌のような男だった。

背丈は周りの狩人たちよりも一回りは大きく、胸は厚い。村の狩人衆は皆たくましい男たちだが、ガルドはそれと比べてもたくましい。このたくましいとはなにも肉体の強靭さだけを言うものではない。その精神を含めたありようがしっかりと確立されているということだ。

まさに村一番の狩人との称号がふさわしいガルドの様に幾ばくかの安心をもらい、少しばかりの余裕を取り戻したジャンは伝えるべきことを率直に伝えた。

 

「弓矢を持って付いて来て下さい! 理由は道中でお話しします!」

 

 

 

 

ジャンがガルドに移動しながら事の経緯を説明していると、南の見張り台に着いた時、ちょうど見張り台からダルカスが降りてきているところだった。

 

「狩猟頭! ガルドさんを連れてきました!」

 

見張り台からゆっくりと降りてきたダルカスはジャンの前まで歩いてくると、無言でその拳をジャンの頭に振り下ろした。

 

「ぎゃんっ!!」

 

思わぬ一撃に奇声を上げ、頭を抑えて蹲るジャンに、ダルカスは大声を出して叱責した。

 

「こんなタチの悪いイタズラをする奴があるか!! 大鷲など何処にもおらんではないか!」

 

「イタタ・・・・・・、そ、そんなぁ。確かに自分が見たときはいたんですよぉ」

 

「まだ言うか!! ・・・・・・もし仮に大鷲がいたとしたら、そこまで近づいたのに村に何もせずにいなくなる訳がないだろうが!」

 

これはダルカスの方が正論である。これまで何度となく村を襲撃されてきた経験から言って、姿が確認できるほど近くまで接近してきた敵が村に何もせずに去っていくというのはありえないことだ。たとえそれが未知の大鷲だったとしても、様子見だけして帰るなどという知恵を野獣が持っているはずがないし、少なくとも村に襲撃をかけてきた今までの敵にはそのような素振りを見せたものはいなかった。

 

「・・・・・・そんなぁ」

 

強い危機感を抱いて行動してきた全てをイタズラと断じられた上に拳骨までもらい、ジャンは大鷲が去っていったという一抹の安堵と報われなかった失望感でいっぱいであった。

涙目になりながらガルドに助けを請う視線を向けたが、ガルドは「信じてやりたいが、狩猟頭には逆らえん」と言葉を濁し、かくしてジャンは虚偽の大鷲騒動を起こしたイタズラ者にされてしまった。

 

「とにかく!! ジャン、お前は罰として明日も見張り当番だ。いいな!」

 

 

 

 

とまあ、このような顛末でジャンは昨日と同じ見張り台で不貞腐れながら空を眺めていた。

大鷲騒動をイタズラ扱いされたのは腹に据えかねるものがあるが、接近に気付かなかったせいで報告が遅れたのが原因であるのもまた事実。それにこの上更に同じように敵を見逃せば自分の信用が失墜するのは目に見えている。

そんな訳で、時折愚痴をぼやきながら昨日よりは真面目に見張りをしていたジャンはある時、遠くの空に小さな点が浮かんでいるのを発見した。

初めは目にゴミでも入ったのかと何度か目をこすってみたが、空の小さな点は位置や大きさも変わっていない。いや、大きさは時間と共に徐々に徐々に大きくなっている。何かがこちらに向かってきているのだ。

すわ昨日の大鷲か、名誉挽回のチャンスがやってきた!と歓び勇んで望遠鏡でその小さな点を覗いてみると、

 

「は・・・・・・、え・・・・・・? ・・・・・・ド、ドラゴン?」

 

望遠鏡のレンズの向こうに見えたのは、幼き日の御伽噺に聞いた伝説の魔獣であった。

蜥蜴にも似た頭からは3本の角が生えており、前脚は皮膜の翼になっている。蜥蜴と違って後脚は強靭そうであり、長い尻尾も合わせて遠くの姿ではあるが全体的に強い威圧感を発していた。

ジャンは勿論本物のドラゴンを見たことなど無い。しかし絵本の挿絵などで大まかな姿は知っている。そんな貧相な知識でも分かることがある、あれは絶対にドラゴンだ。

その姿は今では望遠鏡でやっと分かる程度だが、こちらの方、つまり村のある方角へと真っ直ぐ突き進んでいおり、その輪郭は少しずつ大きくなりつつある。

 

「た、大変だ。大鷲どころの話じゃない、皆に知らせないと!」

 

 

 

 

ジャンがもう一発拳骨をもらいながらダルカスを説得し、直に望遠鏡でドラゴンの姿を確認してもらうと、狩猟頭から村全体に非常事態が伝えられ、女子供は一番丈夫な建物である長老の家に集められた。

今、事態の中心である南の見張り台の上には数人の男たちが集まっていた。

 

「ま、間違いない・・・・・・あれはドラゴンじゃろう」

 

村の長老、サイモンの震える声が男たちの間に響く。

六十年生きれば長生きとされる村の中で七十の齢を重ねる彼は村の誰よりも経験を積んだ村の生き字引だ。しかし、そんな彼をしても過去にドラゴンを直接見たことなどない。だが、彼の経験はあの魔獣が自分が相手をしてきた野獣や魔獣などより高位の魔獣であることを示していた。

 

「ど、どうします、長老! アレがあのまま村に来れば大変な事になります!」

 

悲痛な声を上げたのは村の農業・畜産を統括する農業頭、ホーエンだ。普段は冷静沈着に状況を判断する彼だが、今は焦りのあまりその姿は見る影もない。

まぁ、文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際に普段どおりのままでいられる人間の方が少ないのは確かだが。

 

「少しは落ち着かんか! のう、ダルカス。狩人衆全員でかかればあのドラゴンにどれくらいの傷が与えられる?」

 

問いを投げられた狩猟頭、ダルカスは沈痛な表情で答えた。

 

「分かりません・・・・・・。下に集めた狩人衆はガルドを初めとして精鋭揃い、外すことはまずないでしょうが、あのドラゴンの鱗にどこまで矢が通用するか・・・・・・。最悪、矢が刺さらないという事もあり得るでしょうな」

 

いつもは豪放磊落なダルカスの気落ちした声に周囲の空気が暗くなってきたその時、1人の男が声を上げた。

 

「長老、私にもそのドラゴンの姿、確認させて下さい」

 

その声に満座の男たちの視線が1人の男に集中する。若い、周りの男たちと比べればかなり若い男だ。年の頃は四十手前といったところだろう。

彼の名はグァジ、ピエットの村と街との交易を一手に引き受ける村唯一の商人である。普段は村で取れた薬草や香草、獲物からなめした革などを街まで売りに行き、得た金銭で生活用品などを買って村へ戻る、という生活をしているので、時節によっては村にいない期間も多い。実際、グァジがピエットの村に帰ってきたのはつい一昨日のことだ。

彼はその役割柄、村の外で知見を広める機会が多く他の村人とは比べ物にならない広い見識を持ち、そのため村にいる間は相談役としても村人達に信頼されている。

 

「お、おお、グァジ殿」

 

「グァジ殿なら何か分かるかもしれねぇな」

 

長老から望遠鏡を受け取り覗きこむと、ドラゴンの姿はかなり大きくなっており、村までの距離が狭まっているのを感じさせる。

確かに寝物語に聞いてきたようなドラゴンの姿。しかし、そのわずかな特徴の差にグァジの知識は気付いていた。

 

「前脚がなく、翼になっているあの姿・・・・・・、あれは純粋なドラゴン―――竜種ではなく亜竜種の飛竜でしょう。竜種に比べれば数段格の劣る魔獣です」

 

竜種と亜竜種、それは形は近いが似て非なるものである。竜種は純粋な身体能力に秀でている上に魔法を使うことできる場合もあり、時には強力な吐息(ブレス)を使うこともある。それに比べて亜竜種は身体能力では竜種に比べて劣り――勿論、純粋な竜種と比べればの話だが――、知性も低く本能に忠実な場合がほとんどである。

 

「鱗も竜種に比べれば柔らかいでしょう。狩人衆全員でかかれば何とか倒せると思います」

 

「おお! 本当ですかな!」

 

「そんじゃあ、早速ガルドたちに指示を出して・・・・・・」

 

「待って下さい」

 

希望の抱ける情報に浮き足立ったホーエンとダルカスを止めたのはまたしてもグァジであった。

望遠鏡を覗き続けるグァジ。彼の目はドラゴンが近づいてきたことで今まで見えていなかったもう1つの事に気付いていた。

 

「あれは・・・・・・人? ドラゴンの背中に人が乗っています!」

 

ドラゴンが村に近づいてきたことで見えたもの、それはまるでドラゴンに馬のように跨った人影である。遠目にも見事な物であることが分かる金色の鎧を着込んだその姿は、グァジをして一瞬現実のものかと疑わせる程幻想的なものだった。

しかしその意識は2人の発言ですぐさま現実に引き戻されることとなる。

 

「ドラゴンをその人が従えている・・・・・・? ならばそいつを倒せば!」

 

「すぐにガルドに指示しよう。あいつなら外さねぇはずだ」

 

2人の軽率な発言にグァジは思わず舌打ちをする。こいつらはなんでも排除すればいいと思っている。ドラゴンを従えるものがドラゴンより弱いとも限らないのに。

 

「なんでそうなるんですか!? 乗り手を倒したら残ったドラゴンが暴れ回るかもしれないでしょう!」

 

「グァジの言うとおりじゃ。それに話が通じるだろう相手がいる以上、敵対するのは愚策。ホーエン、ダルカス、お前たちは少しは考えてものを言わんか! それでグァジ、お主はどう思う?」

 

「・・・・・・北の帝国では飛竜を卵から育てて騎兵の騎獣とする竜騎士がいると伝え聞いております。あの乗り手がそうなら、一応は連合王国の領土であるこの村でみだりに乱暴は働かないと思うのですが・・・・・・」

 

「ふむ、それでは礼儀を以って接すればいいということかの?」

 

「そうですね、そうすれば最初からこちらに対して害意がない限り敵対されることはないと思います」

 

「・・・・・・ふむ! よし、分かった! ならばワシが直接対応する。ホーエン、ダルカス、お前達はワシについて来い。グァジ、お主はガルドと共にワシの家に行き女子供達を守れ。ワシらに万一ののことがあればお主が皆を率いて逃げよ」

 

もはやドラゴンの姿は肉眼で確認できるほど近づいている。生きるか死ぬかの瀬戸際、決戦の場に赴く長老の目には相応の覚悟が滲んでいた。

 

 

 

 

見張り台から降りると集まっていた狩人衆たちは空に見えるドラゴンを見て騒然としていた。無理もない、いくら狩猟頭から「ドラゴンが来たから準備をして集まれ」と言われたとしても、実際にドラゴンを自分の目で見るのと聞くのでは大違いだ。たとえ長老の自分であっても、見張り台の上でその姿を先に確認していなければ、きっと同じように動揺を抑えることはできなかっただろう。

 

「降りてくるぞぉー!!」

 

狩人衆の誰かが叫ぶと、ドラゴンが木々の合間を縫って地上へとゆっくりと降りてきていた。大きい、見張り台で見たときにも感じたことだが、実際に間近で見ると改めてその大きさに唸らざるをえない。小さな小屋ほどもある生物というのはきっとドラゴンでなくても相当な威圧感を放つのだろうな、とどうでもいい思考が内心に浮かぶ。

地面に降り立ち翼をたたんだドラゴンの背から降りてきたのは若い男だった。その身を包む黄金色の鎧や盾、槍の豪華さに反して顔は精悍には程遠い柔和な顔立ちで、歳は二十にもなっていないだろう。

またこの突然の訪問者の謎が一つ増えたことに内心で溜め息を吐きながら、ホーエンとダルカスを引き連れて前に出て、一番の疑問である言葉を投げかけた。

 

「竜騎士殿、このピエットの村に何用で参られたのですかな?」




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