長老の屋敷から出ると、外で待機していたガルドさんが狩人らしき若者数人と話をしていた。
「――――という訳ですから、ガルドさんも気を付けて下さい」
「ああ。・・・・・・おっと、召喚術師殿も来たようだ。また後でな」
屋敷から出て来た俺の姿を見つけたガルドさんが話を打ち切り、若者の一団に別れを告げてこちらにやってきた。
「召喚術師殿、もう家に戻られるのか?」
「はい。護衛をよろしくお願いします」
名目上は俺の護衛であるガルドさんを横に連れて、しばらく村の中を歩いていく。彼は俺よりも二回りは大柄で、立っているだけで威圧感を感じるような巨躯だ。その上、無口なのかそれとも無駄な事は喋らない性分なのか、ずっと黙ったままで俺についてきているので、なんというか、非常に気まずい。
おそらく、この気まずい空気は俺が一方的に感じているものだろうが、感じる微妙な居心地の悪さを何とかするため、世間話でもしてみることにした。
「先程は、狩人の方たちと何を話されていたのですか?」
俺は出来るだけ無難な話題を選んだつもりだったのだが、彼はわずかに顔をしかめ、厳しい表情で答えた。
「森が・・・・・・荒れているようなのだ」
「森が、荒れる?」
森が荒れる、つまりは森が荒廃してきているということか? 何らかの原因で森の樹木に虫害や病害が蔓延して木が枯れてしまったりしているのだろうか、などと考え込んでいた俺を見て彼は苦笑し、事態を説明してくれた。
「森での暮らしを知らぬ召喚術師殿には少し分かり難いかもしれんな。森が荒れているというのは、森の中の獣や魔物たちの縄張りが荒れているという事なのだ」
彼は歩みを止め、地面に幾つかの円を隣り合うように書いて見せた。
「基本的に森の獣たちの縄張りは隣り合っても重なり合ってはいない。強い者は広い縄張りを、弱い者はその隙間を縫うように暮らしている。」
そして今度は一つの円を消し、周りの円をその分大きくした。
「縄張りの主が喰われた場合は捕食者が縄張りを乗っ取り、寿命や病気の場合は死ぬ前に縄張りが奪われていくから、死んでも縄張りが混乱することはまず無い。しかし―――」
言うと、彼は円の一つに×を描いた。
「狩られたり事故などで大きな縄張りの主が突発的に死ぬと、空いた縄張りを巡って、縄張りを広げるものや逆に縄張りから追い出されるものがでて、辺り中の縄張りが滅茶苦茶になるのだ」
「ということは・・・・・・村の誰かが縄張りの主を仕留めたのですか?」
「いや、村では森が荒れないよう、けっして大きな縄張りの主は狙わない。おそらく崖崩れのような事故が起きたのだと思う。縄張りの荒れようによっては村までやってくる魔物もいるかもしれん・・・・・・」
気まずい空気を何とかしようと話をしてみたのに、話のせいで雰囲気は更に重苦しくなってしまった。それから後はガルドさんに話しかけるタイミングがどうしても見つからず、家に着くまでの間、妙な居心地の悪さと戦い続けることになった。
家に着き夜になるまでは家の前で待機しているというガルドさんと別れ、昨日から宛がわれている仮初めの我が家に入ると、今までの心労を吐き出すように大きく息を吐いた。ガルドさんにはそんなつもりはないのだろうが、彼からは気迫というか静かな威圧感のようなものを感じる。その上、こちらが気付いたことは隠しているが、俺は彼が自分に付けられたお目付け役だと知っているのだ。そんな彼と一緒に行動するのは痛くない腹を探られているようで想像以上に気を張ってしまう。まだまだ日は高い時間帯だが、一応俺ができる仕事は済ませたし、現在進行形でバステトたちが傷病人の治療をしてくれているんだ。精神的な疲れと魔力、それに使用したスペル枠の回復のために今から寝てしまっても構わないだろう。辟易とした鎧の着脱を思い、寝苦しいのを覚悟で鎧を着たまま寝台にごろんと横になるとバステトたちが治療を終える夜まで惰眠を貪ることにした。
―――コンコンッ
鎧を着ながら寝たせいか寝苦しくて眠りは浅く、その控え目なノックの音でも睡眠を中断させるには十分だった。
のっそりと寝台から上体を起こして大あくびを一つ。そして両手を伸ばして軽く伸びをしながらステータスを確認してみたが、魔力とスペル枠のどちらも回復していない。
寝てから6時間経つ前に夜になってバステトたちが帰ってきたのだろうか?
いや、違う。この窓のない小さな小屋では直接外の様子をうかがい知る事はできないが、壁の隙間から陽の光が薄暗い室内に射し込んでいる事からまだ夜になっていないことくらいは分かる。
せっかく眠って魔力を回復しようと思っていたのに・・・・・・。魔力に限りがあることを隠す関係上、眠るのを邪魔しないようになどとは言っていないのだから途中で起こしたことを責めるのは少々酷だが、どうしても軽い苛立ちは感じてしまうのは仕方ないだろう。
いかんいかん、頭を軽く振って怒りを思考から追い出す。俺はまだ警戒される立場なのだ。村人たちにとって理由なく不機嫌になっているように見える横柄に感じられる態度は慎まねば。
深呼吸をし、心の棘が言葉に出ないよう苦慮しながら声をかける。
「はい、どうぞ入って下さい」
「・・・・・・失礼します」
扉を開けて入ってきたのは世話役をしてくれているアリッサ・・・・・・そしてどこか見覚えのある顔をした1人の青年だった。
アリッサの後ろに隠れるようについて部屋に入ってきた彼は茶色に近いくすんだ金髪といい、鳶色をした目といい、言っては悪いがこの村で会う人には珍しくもない特徴らしい特徴に乏しい極々普通の青年だ。しかし、俺は一体どこで彼を見たのだろうか? 別に今まで会った村人の顔を全て完璧に覚えているわけではないが、昨日村に到着した時にいた狩人たちの一団の中にはいなかったように思う。かといって今日会った人の中にいた記憶もないし・・・・・・謎だ。
「すみませんが、そちらの方は?」
「はい、この子は私の幼馴染のジャンです。今日はお願いがあって来ました。ほら、ジャン!」
アリッサに背中を押され、一歩前に出てきた青年は緊張してどもりながらもしゃべり始めた。
「う、うん。ぼ、僕は村で見張り役などをしているジャンといいます、です。お願いというのは、その、あの・・・・・・」
なかなか核心について言えずにいる彼の言葉を待つ中、俺の心の内では先程までの疑問が氷解していた。
見張り役! そうか、あの時か! ハリケーン・イーグルの視界越しに見た、見張り台で望遠鏡でこちらを見ていた青年。あれが今目の前にいる彼なのだ。どおりで此方に来てから会った人の中にいないはずだ。そもそも彼とは俺は直接会ってなどおらず、一方的に知っていただけだったのだ。既視感の理由が分かり、喉の奥に刺さった小骨が取れたような清々しさを感じていると、彼の話が本題に入った。
「ど、ドラゴン、ドラゴンを間近で見せてもらえませんか!」
「ドラゴンを、ですか?」
「はい! 昨日、召喚術師様が乗ってきたドラゴンを近くで見られたのは狩人衆と村長たちだけで、僕もどうしても近くで見てみたくて! その、お願いします!」
紅潮した顔で勢いよく頭を下げるジャン。よほどドラゴンを見てみたいのだろう、頭を下げた姿勢でもその必死さが伝わってくるようだった。しかし・・・・・・
「すみません、長老から昨日乗ってきたドラゴンのような大型の魔獣は召喚しないよう釘を刺されているのです」
それにワイバーンを喚ぶには魔力も足りないし。
「そ、そうですか・・・・・・」
「でも」
「?」
「脅威の少ない、小型のドラゴンなら喚んでも大丈夫でしょう。それでもいいですか?」
「!? えっ、あっ、その、も、もちろんです! ありがとうございます!」
「では、準備をするので少々お待ちを」
さすがにこんな状況は想定していなかったのであらかじめ選んで懐に入れてあるカードの中には小型のドラゴンなどいない。カード収納BOXを漁って探すのは風属性ユニットのアイツだ。本当ならモンコレ界でも有名なドラゴンである《ファイア・ドラゴン》の幼生、ウサギと変わらない大きさの《ドラゴン・パピー》の方がドラゴンらしくていいのだろうが、あれは強さのわりに極稀のカードだから召喚できない。少々ドラゴンらしくないかもしれないがそこは我慢してもらおう。
程無くして1枚のカードを取り出し、本日最後の魔力を使って召喚を行う。
「普通召喚、《フェアリー・ドラゴン》」
宣言と共に宙に展開されるのは今まで見た中でも最も小さい魔法陣。そこから飛び出してきたのは、体長50cmほどの細長いシルエットをした生き物だった。
トカゲを思わせる薄青色の胴体に細長く伸びた首と尻尾。顔はワニのように扁平に伸びており、頭には小さいながらもしっかりと存在を主張する一対の角が生えている。そこまでは小型ではあるが有名なドラゴンの特徴と似通っているが、背中に生えているのは皮膜の翼ではなく極彩色の蝶の翅だ。
「キュー!キュー!」
甲高い声で鳴きながら長い首を俺の顔にこすり付けてじゃれついてくるフェアリー・ドラゴンをひらひらと掌を振って追い払い、あんぐりと口をあけて呆けている2人に声をかける。
「これが最も小型のドラゴンの一種。妖精竜、《フェアリー・ドラゴン》です。ご期待に添えましたか?」
言葉を投げかけられてようやく我に返ったのか、2人そろってぶんぶんと勢い良く頭を縦に振る。
「こ。これがドラゴン・・・・・・、こんなに近くで見られるなんて・・・・・・」
「ドラゴンっておっきくてこわいイメージでしたけど、こんなにちっちゃくてかわいいドラゴンもいるんですね」
「キュキュッ!? キュキュキューッ!」
アリッサの言葉がフェアリー・ドラゴンのプライドを傷つけたのか、彼女の前まで飛んでいくと猛烈に威嚇とも抗議ともとれる鳴き声をあげる。
「あらあら、ごめんなさい。小さくたってドラゴンだもの、かわいいなんて言われたくないわよね。あぁ、そうだ!」
アリッサはポンと手を叩いて服のポケットを探ると、その中から小さな赤黒い木の実を取り出してフェアリー・ドラゴンに差し出した。
「良く熟れたランドの実よ。これで許してくれないかしら」
差し出された木の実を前に、フェアリー・ドラゴンはしばらくパタパタと周りを飛びながら鼻を近づけて臭いを嗅いだりしていたが、毒ではないと分かったのだろう、大きく口を開けてパクリと一口で木の実を食べてしまった。
「キュキュ? キューキュー♪」
よほど美味しかったのか、その長い尾を左右に振って喜びを表現するフェアリー・ドラゴン。上機嫌な様子で皆の頭上を飛び回り、降りてきたかと思うとアリッサの肩に留まって彼女にじゃれつき始めた。こう言っては何だが・・・・・・チョロい。
「ふふっ、くすぐったい。召喚術師様、この子、とても人懐っこいんですね」
微笑む彼女に、初めて召喚したとは言えない俺は曖昧な笑顔で返した。ドラゴンってそんなに人に懐く種族だったっけ・・・・・・? いやいや、そんな筈はない。人懐っこいファイア・ドラゴンとか想像できないし。フェアリー・ドラゴンは例外だ例外、うん。
さて、彼らの願いを聞いたのだ。今度はこちらのお願いを彼らに聞いてもらおう。
「・・・・・・実は私からもお願いがあるのですが」
こちらが真剣な顔をしていることに2人も気付き、先程までの和気藹々とした空気がわずかに強張る。
「な、なんでしょうか?」
「私たちにできる事なら何でもおっしゃって下さい」
こちらが何を言うか測りかねているのだろう、どちらとも知れずゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「別に難しいことではありません。この世界について、基本的な事から教えて欲しいのです」
「え・・・・・・」
「な、なぜそんなことを?」
俺の言葉に2人は拍子抜けした、というより困惑の色が強い。それもそうだろう、何せ誰でも知っている一般常識について教えて欲しいと言われたのだから。しかし、俺には絶対必要な事だ。これからしばらくこの村にいるにしても、別のもっと大きな街へ行くにしても話の齟齬を起こさないために基本知識は必要だ。教えてもらうためにも、こちらの事情を明かすことにしよう。
「私はこの森の南の方から来ましたが、それ以前は全く別の所に居たのです。突然ここへやってきたのでここが世界のどの辺りなのかも分かりませんし、どんなことが常識なのかも知りません。それをご教授願いたいというわけです」
良くて半信半疑、悪ければ全く信じてもらえないことも覚悟していたが、2人の反応は想像とは異なるものだった。
「え・・・・・・、ねぇアリッサ、それって・・・・・・」
「ええ、ジャン。そうかもしれないわね・・・・・・」
2人とも何か心当たりがあるのか、困惑というよりも驚きの表情を浮かべている。小さな声で二言三言言葉を交し合うと、アリッサが意を決したように言葉を紡いだ。
「召喚術師様は、もしかしたら『風の旅人』なのかもしれません」
『風の旅人』? 確かに今の俺は村から貸し与えられた仮宿暮らしで、特に決まった居場所を持たない根無し草の風来坊のようなものだが、この話の流れからしてそういう意味ではないらしい。未知の単語に困惑し、俺はアリッサに説明を促した。
「『風の旅人』はこの世界ではない何処かから風に乗って極稀にやってくる者たちのことです。彼らは異質な知識や技術を持ち、風と旅人の神メケトからそれぞれ特殊な能力を祝福として与えられている・・・・・・と言われています」
・・・・・・『風の旅人』、か。話だけなら眉唾物だが、当の本人になって見ると悔しいが全てのことに納得がいく。俺に与えれらた祝福とやらが「モンコレのカードを現実に召喚する能力」で、こっちに来てすぐや魔力が上昇したときに頭の中に聞こえた声が風と旅人の神とやらなのだろう。
しかし、『風の旅人』が一般に良く知られている存在ならば、確認しておかなければならないことがある。それは――――――
「話の限り、私は風の旅人なのでしょう。その上で、聞きたいことが一つ」
「なんでしょうか?」
「・・・・・・故郷に、故郷に帰れた風の旅人はいるのでしょうか?」
この世界から元の世界に帰ることができるのか。それが一番に聞きたいことだった。
俺の質問にアリッサはビクン、と身を震わし、哀しげに目を伏せて言った。
「統一王国の王、帝国の初代皇帝、伝説の傭兵・・・・・・、名を遺して亡くなった風の旅人は数多いますが、故郷に帰ったという話は遺っていません」
「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
ある意味では予想できた言葉。元の世界で「異世界から帰って来た」などという話はフィクションの中や狂人の戯言以外にありえなかったのだから。
元の世界にはもう帰れない。そのショックにクラリときそうになるのを堪え、必死に頭を働かせる。「今まで」のことではなく「これから」のことを考える、それはある意味では帰れない現実からの逃避だったが、生きるための本能的な選択でもあった。もう元の世界に帰れないという事は、逆を言えばこれからこの世界で生き抜く必要があるという事。ならばなおの事この世界の知識が必要になるのだから、彼らから可能な限り常識を身につけ、できるなら旅人を名乗って遜色のないぐらいの知識を持っておきたい。
「だいじょうぶ、ですか?」
心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる彼女に、気力を振り絞って精一杯の笑顔で返す。その笑顔をどうとったのか、彼女は目を閉じ一つ頷くと、空気を変えようとしたのか一転して明るい声で言った。
「生活するのに必要な知識ならまずはお金についてですね! それなら私よりジャンの方が詳しいです。よろしくね、ジャン」
「うぇ!? ぼ、僕かい? ・・・・・・うーん、分かったよ」
アリッサの提案を承諾したジャンはコホン、と咳払いすると居住まいを正して語り始めた。
「ええと、一般に流通しているお金は4種類。銅貨、銀貨、金貨、それに白金貨です。もっとも、白金貨なんてそうとう大きな取引でもない限り目にすることなんてないんですけどね」
「ちなみに、この国で造られてる連合銅貨はこんなのです」
アリッサが見せてくれた数枚の硬貨は、誰か偉い人の横顔が表面に刻印されていて、少し歪な形で大きさも不揃いだった。
「それぞれの価値は銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚です。通貨には各国で造幣されている国造通貨と各地の迷宮都市にある迷宮から産出される迷宮通貨があって、交換比率自体は一緒ですが大きさや精度、純度などが一律の迷宮通貨のほうが信用度は上になってます。・・・・・・こんなところかな?」
「国についても説明した方がいいんじゃない?」
「そっか、そうだね。じゃあ次は国について話しますがそれでいいですか?」
国について。この辺りの国家についての説明だろうか? 興味深くはあるし断る理由もないので頷いて了承を示す。
「分かりました。ええと、まずこの世界にはここ北大陸と南大陸の二つの大陸があるらしいんですが、南大陸の国については僕も知らないので北大陸の国についてだけ説明しますね。
北大陸は500年ほど前に大陸のほぼ全てを支配してた統一王国が崩壊して、今では5つの国が存在します。このピエットの村が属しているのは大陸の中央よりやや東にある連合王国です。連合王国は13の都市国家が大盟約の下に連合した国家で、代々の王は各都市の代表が集まる連盟会議で選出されてます。
連合王国の西、大陸の中央にあるのは聖王国で、他の国と違って国民のほぼ全てが光の神を信仰してます。それは光の神の神殿の総本山がある国で、聖王が国王と神殿の大神官を兼任しているから・・・・・・らしいです。
連合王国より東にある公国は統一王国の流れを汲む国で、5つの国の中で一番領土は小さいけど、最も歴史が古く格式が高い国でもあります。でもそのせいで、国の中での身分格差や貧富の差が激しいんだとか。
南にある評議国は商人たちの合議で政策が決められる国で、港が多く唯一南大陸との交流のある国でもあります。砂糖や香辛料など南大陸の産品で評議国を通らない品はないと言われてます。
北にあるのは一番領土が大きくて、一番新しい国の帝国です。風の旅人だった初代皇帝が北へ移民した開拓民や先住の狩猟民族、土着の亜人とかを統一してできた国で、徹底的な実力主義を採用していて亜人などの多種族が出世できる国として知られてます。
あとは国ではないけど、聖王国より西には一国にも匹敵する広大な湿原が広がっていて、そこには独特の文化を持つ蛙や蜥蜴に似た亜人たちが住んでます。彼らは貨幣などは使用せず、物々交換で生活しているそうです」
・・・・・・予想外に広範な知識を得ることができた。てっきり村の近くの都市や属する国がせいぜいだと思っていたが、これは嬉しい誤算だ。しかし、頭の中に浮かんだ疑問が一つある。
「ジャンさんは随分お詳しいんですね。これもどんな村でも知られている一般常識なんでしょうか?」
こんな森の中の村なのに自分の村がある大陸の国全てについてある程度知っている。これが普通なのだとするなら、この世界の知識の水準は思った以上に高いのだろうか。そんな疑問に対して彼は面映そうに頬を掻きながら答えた。
「へへっ、実はお金のことも国についても叔父さんからの受け売りなんです」
「叔父さん?」
ジャンの叔父って誰だ、それに何者だ? 新たに湧いた疑問にアリッサがすぐに答えてくれる。
「召喚術師様はもうお会いになっていますよね。ジャンの叔父さんはグァジさんなんです」
グァジ。その名前を聞いて、頭の中に今朝会ったばかりの抜け目のなさそうな雰囲気を持った男の顔が頭に浮かんだ。
「グァジさんは元は大陸中を巡る行商人だったんですけど、ジャンの叔母さんと結婚して村専属の商人になってくれたんです」
「叔父さんは僕にもたまに面白い道具を買ってきてくれるし、狩猟頭や農業頭も叔父さんのおかげで毛皮や薬草の買取値が上がって随分楽になったって言ってたよ」
2人が説明するのを聞きながら、俺は独り納得していた。商人である以上、彼は間違いなく村の外と関わりを持っているのだから、外の事について詳しいのは想像できていた。そんな彼からジャンは外の知識を得ていたのだ。どおりで辺鄙な村に住んでいる割に詳しいはずだ。
俺も当初は彼に旅に必要な知識について聞くことも考えてはいた。しかし、商人である彼に利益を引き出されずに話を聞く方法が思いつかなかったのだ。俺はこの世界の人と比べてカードから得られる外付けの武力以外、知識においても劣っている。彼が生き馬の目を抜くようながめつい商人なら尻の毛までむしられてしまうだろう。そんな警戒が彼に話を聞くのを躊躇わせていたのだが、その知識を間接的とはいえ得られるのは望外の大戦果だ。まぁ、彼もこの2人にここまで慕われているみたいだし、そこまで警戒する必要もなかったのかもしれないが。
「何か他に聞きたい事ってありますか?」
ジャンの言葉にしばし頭をひねる。簡単な地理、そして通貨。これらは旅をするための知識だ。ならば他に必要なのは旅の中で生き残るための知識、直接的な危険についてだろう。
「この世界で一般的に旅の危険といえば何ですか?」
「旅の危険、かぁ・・・・・・。そうですね、猛獣やならず者は勿論だけど、やっぱり旅の一番の危険は魔物や魔獣、それに“はぐれ”かな」
また分からない単語が出てきた。魔物や魔獣はなんとなく想像が出来ないでもないが、この世界ではその想像があってるかもわからないし、“はぐれ”に至っては想像もつかない。完全にお手上げな俺は黙ってジャンが言葉を続けるのを待った。
「魔物は魔力を帯びて、魔法や特殊な能力を使えるようになった生き物のことです。・・・・・・といっても、知能は普通の獣と変わりませんから魔法を自在に操ったりはしないんですけどね。せいぜい自分の身体の強化や簡単な魔法を一種類使えるくらいらしいです。でも、これが自在に扱う程の知性を身に着けると魔獣と呼ばれます」
「魔物と魔獣を見分ける方法はあるんですか?」
「魔獣は頭が良くて自分から人を襲ったりはあまりしませんから、問答無用で襲いかかってくるのはまず間違いなく魔物です。あと普通の獣と魔物の違いは体の中に魔石を持ってるかどうかで分かります」
「魔石?」
「魔物の体の中にできる魔力の結晶のことです。本当は魔力を持つ生き物なら人間以外、どんな生き物の体の中ででもできるらしいですが、人間ではできない理由は・・・・・・忘れちゃいました。魔石は主に魔道具の動力源として使われますが、そのまま飲み込めば潜在的な魔力を上昇させる効果もあるって聞きました」
魔物かぁ、危険だから遭いたくないのが正直なところだが、魔力を上昇させる魔石とやらが手に入るなら遭う価値はありそうだ。って、あ、そうか。初めて魔力が上昇したとき飲み込んだ骨かと思ったもの、アレは魔石だったのか。ということはあの大イノシシは魔物だったことになる。改めて思うが、コボルド・ライダーズはよくアレに勝てたもんだ。
俺の思考がまた脇にそれていると、ジャンは説明を続けた。
「最後に“はぐれ”についてですけど、これは野生化した亜人のことです。幼い頃に口減らしで捨てられたり事故で孤児になったりして野山に置き去りにされると、人間なら普通死んでしまうんですが、一部の亜人は生まれたときから人間より強いので獣のままに成長するんです」
「それが“はぐれ”ですか・・・・・・。対処法は?」
「倒すしかありません。言葉は通じませんし、本能のままに動くのに獣より知恵も回る、厄介ですよ。街でも被害を出した“はぐれ”に対する討伐隊が組まれることもあるくらいです」
魔獣に魔物、それに“はぐれ”か。まともな知性があるのは魔獣だけだが、それでも話が通じる相手とは思えない。更には野生の獣に盗賊などのならず者も旅の脅威には含まれるのだから、護衛を召喚せずに野宿をするのは控えるのが賢明だろう。
・・・・・・しかし、ジャンのおかげで旅の知識の重要なところは押さえられたな。野営の仕方などは今までどおり召喚したユニットに丸投げしてしまえばいいし、あとは街や生活についての細かいところを詰めていくだけだ。
「細かい知識まで知っておきたいので、もうしばらくお付き合い願えますか?」
「「はい」」
細かい知識について話し始めてから結構な時間が経った。自分の伝え聞いた記憶を総動員して教えてくれるジャンと時折分かりやすい補足をしてくれるアリッサのおかげで、今まで『村の居候の旅人もどき』だった俺も『旅人見習い』ぐらいにはなれたと思う。
あまりに時間が掛かったためか、アリッサの肩に留まっていたフェアリー・ドラゴンなどは初めは退屈そうに欠伸をしながら話を聞いていたが、今では丸くなって寝息を立てていて、彼女に背中を優しく撫でられている。小屋の壁の隙間からこぼれる日差しも朱を帯び始めていて、陽が沈み始めていることを伝えていた。
「こんなところですか。長い時間付き合わせてしまって申し訳ない」
「いえいえ! いいんですよ、初めに無茶なお願いを言ったのは僕のほうですし」
「ジャンの言うとおりです。私も世話役として当然の事をしただけですから」
明るい笑顔と共に返してくれた彼らに心の中で感謝しつつ、もう家に帰らなければいけない時間だという彼らを見送るために3人一緒に小屋から出る。小屋の前に立っていたガルドさんはアリッサの肩でまだ眠っているフェアリー・ドラゴンを見て一瞬ギョッとしていたが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻して黙ってこちらを見守ってくれている。
ジャンは別れの言葉を言うとすぐに家路を帰って行ったが、アリッサはどうしたのか何か言いたそうにモジモジしながら少し俯いてこちらを向いている。
「どうしたんですか?」
「あっ、あの・・・・・・、この子を、今日は連れて帰っちゃダメですか?」
彼女の視線の先にいるのはいまだに眠りこけているフェアリー・ドラゴン。どうやら木の実をあげて懐かれてから相当に気に入ったらしい。どうせカードに戻るのは一日後だ、今日は大分助けてもらったしこれぐらいのお願いは聞いても問題ないだろう。
「いいですよ。また明日、来るときに連れて来て下さい」
「わぁ! ありがとうございます!」
喜びのあまりにあげた大声で叩き起こされて目を白黒させたフェアリー・ドラゴンを連れて、アリッサも上機嫌で家に帰っていった。時刻はもう夕方、空は赤く夕焼けの色に染まっていて、そろそろバステトたちも帰ってくる時間のはずだ。
「それでは私も家に帰らせてもらう」
夜が近づきガルドさんも護衛を終えて帰ることになった。
「はい、今日一日ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
ガルドさんにも労いの言葉と別れの挨拶をして、二人が別れようとしたその時、和やかな雰囲気は一つの叫び声で一瞬にして消え去った。
『“はぐれ”だあああああぁぁぁ! “はぐれ”のオーガが襲ってきたぞおおおおおおおおおぉぉぉ!!』
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属性:聖・魔 レベル:2 攻/防:2/3 進軍タイプ:歩行
新米召喚術師 【人間】 スペル:*(使用済) アイテム:1(使用中)
魔力:0/8
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属性:風 レベル:① 攻/防:1/1 進軍タイプ:飛行
フェアリー・ドラゴン 【ドラゴン】
✔鱗粉の息[イニシアチブ/対抗]
この効果は「イニシアチブ決定タイミング」にしか使用できない。
ユニット一体が対象。
対象に「イニシアチブ:-1」を与える。
消費魔力:2
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※最も小型のドラゴンの一体。同時攻撃回避から【吹雪】ダメージの起点まで幅広く活躍するサポートユニット。