生暖かい目で見てくださると光栄です
一歩目
黒く揺蕩う目の前の光景が一気に明るくなった。
引きあがった魚のような、浮力が無くなったかのような感覚に驚いて目を開けると一面草原が視界を支配していた。
第一感想はもちろん、「は?」である。
俺、若葉は死んだはずだ。
別に子どもや猫を助けてトラックに轢かれたり、
ふつーに死んだはずだった。
死因なんてものは覚えていないが、きっと寿命か何かだろう。
自分がいくつで死んだなんて覚えていないが、いい年だったと思う。
そこそこ健康に生きて、家族に囲まれて、死ぬ。そんな簡単で幸せな人間として生きて死んだはず。
記憶はないけれど
明確に覚えていたのはDSに映っていた苦労して捕まえたポケモンと自分の顔。そして可愛らしい俺の孫の声だ。
俺にべったりだった孫は今、元気だろうか。
死んでから長く揺蕩っていたから数年は立っているだろう。俺が認識している時間以外にもうつらうつらしていたからより長く時間が過ぎているはずだ。もう大人になっているかもしれないな。
そんな過去について思いを馳せてると、現実だと言わんばかりに風が吹く。
そうだよな。
だからこそ、この状態がよくわからない。
なぜ死んだ人間が実体を持っている?
さっきちらりと見えた己の腕はよぼよぼのしわしわではなく若者のそれで、声も若返っている。視界も眼鏡なしでもよく見えるようになっている。
ただ、さっきまでいた揺蕩っていたところを救い上げられてた感覚が体の底、というのか内臓とはまた別の何かの内側にまだ残っている。ざらついたような乾いたような感覚が普通なら起きないことをじくじくと自覚させるように残るこれは気持ちが悪い。死んでふわふわとしていた記憶があるからこそ、自分の意思でどこかに行くことも光景を見ることもなくただ暗い闇の中をさまよっていたというのに、今の状況はなんだ?
自分の意思で動き、つねれば痛いと感じるし、風を感じるという感覚もある。
何故だか生き返っている。
もしかしたら憑依かもしれないが。
これはあれか?
勝手に自分の魂を数合わせに持って行った馬鹿がいるってことか?
スピリチュアルなんぞ信じてはいないのだがこの気色悪い名残がそう言っている。
これは一発殴っても正当化されるよな......?
よし、殴ろう。
よくわからないことがありすぎて架空かもしれないものに怒りの矛先が向いたが、落ち着かねば。
とりあえずの状況確認しようと手をつくと、無機質な硬いものに触れた。
恐る恐るその硬いものを見ると親の顔よりも見た赤と白のボールがそこにあった。
ポケモンの世界かぁ.....。
本当に死んだのだろうか?