飛鷹は高く   作:鷲鷹隼燕

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 荘厳な廊下に、一つの足音が響く。

 足音の主は、少年と青年の中間とも言うべき年頃の男性であった。

 カソックに身を包み、その長いコンパス淀みなくその体を目的地にまで運んでくれる

 その足が止まったのは、廊下に負けず劣らずの木製の扉の前だ。

 ノックの音が数回響き、入室を促す声が届く。

 

「失礼します。アクイラ・ロック、招集に参じました」

「……お待ちしておりました、ロック神父。どうぞ、こちらへ」

 

 室内もまた、豪華なもの。しかしそれは、対異形に対する備えを多く施した結果によるものだった。

 よくよく見れば、それらは純金などの光るだけのものではなく、清められた純銀があしらわれたレリーフが殆ど。

 その部屋の中央。ステンドグラスが施された天窓の下で祈りを捧げる女性の近くへとアクイラは歩を進める。

 

「俺に、仕事だとか」

「ええ、そうです。貴方にはこれから、日本へと旅立ってもらいます」

「日本?」

「はい。日本の駒王町へ向かってもらいます」

「…………そこは、悪魔の土地では?」

「その通りです。ですが、今回はどうしても乗り込まねばなりません。聖剣の奪還の為に」

「聖剣…………」

「襲撃者は、堕天使幹部コカビエル。手引きしたのは、バルパー・ガリレイとはぐれエクソシストである、フリード・セルゼンです」

「成程、堕天使幹部。ジェズアルドは、何処です?」

「彼には別件がありますので。何より、教会の武威を示すのなら貴方はうってつけの人材ですので」

「ふむ」

 

 アクイラは顎を撫でた。

 

 後ろに流した黒髪に、鋭い金色の目をした肌の白い若い男。神器(セイクリッドギア)などは有していないが、その武威は並大抵の悪魔を歯牙にもかけない。

 自然と上層部への打診も行われているのだが、彼はそれら一切を断っていた。

 

 曰く、仕事とプライベートは分けたい、らしい。

 

「では、直ぐに発つべきでしょうか」

「出来れば。それと、今回は二名の教会の戦士を同行させます」

「…………正気ですか?」

 

 上司に対する物言いではないが、正気だとすればアクイラは目の前の女性を医務室にぶち込まねばならない。

 何故なら、相手は堕天使幹部。聖書にも記された存在であり、その力は天変地異に等しいものがあるのだから。

 並大抵の戦士では、正直居るだけ無駄。寧ろ、人質などにとられた際にはこちら側の不利益となるだろう。

 

 問われた女上司は、曖昧に笑った。

 

「勿論、正気です。彼女らは、今後教会を背負って立てるポテンシャルを持つ筈ですから。貴方に付けるのは、経験を積むためです」

「…………ふぅー……言っておきますが、子守りはご免なんですが」

「後輩の育成は大切ですよ?」

「俺はまだ18です。20にもなっていない若造に任せる事じゃあないでしょう」

「コレは既に、決定事項です。聖堂にて二人は、貴方への旅券と一緒に待たせてありますから」

「はぁ…………」

 

 嵌められた。アクイラの溜息は重い。かといって、社畜でもある彼に上司の意向を蹴り飛ばしてまで断れる道理もない。

 僅かに肩を落として、彼は部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖堂。教会の信徒にとってとても重要なその場所で二人分の人影があった。

 一人は青い髪に緑色のメッシュが印象的な少女。もう一人は、茶髪をツインテールに纏めた少女。

 年頃は、十代半ば程であろう彼女らだが問題なのは、その格好だった。

 

 黒いボンテージの様な格好。一応、教会の戦士の戦闘服であり、激しい戦闘でも着用者の動きを阻害せず関節などの可動域を塞いだりしない上、普通の服と比べても強度のある逸品だ。

 見た目は、アレだが。

 

 彼女らは、人を待っていた。

 

「そろそろかしらね、ゼノヴィア。貴女は、彼と会った事がある?」

「一度だけだが。二年前だ。その時点で、剣聖と呼ぶにふさわしい剣技を持っていた。その腕が冴えるばかりならば更なる高みへと至っているかもしれない」

「そ、そんなに?確かに、噂はよく聞いているけど…………でも、彼って聖剣の因子を持っていないのよね?」

「ああ。それだけでなく、神器も持っていなかった筈だ」

「噂を聞いてると、にわかには信じがたいわね」

 

 ツインテールの彼女、紫藤イリナはその可愛らしい顔を僅かに顰めて自身が聞き及んだ噂話を思い出す。

 

 曰く、SS級相当のはぐれ悪魔を単独討伐した

 

 曰く、とある無人島を真っ二つに切り裂いた

 

 曰く、海を割って海中に逃げた悪魔を討伐した

 

 その他にも、様々な逸話があるのだが大半は信憑性を疑いたくなるようなモノばかり。

 短期で任務にあたる事が多い為、その噂話に尾鰭が付くのは最早仕方のない事でもあった。

 

 手持無沙汰も相まってか、イリナの口は止まらず聖堂内にはキャラキャラとした声が響き続けていた。

 その騒がしい声が止まったのは、聖堂の出入り口である両開きの木製扉が開けられたから。

 

「待たせたか」

 

 聖堂内に足を踏み入れたのは、黒髪の神父。

 丈の長いカソックに、腰には赤いペイズリー柄のストラを巻いており、足元は動きやすさを考慮した編み上げブーツ。

 目を引くのは、腰の左側。

 ハンドガードが付けられ、片手でも両手でも握る事が出来る刀の柄巻きのようになった柄を持つ一振りのサーベルだ。

 

「お前たちが、今回の同行者か?」

「ああ。私は、ゼノヴィア。覚えているだろうか?一度、貴方の手解きを受けたのだが……」

「ふむ……ああ、思い出した。ストラーダの後継者だったか」

 

 ゼノヴィアの問いに答えたアクイラが思い出すのは、教会でも生きた伝説と称される老兵の事だった。。

 齢87歳の老人でありながら、その肉体は正しく巌と称する事が出来るほどの体躯を有しており、全盛期を過ぎていながらその実力は未だに教会トップクラスという怪物。

 もっとも、当人は体力的に衰えたと不満を漏らしていたりするのだが。

 

 成程、とゼノヴィアの頭の先からつま先までサラリと流し見た後、アクイラは隣の緊張し様子の少女に目を向ける。

 

「そっちのお前は、初対面だろうか?」

「は、はい!紫藤イリナです!今回の任務では、よろしくお願いします!」

「ああ。俺は、アクイラ・ロック。好きに呼ぶと良い」

「それじゃあ、ロック神父で。ロック神父は、今回の任務に関する詳細はご存知ですか?」

「ああ。場所は、駒王町。そこに潜伏しているであろう堕天使コカビエルに奪われた聖剣の奪還だ。この奪還の際に“芯”さえ無事ならば良いと言われているな」

「その地の悪魔は、どうするんだ?」

「無論、予めの一報を入れる手筈となっている。向こうに着き次第、顔合わせを行う予定だ」

「「…………」」

「不満そうだな」

 

 目ざとく、アクイラは二人の態度を咎める。

 

 悪魔陣営と天界陣営、そこに更に堕天使陣営を加えた三つ巴の対立を内包するのが、彼らの属する聖書陣営と呼ばれるもの。

 世界最大規模の信仰を誇る聖書の神を筆頭とした、他神話にも影響力を持つ勢力だ。

 もっとも、現在は過去の大戦で勢力全体が疲弊中。蟠りを残しつつも、表向きの大規模な衝突は今のところ起きていない。

 

 イリナとゼノヴィアの反応は、正直教会に所属するものならば珍しくはない。寧ろ、平然としたアクイラのようなタイプが珍しいと言える。

 しかし、事今回に限れば彼女らの態度は宜しくない。

 

「俺達は戦争をしに行く訳ではない。立場とすれば、使者に等しい。その為、俺達の態度一つが大規模な戦争の引鉄となりかねないんだ」

「…………分かっている」

「分かっているのなら、その不満な表情を少しは抑える努力をするべきだ」

 

 厳しいが、しかし正しい指摘でもある。

 組織に所属する以上、上に行けば戦う以上に言葉をやり取りする場が増えていく。自分だけで仕事は完結せず、武器を振るうだけでは事を成せない。

 年若いが、アクイラもまた政治の場に駆り出された事が何度かある。

 その経験上、厄介なのは権力を笠に着た馬鹿ではなく、平身低頭でもこちらの失言を逃さない手練手管を張り巡らせることを厭わない政治家なのだ。

 その手の輩は、表情一つでも汚点を取られる。厄介この上ない。

 

 かくして、彼らの極東への任務は幕を上げるのだった。

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