飛鷹は高く 作:鷲鷹隼燕
「…………困ったわね」
「どうされたんですの?リアス」
主の言葉に、紅茶の準備をしていた姫島朱乃はソーサーをサーブしつつ問いかけた。
駒王町は駒王学園。その木造旧校舎を根城としたオカルト研究部の部室にて、リアス・グレモリーはその端正な眉根を寄せて唸っていたのだ。
現在部室には、彼女とそれから彼女の“女王”である姫島朱乃しか居ない。
「少し前に、教会側から連絡があったのよ」
「まあ、教会から……内容は、どのような?」
「この町で活動するにあたり、私たちへの挨拶をしたいらしいの」
「それは…………」
珍しい。言外に、朱乃はそう語る。
彼女らオカルト研究部は、悪魔の勢力。リアス・グレモリーの眷属たちで構成されていた。
そして、悪魔と教会は犬猿の仲だ。呉越同舟となる事はあれども、基本的には顔を突き合わせれば殺し合いになる事も珍しくない。
だからこそ、リアスは困惑していた。
連絡に寄こされたのはメールと電話は、敬語こそなかったものの真面目さを感じさせ、逆に嫌悪などの負の感情は感じられなかったから。
「連絡相手は、アクイラ・ロック。教会の戦士よ」
「アクイラ…………確か、相当腕利きの剣士ではありませんでしたか?」
リアスからの情報を受けて、朱乃は己の頭の中にある情報を引き出した。
他勢力であっても、名の知られた存在は少なからず居る。
悪魔側なら、トップである四大魔王や大王家の悪魔など。或いは、大怪我すらも一瞬で治癒する事が出来るフェニックスの涙を造り出せるフェニックス家の悪魔などだろうか。
天界側なら、熾天使や天界のジョーカー。生きる伝説。そして、
堕天使側なら、幹部陣と総督がコレに当たる。
そんな人間からのアポイントメント。悩まない方が難しい。
加えて、要件内容も不味い。
「その腕利きが、この町で聖剣を探すらしいの」
「!成程、リアスに伺いを立てる訳ですわね」
「そうね」
聖剣や聖なるモノは、その全てが悪魔にとっては致命的な弱点となる。その他、十字架などもその一つだ。
そして、聖剣。それも伝説の聖剣相当になるとただ存在しているだけで悪魔には毒となる。
その捜索ともなれば、悪魔が巻き込まれると嫌な事故になりかねない。
問題は、その捜索並びに奪還の際に町に被害が出るかどうか。
「…………兎に角、皆に話しておきましょう。予定だと、三日後に来るみたいだから」
「兵藤君には念入りに、ですわね」
「巻き込まれそうよね、あの子…………」
紅髪の悪魔の悩みは尽きない。
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アクイラ・ロックは教会の戦士である。基本装備は、カソックに腰に巻いたペイズリー柄のストラ。それから編み上げブーツ。
得物であるサーベルは、亜空間へと仕舞っており通報される事も無い。
目立ちはするが、それでも元々の職業を考えれば問題のある格好ではない。
何故この格好に言及するのか。それは、彼の連れが文明社会においてアウトな恰好であったからに他ならない。
「まさか、それしか服を持ってきていなかったとは………」
眉間を揉んだアクイラが嘆くのは、ゼノヴィアとイリナの格好だ。
「む、何がいけないんだ?」
「全てだ。ヴァチカン内や、その影響力のあるローマ市内ならば兎も角、外国でその格好をすれば警察の厄介になるだろう」
「うぅ……ごめんなさい、ロック神父。任務って事だからつい、このまま来ちゃったの……」
「…………兎に角、服屋へと向かうぞ。今のお前たちは目立ちすぎる」
本音を言えば、今すぐにでもこの二人を送り返したいアクイラ。
その気持ちをグッと抑えて、彼は空港内に設置された衣料品店へと足を向けた。
意外と、空港内での衣服の販売は需要がある。コレは、出先の気候が思った様なものではなかった場合にその気候に合った衣類を調達する為だ。
店に入ってきた三人に、店員は一瞬ギョッと目を剥いたがそこは客商売。プロ根性で無理矢理に押さえ込んで笑顔で応対を行う。
「いらっしゃいませ、お客様」
「この二人に服を頼む。スーツケースが消えてしまってな。乗り継ぎの際にミスをしてしまったようだ」
「成程、それは災難でいらっしゃいましたね……ご予算の方は」
「カードがある」
使えるだろうか、とアクイラが取り出すのはプラチナカード。
命のやり取りをする職業だ。割と彼は高給取りだった。オマケに、基本的に使わないせいで貯金残高は膨らみ続ける一方である。
ゼノヴィアもイリナも、美少女と言って差し支えない見た目だ。嬉々として、店員は二人を店の奥へと連れて行った。
二人を見送って、アクイラは店を出て近くに設置されていたベンチに腰掛けた。
考えるのは、今回の任務について。
(コカビエル、か)
聖剣の奪還が任務ではあるが、その過程で戦闘を避ける事は不可能だろうというのがアクイラの考えであった。
そもそも、相手の狙いが分からない。聖遺物である聖剣を盗み出せば、当然ながら保有している教会勢力に喧嘩を売る事になる。
だが、如何にコカビエルが聖書にしるされた堕天使幹部であったとしても、教会の本気の精鋭が当てられれば無事では済まないだろう。
更に、彼はその場で仕掛ける事無く、手引きした二人を連れて日本は駒王町までやってきた。
(聖剣……駒王町…………ダメだな。情報が足りない)
推察は出来るが、その推察で動くにはアクイラの立場は重かった。
彼は思考を打ち切ると、瞼を開けた。
丁度、二人の着付けが終わったのか、目立つ青髪と艶のあるオレンジがかったツインテールが視界に飛び込んできた。
ベンチから立ち上がり、アクイラはレジカウンターへと向かう。
「終わったか」
「はい。とても素材が良く、スタッフ一同で選ばせていただきました」
「そうか」
チラリと、アクイラは二人を見やる。
ゼノヴィアは、青い髪に合わせて青いカーディガンに白いシャツ。下は彼女の活発さも合わせてパンツスタイル。
イリナは逆に、丈の長いワンピースでシンプルにまとめ、デニム生地の上着。
その他にも色々と見繕われたのか、彼女らの手には紙袋が複数提げられていた。
「似合うな。会計を」
「畏まりました。お会計は――――」
結構な値段になった。ファッションに疎いアクイラとしては、それが良いのか悪いのか分からないがカードで一括お支払い。
そのまま、カソックの裾を翻して店を後にするアクイラ。その後を、二人が小走りに追いかけていく。
「あ、あの!ロック神父!」
「なんだ」
「本当に、良かったの?服だけでその…………六桁の買い物になったけど………」
「構わん。元より、俺の金だ。使い道も無く貯まる一方だったのなら、どこかで放出し経済に貢献するのも悪くなかろう」
申し訳なさそうにするイリナに、アクイラは淡々とそう告げた。
彼は守銭奴ではない。ただ、単純に金銭の使い道が少ないだけ。因みに、彼の給料の六割は孤児院などの教会が保有する児童養護施設の運営資金として寄付されていた。そして残りの四割が彼の手元に来るのだがそれでも額が増える一方な辺り、彼の金銭に対する関心の無さが浮き彫りとなる。
一方で、ゼノヴィアは慣れない洒落た格好におっかなびっくりといった様子で、時折小走りになりながら二人に置いて行かれない様に付いて行くので精一杯。
彼女は、ある意味で箱入り娘。幼いころから教会で暮らし、戦士として澄んだ頭脳と高い実力を有するが、その一方で世間の一般常識や年頃の少女としての嗜みというものに欠けていた。
しかし、興味がない訳ではない。いや、正しくは沈んでいた女性らしさという部分が、今回の件で掘り出されたという方が正しいか。
主に掘り起こしたのは、先程のブティックの店員たち。
彼女らの仕事は服を買ってもらう事。その点において必須スキルが、服を買ってくれるであろうお客様をその気にさせる事だ。
方法としては幾つかあるが、服ならば只管に褒める事がオーソドックスな手法として挙げられる。
実際、ゼノヴィアもイリナも方向性は少々違うが美少女という点では疑うべくもない。顔立ちは整っており、その肢体は鍛えている事もあって女性としてのしなやかさを有しながら程よく引き締まっている。
自覚しているにしろ、していないにしろ頑張った要素を褒められて悪い気はしないだろう。
ふと、ゼノヴィアはガラスに映った自分を見た。
常の戦士としての時分とは違う年相応の少女としての己が、そこには居た。
十代の少女は、己の事であってもまだまだ理解できない事の方が多い。
世界へと足を踏み出した、雛鳥であるのだから。