飛鷹は高く 作:鷲鷹隼燕
教会の戦士は、立ち位置としてはそのまま聖職者としての側面がある。
彼らの強みは、天界からの加護だ。これにより、身体能力の上昇や天使などが用いる光力を光の剣や光の弾丸として用いる事が出来る様になる。
その力の根底にあるのは、信仰心。そして、コレこそが先の聖職者としての一面にも繋がる。
自然、聖職者よろしく清貧さも求められ、欲の味に溺れた者でもなければ慎ましい。
だが、アクイラ・ロックは違った。
「こ、このホテルに泊まるの!?」
「…………」
眼前に聳え立つビルを見上げて、イリナは絶叫しゼノヴィアはあんぐりと口を開けた。
諸々の買い物などの準備を終えて、次は宿だと連れて来られたのがここだった。
星を獲得した有数のホテルだ。一泊するだけでも結構な値段がする。
「寝床に妥協をするな。これから暫く動き回る可能性を加味すれば体を休める場所を疎かにするわけにはいくまい。心配せずとも、お前たちの宿代も俺が出そう。部屋は予め取ってある」
行くぞ、と先を行くアクイラ。
呆けていた二人は、慌ててその背を追ってホテルの中へと足を踏み入れた。
高い天井に、シャンデリア。しかしその一方で、室内は静寂を保っており僅かな吐息すらも騒音に感じそうなほどに凪いでいた。
慣れた様子で、アクイラはフロントのスタッフと言葉を交わして鍵を受け取るとエレベーターの方へと足を向ける。
「部屋は、三部屋とってある。一つの部屋で寝たいのなら話は別だが…………如何に親友といえども、プライベートな空間は必要だろう?」
「あ、ああ」
「ふわぁ……」
聞いているのかいないのか、呆けた少女たちの反応にしかしアクイラは気を悪くした様子はない。
彼がまだ幼かった頃、剣術の基礎を教えてもらった師匠からの受け売りだが、人間というのは衣食住を疎かにしてはならないというもの。
衣服が無ければ尊厳が守れず、食料が無ければ体を保てず、住処が無ければ寒さに凍える事になる。
その為、彼の金の使い道はこの衣食住の充実。しかしこれは、高いものを好んで使うという訳でもない。
自分が気に入ったものに金を出す。そこに、値段は関係ない。
程なくして、彼らの部屋があるフロアへと辿り着いた。
「鍵を渡そう。それから、今日の夜23時より悪魔との顔合わせを行う。22時半にはロビーに集合しておけ」
「あ、はい…………って、ロック神父!」
「なんだ」
「え、あ、いや……そ、その、格好はどうしたら?」
「修道服でもあればそちらを着せたが、無いのだから戦士の服を着ておけ」
それだけ言うと、アクイラは自分の部屋の扉を潜ってしまった。
廊下に残された少女二人は顔を見合わせる。
「…………とりあえず、どっちの部屋にする?」
「特に差が無いのなら私はどちらでも構わないが…………」
気疲れした。
今日一日で、二人は教会に居るだけでは経験できない少女としての普通の生活を体験する事が出来た。
清貧を求められるとしても、彼女らはまだまだ花の十代。先は長く、しかし同時に今しかできない事が山ほどある。
少なくとも、今日の経験は決して間違いではなかった。
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時計の針は進み、深夜。
駒王学園の旧校舎にあるオカルト研究部の部室には、グレモリー眷属の一同が揃い客人を待っていた。
部室内の空気は、重い。常ならば、もっと和やかなのだが今夜は異様に張りつめている。
「…………」
原因は、金髪の少年にある。
彼はジッと扉を見ており、その目には常にある穏やかな気風は欠片も感じられず、ともすれば黒い炎のような憎悪が揺らめいていた。
並々ならぬ雰囲気に、しかし周りが言える事は無い。
人は誰しも、その胸の内に何かしらを抱えている。良くも悪くもそれが力になる事もあれば、足枷になる事もある。
一分が十分に、十分が一時間に感じられるような気まずい時間。
この時間を打ち破ったのは、部屋に響いた三度のノックだった。
「!ど、どうぞ!」
地獄に仏。悪魔に手を差し伸べる仏が居るのかは疑問だが、この気まずい空気を打破するチャンスがやってきたのは確か。
少し詰まりながら、リアスは入室を許可する。
「――――失礼する」
扉を開け、入ってきたのは三人組。
カソックを着て、腰にはペイズリー柄のストラを巻き腰の左側にサーベルを指した少年。それから、彼の左右斜め後ろに付き従う白いローブを纏った二人の少女。
「まずは、こうして面会の機会を作っていただき、感謝する。Msグレモリー。俺は、アクイラ・ロック。今回の教会側からの代表だと認知してもらって構わない」
「え、ええ。よろしくお願いするわね。知っているみたいだけど、リアス・グレモリーよ。この子たちは、私の眷属。同席しても良いかしら?」
「勿論だ」
目つきが鋭い黄金の瞳に、後ろに撫でつけられた黒髪も相まってアクイラは人相が悪い。
だが、その受け答えは実に丁寧だ。下手に出る事無く、しかし伝えるべき感謝は確りと伝える。
リアスに促され、アクイラは彼女の対面のソファへと腰を落ち着け残りの二人はそのソファの後ろに控える様にして並んで立つ。
「さて、貴重な時間だ。巻いて行くとしよう。俺達がこの町にやってきたのは、任務の為だ。それは、メールで予め伝えていたが……」
「ええ、把握しているわ。その詳細を、今回話してもらえると思っても良いのよね?」
「ああ。俺達への任務は、教会より強奪された聖剣の奪還にある」
「…………聖剣」
アクイラの言葉に、金髪の少年が反応する。一瞬だけ、黄金の瞳がそちらへと向けられるが、今聞く事でもない為スルー。
代わりに、リアスが続きを促す形となる。
「強奪?盗まれたという事よね?」
「そうだ。教会の保有する六振りのエクスカリバーの内、三振りが持ち出された。
「え……?エクスカリバーってそんなに数があるのか?」
疑問の声を上げたのは、茶髪の少年。
金の瞳が向き、気まずそうに顔を歪められたがアクイラは少しの間観察してリアスへと視線を戻した。
「彼は、新人か」
「そうよ……ごめんなさい、まだ彼はこちらの知識が不足しているの」
「他勢力の聖遺物などそう知らずとも問題はなかろう。ただ、そうだな……少しそちらの補足をするとしよう」
そこで一度言葉を切り、アクイラは出された紅茶のカップを手に取り口を付ける。
敵勢力ともいえる悪魔の出した物を飲み食いできる聖職者はそう多くないだろう。ただ、こうして躊躇いなく口にするのは相手への一定の信頼を示す上で効果が見込めた。
「そも、本来のエクスカリバーは一振りの聖剣だった。かの有名なアーサー王伝説に登場する、世界的に名を知られた代物を思って間違いじゃない」
「お、おう」
「だが、オリジナルのエクスカリバーは、過去の大戦の渦中で折れてしまっている」
「お、折れてる?」
「そうだ。その折れた聖剣の欠片を、人類が錬金術などの技術を用いて打ち直し、能力を一振り毎に分割したものが今のエクスカリバーとなる」
「へぇ~……アレ?錬金術で戻せるなら、何で一振りにしなかったんだ?」
「良い着眼点だな。理由は主に二つ。技術的な部分と政治的な部分がある」
茶髪の少年に対して、アクイラは右手の人差し指と中指を立ててピースサインを作る。
「技術的理由は、単純に一振りに戻す技術が足りなかった。今の分割されたエクスカリバーは、折れた元々のエクスカリバーを芯としてその上から剣としての体裁をとったものだ。当時の技術では、そこまでしかできなかった。そして、政治的な理由だがコレは単純に教会が一枚岩ではないからだ」
「えっと……?」
「教会内でも、主の教えに対して各自の解釈が分かれる。その衝突は、言葉だけで止まらない場合がある」
嘆かわしいがな、とアクイラは紅茶を一口。
「そんな者たちに、折れたとはいえ聖遺物の一つが集中するのは他宗派の教会に対して要らぬ軋轢を生む事になる。故に、数がある事を利用してそれぞれに均等に分配。そして最も力のある一振りは、とある家柄に収められていたのだが……今は行方知れずだな」
「ええ!?じゃ、じゃあそれも奪われたり――――」
「いや、それはない。あの家の人間に勝てる者など、人外含めてそう多くは無いだろう」
「…………知っている相手なの?」
「前に挑まれた事があってな。まあ、この話は良いだろう。脇道に逸れるのはここまでだ」
プライベートな時なら未だしも、今回は仕事で訪れているのだ。アクイラは話題のカットを宣言すると、首を回す。
「エクスカリバーの強奪に与したのは、バルパー・ガリレイ、フリード・セルゼン。この二人が教会側からの手引きと、並びに追手の殺傷を行っている」
「フリード……!奴も、絡んでるのね」
「聖剣を扱うには、因子が必要となるからな。恐らく、ガリレイ側からの依頼にこたえた形だろう。そして、一番の障害は堕天使幹部の存在だ」
「ッ、堕天使が絡んでるの?」
「ああ。堕天使幹部コカビエル。聖書にも記された、怪物が相手だ」
部室に静寂が満ちた。