飛鷹は高く   作:鷲鷹隼燕

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 静寂。それは、この部屋に齎された情報の重さに起因する。

 

 そも、人外は基本的に人類よりも寿命が長い。それがイコール強さに繋がる訳ではないが、表の世界に比べて裏の世界は戦闘が常の様な側面がある。

 人を遥かに超える力を持つが故に、その衝突は命と隣り合わせである事が多い。そして、その衝突を生き抜いた者はほぼ例外なく、強い。

 

 聖書に記される堕天使幹部コカビエル。その存在は、過去の三大勢力の大戦を生き残り、堕天使内でも屈指の武闘派として知られている。最上級堕天使として、その操る光力は並大抵の悪魔を消し飛ばして余りあるだろう。

 

「…………堕天使幹部を、相手取れるのかしら?」

「無論だ。今回、こちらが要求するのは二点。一つは、町内での戦闘行為。態々教会を襲撃し奪った聖剣を奪還されるとなればまず間違いなく相手は表に出てくるだろう」

「もう一つは、何かしら」

「悪魔側の静観を求める」

「ッ…………ふぅーーーー……理由を、聞かせてもらえるかしら?」

「相性の問題だ。堕天使は、天使から堕ちた結果生じる種族だが、その存在は悪魔と天使双方に弱点を突く事が出来る。Msグレモリー、そしてこの学園に在籍するソーナ・シトリーは、何れも現四大魔王の肉親だ。もし仮に、貴女方に何かが起きてしまえば今度こそ、三大勢力の滅びる様な戦争となりかねない。こちらとしても、それは避けたいんだ」

 

 淡々と語るアクイラ。因みに、この言葉の裏には単純に悪魔側の力不足も挙げられる。

 リアスは上級悪魔であるが、彼女の眷属は何れも下級悪魔ばかり。そのリアスにしても、彼女が悪魔の貴族出身であるからこその上級悪魔であるだけ。身に宿したポテンシャルは高かろうとも、武闘派の最上級堕天使を相手取れる力は今のところない。

 

 自分達を軽んじられるような発言に、一瞬頭に血がのぼっていたリアスだったが淡々と事実を語られてしまえば黙るしかない。

 感情論で否定する事は出来るだろう。しかし、どれだけ咆えたとしても目の前の神父は自分の言葉を切って捨てるのだろう、という確信もあった。

 

「……………………自己防衛位なら良いでしょう?まさか、狙われて無抵抗で居ろ、なんて言わないわよね?」

「無論だ。悪魔だろうと人だろうと、自分の命を守ろうとする行為を止める事は無い」

 

 言い方は固いが、アクイラの出した条件の内二つ目は彼自身の善意からの行動だ。であるのなら、自衛をする事も勿論止めない。

 少しの間を挟んで、リアスは頷く。

 

「分かったわ。ただ、一つ目の条件は必要以上の破壊が認められたらこちらも介入せざるを得ないわ。管理者として、管理地を守る為に」

「ああ、ソレで良い」

 

 思ったよりも、荒れなかった。両者の軋轢を知っている者ならば、ここまで大人しく終わるとは予想できない事だっただろう。

 

 ただ、火種と言うものは誰しも予想していない所に埋まっているもので。

 

「――――やはり、気になる」

 

 口を開いたのは、アクイラの斜め右後方に控えた青髪の麗人。その瞳が向けられているのは、悪魔側に居た金髪の一人の少女だ。

 

「直接の面識がある訳ではないが…………そこの君は、“()()”アーシア・アルジェントではないか?」

「ッ!」

「あ、やっぱり?私も、そんな気がしてたのよね」

 

 二人の目が向けられ、金髪の少女アーシア・アルジェントは肩を跳ねさせた。

 咄嗟に、茶髪の少年が庇うように彼女の前に飛び出し、ほぼ同時に二人の少女の脳天に拳骨が叩き落される。

 

「馬鹿共め。俺達は、喧嘩をしに来た訳ではない。デリケートな話題を口に出すな」

「ぬぐぅ……!し、しかし……!」

「もう一発行くか?」

「!?」

 

 頭を押さえて蹲る青毛の彼女、ゼノヴィアが抗議の声を上げようとするが拳を見せつけられて口をつぐむ。

 驚くべきは、アクイラの動きだろう。

 

(ま、全く見えなかった……!)

 

 先程まで確かに座っていた彼の体は、ソファの後方にいつの間にか移動していた。真正面に居たリアスは、目で追う事も出来なかったのだ。

 悪魔側の混乱は、しかし無視される。

 

「すまなかった、Msグレモリー。そちらの事情を深く知らずに踏み込んでしまい」

「あ、えっと…………気にしないで、とは言えないわね。でも、貴方は違うのかしら?」

「何がだ?」

「アーシアの事情を知っているみたいだもの」

「ふむ…………」

 

 リアスに言われ、アクイラは彼女から仲間に庇われる元聖女へと目を向けた。

 

「直接、俺が目にしたわけじゃない。だが、アルジェントの件は教会の無駄に潔癖な部分が悪い方向へと作用した結果だと見ている」

「そ、それってどういう事だよ」

「組織の運営には、象徴を用いる場合がある。宗教組織である教会ならば、猶の事だ。その点、アルジェントはその容姿と性格、神器の噛み合いが教会にとって都合が良かった」

 

 言い方は悪いがな、とアクイラは腕を組む。

 

「神器【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】は、回復に特化している。その能力は、神滅具(ロンギヌス)に迫るものがある。何より、最大の特徴は種族宗派問わずに回復を可能とする点だ」

「…………つまり、どういう事だよ」

「上層部が疎んだのは、アルジェントが悪魔を治療したから、とされているが本質は違うという事だ。奴らが疎んだのは、悪魔を治療したという事ではなく、聖女として象徴とされたアルジェントが教会と敵対する悪魔を治療した、という自分達の印象操作に都合の悪い事実が付いてしまう事だ。先ほど言ったが、聖母の微笑みは種族問わずに傷を癒す。神器の特性、つまり生み出した神の決めた事だ。結局のところ、どの組織でも上が好き勝手にしているのは変わらないな」

 

 先程とは別の沈黙が、部屋に満ちた。

 どれ程最初の心持が崇高だろうとも、時が経てば食べ物のように経年劣化していくのが組織と言うものだ。

 厄介なのは、この腐った組織構造が腐った食べ物のようにポイッとごみ箱に捨てるような事が出来ない事。腐った組織というのは、その内側に甘い汁を啜る者たちが居るからだ。

 彼らは、なまじ権力がある分余計に質が悪かった。

 

 社畜を自称するアクイラだが、言うべき事は言う。そもそも、彼が交流のある教会上層部は基本的に敬虔な信徒であり欲に塗れていない。

 

「…………何というか、貴方って変わり者なのね」

「俺としてはそちらの方が良いのでな」

「そう…………そんな変わり者の貴方に免じて、今回は許すわ。アーシアが、許せないっていうのなら別だけれどね」

「それで良い。アルジェントは、被害者だ。ただ、一つ気になる事がある」

「何かしら?」

「アルジェントが治療した悪魔の事だ。何故そいつは、自分達で治療せず態々敵対組織である教会の聖女に助けを求めたのか」

「!つまり、アーシアに助けを求めた悪魔は何かしらの狙いがあって接触してきたという事?」

「あくまでも、可能性の話だ。だが、気を付けておくに越した事は無いだろう」

「そうね……貴重な考察だったと思うわ」

 

 答えつつ、リアスは目の前の神父の底知れなさに内心で戦慄を覚えていた。

 戦闘力こそハッキリとはしないが、上級悪魔である自分の目でも追えない速度の移動。少ない情報から脳内で推論を組み立てる頭のキレ。

 こうして相手が友好的な姿勢を取ってくれているから良いものの、本来は敵対組織の人間である事を思えば冷たい汗が頬を伝った。

 

 アクイラが席を立った事から、そのまま解散――――とはならない。

 

「――――待ってくれないか」

 

 声を上げたのは、金髪の少年だ。声の主を見やり、アクイラは目を細めた。

 

「なんだ?」

「エクスカリバーの破壊は、僕にさせてもらう」

「お前に?」

 

 何を言い出すのか。ともすれば周囲からの非難の的になりかねない発言だ。だが、言った当人は現在周囲の声を受け入れる事が出来るだけの余裕がない。

 目を見てそう判断したアクイラは、改めて向き直る。

 

「理由を聞こう」

「僕は、聖剣に、エクスカリバーに復讐する為だけに生きてきた。こんな機会は、逃せない」

「成程、復讐か」

 

 その黒く濁った瞳の炎の意味を把握し、アクイラは頷く。

 

「悪いが、断る」

「ッ、力づくでいう事を聞かせるのは趣味じゃないんだけどね……!」

「祐斗!?何をするの!?」

 

 リアスの悲鳴を無視して、木場祐斗はその手に一振りの剣を出現させると相対するアクイラへと突きつけた。

 普段の彼らしからぬ行動に、悪魔側も動揺。拳骨を脳天に振り下ろされていたゼノヴィアとイリナも突然の事態に帯剣していた聖剣の欠片へと手を掛ける。

 だが、

 

「【魔剣創造(ソード・バース)】か。創造の速度も悪くない……が」

 

 アクイラが付きつけられた魔剣の剣身を左手の人差し指、中指、親指で摘まむ。

 

「鈍らだな」

「なっ……!?」

 

 儚いガラスの割れるような音と共に、半ばから模造品の魔剣はへし折られていた。

 

 神器である魔剣創造は、その名の通り様々な魔剣を創り出す事が可能だ。その手数は、かなりのモノだがその一方で創造されるのはあくまでも模造品の魔剣。オリジナルには遠く及ばず、それ故に手数と多様性で勝負するトリッキーなタイプ。

 

 目を見開く祐斗だが、咄嗟にもう一振りの魔剣を創造しコレを振るっていた。しかし、その刃は再びアクイラによって摘まんで止められる。

 

「俺は、復讐その物を否定する気は無い。だが、犬死しに行くだけの者を死地に送る様な愚かな真似をする気は無い」

「ッ、誰が……!」

「魔剣創造による魔剣は、所詮模造品だ。禁手(バランスブレイク)を果たしているのなら未だしも、この程度の性能では如何に欠片といえど本物の聖剣には到底抗えん。何より、頭に血が上った今のお前では一合と持たずに切り殺されて終わる」

「ッ、黙れェッ!!!」

 

 激昂のままに、祐斗は猛然とアクイラへと斬りかかっていた。

 彼の憎悪は、深くどす黒い。怒りと憎しみ、悲しみが彼の目を曇らせて、その剣筋を大きく荒れさせていた。

 

 そしてこれを、アクイラは真正面から捌いていく。

 左手を緩い手刀として、振るわれる魔剣を悉く割り砕いていった。

 

 当然、周りは止めようと動くのだが、二振りの魔剣を砕かれようとも即座に新しく創造し直して斬りかかる祐斗とそんな暴走する彼を真正面から左手一本で押し留めるアクイラの間に飛び込む事は難しい。

 悪魔側は仲間意識があるから。教会側は予めアクイラが“待て”を指示していたから。

 

「――――筋は、悪くない」

 

 斬撃の嵐を抜けて、左手の中指を、同じく左手の親指が押さえる所謂デコピンの形にしたアクイラの左腕が祐斗の眼前に突き出される。

 

「だが、まだまだ弱い」

「ガッ――――!?」

 

 パンッ、と空気の弾ける様な音共に祐斗の体はもんどりうって倒れる。

 大の字で倒れて、起き上がる気配はない。どうやら、気絶したらしい。額が赤くなっている。

 祐斗が沈黙した事を確認して、アクイラは呆気にとられたリアスへと向き直った。

 

「騒がせて申し訳ないな、Msグレモリー。少々手荒くなった」

「…………はっ!いや、その……ごめんなさい。まさか、祐斗が襲い掛かるほどに追い詰められているとは思わなくて……」

「気にするな。先ほども言ったが、俺は復讐を否定しない。ただ、今の彼は冷静じゃない。そんな状態で、悪魔に特攻を持つ聖剣へと挑めばどうなるか火を見るよりも明らかだからこそ、止めただけだ」

「でも…………そう、ね。事を荒立てずに治めてもらったもの。感謝するわ」

「ならば、よく話し合う事だ。彼が何を抱えているか知らないが、怒鳴ろうと口をつぐもうと、辛抱強くただ聞いてやれ。その上で、結論を示してやればいい」

 

 ではな、と悪魔側に厳しい目を向ける少女二人を引きずる様にしてアクイラは部室を出ていった。

 波乱はあれども最悪には至らなかった最初の顔合わせは、こうして幕を下ろす。もっとも、事件はまだまだ始まったばかりなのだが。

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