飛鷹は高く 作:鷲鷹隼燕
その日は、鉛色の雲が広がる何ともぐずついた天気だった。
悪魔との顔合わせを終えた日の夜に決めたように、町を練り歩く教会組の三名。
見回りと称しながら、町で噂の喫茶店へと行ったり、ケーキを買ったり、ゲームセンターに行ったりと任務の事を忘れてしまいそうな程に彼らは小旅行を楽しんでいた。
だがしかし、任務は任務。それも、
「――――来たか」
駒王町の一角に突如として、結界が張られる。
人払いの結界。裏の関係者であっても、その存在に気付ける者はそう多くは無いだろう。
そして、
「相変わらず、上司に尻尾振ってんの?雑魚鷹チャンよォ」
「久しいな、フリード。相も変わらず、口だけは達者だ」
「チッ……その態度が気に入らねぇんだよ!!!」
現れるのは、狂人神父。
この任務の発端である、聖剣強奪主犯格の一人フリード・セルゼンその人である。
「……まあ、良いや。テメーは今からなます斬り確定♪指先からじっくり削ぎ落していくんで、ヨロシクぅ!」
「お前の生死は、任務に関係が無いんだがな。大人しく、エクスカリバーを返却するのなら命は助けてやろう」
「シィィィネェェェェヤァァァァァッッッ!!!」
問答は不要。フリードは、怒りと狂気と憎悪をもって両手に聖剣を携えてアクイラへと襲い掛かった。
「下がっていろ、お前たち」
対するアクイラは、目を剥く二人に一声かけて前へ。
強奪された三振りのエクスカリバー。
無数のフリードが残像を引きながら高速で迫り、その中で本物は透明化して潜む。
対して、アクイラは腰の左に差したサーベルに手を伸ばす事無く利き手である右拳を強く握った。
(嘗めやがって……!)
フリードは、歯が軋むほどに噛み締めて憎悪を込めて少年神父を睨みつけていた。
フリード・セルゼンは、アクイラ・ロックを憎悪する。
狂気を宿しながらも、彼は天才的なエクソシストであった。光の剣に光弾を発射する拳銃を手に戦い、気の赴くままに苛烈な悪魔狩りを行ってきた。
どれ程残虐に殺そうとも、神の威光を示す行いとすれば何でも出来た。
そこに待ったをかけたのが、アクイラだ。彼は任務に置いて、必要以上の犠牲を避ける傾向にある。それが、悪魔であっても変わらない。
任務の対象外ならば平気で助ける。任務の対象であっても場合によっては口添えする。
とある任務の際も、フリードが関係の無い悪魔ごと任務対象を刻もうとしたところにアクイラが割り込んだのだ。
元々気に入らなかったフリードは、そのまま件の目障りな神父も切り刻んで殉職した事にするつもりだった。
だが、結果としてアクイラに殴り倒されて目論見は失敗。任務は滞りなく終わったが、彼のプライドには大きな傷がついた。
嬲り殺しにする。甚振るだけ甚振ってから、後ろの二人を見せしめのように殺し、その後ムカつく神父を殺す。
そう決めて、フリードは幻影をアクイラへと集中させた。
「…………」
アクイラは、目を閉じた。右拳を脇に付ける様にして腰だめに構え、息を吐き出す。
彼は剣士だが、同時に戦士でもある。その五体は、本業の格闘家にも勝るとも劣らないだろう。
主体は、空手。
「――――ここだ」
「ゴッ……!?」
「「!?」」
アクイラが拳を突き出したかと思えば、次の瞬間まるで車に撥ねられたかのようにフリードの体が宙を舞った。
傍から見る形となった二人は、何が起きたのか分からない。
空中を乱回転して、フリードはアスファルトの上を転がった。
「なっ……がはっ…………!?」
何が起きたのかは、本人にも分かっていなかった。
アクイラの一撃は、打つのではなく置く打撃。相手の速度が速ければ速いほどに、置かれた拳へと衝突の破壊力は増す。
本来は、先読みを極める事で到達する事が出来る領域なのだが、彼の場合はメカニズムが少し違う。
彼が読み取ったのは、気の流れ。殺意や悪意といった、あらゆる“意”
これを利用すれば、そもそも幻覚など意味がない。超スピードも透明化も同じくだ。
構えを解いて、アクイラは道路に転がるフリードを見やった。
「最後通牒だ、フリード。聖剣を渡せ」
「が、ぐっ……ナメ、やがって……!」
ふらつきながら、聖剣を杖にフリードは立ち上がる。
だが、ダメージは大きい。
天閃によって底上げされた速度と、慢心の気の緩みがダメージを増大させてしまっていたからだ。寧ろ、立ち上がれるだけその精神力の強さが分かるというもの。
「テメーの、そう言う所が気に入らねぇ……!この俺を、格下としか認識してねぇ、その目が気に食わねぇ!!」
「…………」
「だから、ぶっ殺す!ぶっ壊す!舐めた態度をとるテメーを殺す!!!」
「…………そうか」
和解不可能。アクイラの右手が、腰のサーベルの柄を握った。
引き抜かれる一振り。しかしそれは、特筆するべき事が何も無い極々普通の鋼の一振りであった。
柄こそ、片手でも両手でも振るう事が出来るがそれ位。聖剣でもなければ魔剣でもなく、そもそも神器ですらない一般的な武器。
その一振り横一閃が、フリードの首を捉える。
ただそれだけで、狂気のエクソシストは事切れた。
崩れ落ちた体を見送って、アクイラは刀身に着いた血を払い背後を振り返った。
「貴様は見ているだけか?」
「くっく……気付いていたか」
黒い羽根が舞う。
10の黒翼をその背に負った異形が、結界の空中に浮かんでいた。
その目に宿るのは、人間という種族に対する明確な侮り。自身が強者であるという自信。
「少しは出来るな、小僧。劣化品とはいえ、聖剣使いを素で打倒するか」
「コカビエル。のこのこと出てくるとは……」
空を睨み上げて、しかしアクイラはサーベルを鞘へと納めた。
その様子に、コカビエルは眉を顰める。
「何のつもりだ?」
「知れた事。俺達の仕事は、聖剣の奪還。既に回収の目途が立っているのならば、これ以上の戦闘を行う理由はない」
「やらせると思うか?」
「…………残念ながら、コカビエル。
「…………何だと?」
その言葉は、コカビエルにとって無視できるものではない。だが、その言葉を言い放ったアクイラにとってはそれ以上の意味はない訳で、首を刎ねたフリードの遺体から聖剣を回収する作業に入っていた。
「どういう意味だ」
「ゼノヴィア、紫藤。回収した聖剣は、亜空間に収納する。その後、Msグレモリーへの報告がてら、Mr木場との手合わせを行った後、ヴァチカンへと帰還するとしよう」
「そ、それは良いんだけどその…………良いの?」
「何がだ?」
「いや、その……アレ」
イリナが視線で示すのは、空中でプルプルしている
しかし、この場の主導権を握る神父は、
「良い。そもそも、今回の任務に置いてコカビエルは障害とされたが、排除対象ではないからな」
「そうなの!?」
「そうだ。彼は、聖剣強奪の主犯の一人だとしても、堕天使幹部。相手組織の上層部だ。フリード、そしてバルパー・ガリレイは元教会の人間という事でこちらが独断で処刑できるが、アレは違う。立場がある以上、安易に仕掛ければ無駄な火種を生む」
淡々と、アクイラは政治的な視点を語る。同時に、コカビエルに僅かな憐れみを向ける理由でもあった。
はぐれエクソシストと教会の異端者。どちらも身内の不始末という事で、処刑する事は躊躇われるものではない。
だが、コカビエルは違う。
彼は、堕天使の組織である“
そんな存在へと、一教会の戦士が牙を突き立てるには相応の理由が必要となる。
少なくとも、相対したからといってアクイラはコカビエルへと剣を向ける気は無い。
そしてそれが、コカビエルの神経を逆撫でする。
「俺を愚弄するか、小僧……!!」
「事実を言われて愚弄だと思うのなら、そうなんじゃないか?」
蟀谷に青筋を浮かべ、喉の出口ギリギリにまで募った憤怒を辛うじて抑えるコカビエルに対して、アクイラは淡々とした態度を崩さない。
ともすれば、リアスたちに見せた頼れる人間性などおくびにも出さない冷たい態度だ。
アクイラ・ロックは、教会の戦士の中では比較的珍しい人外に対して寛容な質だ。
それこそ、教会にとっての不俱戴天の相手である悪魔であっても会話が可能であれば言葉でのやり取りも辞さない。善性であるのなら、秘密裏に逃がす事さえやってみせる。
だがその一方で、人間に対する大なり小なりの悪感情を持っているのなら話は別だ。
それがいたずら心といった日常のスパイス止まりならば問題ない。だが、明確な悪意となれば話は別。
フリードに関しては、性根の腐ったクズだがそれでも教会の戦士として危険な逸れ悪魔を狩っていた実績を考慮して改めて最後通牒を送った上で首を刎ねた。
これがバルパー・ガリレイであったなら、問答無用で首を刎ねただろう。彼は、やらかした内容が外道過ぎる。
では、コカビエルはどうなのかと問われれば――――
人間との共存は不可能。それどころか、路傍の石程度の認識。
この手の人外存在は、戯れに他者を殺す。アクイラの経験上、コレはほぼ百パーセントで起きる確定事項だった。
故に、煽る。淡々と、的確に相手の神経を逆撫でする事を口にする。
常の彼らしくなかろうとも、
教会側も、その心算があって
「そうか……そうか……」
ザラり、と頬を撫でる様な嫌な雰囲気がコカビエルより溢れ出す。
「そこまで死に急ぐというのなら、その背を押してやるのも悪くはなかろう」
言いながら、堕天使の周囲には数十を超える光の槍が出現する。
その矛先が狙うのは、思い上がった愚者。
「その肉片すらも、残らないと思え!!!」
光の槍が降り注ぐ。