飛鷹は高く 作:鷲鷹隼燕
上級悪魔だろうが消し飛ぶ破壊力。その相性も相まって、天使や堕天使の扱う光力は悪魔にとっての大きな脅威だ。
「ゼノヴィア、イリナ。お前たちは、動かない様に」
濛々と立ち込める粉塵の中でそう告げて、アクイラはサーベルを抜刀すると駆けだした。
軽快な動作で、近くの電柱の天辺にまで跳び上がりそこから更に跳躍。
「馬鹿が……!」
迫る少年を前に、コカビエルは嘲笑う。
翼のある人外と違って、人間は空を飛べない。その手の神器や魔術などを身に付けているのなら話は別だが、そのどちらも基本的に外付けの何かしらの要因が必須。
故に、その手に出現させた光の槍の照準を合わせた。
「死――――なにィ!?」
今まさに投擲、という瞬間の事だ。
アクイラの体が、
槍を投げつけようとしてたコカビエルに、その動きは追えない。慌てて視線を動かせども、僅かにその視界の端に影を捉えるばかりだ。
「貴様、いったい何の神器を持っている!?」
「生憎だが、俺はそんな便利なものは持ち合わせていないぞ」
喚くコカビエルへと答える声は、実に静かだった。
「「「さあ、見極められるか?」」」
「人間か、貴様!?」
光の剣を両手に出現させ、コカビエルが咆える。
空中に無数に現れたアクイラの姿は、残像である。超高速移動と歩法、気当たりといった技能を組み合わせたもの。
物理的な破壊力は0だが。視界に頼って戦う者が相手ならば攪乱という点では十分な力を発揮する。
コカビエルは、目を動かしながらしかし動けなかった。
彼の経験上、この手の残像は目晦ましでしかないと分かっている。分かっているが、裏を返せば残像を残す程の速度で動き回れる相手であるという証明でもある。
そんな相手に、両手の武器を手放す様な真似は出来ない。その瞬間、光の武器を再構成するコンマ以下の時間に切り込まれるだろうから。
果たして、アクイラが切り込むのはコカビエルの真下。
「ぐぬおぉぉぉ……!」
反応できたのは、長い年月によって積み立てられた直感のお陰。コカビエルは、振り上げられたサーベルを光の剣を交差させる事でコレを阻んだ。
だが、
(どうなっている!?)
アクイラが空を蹴る度に、コカビエルの体は空へ空へと押し上げられていく。
その黒い翼の背中が、結界へとぶつかった。
「ぐぅぅぅ…………!!」
「結界を解かなければ、そのまま押し潰されるぞ?俺としては、それでも構わんが」
「舐めるなよ、小僧ォ!!」
裂帛の気合いと共に剣を押し返そうとするコカビエル。
だが、どういう訳かびくともしない。それこそ、人間と堕天使の膂力の差を顧みればあり得ない。
勿論、カラクリはある。アクイラは並外れた剛力を持っているが、それでも人外連中と比べれば飽くまで人間を超える程度でしかないのだから。
だが、現実問題コカビエルは押し込まれている。結界と背中に挟まれた十枚の黒翼が嫌な音を立てて軋み始めているのだから。
「チィッ!」
コカビエルは結界を解いた。瞬間、両者の体は空へと花火を打ち上げる様に勢いよく昇って行った。
昇って、昇って、曇天の鉛雲を突き抜けて雲の上へ。
「いい加減に、離れろ!!」
自身の周囲に出現させた光の槍を射出して、コカビエルはアクイラを振り払った。
離れたアクイラは、空中で数度回転しながら後方宙返りし空中に跳ねる様にして留まる。そのまま両足で空を蹴りながらコカビエルと向かい合った。
「…………貴様、本当に人間か?」
「どこからどう見てもそうだろう?お前たちのような翼は持たず、神器も、聖剣の因子も持たない普通の人間だ」
「ただの人間が、空を跳ねるものか!!どういうカラクリだ、それは!?」
「これか?そうだな、
咆えるコカビエルの問いに応えるように、アクイラの体に変化が起きる。
太陽の下、彼の体の表面に薄い膜の様なものが現れたのだ。
オーラとも称せるそれは、アクイラの頭の先からつま先まで全身をすっぽりと覆っており、更に得物であるサーベルもまたオーラの中に納まっていた。
「東洋では、仙術というらしい。もっとも、俺の場合は完全な独学でその手の術は行使できないがな。空を跳ねているのは、空を面で捉えてそこを一瞬だけ気で固定化して蹴ってるだけだ」
仙術。気を源流として自然と一体化する事により、生命の流れを操る術。直接的な攻撃よりも、探索や隠形などに優れた技術だ。
その中に、闘気と呼ばれるものがある。
気を全身に纏う事で身体能力などを増強し直接攻撃能力や防御力を飛躍的に高める事が出来る能力の一つだ。
本来は、仙術を学んだうえで体得する技術であるのだが、中には自己鍛錬によってこの領域に至れる者が居る。
アクイラ・ロックはその闘気を扱える者の一人。そこから繋がり、仙術擬きを使えはするがあくまでもそれは感覚を鋭敏化する程度で重宝できるものではない。
しかし、こと闘気の扱いは世界屈指のモノだ。
身体に纏う闘気の厚みを薄皮一枚ほどに留めながら、体の内側を闘気で満たし身体能力の強化倍率を上げた上で、更に己の得物にも闘気を纏わせる。
これによって、標準的な一振りである鋼のサーベルでも堕天使幹部の光力を用いた武具相手でも問題なく打ち合う事が出来ていた。
神器も無く、聖剣の因子も無いアクイラが教会の戦士でも指折りと成れたのは、その剣の才覚と修練の成果だ。
残念ながら、如何に堕天使幹部といえども鈍った状態でぶつかり合って勝てる様な相手ではない。
「ッ……!」(正面から来るか!!)
突っ込んでくる神父を迎撃せん、とコカビエルは右手の光の剣を縦一閃振り抜いた。
だが、その切っ先はアクイラの顔を捉える事無くすり抜ける。
目を見開くコカビエルだが、彼の振り下ろしは
振り抜かれる斜めの切り上げ。どうにか、左の光の剣が間に差し込まれるが、
「――――な、にぃぃぃ…………!?」
豆腐のように寸断され、その先にあった堕天使の体が斜めに切り裂かれた。
右手を顔の左側に振り抜いた格好のアクイラは、そのままサーベルを逆手に握り直すとその切っ先をコカビエルの胴体へと突き立てる。
一度だけではない。二度、三度、と数を重ねるごとに加速していく逆手の刺突連撃。
「ガァアアアアアッッッ!?!?!?」
手の残像が見えるほどに滅多刺しにされて、コカビエルの体からは赤い血が噴水のように吹き上がる。
白目を剥く異形。アクイラの手が止まり、彼はコカビエルを足場に更に空へと跳び上がった。
振り上げられるのは、右足。空を蹴って加速をつけた前転の勢いで、回転の遠心力と重力加速を乗せた踵落しが堕天使の脳天へと叩き込まれた。
真っ逆さまに落ちていく堕天使。その後を追って、アクイラもまた雲の中へ。
両者が落着したのは、元々の位置から少しズレて森林公園の中。
コカビエルは、草地に大の字で転がり、アクイラはその近くに静かに着地した。
「…………カハッ」
「頑丈だな。
「ぐっ………き、さま………!端から、情けを……!」
「お前の行動は、独断だろう?であるのなら、面倒を嫌う質である堕天使総督が放置するとは思えない。となれば、生かしておいた方が都合が良い」
それは、政治的な判断とアクイラ自身が実際に会った事のある相手への人物評を加味した上での結果だった。
完敗。鈍っている事を加味しても、コカビエルが勝る部分が無かった。
「何故だ……!小僧、貴様は神を信仰していないな……!」
「ん?まあな」
「
「…………」
口の端から血を流し、血走った目を向けて見上げてくる堕天使にアクイラは顎を撫でる。
本来、教会の戦士は天界からの加護を受けて、敵対種族の討伐を行う。その際に用いる力は、天使も扱う光力である。これらを、剣や銃の弾丸といった武器へと変えて扱い。更に身体能力の上昇も見られる。
だが、アクイラ・ロックは違う。彼の力は仙術もとい闘気によるもの。その洗練さと彼自身の技量が組み合わさる事でその力を発揮している。
堕天使だからこそ、コカビエルには分かった。天使として一度は主に仕え、そして堕ちた存在となったからこそこの神父の信仰心の無さと言うものを。
言葉を頭の中で選ぶアクイラ。不意に、彼の耳がこの場に向かってくる足音を捉える。