1490ミリメートルの惑星   作:椎九印ver.2

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第一訓『悪いやつほどよく眠るって言うけど、悪いやつほど夜更かしして遊んでそうなイメージある』

 

 

 

 目を覚ます。──そこは曇天の下、今にも泣き出しそうな天気。驚いた表情の彼女と目が合った。金糸雀色の髪を揺らす彼女の手を私はそっと、取る。

 

 § § §

 

 瞼を開いた。生温い空気が肺腑を満たす。息を吐いた。目の前にいるのは、幕府の犬ども。なにか言おうとした彼等の腕を振り上げた短刀で落とした。一拍遅れ、血が迸る。ある男は抜刀し、ある男は逃げようとし、ある男は──……、命乞いをした。それらを黙って処理していく。臨戦態勢に入った幕吏たちを見つつ、跳ねるように的に接近して首を落とした。再び、血。雨のように首から噴き出す紅は、外套を汚した。逃げようとした幕吏たちの背を追う。背を斬り付け、心臓部を刺す。舞う赤に追い付かれないように踊るかの如く、奔った。

 この料亭の出入口は既に鋼鉄製の糸で封鎖してある。だからもうやることは、子供の遊びである鬼ごっこと変わらない。

 最後の一人を前に刀を振り下ろすと、ぴちゃりと頬に生温いものが付着した。

「……」

 何も、思うことはない。ただもう……この外套は使えないな、と思った。

 料亭から出ると、真選組の車とすれ違う。いつから嗅ぎつけたのか知らないが、割合早いではないか。

「……ご苦労様でーす」

 誰に言うでもなく一人呟き、戻るかと足を向けた。

 鬼兵隊が根城にしている艦。そこへ入っていく。外套は既に捨て、いつもの服装ですれ違う隊士たちと挨拶をする。

「こんばんは」

 返事はあったりなかったりだ。

「……戻ったか、友成(ゆうな)

「万斉さん。ただいま戻りました」

 如何にも音楽関係者、といった風体の私より少し歳上の男。私の直属の上司であり、師である河上万斉さん。ぴくりと片眉を上げ、近寄ってくる。

「? 万斉さ……」

 顎をがっちりと掴まれる。

「む?!」

「頬に」

「頬に?」

 空いた手で万斉さんは私の頬を撫ぜるように人差し指を動かす。……う、ドキドキする。

「返り血にござったか」

「あ、着いてました?」

「ああ。杞憂にござるな」

 杞憂……? ああ、そうだ。

「晋助殿に報告してきますね、またあとで。万斉さん」

「ああ」

 でも帰って早々万斉さんに会えてよかったかも。嬉しいな。そうルンルン気分で歩いていると、通路を塞ぐように立っている男がいた。それは数年前に鬼兵隊へと入った、岡田似蔵だった。

「こんばんは、似蔵殿」

「……あァ。こんばんは…………ひと仕事、終えたようだねぇ」

「ああ……まあ、はい」

 似蔵殿はこちらと向き合うように体勢を変えた。

「……で、どうだったね。初仕事の感想は」

「え?」

 別にこれが初ではないけれど。確かに私主導で任務遂行するのは久し振りだけど……。それに感想と言われても、困る。仕事はただの仕事だし。そんなことを考えていると、似蔵殿は少し笑いながら呟いた。

「まあ……いいさね。…………報告に行くんだろう、行きな」

「あ、はい」

 そう言って会釈するとその場を去った。

 

 § § §

 

「晋助殿ー! ただいま戻りました!!」

 そう言って襖を開ける。晋助殿は煙管を吹かしながら、お猪口をぐいと呷っていた。

「あ、今大丈夫ですか?」

「ああ。例の件の報告だろう」

 はい! と元気よく返事をし、話す。幕吏もお付きの警備も全員殺し、完遂させたと。

「首尾は上々、か…………オイ」

「はい?」

 再び晋助殿はぐいとお猪口から酒を呑み、呟く。

「江戸の祭りに行きたかねーか」

 晋助殿が言うってことはまた大きな『仕掛け』を施すのだろう。それはそれとして。

「はい! 行きたいです、祭り!!」

 そう言うと、くつくつと晋助殿は笑う。

「万斉に言っとけ、祭り見物に行くと」

「はい!」

 

 § § §

 

 一方その頃、万斉は似蔵と対峙していた。

「アンタも大変だねェ。ガキの子守りに表の仕事とは」

「……子守りはした覚えがないでござるな」

 呟く万斉に、似蔵は言う。

「方便にしちゃ、ちとおかしくないかィ?」

「方便でもないのだが」

「まあ、ガキにしちゃ……腕は立つようだが。それにしたって、粗が目立つねェ……」

「……何事も経験にござる。晋助も、見所があるからこそ、あれにさせたのでござる」

「俺ならば………………イヤ、なんでもないさ。お嬢ちゃんを迎えに行ってあげないのかい?」

「自分で戻ってくるよう、言いつけてある。心配無用にござるよ」

 

  § § §

 

「万斉さーーーん!!」

 晋助殿に報告した後、万斉さんを探して走り回った。私室にいたようだ。

「なんでござるか」

「お祭り! 晋助殿がお祭りに連れて行ってくれるって! 言ってました!!」

 ふむ、と万斉さんは少し考え込む素振りを見せる。

「祭りか。…………友成は、祭りに行きたいのでござるな」

「勿論!」

「…………拙者等は市井の民すら脅かす存在だが? わかっているのか」

「イヤ……それはそれ、これはこれ! ですので…………」

 万斉さんは眉を跳ねさせ、サングラス越しにこちらを見ていた。……なんだろう。一つ、溜息をつく。

「……まあ、いいでござろう。出発はいつにござるか?」

「えっと……確か三週間後、だそうで」

「ふむ…………友成」

「はい?」

「表の仕事の手伝いを頼む」

 表の仕事、というと万斉さんは音楽プロデューサーをしているから……そのお手伝いか。はいと元気よく返事をする。

「今回はどうお手伝いすればいいですか?」

「デモテープの作成にござるな。歌詞はこちらにござる」

「わ、私が歌うんですか……?!」

「それはそうにござろう。一曲、頼むでござるよ」

「は、はい…………」

 小さめのレコーディングスタジオのマイクの前に立つ。ああ、緊張する……! オマケに万斉さんに見られているときた。緊張の二乗かも。

「〜〜〜!」

 歌っていると、途中で曲が止められた。アレ? 万斉さんがこちらにやってくる。

「……まずはボイトレから、にござるな」

「え?」

「ぬしの歌は……イヤ、悪くはないのだが…………その、音程が少しばかり外れているのでな。まあ練習すればどうにかなるでござろう」

「え!」

 わ、私……下手、だったのか。歌が……!

 それから空いている時間はひたすら歌の練習だった。万斉さんといれるのは嬉しいけど……これじゃあんまりだよ……!!

 そう思いつつまた子ちゃんに愚痴る。

「ボイトレの後ね、ごはんに連れてってくれるのは嬉しいんだよね〜でも、やっぱり相手にされてない感あるよね〜」

「ああ……またッスか」

「そうだよ。まただよ」

 意気消沈しながらまた子ちゃんに話を聞いてもらうと、なんだか気分が軽くなるような気がする。

「友成もしぶといっスね〜よくもまあそんな、長いこと……」

「え。また子ちゃんに言われたくないけど」

 そう言えばまた子ちゃんは顔を真っ赤にして言い返してきた。まるで茹でダコ。

「ち、違うっスよ!? 私のはその……アレっス。敬愛!!」

「はいはい……」

 くあ、と欠伸をした。祭り、楽しみだな。

 

 § § §

 

「万斉さん! アレ見てくださいよ。射的!」

 祭りの会場は様々なひとたちで賑わっていた。老若男女問わず、色んなひとがいるようだ。私はというと、射的の景品に夢中だ。万斉さんはこちらを見つつ、こちらにだけ聞こえるように呟いた。

「友成……わかっているのでござるか?」

「え。わかってますよ!」

 声のトーンを落として言う。

「将軍暗殺……ですよね?」

 ああ、と万斉さんは頷いた。

「此度の仕事は拙者は感知しておらんが……晋助のことだ。策を弄しているのだろうよ」

「そうですね〜。上手くいくといいですね!」

 気楽に将軍暗殺の件について話していると、万斉さんはサングラス越しにこちらを見ながら言う。

「……全く。ぬしは呑気が過ぎるというか…………」

「ええ? そんなことないですよ〜」

 射的の銃にコルク弾を込めながら言った。

「狙うは…………」

 景品に照準を合わせる。

「将軍の首、ってね」

 ポコン、と黄色いネズミのぬいぐるみの頭に当たる。

「はい、これ景品ね。お嬢ちゃん当てるの上手いね〜」

 サングラスをかけた射的屋の店主にぬいぐるみを手渡されながら受け答えをする。

「へへ……ありがとうございます。得意なんですよ〜」

「そっちの兄ちゃんもサングラスがイカしてるね」

「……ああ。ぬしも中々イカしたサングラスにござるな」

 そうやってぬいぐるみを手に、万斉さんと祭りを練り歩く。

「……そう言えば、今回暗殺を行うのって、誰でしたっけ?」

「…………鬼兵隊に、と言っても晋助が攘夷戦争時代に興した方だが。そこに所属していた男の父親だそうだ」

「ヘェ〜」

「……なんでも男は粛清の憂き目に遭ったとか」

「ふ〜ん。仇討ちってワケですか」

「そうなるな。……友成、手を」

「はい?」

 急に名前を呼ばれ、万斉さんの方を見る。すると彼は。

「人混みが酷いでござるからな」

 そう言って手を握られた。ドキリとして万斉さんの横顔を見るも、彼は私の方ではなくカラクリ舞台を見ていた。

「……そろそろでござる」

「どうなるんですかね〜」

「さあ。拙者にもわからぬ」

 カラクリの砲門が将軍のいる天幕へと向けられる。そしてそのすぐ刹那、大きな煙幕が立ち上った。

「……お祭りも終わりですね〜」

 あーあ、楽しかったのに。そう零せば万斉さんは怪訝な表情でこちらを見る。

「あ、言葉の綾ですよ? わかっていますって。やらなきゃいけないことと、娯楽は別です」

「ならば、いい。……晋助と落ち合うでござるよ」

「はいっ!」

 混乱する人混みの中、それに逆らうように歩く。──手は、まだ握られたままだ。それを少し胸を痛めながら、きゅっと握る。

 

 § § §

 

「晋助殿〜」

 祭り会場の外れにいた晋助殿に声をかける。

「首尾はどうだった、晋助」

 晋助殿はフッと口だけで笑うと、呟いた。

「とうに牙なんぞ抜け落ちちまったものだと思っていたがな。存外、まだまだいけるクチのようだ」

 ? なんのことかよくわからず、晋助殿を見る。クク、と笑って彼は行くぞ、とだけ呟いた。その後を万斉さんと着いて歩く。──手は、離された。少しシュンとしつつ万斉さんと並んで歩く。

「……万斉さん」

「どうしたのでござるか? 友成」

「さっきの話って……実行犯のひとのことですよね……?」

 緩く首を横に振り、万斉さんは言う。

「かつての……いや、これは無粋にござるな。よしておこう」

「え!? 気になるじゃないですか! そんなところで止めないでくださいよー!!」

 万斉さんはゆるやかに笑い、呟いた。

「そんなに気になるのならば、晋助に直で聞けばよかろう」

 それもそうか。艦へ戻ったら聞こうかな……。そう思いつつ、三人でぶらりと鬼兵隊の艦へと戻りに歩く。──最早騒ぎは鎮圧されていた。天の星がチカチカと煌めいている。

「……万斉さん」

「?  どうした」

「星、綺麗ですよね」

「……ああ。空は地上がどうあろうが、変わらんでござるな」

「ですねえ……あ。流れ星」

 流星がひとつ、駆け抜けていった。

「晋助殿〜」

「なんだ」

「その牙って誰のものなんですか?」

 クク……と小さく笑い、晋助殿は呟く。

「さァなァ……ま、お前にはわからねェよ」

「えっ」

「お前は万斉と話してろ」

「え〜っ」

 すぐさま万斉さんを見ると彼は黙って首を横に振った。

 

§ § §

 

 自室にてぬいぐるみを飾ろうと、棚の整理をしていたところまた子ちゃんがやって来た。

「友成、おかえりっス」

「また子ちゃん、ただいまー」

 よし、ぬいぐるみはここに置こう。棚の上に載せると、ぬいぐるみも落ち着いているように見えた。

「一体どこに行ってたんスか?」

「んー? お祭り見物」

 ローテーブルに向き合うように座り、また子ちゃんと話す。

「お祭り楽しかったよ。万斉さんと歩けたし……それに晋助殿もなんか楽しそうだったし」

「はぁッ!? 晋助様と行ったんスかァァァ!?」

「そういや攘夷戦争のこと、よく知らないんだよね……」

「いや昔の攘夷戦争よりこっちのが大事ォォォ!!」

「いやさ、鬼兵隊にいるわけじゃん? 私たち。攘夷戦争について流石に少しくらい知ってないとマズイかな〜って」

「私も晋助様と祭りに行きたかったァァァ!!」

「騒がないでよ。また子ちゃん」

「騒がせてんのアンタァァ!!」

 とりあえずまた子ちゃんを落ち着かせ、攘夷戦争のことについて話を移す。

「攘夷戦争っていうのは、天人は知ってるっスよね?」

「流石に知ってるよ」

「その天人が江戸に攻めてきたのが始まりっス」

 話を要約すると江戸城に天人が大砲をぶちかまし、開城迫ったとのこと。弱腰な幕府はそれに対し、強く出ることも出来ず今や傀儡政権になっているとのことだった。

「ふぅん。それで?」

「攘夷戦争の話に戻るっス。攘夷戦争っていうのは打倒天人! っていう攘夷志士の集まった軍との戦いっスね。……晋助様はその戦いに参加して、攘夷四天王って呼ばれてたんス!!」

「うんうん。それで……その、攘夷四天王って?」

「それは──……」

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